“チーム”で挑む個人競技 パラ陸上・唐澤剣也

陸上 2021年8月2日
写真:「15分9秒94」と書かれたボードの前で笑顔の唐澤選手とガイドの二人

ことし5月、埼玉県で開かれた大会でガイドと喜ぶ唐澤選手(中央)。「記録は去年から狙っていました。14分台を目指しています」

男子5000m視覚障がいのクラスで、一躍、東京パラリンピックの金メダル候補に名乗りを上げた唐澤剣也選手(27)。実業団の陸上部とも連携し、一緒に走るガイド=伴走者と成長を遂げてきました。支える/支えられるという関係ではなく、互いに高め合い、1つの目標に挑むチームを取材しました。(アナウンス室・中野淳) 


■実業団の陸上部と新たな連携


小学4年生のとき網膜剥離のため視力を失った唐澤剣也選手。2016年のリオパラリンピックで視覚障がいの選手が活躍したことを知り競技を始め、2019年の世界選手権では視覚障がいのもっとも重いクラス(T11)の5000mで銅メダルを獲得しました。

競技を始めた詳しい経緯はこちら。
【関連記事】「君の背中を押している!」仲間と走る東京パラ 陸上・唐澤剣也(2020/3/11)



めきめきと力をつける唐澤選手にとって課題の一つが、走力のあるガイドの確保でした。ガイドは選手のペースに合わせて走りながら、レースの状況を見て的確な指示も出さなければなりません。これまで市民ランナーの協力を得てきましたが、ことし4月、地元群馬の実業団であるSUBARU陸上競技部が協力することになったのです。

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SUBARU陸上競技部の小林さん(左)との2回目のレース。ピッチがほとんど同じで、伴走当初から息が合ったことが躍進につながった。テザー(二人をつなぐ紐)を握り合って走る


■支援ではなく互いに学び合う


週1回ペースでSUBARUの練習に参加している唐澤選手。選手やコーチが伴走するなかで一番しっくりきたのが、小林光二(こばやし・こうじ)さん(32)です。中央学院大時代に4年連続で箱根駅伝に出場。マラソンでは2時間8分51秒の記録を持ち、実業団のトップ選手として活躍。2019年3月に第一線を退きコーチになりましたが、今回、初めてガイドに挑戦することになりました。

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マラソンや駅伝で活躍した小林さん。「オリンピックや日本代表を目指していましたが達成できなかったので、とても光栄です」 

小林|同じ5000mですが、我々のステージとは全く違う世界でした。これまでは個人のことだけを考えてレースをすればよかったのですが、ガイドは唐澤さんの目であり、戦略的な頭脳でもあるので、いかに唐澤さんの実力を引き出せるかが役目です。

レース中は、前を走る選手との接触がとにかく怖いです。常に周りを見ながら「前が仕掛けた」と伝えたり、一周ごとのラップタイムを読み上げたり。5月に記録を出したときのレースは、自分としては1週間分ぐらいずっとしゃべっている感覚でした(笑)。

――ガイドに挑戦してどんな成長がありましたか?

小林|状況を細かく観察し、レースを一緒に運んでいくなかで「献身力」がすごく高まっているという自覚があります。

相手がきついときに楽をさせたり、逆にきつそうでも「ここは頑張ってほしい、ついていってほしい」という思いでガイドしたり。本人の気持ちと自分の気持ちをうまく絡み合わせて、レースを作っています。

ガイドで得た献身力を、所属する陸上部にも還元して、よりよいチームビルディングにつなげていきたいと思っています。

一方の唐澤選手は、小林さんから豊富な競技経験も吸収しているといいます。

唐澤|小林さんは合わせる能力が高いので、少ない力で、力まずに走れるのが大きいです。レースの組み立てや陸上に対する意識の高さも学んでいますね。明るい方で、レース前に緊張しているときも笑わせてくれて、とてもいい状態でレースに臨めているのでありがたいです。

写真:カーブ内側を端う唐澤選手(右)と小林さん(左)

効率的に走るためには、カーブで外に膨らまず、スムーズに直線に入っていくように伴走するのがポイント。なるべく内側を走るのが理想だが、選手がトラックからはみ出してしまうと失格になる。小林さんは第1レーンと第2レーンの間の白線上を走ることで位置をキープしている

写真:トラックで話す唐澤選手とガイドの二人

「もっと内側を走れたらいいのですが、まだ怖くて…」という小林さんに対して、「信頼しているので大丈夫です」と声をかける唐澤選手


■ガイドに求められる“合わせる力”


「前世は双子だったのでは(笑)」と周囲が言うほど走り方も似ていて、最初から相性がよかった二人。しかし、小林さんは課題とも向き合っています。伴走の終盤、互いに余裕がなくなったとき、唐澤さんの“歩幅が縮まって回転が上がる”のに対して、小林さんは逆に“歩幅が伸びてしまい”、動きがバラバラになってしまうのです。

