創意工夫で限界を超える~パラ馬術・鎮守美奈選手~

馬術 2019年10月15日
写真:2018年10月の大会での鎮守美奈選手の演技

2004年のアテネパラリンピック代表、世界選手権に4回出場した実績がある鎮守美奈選手。脳性まひがあり体を思うように動かせないが、馬にまたがると背筋をピンと伸ばして乗りこなす。(写真提供:日本障がい者乗馬協会)

パラスポーツのなかで唯一、動物と一緒に行う馬術。感情の起伏がある馬に気を配りながら、臨機応変に指示を出さなければならない繊細なスポーツです。そのなかで障害が「最重度」とも言われる鎮守美奈選手は、パラリンピックや世界選手権で活躍してきた日本の第一人者。馬を自在に操る秘密はどこにあるのか。パワーでもスピードでもない、彼女ならではの強さに迫りました。

【パラ馬術】
東京パラリンピックで行われるのは馬場馬術。身体や視覚に障害のある選手が、障害の程度によってグレードⅠ~Ⅴの5つに分かれて行う。鎮守選手は最も重いグレードⅠ。リズムよく進んだり円を描いたりするなど、決められた課題をいかに正確に美しく演技できるかを採点して競う。

写真:鎮守美奈選手(左)と????

1975年生まれ、大阪府出身。馬と出会ったのは高校生のとき。最初は真っすぐ歩くこともできなかった。「私の指示は全く聞いてくれず、馬の気の向くまま、馬の行きたいところへ連れていかれる感じでした」。


■“非力”でも気力は人一倍
兵庫県明石市にある乗馬クラブ。ここを拠点に、鎮守選手は2003年から数々の国際大会に出場しています。身長148㎝、体重38キロ。普段は電動車いすで移動します。脳性まひのため言葉をすぐに発することが難しく、コミュニケーションにはメールが欠かせません。15年あまり指導している三木薫コーチのもとには、夜中でも練習に対する意見や相談のメールが届きます。「前回はここが気になり、納得できなかった」「私はこういう分析をしたので変えて試したい」など、口頭で伝えられないことをメールで逐一、詳しく伝え、練習に反映させています。「メールの嵐です(笑)。彼女は体が不自由な分、人の二倍は考えている。非力ですけれども、気力で言ったら、たぶん他のライダーには負けていないと思います」と三木コーチ。

写真:鎮守美奈選手

スタッフに支えられて馬のもとへ。体幹が弱く安定しないため、オリジナルのコルセットを着用する。


■馬具の改良で人馬一体をめざす
一般的に馬術では、両足で馬の腹を押したり、手綱を引いたりして馬に指示を送ります。でも、鎮守選手は障害の特性上、何かを意図的にしようとすると余計な力が入り、意志に関係なく手足が動いてしまいます(不随意運動)。すると、自分の意ではない余計な動きが伝わり、馬が混乱します。そこで、馬に気持ちよく運動してもらうためにこだわってきたのが、パラ馬術で認められている「馬具の改良」です。

写真:鎮守美奈選手

足が軽いので浮かないよう、足を置く鐙(あぶみ)は重いステンレス素材を使用。靴もゴムで鐙に固定します。さらに、鐙と馬をベルトでつなぎ、足の余計な動きを抑えて、姿勢の安定も図っています。

写真:鎮守美奈選手

三木コーチが持つのは、手綱。馬と意思疎通をする生命線です。こちらも鎮守選手が指示を出しやすいよう、素材、硬さ、厚さ、幅までこだわり抜いて作った特注品です。不随意運動によって自分が思った以上に強く引いてしまうことがあるため、一部を伸縮するゴム素材に替えています。

写真:鎮守美奈選手

こちらが一般の鞍。手前に手で握るホルダーがついている。

写真:鎮守美奈選手

こちらは鎮守選手の鞍。ホルダーをとっさに握ることが難しいため、オリジナルのバーに手を置いて安定させるスタイルを考えた。

他にも、選手がまたがる鞍のシートや、足を支えるニーブロックの形など、ここには書ききれないほどの改良の数々。鎮守選手が業者に直談判して、馬に乗っている姿も何度も見にきてもらい作り上げました。「私から見ても気の毒なぐらいミリ単位で作り直させていました」と三木コーチ。馬具の改良は今も続いています。


