スポーツクラブの父 東京 中央区

こころのレガシー 1964→2020 vol.21
競泳 2018年9月12日
レガシーvol.21:スポーツクラブの父

2020年、メダルの期待が高まる競泳。世界で活躍する選手たちを育んでいるのが、“スポーツクラブ”です。今では、選手育成の場として全国に広まり定着していますが、その礎は1964年の東京オリンピックに出場したある選手によって築かれました。メダルを目指すもあと一歩、届かなかったその男性、「入賞」であれば十分立派な結果だと思いますが、悔しさを糧にその後の人生を大きく変えました。

セントラルスポーツ会長 後藤忠治(ごとう・ただはる)さん(取材当時76歳)

「こんにちは、きょうはよろしく!」競泳経験者特有の広い肩幅、人を引き込む話し方でとにかくパワフル。後藤さんと初めて会った時の印象です。
東京・葛飾区出身の後藤忠治さんは、高校3年から本格的に競泳を始め、日本大学水泳部に入部。21歳で日本代表に選ばれ、1962年のジャカルタ・アジア大会に出場します。

1964出場時の後藤さん
1964出場時の後藤さん

オリンピックイヤーの1964年4月には、100メートル自由形で55秒2の日本記録を出し、一気に日本を代表するスプリンターとして注目を集めました。

メダルを逃し失意のまま引退

メダルを逃す
自由形リレーを泳ぐ後藤さん(1964年)

しかし、迎えた東京オリンピックでは100メートル自由形で準決勝敗退、4×100自由形リレーでは4位とメダルを逃します。
大会前、日本記録を更新すれば銅メダルくらいはとれるだろうと考えていた後藤さん、アメリカ、欧州など強豪国のレベルは自分が思っていた以上に上がっていたのです。「期待外れの状況になってしまい、本当に申し訳ないという気持ちになった」

競泳指導の様子
合宿での競泳指導(1949年)

当時の日本では根性論がまかり通っていて、ひたすら距離を泳ぐという練習が当たり前。練習環境も温水プールが少なく、冬場は温泉地に遠征しないといけないほどでした。失意のまま、競泳の世界から引退した後藤さんは建設機械の営業マンに転身しました。メダルをとっていないという負い目から、営業先でオリンピック選手として紹介されるのが嫌で嫌で仕方なかったと言います。

オリンピック東京大会で貰った4位入賞の盾は、惨敗の象徴として、次第に手元から遠ざけていきました。

4位入賞の盾
4位入賞の盾

恩師がきっかけで再び競泳の世界へ

村上勝芳さん
恩師・村上勝芳さん

東京オリンピックから2年が経ったある日、後藤さんは代々木にあるオリンピック会場に足を向けました。
そこで見た光景に衝撃を受けます。東京オリンピックの競泳日本代表のヘッドコーチだった、村上勝芳(むらかみ・かつよし)さんが子どもたちに泳ぎを教えていたのです。村上さんはプールに足がつかない小さな子の手を取り、優しい笑顔で接していました。子どもの頃から泳ぎを教えることが、日本競泳界の未来につながるという考えからでした。オリンピックで負けたのは我々選手なのに、村上さんは将来の競泳界を憂いて、動き出している。
「指導の立場に立って、自分の果たせなかった夢を果たさなきゃいけないという教えを村上さんがその場でしてくれてたように感じました」

練習環境を変えたいとスポーツクラブを設立

営業の仕事を辞めた後藤さんは、1970年全国展開のスポーツクラブ、「セントラルスポーツ」を設立しました。クラブの運営は試行錯誤の連続だったと言います。まず、コーチによってバラバラだった教え方を統一するために、連日、仲間と朝方まで議論して指導マニュアルを作りあげました。

手作りの指導書
手作りの指導書

そして、クラスを25段階に細かく分けることで、レベルに応じた指導を受けることができるよう工夫しました。さらに、銀行から2億5千万円を借り入れ、千葉市に自前のプールを作ります。すべては、選手の育成のためでした。

思いは実を結び、クラブからヒーローが生まれた

惨敗から24年、1988年のソウルオリンピックで後藤さんの思いが実を結びました。男子100メートル背泳ぎで鈴木大地選手が金メダルを獲得したのです。

鈴木大地選手
ソウル五輪・鈴木大地金メダル

鈴木大地と後藤さん
鈴木大地と後藤さん(1988年)

「5日間くらいは声が出ないくらいに喜びましたね。人生で一番喜んだのはあの瞬間だったでしょうね」
その後、同じようなスポーツクラブは全国に広まり、選手育成はスポーツクラブという時代になりました。北島康介、萩野公介など名だたるメダリストが生まれ、今の日本競泳界の躍進を支えています。

後藤さん
盾を笑顔でもつ後藤さん

「もし、メダルをとっていたらこの仕事はやっていなかった、一つの経験が人生に大きく生かされる、この盾が言ってくれているかもわかりません」
後藤さんは、会長室に飾ることができるようになった盾を手にこう語ります。

(撮影・文)報道局映像取材部カメラマン 野口真郷

動画は、「サンデースポーツ2020」で放送されたVTRを再編集したものです。
[総合]日曜日午後9時50分~(放送時刻変更の場合があります)

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