パラ陸上・走り高跳び鈴木徹は、「高さを作るアーティスト」

陸上 2021年5月11日
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2016年6月 和歌山県で開催された日本代表合宿。跳躍では、鈴木選手を真正面から撮影することが多い。鈴木選手がふわっと宙に浮いてシャッターを切る瞬間、この瞬間に立ち会えることがうれしくて心の中でガッツポーズしてしまう

鈴木徹の走り高跳びは、まるで演劇で舞台を見ているかのようだ。
僕の大好きなミュージカルを観ている感覚に近く、舞台で思想や感情を表現する芸術作品のようなのだ。
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2000年のシドニー大会から5大会連続でパラリンピックに出場している走り高跳びの鈴木選手の跳躍は、僕の心を揺さぶり続けています。

なぜ彼の跳躍をそう感じるのか不思議で、鈴木選手本人に直接お尋ねしてみました。

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2017年7月 イギリス・ロンドンで開催されたパラ陸上の世界選手権。この大会では観客から送られる手拍子と鈴木選手のリズムが綺麗にシンクロしていた。珍しく観客席から撮影した一枚。2メートル1センチを跳び、見事、銅メダルを獲得した


Q:鈴木さんの跳躍を見ていると、ミュージカルを見ているような感覚になります。


舞台があって、1分という時間を与えられて、その中で「どうぞいいパフォーマンスをして下さい」という感じは一番近いかもしれないですね。表現をするアーティストに近い感じはあると思います。

跳躍は、3次元でいろんな所に動くし、洗練された動きもいろいろあるので、やはり跳躍種目には芸術的なものが入っている気がします。動きが流れていればきれいに見えますし、ぎくしゃくしていれば高さもでないです。見てる方も「ちょっと下手だなあ」とわかると思います。また、跳躍がどんどん変わっていく面白さもあります。僕も5年前や10年前とは違う跳躍をしていると思います。

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2020年12月 沖縄県で開催された日本代表合宿の様子。跳躍の練習では、毎回、自身でセッティングを行う。華麗な跳躍の裏には、日々のこういったトレーニングの積み重ねがあります


Q:鈴木さんにとって“跳ぶ”とは、どういうことでしょう?子どもにもわかるくらい分かりやすく説明して頂けますか?


高校時代にハンドボールをしていました。ボールを持って人間の上を飛んでいくときの気持ちは、王様気分のようでした。ハンドボールと同じように、高跳びも「人よりも高い所を跳んで行く」というのは、気分がよくて、気持ちがいいんです。

例えば、富士山を「高いな〜。日本一だな〜」と下から上を見て思いますが、頂上にいて上から下を眺める景色は、最高だと思うんです。頂上に行ったことがある人にしかわからない景色が見れますしね。

だから僕らは登山家に近いかもしれないですね。ちょっとでも高さに挑戦して、そこからの違う景色を見たいと思うんです。実は、僕、まだ富士山に登ったことがないんですけどね(笑)

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2016年6月 新潟県で開催された陸上のジャパンパラ大会


Q:高跳びではどんな景色が見えますか?


景色はあんまり見ないですが、体が上がっているのはわかるんです。体が2mぐらい持ち上がっている感じがあるので、ふかんして優越感がありますね(笑)。だって、一般の人は何か道具を使わなければ出来ないんですよ。例えばロイター板を使うとか、よじ登るとか。それを僕らは(足に履いている)スパイク1つで出来るんです。その「いいだろ!」的な感じがありますね。

人が単純に“上がる”というのはすごいと思うんです。上から下に降りてくるというのは簡単に誰でも出来ると思うのですが、下から上に上がるというのはなかなか出来ないので、「いいだろ。こんなに飛べるんだぞ!」という感じです。

子ども達の前で跳躍すると子どもたちからはすごい高さに見えるので、気持ちがいいですよね。「俺はこういうものを持ってるんだぞ!」というものを子ども達に見せたいし、逆に「君たちは、何かこんなものがある?」と問いかけると、じゃあ私はパソコンが使えるとか、じゃあ私は音楽で歌を上手く歌えるとか、自分が好きで得意と思うことはとても大事だと思います。

だから、僕は自分を『高さを作るアーティスト』だと思うんです。そして、みんな誰でもアーティストだと思っています。音を届けるアーティストもそうだし、越智さんはカメラを持って1枚の写真で表現していますよね。僕は自身の体を使って高さを出す表現をしているので、ミュージカルの高いステージから表現をしている感じです。

ミュージカルのステージが低かったら、いまいちですよね。例えば小学生が跳べる高さを跳んでも、全然驚いてもらえないと思うので、だからこそ高さという驚きが大事なのだと思っています。

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2020年12月 沖縄県で開催された日本代表合宿。踏み切りは障害のない脚で行う


Q:鈴木選手の踏切は左脚の健側(障害のない脚)なので、まさしくスパイクだけの跳躍ですよね?


