東京モノレールが運ぶもの  東京 大田区(東京モノレール昭和島駅)

こころのレガシー1964→2020 vol.32
2020年8月28日
こころのレガシー 東京モノレールが運ぶもの

羽田空港と都心を結ぶ「東京モノレール」。東京モノレールは首都高速や新幹線と同様に東京オリンピックに合わせて1964年に開業しました。開業から56年、この東京モノレールが大切にしてきたものがあります。2度目の東京オリンピック・パラリンピックに向けて変わらぬ思いを乗せて走り続ける東京モノレールの物語です。

東京モノレールは、オリンピックで海外から訪れる選手や観客を輸送するために、1964年9月17日、オリンピックの開幕直前に開業しました。モノレールは桁(けた)と呼ばれる一本のレールの上を、ゴムタイヤで走る電車で、羽田空港と都心を結ぶ日本で初めてのモノレールの公共交通機関として開業しました。
当時、羽田空港と都心を行き来するためには道路もありましたが、渋滞が激しく2時間以上かかることもあり、このモノレールの開業は世界と東京を短時間で結ぶ革新的な乗り物として注目を集めました。

開業当時の元運転士“宮崎紘一さん”

開業当時の運転士の一人、宮崎紘一さん(みやざき・こういち)75歳(昭和20年生まれ)は、千葉の工業高校の電気科を卒業し、日本高架電鉄株式会社(現・東京モノレール株式会社)に入社しました。入社後、運転士になるために名古屋鉄道へ出向し運転の技術を学び、1964年2月に運転士の免許を取得します。その後、東京モノレールに戻り、開業までの間、線路の起伏やカーブの状況を把握するために何度も路線を走り続けました。特に車両の故障の対処や避難場所の確認など、トラブルが起きた時にどう対応するのかを一番に考え、開業の準備を進めていきました。

こころのレガシー「東京モノレールが運ぶもの」元運転士・宮崎紘一さん

“花電車”と呼ばれた一番列車を運行

宮崎さんは“花電車”と呼ばれた開業の一番列車の運行を任されました。花電車は先頭車両に「祝 東京モノレール開通」と書かれた看板や日本の国旗、それに赤や白の造花の花が鮮やかに彩られていました。浜松町駅のホーム上で当時の運輸大臣や、オリンピック担当大臣らがテープカットを行ったあと、花電車は乗客たちを乗せて13㎞ある路線を羽田空港に向かってゆっくりと走り出しました。

こころのレガシー「東京モノレールが運ぶもの」一番列車

宮崎さんが追求していた技術・・・・。今もその技術は引き継がれている

宮崎さんの使命は浜松町駅と羽田駅を結ぶ13キロの距離を“秒単位”まで正確に走ること。そしていつブレーキをかけたのかわからないぐらいのやさしいブレーキ操作でした。浜松町駅と羽田駅の間には停車駅が一つもなく、ノンストップで秒単位まで決められた運行を行うことは、非常に難しい運転技術が必要とされました。
宮崎さんは景色の中で目標物を決め、そこを何分何秒で通過するのかを自分なりに定め、路線を100パーセント以上に理解するように何度もモノレールを走らせました。
ブレーキ操作は「衝動棒」(しょうどうぼう)と呼ばれる車体の揺れを調べる器具を使って訓練を重ね、ブレーキの加減を学びました。その上で理想の走りはブレーキをかける時は停車する時だけ。停車以外はブレーキを使わず、エンジンの動力を上手く使って速度をコントロールし、車体を揺らさないようにすることでした。
宮崎さんは「安全で静かな乗り心地が良かった、と喜んでもらえるような運転を心がけました。当たり前のことだけれども、それが乗客へのおもてなしになると考えていました」と話しています。
その技術とマインドは今も引き継がれています。運転士たちは秒単位まで決められた時刻表を運転席に設置し、各駅では時間をチェックしながらモノレールを走らせ続けています。

こころのレガシー「東京モノレールが運ぶもの」昔のモノレール

こころのレガシー「東京モノレールが運ぶもの」昔のモノレール運転席

オリンピックが延期になった「今」だからこそ、子どもたちの思いを乗せて走る

昨年、品川区に住む児童889名が「東京へようこそ」をテーマに、東京オリンピック・パラリンピックに訪れる人たちをもてなそうと、思い思いのオリンピック・パラリンピックの絵を描きました。その中から選ばれた80点が今年3月、モノレールの車体にラッピングされました。このラッピングモノレールは「東京モノレールキッズギャラリー号」と名付けられました。東京モノレールは2020年の東京オリンピック・パラリンピックが延期になった「今」だからこそ、オリンピック・パラリンピックへの希望を2021年に繋いでいきたい、とほぼ毎日走り続けています。絵の一つ、リレーのバトンを渡す絵を描いた子どもは「未来と夢、希望が詰まっているバトンを描きました。延期になってしまったけど、ずっと応援していてほしい。延期になってしまってもこの絵を見た選手や応援する人たち、みんなで頑張ろうと思ってくれたら良いです」と話していました。

ラッピング作業01

ラッピング作業02

ラッピング作業03

(撮影・文) 報道局映像センター・木村信哉

動画は、「サンデースポーツ2020」で放送されたVTRを再編集したものです。
[総合]日曜日午後9時50分~(放送時刻変更の場合があります)

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