光と影 ―中西麻耶の涙と金メダル―

陸上 2019年11月13日
写真:跳躍をする中西麻耶

アラブ首長国連邦のドバイで開催されているパラ陸上世界選手権 。中西麻耶選手は、女子走り幅跳び(T64)5本目が終了した時点で、4位の位置でした。最終跳躍となる6本目。張り詰めた緊張感に包まれる中、中西選手は跳躍前、両手を大きく広げて会場に手拍子を求めました。すると、会場が手拍子に包まれて空気が包み込まれるように温かくなったような気がしました。もしかすると“これは記録が出るかもしれない”と期待が膨らみます。


中西選手の6本目の最終跳躍は、とても豪快なジャンプでした。その記録は、5メートル37センチという全体で1番の記録。後続の選手たちもこの記録を超えることができず、大逆転で金メダルに輝きました。中西選手が金メダルに輝いたのは、世界選手権やパラリンピックの大きな国際大会では初めてのことです。


競技後に「ずっとこれ(金メダル)が欲しくて10何年もがいてやってきた」という中西選手の言葉からは、悲願だった気持ちが伝わってきました。

写真:涙を流す中西

これまで中西選手を10年以上撮影していますが、何度も壁にぶち当たり、何度も壁を壊しては、また新たな壁が立ちはだかる様子を見てきました。頂点に立つことができず、幾度となく悔し涙を流してきました。


その中でも、特に印象に残っているのは、2012年のロンドンパラリンピックです。競技資金不足などの様々な困難に立ち向かいながらも、当時の実力は世界トップクラス。大きな期待を背負いながら出場するも、走り幅跳び8位入賞に終わり、試合後「今回は私の舞台ではなかった」と溢れ出る涙を拭っていました。

会心の喜びと充実感を味わえるのは “たったひとり”。個人種目ならではの、孤独と残酷さを感じました。

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写真:会場を見つめる中西のシルエット

そんな思いを感じながら、どうしても中西選手の肖像写真を撮りたくなり、お願いして、シャッターを切りました。しかし、目が腫れながらも気丈に振る舞う表情をどうしても映し出すことができず、光が包まれるスポットライトを浴びる未来を願いながら、スタジアムの輝く光に露出を合わせ、シルエットで1枚だけ撮りました。

写真:笑顔の中西
写真:涙をぬぐう中西

その中西選手が今回見せてくれたのが、彼女にスポットライトがあたった勝者の涙です。悔し涙から喜びの涙になるまでの努力は、想像を絶する過程だったと思います。輝く涙が中西選手が歩んできた歴史の結晶のように見えました。

来年の東京パラリンピックに向けて、中西選手は目指す『6メートルジャンプ』へ、これからもたゆまぬ努力が続いていくと思います。そして、今回、中西選手に光が当たる一方で、スタジアムの端で、うずくまり泣きながら過呼吸気味になる選手をコーチが長い時間をかけてハグする様子、歩きながら悔し涙を流し続ける選手たちをみました。

たった一人しか見ることが出来ない景色を求めて、それぞれの選手たちが、東京に向けて新たにスタートします。

写真:跳躍をする中西麻耶

写真:起き上がり砂を払う中西

写真:起き上がり砂を払う中西

写真:笑顔でガッツポーズする中西

写真:国旗を持って笑顔の中西(中央)。

写真:金メダルを手に笑顔の中西

中央:金メダルを手にした中西。左:マーレーネ・ファン ハンスウィンクル(オランダ)、銀メダル。右:サラ・ウォルシュ(オーストラリア)、銅メダル。

写真家 越智貴雄

写真家 越智貴雄(おち・たかお)

2000年のシドニーパラリンピックから国内外のパラスポーツの撮影取材活動を続けている。2012年、陸上アスリートの競技資金集めの為、セミヌードカレンダーを1万部出版し国内外で話題となる。2013年9月のブエノスアイレスでの2020東京オリンピック・パラリンピック招致最終プレゼンテーションで映し出された「跳躍の写真」が話題になる。2014年、義足を美しくかっこよく履きこなす女性たちを撮影した写真集「切断ヴィーナス」を出版。2017年、寝たきりのお笑い芸人“あそどっぐ”さんの写真集「あそどっぐの寝た集」を出版。取材活動の他にも写真展開催や義足女性によるファッションショーなど、多数開催している。NHK-BS1「パラ×ドキ」に出演中。

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