スパイクだけで自分を持ち上げて行きますね。補助も特に無いですし。例えば、バンジージャンプは手を離せば出来ることなので、自分はワッ!となりますが、周りの人は特にすごいとは思わないですよね。ですが、高跳びの体が空中に浮くという姿は、特殊な動きだと思うんです。別次元のような何かがあるんじゃないかと思います。

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2020年11月 地元山梨県での個人練習。助走を始めるスタートラインに立ち、バーと対峙する瞬間、鈴木選手は何を考えているのか


Q:スタートラインに立った後、何か考えますか?


スタートラインに立ったらもう何も考えない方がベストです。わかりやすく言うと、アーティストの方がライブのステージにポンと出る感じです。さあ、本番ですよ、という感じで。だから、そこでスイッチが切り替わる。

僕の場合は、スイッチが常に入ってはいません。1回跳んだら、また1回オフになります。そして次の跳躍に対しての考えを自分の中でちょっとまとめてから、また次に跳ぶ感じです。だからスイッチを入れている時間は、本当に数十秒ぐらいしかないです。なので、その中であんまりあれこれ考えてもよくないと思っています。

一番いいのは、“線路”を感じるときです。その線路に乗っていけば、絶対にいい跳躍が出来るんです!でも調子が悪いときは、その線路が1本しかなくて、そのラインに入らないとダメなんです。スタートでバラツキが出てしまうとどうしても(跳躍の)踏切に影響してしまいます。

でも、調子が良いときは、最初に3本ぐらいラインがあっても最後に1本にまとまっていきます。それぐらい許容範囲が広くて、どんなスタートでも助走のラインが多少ズレていても、踏切が安定していてれば、踏切だけでガツンと跳べるんです。

最高のときは、ひたすらバーにめがけて、自分のいい道を行くだけなので、何かもうスーって行く感じです。あれこれ意識がないので、見てる方も「あっ!これ跳べた?跳べない?」と、わかると思います。

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2017年7月 イギリス・ロンドンで開催されたパラ陸上の世界選手権。観客に手拍子を求める鈴木選手。鈴木選手はこの大会で、手拍子を求めることを決めていました。それは2012年のロンドンパラリンピックを経験し、ロンドンの観客は盛り上げてくれる雰囲気があると知っていたからだといいます。結果は銅メダル。観客に力を貸してもらってのジャストミートの跳躍でした


Q:それ、僕もわかるときがあります。


越智さんが撮影してくれたロンドンでの世界選手権のときは、本当にもう、動きが流れていると言うか、たぶん僕だけでなくて周りの人も「ああ、これ跳ぶんだな」という感じが出ていて最高の状態でしたね。

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2019年11月 UAE・ドバイで開催されたパラ陸上の世界選手権。この日ベストの1メートル92センチの跳躍シーン。銅メダルを獲得し、シドニーから6大会連続となるパラリンピック出場権を得た


Q:高跳びの頂点で時間が止まって見えるときがあります。

僕もそう感じるときがあります。悪い跳躍のときは、「一跳ぶ」「二頂点」「三降りる」という感じです。いい跳躍のときは「一跳ぶ」「二三頂点」「四降りる」みたいな感じです。

空中で止まって見えるのは、おそらくいい跳躍です。もちろん、実際には止まってはいなくて、体が平行移動をしているのですが、なんか特殊で、同じ高さを跳んでいても止まって見える人と見えない人がいます。本当に不思議です。その頂点の瞬間を自分で作り出すのはとても難しいんですよね。

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2016年3月 UAE・ドバイで開催された陸上のアジアオセアニア選手権で跳躍の順番を待つ。この時、鈴木選手は何を考えているのか、勝手な想像を膨らましながら気になって撮影してしまいます


Q:高跳びならではの魅力とは?

