聖火ランナー

柳岡 克子 さん

Yoshiko Yanaoka
走る場所
円月島前
走る日時
4月9日(金)

志望動機

大会組織委員会に提出されたものを、そのまま掲載しています。

私は、昭和39年東京オリンピックの年に産まれました。手足に重度の障害を持ちながらも皆様の支えのおかげで小中高校を地域で過ごしました。障害のことで自殺したいと悩んだ時も私を支えてくれた皆様のおかげで、乗り超えることができました。神戸の大学を卒業し、薬剤師として働いていた時、障害者卓球と出会いました。パラリンピックをめざして練習に励んでいた時、難病の潰瘍性大腸炎となり、度重なる下血のために入退院を繰り返し、大腸を全摘しオストメイトになりました。入院中は、たくさんの輸血によって助けていただきました。助かった命を多くの人に恩返しするために、障害者団体の会長を務めたり、スポーツファーマシストとなりドーピング防止活動や献血推進活動や骨髄バンク登録説明員をしています。私がこんなにがんばれるのは、皆様のおかげです。明るく元気に生きていることを多くの人に見てもらいたいのです。ここまで育ててくれた家族と支えてくれた多くの方への感謝の気持ちを形に表したいと思います。 恩返しのひとつとして講演活動をしています。自殺を考えた経験を話すことでかけがえのない命を大切にしようという思いが多くの人の心に響いています。私が聖火ランナーとして走ることで、過去15年にわたって私の講演を聞いてくれた全国の10万人の方に再度「死なないで」という元気のメッセージを伝える機会となります。今は歩けなくなり電動車いすで走りますが、その姿を全国の人にテレビで見てもらうことで障害を持っている方や人生に挫折を感じている方にも希望を与えることができます。七転び八起で苦労もありましたが、障害を乗り越え、難病にも立ち向かい、決して夢をあきらめず、多くの人の役に立ちたいとがんばっている姿を見てもらい、皆に元気になっていただきたいと思っています。 和歌山県の小さな市で産まれ重度の障害を乗り越えて卓球でシドニーパラリンピックをめざし、世界大会で好成績を上げ、県のスポーツ賞をいただきました。その時は地域の皆様に応援していただきました。パラ選考の直前に潰瘍性大腸炎となり出場がかなわなくなりましたが、聖火ランナーという形で参加できる喜びを地域の皆様と分かち合いたいと思います。地域の障害者のために活動をし、地域の模範となり、小さな街から世界をめざしてチャレンジする姿を世界に発信することで、地域の人に生きる喜びを与え、勇気と希望を与えることでしょう。
(2020年用に書かれた文章です。)
オリンピックの延期で聖火ランナーも延期となり、気持ちがへこんでいました。そんな時に難病の間質性膀胱炎になり入院しました。ランナーとして走る予定の日を病院で過ごし、延期となって良かったと思いました。生まれつき障害があり車いすで生活しながら、潰瘍性大腸炎という難病も克服した私なので今度も乗り越えたいという意気込みで走ります。膀胱に尿がたまると痛くなるので、トイレが近くなり厳しいですが、とにかく病気や障害をお持ちの方の励みになるよう頑張ります。
(2021年用に書かれた文章です。)