聖火リレー1964 再現プロジェクト

東京都TOKYO

東京都の聖火リレー

4つの聖火の中で一番先に東京に入ったのは、第4コースの聖火。10月7日11時、千葉県から新市川橋を通って江戸川区に入りました。その30分後、第3コースの聖火は、埼玉県から戸田橋を渡り板橋区に入りました。2つの聖火は午後1時過ぎ、当時、千代田区丸の内にあった東京都庁に到着しました。
翌10月8日、第2コースの聖火は、雨の中、多摩川を越えて大田区に入り都庁に到着。第1コースの聖火は8日に神奈川県から東京都八王子市に入って武蔵野市で一夜を明かした後、10月9日、都庁に着きました。10月9日、東京都庁に集まった4つの聖火は、一緒に都庁を出発して皇居へ。皇居前に設置された聖火台で行われた集火式で再び一つ炎になりました。

動画

    お便り・エピソード

      こころのレガシー 1964→2020

      歓喜、興奮、感動、そして涙・・・。

      1964年の東京大会で日本人一人ひとりが味わった熱い思いが、その後の日本を作り上げる原動力になりました。
      東京五輪を体感した人々の胸に、50年の時を越えて刻み込まれている“こころのレガシー”を見つめます。

      COLUMN

      “オリンピック・キッチン”(1)東京 渋谷区

      選手村に設けられた仮設の食堂、“オリンピック・キッチン”。そこに肉体の限界に挑む選手の食を支える男たちがいた。洋食の料理人と厨房の衛生管理担当者の知られざる物語。

      COLUMN

      “オリンピック・キッチン”(2)東京 渋谷区

      選手村に設けられた仮設の食堂、“オリンピック・キッチン”。そこに肉体の限界に挑む選手の食を支える男たちがいた。洋食の料理人と厨房の衛生管理担当者の知られざる物語。

      COLUMN

      “聖火に思いを寄せて”(2)東京 新宿区

      終戦から19年、急ピッチで復興を遂げる日本で人々は、新しい時代への希望を聖火の炎に託した。「聖火に思いを寄せて」(上)は、聖火トーチの製造に携わった弾薬メーカー社員と聖火リレー最終日のランナーの思い。

      COLUMN

      “聖火に思いを寄せて”(5)東京 武蔵野市

      全国を1か月かけて駆け巡った聖火リレー、総勢10万人がトーチを手に聖火をつないだ。アメリカ統治下の沖縄から始まった聖火リレーの第1走者と国立競技場到着の2日前に徹夜で聖火を見守った武蔵野市職員のレガシー。

      COLUMN

      “わたしの原点、国立競技場”(1)東京 渋谷区

      陸上競技の名場面が繰り広げられた国立競技場の舞台裏。トラック競技の選手が一発でスタートできるよう奮闘したスターター陣、世界各国から集まった関係者の家族が気持ちよく観覧できるよう心を尽くしたコンパニオンの女性たち、大会を支えた人々の知られざる物語。

      COLUMN

      “わたしの原点、国立競技場”(2)東京 新宿区

      陸上競技の名場面が繰り広げられた国立競技場の舞台裏。トラック競技の選手が一発でスタートできるよう奮闘したスターター陣、世界各国から集まった関係者の家族が気持ちよく観覧できるよう心を尽くしたコンパニオンの女性たち、大会を支えた人々の知られざる物語。

      COLUMN

      もうひとつの“金メダル” 東京 江東区

      東京大会で一般向けに販売された金・銀・銅の「記念メダル」。その製造を請け負った貴金属メーカーの社員には、“強い自信”と“団結力”が育まれた。“もうひとつの金メダル”づくりに、技術と経験と知恵を集結させて取り組んだ男たちのドラマ。

      COLUMN

      人生を変えた“異国体験”(1) 東京 新宿区

      1964年の訪日外国人数は年間35万人。去年の2400万人のおよそ70分の1に過ぎない。しかし、外国人選手や関係者、観光客、メディアの人たちと触れ合った経験をきっかけに、海外に目を向けるようになった人たちがいた。

      COLUMN

      人生を変えた“異国体験”(2) 東京 渋谷区

      1964年の訪日外国人数は年間35万人。去年の2400万人のおよそ70分の1に過ぎない。しかし、外国人選手や関係者、観光客、メディアの人たちと触れ合った経験をきっかけに、海外に目を向けるようになった人たちがいた。

      COLUMN

      人生を変えた“異国体験”(3) 東京 新宿区・渋谷区

      1964年の訪日外国人数は年間35万人。去年の2400万人のおよそ70分の1に過ぎない。しかし、外国人選手や関係者、観光客、メディアの人たちと触れ合った経験をきっかけに、海外に目を向けるようになった人たちがいた。

