チャック・アオキ 〜車いすラグビー大国アメリカの絶対的エース〜

車いすラグビー 2019年12月24日
写真:チャック・アオキ選手

父親が日本人の日系四世であるチャック・アオキ(28)。来年の東京パラリンピックで活躍する選手の中でも目を引く存在になるだろう。ことし10月に行われた『車いすラグビーワールドチャレンジ2019』での取材からさらに掘り下げ、間違いなく2020年の主役のひとりとなるアオキ選手の魅力を伝える。


■車いすラグビーとの出会い 〜バスケットボール界のスターが車いすラグビーの道へ〜

写真:チャックアオキ

車いすラグビーの国内チーム数、競技人口が最も多いアメリカ。12月中旬、その中の選ばれし37名が、東京2020パラリンピックの代表入りをかけキャンプに挑んだ。世界ランキング2位、強豪アメリカの最終候補16名の中には、不動のエース、チャック・アオキ選手の名前もある。

遺伝子疾患のため、肘と膝から下の感覚がないが、子どもの頃から活発で、テニスや野球など色々なスポーツを楽しんだ。7歳の時に車いすバスケットボールを始めると、すぐに頭角を現し、10代の頃には地元ではちょっとした有名アスリートとなる。高校時代は、地元チームの中心選手として活躍。ジュニア選手権ではチームを全米チャンピオンに導いた。

地元で“スター”とも称されたアオキ選手が、車いすラグビーにひかれたのは、2005年。アメリカで製作されたドキュメンタリー映画『マーダーボール』に魅了され、11年間続けたバスケットボールから、車いすラグビーに本格的に転向した。「スポーツ本来のフィジカルで激しく、荒々しいところにひかれた」のがその理由だ。競技用の車いすをバスケ用から“ラグ車”に乗り換えた彼は、そこから車いすラグビー大国アメリカにとって欠かせない代表選手へと急成長していく。


■国際大会で着実に積み上げた実績 〜注目若手選手からベテランへ〜

写真:チャックアオキ

2016年9月 リオデジャネイロパラリンピック準決勝

アオキ選手は、車いすバスケットボールで培った、スピード、チェアワーク、攻守にわたるコートカバー力、味方や相手の動きを察知する広い視野にさらに磨きをかけ、競技転向4年後の2009年には国際戦デビューを果たす。翌年、車いすラグビー発祥の地カナダで行われた世界選手権では、19歳ながら攻撃の要であるハイポインターとして、世界制覇に貢献。若手の注目株として、国内だけでなく海外からも一目置かれる存在となる。

アメリカ代表として初めて参加した2012年ロンドンパラリンピックでは、銅メダルを母国に持ち帰る。2016年リオパラリンピックでは、オーストラリアとの決勝で惜しくも1トライ差で(59−58)金メダルを逃すも、チーム最多の21トライを決め、ベテラン勢の一員としてチームを引っ張った。

競技歴はことしで人生の半分となる14年を迎える。そのうち代表歴は11年。自身が参加したパラリンピックと世界選手権でメダルを逃したことはない。若手として注目を浴びた彼も、今では経験を積み実績を残し続けるベテランエリートアスリートだ。そんな彼は、コート外でもエリートとしての一面を持つ。


■コート外のアオキ選手 〜政治学博士過程で学ぶ現役大学院生〜

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日本国外で開催された大会であろうと、日本人記者がいる場のインタビューはいつもアオキ選手の日本語から始まる。コート上の険しい表情からは想像もつかないような笑顔でアメリカのユニフォームを指差し、「アカ、アオ、シロ」と言ったり、勝利後には機嫌よく「ヨロシコ!ヨロシコ!?」と現れたりして、記者に「よろしくです」と突っ込まれる場面もあった。日本人の父親を持つアオキ選手は「日本語を勉強中」なのだ。車いすラグビーとは違い、練習を重ねても「全く上達しない」という。

そんな彼が、現在本腰を入れて勉強しているのが、国際関係学と比較政治学。さらにスポーツ学も学んでいる。アメリカが誇る絶対的エースである上に、デンバー大学の博士課程で学ぶ現役大学院生なのだ。

実は彼、2016年リオパラリンピックの強化トレーニング中に、地元の大学を卒業し、中等教育の学士を取得した。一時は夢だと公言していた「高校の先生になること」は、競技生活が多忙で叶わなかったが、その後も現役引退後のキャリア選択の可能性を広げるため学び続けた。

オーストラリアのシドニーで世界選手権の開催が決まっていた2018年の初めから、別の大学に通い公共政策学の修士号を取得。8月に世界選手権を終えてからも様々な国際大会にアメリカ代表として活躍する傍ら、現在も博士号の取得を目指し、“二足の草鞋”を履いている。

