聖火ランナー

嶋田 晃幸 さん

Akiyuki Shimada
走る場所
富岡駅前
走る日時
3月25日(木)

志望動機

大会組織委員会に提出されたものを、そのまま掲載しています。

震災で父の会社も被災したため、震災後は単身赴任や出張が多く、父はほとんど家にいません。小さいときは、父が仕事で出掛けるときは寂しくていつも別れ際に大泣きしていました。今は泣くことはありませんが、寂しい気持ちは変わらないので、いつも別れ際に「次はいつ帰って来るの?」と聞いてしまいます。そんな時は父は困ったような顔をします。父は帰って来ると疲れていても遊びに連れて行ってくれたりします。父が仕事を頑張っているのは僕たち家族のためだと母は話してくれます。母も妹が生まれてからずっと一人で僕たちの面倒をみてくれています。母に迷惑をかけないようにしたいと思うのですが、迷惑をかけてしまいます。そんな両親はいつも僕の夢や将来の事を「応援する」と言ってくれます。だから僕も一生懸命勉強を頑張っています。聖火ランナーも走ってみたいと話したら「応援する」と言ってくれました。頑張って両親に喜んでもらいたいです。 僕が生まれ育った町に住んでいたのは、2歳11か月までだったので、当時の記憶はありませんが、『ふるさと』という思いが心の中にずっとありました。2020年3月26日の聖火ランナー出発日に生まれ育った町を走ると知り、僕の誕生日に『ふるさと』を走るなんて「運命だ!」と思い、どうしても走りたいと思って応募をしました。住んでいたところにもずっと行きたいと思っていましたが、まだ叶っていません。住んでいたところはまだ行けないところだからです。早く復興して欲しいです。そして行きたいです。誕生日の3月26日に聖火ランナーとして走り、さらに強くふるさとの復興の願いを発信したいと思っています。 今の僕は、とても元気に生活していて、今年の春には中学校に入学します。震災後は、父、母、そしてたくさんの人たちに守られ、助けられてきた事を実感しています。これからの僕は、震災を経験したからこそ、人の役に立つ事をしたいと思っています。まだ何が出来るか分かりませんが、お世話になった人たちやふるさとで頑張っている人たちへ恩返しをしたいです。
(2020年用に書かれた文章です。)
昨年、聖火ランナーとして走る日は僕の誕生日でした。僕の人生で記念すべき日になると、とても心待ちにしていましたが、昨年2月頃のコロナウイルス感染症の患者が増え始めた時期は、聖火リレーが予定通り開催されるのかとても不安でした。延期が決まった時はとても残念で、気持ちを納得させるのにとても時間がかかりました。 聖火ランナーとして走りたい気持ちはずっと変わらず持ち続けていました。今年もコロナウイルス感染症の心配がありますが、震災復興に頑張っている人たちやコロナウイルス感染症と戦っている人たちに明るい気持ちになってもらえるように頑張って走りたいと思います。
(2021年用に書かれた文章です。)