靴がつなぐ五輪 兵庫 神戸市

こころのレガシー 1964→2020 vol.10
陸上 2017年10月1日
レガシーvol.10:靴がつなぐ五輪

日本人初の9秒台を出した桐生祥秀選手の足元を支える靴。その靴作りの職人魂は、半世紀以上に渡って受け継がれてきました。1964年の東京大会のマラソンで銅メダルに輝いた円谷幸吉選手の靴を作ったのは、神戸市の靴メーカー社長、鬼塚喜八郎さん。最新素材にこだわり、靴底に最新のスポンジ素材を取り入れたことがメダルに繋がったと言われました。鬼塚さんは、2007年に89歳で亡くなりましたが、「最新技術でより良い靴づくりを」という哲学は、後進に受け継がれ、ついに日本人初の9秒台を生み出したのです。

靴職人 田崎公也さん(47歳)

五輪への靴づくりの思い、現代に

田崎公也さんは、2004年アテネ大会マラソン金メダルの野口みずき選手や短距離の桐生祥秀選手など、数多くのトップアスリートから靴づくりを任される気鋭の靴職人です。
田崎さんのこだわりは、選手の要望をとことん聞き取り、手作りで靴を作り上げること。「納得するまで選手と向き合う」という鬼塚さんとの約束を胸に、愚直なほど真摯に靴づくりを続けています。田崎さんは、靴づくりがうまくいかない時、スマートフォンである動画を見ます。それは、鬼塚さんと約束したときの様子を撮影した動画。鬼塚さんと握手を交わしたときの思いが蘇り、心が切り替わるのだそうです。

田崎公也さん
アシックス 田崎公也さん

選手との対話を最大限高める

田崎さんが、靴づくりを担当しているトップアスリートは現在、およそ20人。選手が大きな大会に出場する際は、アタッシュケースに予備の靴を入れて田崎さんも会場に向かいます。競技開始の直前に「靴底をもう少し薄くしてほしい」と要望されることもあったのだとか。選手が満足するまで徹底的に寄り添う田崎さん、2020年の東京五輪でも最後の瞬間まで、靴づくりで選手を支え続けます。

(撮影・文)神戸局映像取材 カメラマン 宮田 峻伍

動画は、「サンデースポーツ2020」で放送されたVTRを再編集したものです。
[総合]日曜日午後9時50分~(放送時刻変更の場合があります)

おすすめの記事