現役を引退しても夢はたくさんあると言う。「大学の教授になるのも面白そうだし、研究者としてワシントンで働くことにも興味がある。世界各国が抱える様々な問題にアメリカが他国と、もちろん日本も含めて、どう連携しているのかリサーチしてみたい。体の不自由な他の人達、特に子どもたちを元気付け、パラスポーツに挑戦したくなるような講演イベントもしたい」。

叶えたい夢は尽きないが、今は学業ではなく、目前に迫った東京パラリンピックで、「変化したチームUSAの実力」を証明するため競技生活に全力を注いでいる。


■2018年世界選手権 〜アメリカを変えた悔しい銅〜

車いすラグビー世界選手権2018準決勝 日本対アメリカ

アオキ選手がアメリカ代表のキャプテンとして挑んだ、2018年世界選手権。予選では、格下ポーランド(世界ランキング13位 2019年12月現在)に苦戦した。「今まで戦った事がなかったから、どう戦っていいか、どう事前準備をすればいいかわからなかった」。スピードと戦略で対戦相手を圧倒してきたアメリカはこの大会、チームとしての戦い方を模索しているように見えた。

決勝進出のかかった大事な試合では日本に惨敗(51-46)。主要メンバーを交代しても試合のレベルが保たれる日本に対し、アメリカはスピードも持久力も経験もあるアオキ選手を予選からほぼフル出場させ、その負担は大事な試合のコート上で如実に現れることとなる。試合中いらだちをあらわにする姿が度々見られた。焦りからミスが出たり、ファウルを取られたりする場面もあった。結果、個々の強みをチームとしてうまく生かしきれず、銅メダルで大会を終える。この大会でアメリカは目覚め、チームの抜本的改革を目指す。


■個々からワンチームへ 〜再び目指すチャンピオン〜

写真

2019年10月 車いすラグビーワールドチャレンジ2019 イギリス戦

そのわずか1年後のことし10月、日本中がラグビーワールドカップの“桜戦士”の快進撃に熱狂する中、東京でもう一つのラグビー『車いすラグビーワールドチャレンジ2019』が開催された。

アメリカは、安定感とこれまでにないチーム力で、初戦、世界ランキング5位(2019年12月現在)カナダに13トライ差(59−46)で勝利し、続くニュージーランド戦では20トライ差(60−40)の圧勝。優勝候補の筆頭オーストラリアを4トライ差(55−51)で振り切ると、プレースタイルの違うイギリスには苦戦を強いられるも1トライ差(49−48)で勝ち切り、決勝に駒を進めた。

世界最高峰のチームだけが集まるこの大会。頂点に立つのは容易ではない。しかし、アオキ選手には絶対的な自信があった。「我々は誰が(コートに)出てこようとも、いい戦いができると信じている」。その自信の裏には、アメリカの“根底からの改革”があった。「2018年の世界選手権後、思うような結果が残せず、(チーム関係者や選手)全てのポジションを見直したかった。各選手が再評価された。メンバーを一から再評価して、今最高な16人がここにいる」。

各国の選手に自身の強みを聞くと、ほとんどがスキルやフィジカル、テクニックの話をする。だが、アメリカは違った。「この競技はすごくフィジカルで、早い。フィジカル競技に見えるかもしれないが、フィジカルでまかなえることには限りがある」。

アオキ選手に自身の強みを聞くと真っ先に「試合中のメンタル」と答えた。「優勢だろうが、劣勢だろうが、ストレスを抱えすぎたり、興奮したりせず、試合を通して、(精神的な)バランスを保てる事が自分の強み。スピードや早い切り返しなどもあるが、それらを可能にしているのは、集中力の安定性。それがあるから、闘争心を燃やし続けられる」。彼が絶対の信頼を寄せるチームメイト、ジョシュ・ウィーラー選手やチャック・メルトン選手も自身の強みに「メンタル」をあげている。

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2019年10月 車いすラグビーワールドチャレンジ2019 決勝戦


メンタルの強さとチーム力への自信を持ったアメリカが迎えた決勝戦。対戦相手は再び、世界ランキング1位(2019年12月現在)のオーストラリア。序盤は予想通りのシーソーゲームとなる。終盤、オーストラリアの攻撃の要、クリス・ボンド選手がラグ車の調整でコートから抜けたすきに一気に畳み掛け点差を広げる。そして、ベンチの選手も全員試合に出して、絶対王者相手に圧勝(59−51))、再びチャンピオンとなった。

アオキ選手は試合後、「(2019年8月末パラパンアメリカンゲームの)リマで、チーム一丸となってプレーできると証明した。どの選手がコートに出ても、コート上の4人全員がすごくいい試合をしてくれると確信している。2018年の世界選手権後、チームとして良くなることに重きを置いた事が役立ったと思う。今日は登録選手を全員出した事がそのいい証明になった」と語った。手応えは、確信へと変わった。アメリカは“強い選手が集まるチーム”から“強いチーム”へと変化した。