      COLUMN

      2020につなぐスロープ 東京 渋谷区 代々木公園

      いまでは段差解消のため多くの場所に設置されている「スロープ」。日本では2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックに向けバリアフリーの取り組みが盛んに進められています。しかし50年あまり前にはスロープを街で見ることはありませんでした。

      COLUMN

      2020年につなぐおもてなしの花 東京 練馬区

      1964年10月10日。東京オリンピックの開会式を彩ったのは、日本を象徴する秋の花「菊」でした。育成が難しいと言われている菊を見事に、開会式の日に合わせて8分咲きで咲かせ、会場を彩った農家がいました。

      COLUMN

      車いす作りへの情熱 東京 西東京市・千葉 千葉市

      1964年、東京パラリンピックの車いす卓球に出場した長谷川雅巳さんは、海外から取り寄せた金属製の車いすで大会に参加しました。その後、パラアスリートたちが使う車いすを作る企業が次々に誕生。競技ごとに進化を遂げる車いす。選手が使いやすい車いすを作り続けるためには、ある努力が必要でした。

      COLUMN

      スポーツクラブの父 東京 中央区

      2020年、期待のスイマー、「池江璃花子」、「萩野公介」、「瀬戸大也」。世界に名だたる選手たちの原点にあるのが、“スポーツクラブ”です。今では、選手育成の場として全国に広まり定着していますが、その礎は1964年の東京オリンピックに出場したある選手によって築かれました。

      COLUMN

      選手村の女性理容師 東京 渋谷区

      1964年の東京オリンピック、選手村には洋服店や宝石店と並んで“理容室”がありました。開幕前から2か月間ここに通った、一人の女性理容師がいました。客としてやってきたのは、ほとんどが外国人。選手村を舞台にした、ある外国人金メダリストと、理容師のふれあいの物語です。

      COLUMN

      東京五輪秘話!閉会式の自由な入場は1964年から始まった 東京 新宿区

      オリンピックの閉会式と聞くと、競技を終えた選手たちが、笑顔で自由気ままに入場する光景を思い起こす人も多いと思います。実はこの入場方式、東京五輪閉会式のある出来事がきっかけで始まったと言われています。

      COLUMN

      東京オリンピックを支えた白バイ隊員 茨城 水戸・東京 世田谷

      1964年の東京オリンピックで選手たちの移動の護衛や、聖火リレーの先導を行ったのが白バイ隊員たちでした。白バイ隊員たちは、オリンピックに向け日々訓練を行い、日本警察の威信をかけて警備にあたりました。

      COLUMN

      幸せなら手をたたこう

      1964年に東京で開催されることになったパラリンピック。障害のあるアスリートが世界中から集まるこの大会ですが、その時の日本では障害者スポーツへの理解がほとんどなく関心がとても低い状況でした。

      COLUMN

      新種目「3x3」と1964年大会結ぶバスケットボール 東京

      2020東京大会で新種目として追加された3人制バスケットボール「3x3」のルーツであるストリートバスケでは、あるボールが人気を集めています。そのボールの起源は、1964年東京大会で公式球として使われた歴史を持つ日本製のボールでした。

      わが、ふるさと自慢

      ふるさとの自慢の風景やかけがえのない文化など地域の魅力を全世界に向けて発信します。NHKアーカイブスの「動画で見るニッポン・みちしる」と「NHK名作選 みのがしなつかし」で、お楽しみください。

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      浅草 酉の市

      東京の下町を流れる隅田川のほとり、浅草寺の門前町として栄えた浅草。毎年11月酉(とり)の日には、鷲(おおとり)神社で商売繁盛を祈願する、酉の市が開かれます。縁起物の熊手(くまで)を売る店が建ち並び、にぎわいをみせます。

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      中央区 築地場外市場 1

      東京都中央区にある築地市場は世界有数の水産物取扱い量を誇ります。現在の築地市場は、昭和10年に開設されました。その周辺に店が立ち並んでできたのが、場外市場だと言われています。鮮魚だけでなく、野菜や果物、乾物から香辛料など様々な食材はそろいます。

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      東京スカイツリー

      2012年5月にオープンした東京スカイツリー。日本の技術力を結集して作られた世界一の電波塔です。塔体に設けられた展望台からは、関東一円を見渡す広大な絶景を楽しむことができ、まるで空中散歩をしているような気分が味わえます。

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      東京オリンピック決まる

      昭和33年(1958年)のこの日、神宮外苑に国立霞ヶ丘陸上競技場が完成した。翌年西ドイツのミュンヘンで行なわれた国際オリンピック委員会総会で、第18回オリンピック(昭和39年開催)の会場が東京に決定した。これに合わせ、競技会場の建設が急ピッチで進められた。東京オリンピックの開会・閉会式は、国立競技場で行われた。