スポーツを、あきらめたくなかった。~パラバドミントン・正垣源選手~

2017年4月12日
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初めて正垣 源(しょうがき げん)選手を見たのは、2016年12月に行われた第2回日本障がい者バドミントン選手権大会の準決勝。「すごく“感情豊か”に跳んでいる人がいる」という印象でした。

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それは、今から思えば「打つことをあきらめない」というプレースタイルだったのかもしれません。

正垣選手は現在28歳。SU5という上肢に障害のあるクラスで、日本を代表する選手の一人です。「上肢の障害」には腕や指の切断、片腕や両腕のまひなどが含まれますが、正垣選手の場合、右腕の肘から先が生まれた時からありません。

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決勝戦、対戦相手は前年優勝の今井大湧選手(左)

バドミントンでは、ラケットを振るときに、反対の腕の重みを利用しています。正垣選手は右腕が短い分、左腕でスマッシュを打つ時などに力が入りにくくなります。また、バスケットボール競技のピボットのように体を回転させてプレーをする際には、軸足となる右側は軽く、動かす左側が重いため、身体の使い方でロスが出て健常者のプレーに比べるとスピードが遅くなる、ブレが出るということがあるそうです。

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パラバドミントンのルールは、一般のバドミントンのルールとほとんど変わりません。
2ゲーム先取のバドミントン。日本選手権の決勝は3ゲーム目がデュースにまでもつれ込む熱戦でした。優勝が決まった瞬間、正垣選手は床に転がっていました。
「喜びと言うより何か解放された気持ち。『なんかこれでもいいか…』と思って立つのをサボってしまったんです」と試合後のインタビューで話していました。

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2017年1月末、東京・町田市で行われたインドネシアチーム招へい町田合宿で

幼い時からスポーツ好きで、サッカー少年だったという正垣選手。しかし、中学に進んだ頃、“サッカーを惰性で続けている”感覚に。高校で別のスポーツをいろいろ試した結果、バドミントンと出会います。バドミントンと勉学を両立させながら大学、大学院に進学。地球科学を専攻し、アフリカ大陸の大陸移動の研究に取り組みました。研究機関に就職後も働きながらバドミントンを続けます。

そして2014年、バドミントンが東京パラリンピックで初めて正式競技になることが決まります。正垣選手は3年勤めた研究機関を辞め、2016年7月にアスリート雇用で転職。競技に打ち込む時間を確保し、2020年に挑む体制を整えています。

正垣選手の経歴からは、「自分がやりたいことをなんでも実現してきた人」という印象を受けます。
“表情豊かな”プレー、様々な“やりたいこと”を実現してきた経歴…そんな正垣選手のことを深く知りたいと思い、インタビューを申し込みました。


――バドミントンも、大学も、大学院での研究も、そして就職や転職も、自分のやりたかったことを次々実現しているような印象を受けるのですが。
やりたかったことを最初、仕事としたのはそうですね。でも、一番やりたかったことではなかったというところが難しいところです。
昔からスポーツが好きでしたけど、それで生活をしていくのは難しいと思っていて。大陸移動の研究をしていて楽しかったんですけど、「スポーツのほうが面白いなあ」と思いながら就職をして。研究者になるわけではなく、研究所の事務系の職員をしていたんですけどね…。その仕事もすごくやりがいがあったのですが、やっぱりスポーツへの思いはあって。

合宿中の様子

2017年1月末に行われた合宿より

スポーツはやるのも好きだけれど、サポートやガバメント(組織運営)や、科学とスポーツの関係にもすごく興味があります。自分のパラバドミントン国際大会出場経験を考えると、今この段階でアスリート雇用を経てパラリンピックを目指すという選択をしたほうが、セカンドキャリアで本当にやりたいことをできると思って。
2020年の大会が終わった後に、選択肢の一つとして自分のバックグラウンドの科学系だったり、スポーツ系をベースにしたガバメント(組織運営)だったり、それらをベースになにか社会に向けて発信することをしたいんです。なので、自分としてはやりたいことはやっていたけれど、もっとやりたいこと、やりたかったけどあきらめてしまったことを、もう一度追いかけてみたいなというのが今の気持ちです。

――そう考えると、高校生の時にバドミントンと巡り会ったことが大きいですね。
そうですね。当時、高校から始めたときはパラリンピックの種目ではなかったですし、(健常者の中でやっていたので)障害者のバドミントンの世界も知らないですし、そこは本当によかったなあと思います。

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日本選手権の準決勝、浦哲雄選手(左)との対戦。11月末に行われたパラバドミントン アジア選手権大会では敗けた相手です。「バドミントンは体勢が崩れた状態で、どれだけいろんな球が打てるか、強い球が打てるかというのが大事ですね、特にシングルスでは。練習時間が増えたことによってそこが一番変わったと思います」と、正垣選手。

――正垣さんの、「あきらめない」という気持ちはどこから沸きあがってくるのでしょう?
漠然とあきらめないという気持ちは昔からですね。元々あきらめが結構悪い性格なので(笑)。

インタビュー中の様子
インタビュー中の正垣選手。笑顔が印象的

今回のインタビュー中に、実は「2020年までの今後の3年間をどう考えているのか」と何度も聞いてしまっていました。すると、正垣選手は少し困ったような感じで「5月にタイで開かれる国際大会まで時間が空く間に、3年間を組み立てようとしていたので…」とおっしゃっていました。

他人から見るとやりたいことを次々と実現しているように見える人生でも、その過程では迷いやあきらめがあったり、「やり直し」があったりするのかもしれません。2020年には31歳になる正垣選手。これから“3年”という時間は彼にどのような変化をもたらすのでしょうか?

インタビューの最後に、正垣選手はそっと「今後の3年間、ちゃんと考えますね」と言ってくださいました。“あきらめなかった瞬間”も含めてどのような時間を紡いでいくのか、正垣選手を見続けていきたいと思います。

正垣 源(しょうがき げん)

パラバドミントンクラス:SU5(上肢障害)
生まれたときから右ひじから先がない先天性欠損症。
高校の部活からバドミントンを始め、神戸大学在学中も体育会バドミントン部で活動。

・主な成績
2016年2月 第1回日本障がい者選手権大会 SU5男子シングルス 準優勝/SU5男子ダブルス優勝
2016年 アイルランドパラバドミントン インターナショナル SU5男子ダブルス 3位
2016年 インドネシアパラバドミントン インターナショナル SU5男子ダブルス 3位
2016年12月 第2回日本障がい者選手権大会 SU5男子シングルス 優勝/SU5男子ダブルス優勝

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