アオキ選手にとって代表9年ぶりの金メダル。「この結果にすごく満足しているし、これ以上うれしい事はない」だが彼は、すでに先の目標を見据えていた。「我々は世界一のチームだと信じている。でも、チームの一人一人が同じようにそれを確信してほしい。チームのみんなとプレーして改善していきたい。計画通りに進んでいるのは明確だが、最終的なゴールは改善すること。来年の東京パラリンピックを前に、より良くなることだ」。

全員で勝ち取った栄光は、東京パラリンピックへのいい弾みとなった。大舞台まで一年を切り、チーム力も増したアメリカに、今からさらに強化できる部分を聞いた。
「攻撃をもう少しクリーンにして、守備はより攻撃的にできると思う。オーストラリアもイギリスも素晴らしいチームで、今回対戦はなかったが、日本も素晴らしい。多くのことに懸命に取り組まなければならないが、今大会の優勝は、先に進む上でいい足がかりだ」。


■2020年東京パラリンピック 〜日系選手として“母国開催”への思い〜

写真:チャックアオキ

アオキ選手は、日本開催の大会で競技以外にも楽しんでいる事がある。「日本文化を体感できるのはすごく楽しい。家族のルーツがここにあるから、いろいろと知る事ができてうれしい」。
車いすラグビーワールドチャレンジ2019の試合前、日本の風習にならい、チームメイトと明治神宮を参拝した。「(お金をさい銭箱へ入れる仕草と参拝の仕草をしながら)さい銭をして、必勝祈願をした」その甲斐あってか、優勝という最高の形で大会を締めくくった。

アメリカコールも巻き起こる大歓声の中での試合を「日本のサポートを感じられてすごくうれしかった。本当にホームで戦っているようだった」と振り返る。「私は日本とのミックス。2020年の東京パラリンピックでは、アメリカチームも少し応援してもらえるとうれしい」とファンに呼びかけた。「ファンは信じられないくらい素晴らしかった。こんなにも多くの人がパラスポーツを観にきて、楽しんでいるのを見る事ができて本当にうれしかった。日本のファンの皆さん本当にありがとう。アリガトウゴザイマス。来年ここにパラリンピックで戻ってこられることを心待ちにしています」。


11月末、アオキ選手は、アメリカのパラリンピック委員会や大使館などの招待により、世田谷区を訪問した。目的は、東京都内でのアクセスのしやすさをアスリートの観点からアドバイスするため。強化キャンプの日程が迫る中、学業もこなし、忙しいスケジュールの合間を縫ってでも参加したのには特別な思いがある。「パラリンピックを控え、車いすラグビーに限らず、パラスポーツ全般に対して日本全体が熱狂し続けてくれたらうれしい。来年は日本で多くの素晴らしいアスリートを見る事ができる」彼は車いすラグビーだけでなく、パラアスリート、パラスポーツ界全体の成功を願っているのだ。

車いすラグビーがパラリンピックで正式競技として実施されるようになった2000年のシドニーから、アメリカは表彰台を逃したことがない(金:2000年、2008年、銀:2016年、銅:2004年、2012年)。だが、アオキ選手が代表になってからパラリンピックで金メダルを獲得した事はまだない。来年の開催国は“第二の母国”の日本。彼は、パラリンピックで唯一手にしたことのない、最も輝くメダルを目指す。

Chuck Aoki(チャック・アオキ)
生年月日:1991年3月7日
出身地:米・ミネソタ州
職業:アスリート、学生(博士号)
身長:約158cm
体重:約70キロ
競技種目:車いすラグビー
障害種別:遺伝性感覚・自律神経ニューロパチーII型
持ち点:3.0
ジャージ番号:5
代表歴:11年
国際大会デビュー:2009年
車いすラグビーとの出逢い:車いすバスケットボールの選手として11年活躍。2005年独メンタリー映画「マーダーボール」の影響を受け、車いすラグビーに転向。

経歴:
パラリンピック・・・2016年リオ銀メダル、2012年ロンドン銅メダル
世界選手権・・・2018年銅メダル、2014年銅メダル、2010年金メダル

好きなことわざ:
レンガの壁がそこに存在することには理由がある。
レンガの壁は、私たちを締め出すためにあるのではない。
レンガの壁は、私たちがどれだけ何かを本気で欲しているかを証明するための機会を与えるために存在している。
レンガの壁は、本気で何かを欲しがっていない人たちを静止するために存在するからだ。
レンガの壁は、「他の人たち」を締め出すために存在する。
(ランディー・パウシュ博士「最後の授業」より)
趣味:読書(歴史小説)、クロスワード、ゲーム・オブ・スローンズ鑑賞


(文:ミツキニス恵美 オーストラリア・ビクトリア州在住)

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