1964で公開競技だった野球が2020で正式競技に

こころのレガシー1964→2020 vol.30
野球 2019年12月10日
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1964年の東京オリンピックで、野球の試合が公開競技として行われていたのをご存じでしょうか。その試合に出場した人がいます。巨人黄金時代を支えたこの人にとって、国の代表として戦ったオリンピックの思い出は特別なものとなっています。

公開競技に出場した元巨人の末次さん

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プロ野球巨人で長嶋・王のあとを打った5番打者の末次利光さん(77)。学生時代に神宮球場で特別な体験をしました。1964年のオリンピックで“公開競技”としてアメリカ選抜と対戦。当時中央大学に在籍していた末次さんも出場し、2安打を放つ活躍をしました。「日本代表として、やってやるぞという思いだった。外国人選手と(野球を)やるというのがなかったので、ああいう雰囲気を味わえたのが非常にうれしかった」と話します。

野球が正式種目に

野球が正式種目になったのは末次さんが現役を引退した15年後の1992年バルセロナオリンピックでした。
日本代表はオリンピックの舞台で世界に挑み続けました。
末次さんは「日の丸に対する意識を持ってやっているのが選手たちの姿を見ているとよくわかる。自分も公開競技ではなくオリンピックという舞台でやってみたかった。オリンピックは特別」とオリンピックへの思いを話します。

正式競技から外れるも末次さんは未来を見据え

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しかし―。2008年北京五輪を最後に野球が正式競技から外れます。
それでも末次さんは野球がオリンピックに復活することを願って子どもたちの指導を続けてきました。

東京五輪で侍ジャパンの活躍に期待

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そして、2020年。3大会ぶりに正式競技復活。
末次さんは「(オリンピックを)子どもたちが見たときにそこでまた夢が出てくだろうし、もう1度ここで野球を盛り上げて将来につなげていってほしい」と正式競技となった野球への思いを語りました。

1964→2020。

野球が正式競技として東京オリンピックに帰ってきます。

(撮影・文)報道局映像センター 小川裕生

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