■馬との心理戦を制すために

写真:鎮守美奈選手

鎮守選手の気迫は馬にも伝わり、本番での強みになっていると三木コーチ。しかし、彼女の気の強さを受け入れ、かつ安全に乗せられる素直で優しい馬を探すのも難しいという。

障害が重いからこそ、馬具の工夫に力を注ぐ鎮守選手。しかし、馬に乗る練習時間は1回30分と短め。なぜなら、馬の集中力を保つのが難しいからです。パラ馬術では「常歩(なみあし)」「速歩(はやあし)」「駈歩(かけあし)」と呼ばれるスピードが違う3種類の歩き方があります。

障害が重い「グレードⅠ」では、最もゆっくり歩く「常歩」のみで演技。他のグレードは異なる歩き方を組み合わせるので集中力が保ちやすいのですが、グレードⅠは単調になりやすいと鎮守選手は話します。「私のグレードは馬の気持ちが一番休んでいい状況なのに、「くっきり、しっかり歩き、きちんとした図形を描いて」ということを要求するので、馬の集中力をキープするのが非常に難しいです」。

この馬との心理戦を制するために、自身も常にクリアな頭で接さなければなりません。さらに、騎乗すると少しずつ体が右に傾いてずり落ちていくため、体を正しい位置に戻すことにも気を配らないといけないといいます。こうしたことから、なるべくテキパキ乗ろうと、30分の集中練習に努めています。


■いつでも、どこでも演技をイメージ

写真:鎮守美奈選手

18年の秋からアスリート社員として勤務。練習時間が増え、より競技に集中できる環境を手に入れた。パソコンはキーボードを打つのが難しいので独自の機械を使って操作している。

馬を下りても情熱は冷めません。狙い通りの演技をするために、鎮守選手は普段からイメージトレーニングを欠かしません。「フリースタイル」という種目では、演技構成をコーチが考える選手もいるなか、鎮守選手はパソコンで演技構成を組み立て、細かいコース図を作成します。

写真:鎮守美奈選手

自分で何パターンも演技構成を作り、三木コーチに相談。ダメ出しされても、練り直すのが楽しいといいます。コース図が完成すると、印刷して、常に持参。出勤途中や電車の中などでいつも見てイメージトレーニングに励んでいます。「1つの動作をするにしても脳からの伝達のスピードが障害のない人と比べて確実に遅いと思います。テスト図を頭に叩き込み、先を読みながらベストのタイミングで指示を伝えられるようにしています」。

写真:鎮守美奈選手

練習後に馬を世話する鎮守選手。「人間が毎日同じ気持ち、同じ体調でないように、生き物である馬たちにも感情の起伏があり、体調の良し悪しがあります。毎回微妙に違い、それを感じ取りながら、ライダーの意思を伝えるという駆け引きのような楽しさがあります」

馬具の改良と、イメージトレーニングで理想の演技を追求してきた鎮守選手。その強さは、小さな体に秘めた“強い意志”にありました。障害の最も重いグレードⅠで、重度の障害があると言われる鎮守選手。でも、彼女の情熱と探求心に触れて、創意工夫をすれば、限界は突破できる。心に限界はない。そんな思いに駆られた取材でした。


鎮守選手は10月17~19日に静岡県御殿場市で開かれる国際大会に出場します。「自国開催なのでどうしても出場したい」という東京パラリンピックの出場枠は4つ。その選考にも関わる重要な大会です。アテネ大会以来、16年ぶりにパラリンピックの舞台に立てるのか。これからも活躍に注目していきたいと思います。

写真:鎮守美奈選手


中野 淳

平成18年入局。高松局、沖縄局をへて、東京アナウンス室へ。
パラスポーツとの出会いは、プライベートで訪れたロンドンパラリンピック。
スポーツ番組のキャスターとして、数多くのパラアスリートを取材し、リオパラリンピックでは開会式の実況などを担当。
2017年4月から「ハートネットTV」のキャスターとして、福祉とスポーツ双方の視点からの発信を続ける。

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