練習ではもちろん上手くいかないことや心配も多くあるのですが、逆に練習がボロボロの状態でも1週間後に急に絶好調になることがあるんです。100m競技などでは、あまりそんなことはないと思いますが、跳躍はちょっとした歯車がクッとかみ合う瞬間があるんです。もちろん逆もありますが。

これは跳躍のあるある話なんですが、本当に不思議なんですよねー。

だから練習の量とかではカバー出来なくて、ちょっとしたきっかけでグググっと伸びる選手がいたり、逆にちょっとしたミスで全然跳べなくなったりする選手もいるんです。落差が大きい種目なんです。だから走り高跳びは、チャンピオンでも連覇する選手が少ないんです。オリンピックの100mだと(ウサイン)ボルトが3連覇していますけど。


Q:調子の落差が大きい部分は好きですか?

バラつきが多いと、けがのリスクも大きいのですが、そういう“水物”的な面白さはあるかもしれません。がむしゃらにもがいてやる競技は結構苦手なんです。ちょっとしたセンスやコツとかをつかむのが好きですね。同じことをずっと繰り返すよりは、ちょっと意識を変えながら、あれこれ試して自分に合うものを探っていく方が僕の性には合ってると思います。

試しに幅跳びをやってみたことがあるんですが、より高跳びの好きな部分がわかりましたね。

写真:高跳びスタート前の鈴木選手

2008年9月 中国・北京で開催されたパラリンピック


Q:飛び越えるバーの存在をどのように思いますか?

バーの高さが低いときは余裕なのですが、急にバーの高さが上がってくるとプレッシャーもかかったり、高いと感じたりします。100mの場合は周りの選手を見て「こいつ速そうだな」って力むと思いますが、僕ら(幅跳びの選手)はバーに対して思います。単純に「高いなー」と思ったり、前の人がいい跳躍すると「ヤバイ」「逆にイケるぞ」と思ったりと、様々なパターンがあり、番狂わせも沢山あります。

走り幅跳びの山本篤選手は他の人の跳躍を最後まで見ないで記録も知らないと言いますが、僕らは記録を知らないと順番がどんどん変わってきてしまうので、どうしても他の選手を多少見ながら試合をしないといけないんです。その分、目の前の映像に影響される難しさがあるかもしれません。

外的なものに高跳びは影響を受けやすい面があるからこそ、外的なものに影響されないことが一番大事だと思います。いかに無心に、オートマチックに体が動くかということが大事です。良い跳躍をする選手というのは本当にオートマチックにどんどん体が動いていますし、ちょうど良い力加減なんです。

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2017年7月 イギリス・ロンドンで開催されたパラ陸上の世界選手権。会心の跳躍だったという2メートル1センチを跳んで銅メダルを獲得。競技後、国旗を背に持ちながら堂々と競技場を去る鈴木選手。普段、こういったシーンに僕はほとんど興味を持たないのですが、鈴木選手のうれしそうな表情につられて思わずシャッターを切り続けました。観戦に来ていた子ども達がサインをねだる姿も印象的でした



高跳びに、ミュージカルやアーティストに通じる芸術性の部分があると聞いて、僕の勝手な感覚があながち間違っていなかったとうれしくなり、なぜ僕が彼の跳躍にずっと惹(ひ)かれ続けてきたのかを全部言葉にして頂いたような、興味深いお話しばかりでした。

特に、競技場ではクールで硬派な鈴木選手がなぜ“跳ぶ”のか?という根源の感情や、高跳びの知らなかった魅力も知ることができました。これからの鈴木選手の跳躍の撮影が、さらに楽しみでたまらなくなりました。

写真家 越智貴雄

写真家 越智貴雄(おち・たかお)

2000年のシドニーパラリンピックから国内外のパラスポーツの撮影取材活動を続けている。2012年、パラ陸上アスリートの競技資金集めの為、セミヌードカレンダーを1万部出版し国内外で話題となる。2013年9月のブエノスアイレスでの2020東京オリンピック・パラリンピック招致最終プレゼンテーションで映し出された「跳躍の写真」が話題になる。2014年、義足を美しくかっこよく履きこなす女性たちを撮影した写真集「切断ヴィーナス」を出版。2017年、寝たきりのお笑い芸人“あそどっぐ”さんの写真集「あそどっぐの寝た集」を出版。取材活動の他にも写真展開催や義足女性によるファッションショーなど、多数開催している。

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