「私の余裕度を高めて唐澤さんに合わせればいい。私自身がより競技力をつけないといけない」と小林さん。さらに走り以外にも必要なことがあるといいます。

小林|週1の練習頻度なので、まだまだ唐澤さんのことを知りません。私生活や趣味といったことも認知を深めて、競技以外のところも信頼関係を築いていけたらなと思います。

生活や性格を知ることで、走りのスタイルが見えてきます。ここはもっと頑張らせたほうがいいとか、レースプランも見直せるかなと思います。




■多彩な声で力を引き出す


5000mではガイドが途中で交代することが認められています。レース後半、3000~4000mで小林さんと入れ替わるのが茂木洋晃(もぎ・ひろあき)さん(25)です。群馬出身で高校時代は全国高校総体の3000m障害で3位。東京農業大学で4年間走ったあと、引退しようと思ったタイミングでガイドに誘われました。

写真:トラックを走る唐澤選手(右)と茂木さん(左)

身長181㎝の茂木さんと163㎝の唐澤選手。茂木さんは唐澤選手が走りやすいよう歩幅を狭め、体を左斜めにずらして腕の位置も合わせる

ふだんは実家のトマト農家で働き、収穫期は早朝から仕事をして夜の練習がきついこともあるそうですが、2018年のアジアパラ競技大会や2019年の世界選手権をともに走ってきました。

「唐澤さんがどうやって走っていいのか分からない時期からガイドをしてきたので、世界でトップを争うような選手になったのがとてもうれしい」と茂木さん。レース終盤の駆け引きでは、声のかけ方を工夫しているといいます。

茂木|試合中、基本的に選手の助力になってしまうことを言ってはいけないルールになっているので、「前の選手が何メートル先にいます」「後ろは何人います」など、“見える”情報をなるべく正確に伝えるようにしています。

残り1キロ、残り1周という勝負どころでは、声の強弱や口調を変えることで「頑張りましょう」という気持ちを伝えられたらと思っています。例えば「あと1周です」とか「あと200m」という情報を力強く伝えるようにしています。逆に、冷静にリラックスさせたいときは、ちょっとやさしめに言うこともありますね。

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レース後半、小林さん(右)に迫り、テザー(二人をつなぐ紐)を受け取って交代する茂木さん(左)。前半の唐澤選手の走りを観察して、後半の伴走に生かす 

ガイドを一人に絞る選手もいますが、唐澤選手はレース後半に交代することが気持ちの面でもプラスだといいます。

唐澤|レース途中で、一回、気持ちを切り替えられるんですね。3000mや4000mといった苦しいところで交代すると、「ここからだ!」というスイッチ入るんです。

前半はピッチの合う小林さんと力を温存して走り、後半はスピードのある茂木さんが私の長所であるラストスパートを引き出してくれます。二人ともガイドですが、同じ陸上の選手としてお互いに強くなりたいという気持ちがあるので、「戦友」のような存在です。

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取材した日は唐澤選手の誕生日前日。地元の方がプレゼントしてくれたケーキを率先して準備する茂木さん


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トラック以外でのサポートも自然にこなす。「唐澤さんがどういうときに力が入ったり、緊張したりするかもある程度分かるので、生活面もしっかりサポートしてレースに臨みたいです」 


■同じ目的を目指す“チーム”で挑む


レースを走る二人以外にも、朝のランニングなど普段の練習は市民ランナー15人ほどが伴走に協力しています。コロナ禍で感染対策のために、去年は伴走者を数名に減らして、なんとか走れる状況を維持した時期もありました。

東京パラリンピックでは陸上競技の初日となる8月27日に5000m、31日に1500mに挑みます。

唐澤|厳しい状況でも5月に記録を出せたのは伴走者さんのおかげです。東京パラで金メダルを獲るとるために皆さんが力をかしてくれました。一つのチームとして、仲間たちと一緒に金メダルという目標に向かっていきたいです。

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7月下旬、SUBARUの合宿にも参加。多くの選手やスタッフと一緒に練習し、東京パラに向けて強化に励んだ。SUBARUの選手たちも唐澤選手の活躍に刺激を受けている



唐澤選手が実業団のランナーと当たり前に走る光景は、“オリ・パラの境を超えた理想の形”だと感じました。私も高校は陸上部の長距離で5000mを“個人”で何度も走りましたが、このチームワークに惹かれ、現役時代にチャンスがあったらガイドをやってみたかったです。

小林さんが自身のコーチ業にも生きていると話していたように、伴走が手伝いや支援ではなく、ウィンウィンの関係であること。チーム唐澤の取り組みが特別なものではなく、実業団選手の新たなキャリアや育成としても広まってほしいです。そして、唐澤選手のようにトップ選手だけでなく、視覚障がいをはじめ、誰もが「スポーツをやりたい」と思ったときに取り組める環境づくりが、東京大会を機に一層進んでほしいと願ってやみません。


中野 淳

平成18年入局。
パラスポーツとの出会いは、プライベートで訪れたロンドンパラリンピック。
スポーツ番組のキャスターとして、数多くのパラアスリートを取材し、リオパラリンピックとピョンチャンパラリンピックでは開会式の実況などを担当。
2017年4月から「ハートネットTV」のキャスターとして、福祉とスポーツ双方の視点からの発信を続ける。

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