パラリンピックの花形種目のひとつといえば、陸上・男子車いす1500メートル(T53/54)ではないでしょうか。人気と注目度の高さから、五輪や世界陸上、ダイアモンドリーグなどの主要国際大会での公開競技として行われてきた歴史もあります。
トラックで時速37キロを超えるスピードを出しながら、まばたきしたら見逃してしまうぐらい、仕掛けたり仕掛けられたりの絶妙な駆け引き。約3分のレース中にみせる、上腕部が大きく膨らんだ浮き出る筋肉と、肉体を酷使させ続けながらの持久戦、それらを緻密に計算し尽くした選手のみに許されるゴール直後のガッツポーズ。
世界最高峰の選手たちが集まるレースは、どのシーンをとっても上質で、撮影後には、まるで3時間の超大作映画を見終えた後のような、満足感と充実感があります。
もちろん、パラリンピックでは、僕は必ず撮影するのですが、パラリンピックに限らずとも、世界のトップアスリートが集結したこの種目を撮影する為だったら、地球の反対側にだって行くぐらい、語り尽くせないほど、惹きつけられる魅力的な種目です。
そんな、1500メートル(T53/54)種目で日本人で唯一、パラリンピック(2016年・リオ)で決勝まで勝ち進んだのが樋口政幸選手(プーマジャパン)です。
この樋口選手、どんな時も派手な言葉を使わずに、常に寡黙で淡々と練習をこなし、重要な大会に向けて鍛錬を積み重ね、着実にピークを合わせてきます。家の中では、常に車いすを磨いているんじゃないと思うぐらい、ストイックなイメージの選手です。
ストイックな樋口選手はこのコロナ禍の中、どんな過ごし方をしているのかと気になり、電話で尋ねてみました。
「家の中でレーサーに乗り、ローラーを回している。今できることをやるしかない」
「外に出れず、暇ですが、この年齢(41歳)になると耐性というか、そんなにストレスも感じないんですよ」
と、動じないブレない発言。なんとも、樋口さんらしい・・・。
さらに「癒しとかリラックスとかないんですか?」と尋ねると、
「2歳になる飼い猫の“ゲン”ですね」と、樋口選手の声のトーンが少し和らぎました。
飼い猫と一緒の樋口さんの表情をどうしても見たいと思い、
お互いの携帯電話とパソコンをつないで、初めてリモート撮影にチャレンジしてみました。
撮影に入っても、じっとはしてくれず気ままに動き回るゲン。何度も樋口選手の手からこぼれるように離れてしまいます。
樋口選手は、やさしい表情で「猫ですからね~」。
ゲンの気分を待ちます・・・
最初は、トレーニング器具近くに撮影場所を決めましたが、なかなか、上手くいきません。場所が問題なのかなと思い、陽が入る窓に近い場所に移動してもらいました。
場所をかえると、なんと、ゲンは樋口選手の手元から離れようとしません。ここからは、もうトップモデル並みの愛くるしい表情も何度も見せてくれました。
これかっ!これは癒しです。画面越しの僕でも、どんどんにやけていきました。

直接、被写体に会いに行っての撮影が出来ないコロナ禍だからこそチャレンジしたリモート撮影でしたが、これまで、練習中や競技中には見たことがない、樋口選手のなんとも言えない柔らかい表情が撮れました。僕が直接カメラを構えても撮れないような、リラックスした表情が撮れたのは、リモートならではかもしれません。
樋口選手の強さを支えているであろう、ゲンとの癒しの時間を垣間見ることが出来て、僕も癒されました。
最後の写真は、2016年のリオデジャネイロパラリンピックの5か月後に撮影したものです。ピーク時でもない状態にもかかわらず、鍛え抜かれた樋口選手の上腕部は、小顔の女性ほどの大きさがあり驚きました。

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