【全英連 第8回 全国高等学校英語スピーチコンテスト】一ノ瀬メイ選手動画

競泳 2019年2月4日
【全英連 第8回 全国高等学校英語スピーチコンテスト】一ノ瀬メイ選手動画

2015年2月8日(日) 国立オリンピック記念青少年総合センターにて、第8回全国高等学校英語スピーチコンテストが開催され、当時17歳の一ノ瀬メイ選手が1位となりました。
2020年・東京パラリンピックへの思いも詰まった内容を、是非ご覧いただければと思います。

全英連 第8回 全国高等学校英語スピーチコンテスト


◆和訳
「障害って何?」 紫野高校 一ノ瀬 メイ

私の腕は短いです。あなたは,私をどう呼びますか?ほとんどの人は「障害者」,つまり「障害を持っている人」と言うでしょう。生まれたときから私はそう呼ばれてきました。しかし,なぜそのように呼ばれなければならないのでしょうか?多くの人は,心身の機能が損なわれている(機能障害)人は「障害を持っている」と思っています。でもそれは違うと思います。たとえば,私の腕は短いけれど,これは私にとって「障害」ではありません。勉強もできるし,自転車にも乗れます。泳ぐことも,髪を完璧に結ぶこともできます。私はなんでも自分でできます。ではなぜ私が,「障害を持っている人」と言われなければならないのでしょうか。なんでもできるのに!

イギリスでは,心身の機能が損なわれている人を“disabled person”(できなくさせられた人)といいます。私はイギリスで,2つの障害のモデルがあることを知りました。「個人モデル」と「社会モデル」です。「個人モデル」はその人の「障害」の問題を個人的な能力の問題だとする考え方です。「個人モデル」の考え方は広く知られていると思います。しかし「社会モデル」はどうでしょうか?多くの人は,聞いたことがないのではないでしょうか。しかし,私は「社会モデル」を知ることはとても大切だと思います。それは,「障害」に対する理解をより深めることになると思うからです。

「社会モデル」はイギリスではよく知られるようになってきている考え方で,障害を生むのは個人の機能的な問題ではなく,社会がその障害を作り出しているのだ,という考えです。では,社会が障害を作り出すとはどういうことでしょう。例えば外国に行ったとき,言葉が通じずに不自由を感じたことはありませんか?そんなときにあなたは,その社会で能力的に「障害を持つ」こととなるのです。眼鏡やコンタクトレンズをつけている人が,そういった発明品のない社会で暮らせば,障害を持つことになります。また,そこに段差や階段がなければ,車いすを使う人は能力に「障害をもつ」ことにはならないのです。私は「社会モデル」の考え方に同意します。「社会」とは何か?それは人です。私たちが障害を作り出している張本人なのかもしれないのです。


初めに述べましたが,私はなんでも自分でできます。しかし,私には「障害を持たされている」と感じるときがあります。私のことを他の人がじろじろと見るときや,私のことをよく知らないで「障害者」だと決めつけられたとき,私は自分のことを「障害者」なのだと感じます。9歳のとき,競泳クラスに入るためスイミングクラブに行きました。しかしそのクラスに入ることはできませんでした。障害者のために設けられた特別なクラスにしか入ることはできない,と言われたのです。私の短い腕を見ただけで,実際には泳げるのに,ほかの人たちと同じようには泳げないだろうと決めつけられてしまったのです。私はそのとき,生まれて初めて障害者であることを認識させられました。そのスイミングクラブが私を障害者にしたのです。現在,私は競泳の選手をしています。韓国のインチョンで開催されたパラリンピックアジア大会にも出場して,先日帰国しました。その大会では,銀メダルを2つと銅メダル2つを獲得することができました。だからもし,あなたが泳げなければ,私がその方法を教えて差し上げます。そうすれば,あなたは海の中での「障害者」ではなくなります。

私は2020年東京パラリンピックに選手として参加することを目指しています。その大会が,大きな成功をおさめることを願っています。ご存知のとおり,パラリンピックロンドン大会は素晴らしい大会でしたが,私はそれは障害者でない人達の理解によってもたらされた成功だったと思っています。どれだけの障害者でない人が,「障害者」を真に理解するでしょうか?このことが,東京パラリンピックが2012年のロンドン大会と同じように大きな成功を収めることができるかどうかの,とても大切な要素だと思います。


みなさんが「社会モデル」について理解し,「障害者」の定義を新しい視点で見ていただければと思います。2020年まであと5年しかありませんが,このとらえ方が広まることを願います。大切なことは,よく知らないで人を判断しないこと,人はみんなそれぞれ違っていて,特別であることを理解することです。社会が障害者を作るなら,その社会が障害者をなくすこともできるはずです。

<disability 活動能力が制限されている「能力障害」>
<impairment 心身の機能が損なわれている「機能障害」>



◆原文(English)

The Disabled

I have a short arm. How would you describe me? I think most of you would call me a “障害者”. Which means “a person with a disability”. I have always been called this since I was born. But why do I have to be called that? I think many people think a person with an impairment is a person with a disability. But I think this is wrong. For example, my impairment is my short arm but this is not my disability. I can study, I can ride a bike, I can swim, and I can tie my hair perfectly, I can do anything by myself. Then, why do I have to be called “a person with disability”? I am completely able!!

In England, a person with an impairment is called a “disabled person”. There I came to know that there are mainly two disability models: the "individual model" and the "social model". The "individual model" locates the 'problem' of a disability within the individual. I think most of you are familiar with the idea of the "individual model", but how about the "social model"? I think many of you haven't heard of it before, but I believe it's very important to know about it as it will help you better understand what a "disability" is. The "social model" is an idea that is starting to become popular in England and is based on the idea that it is society that makes people disabled and not their impairments. You might wonder how a society makes someone disabled. But please think about it. Have you ever been to a foreign country and couldn’t make yourself understood? Then you were “disabled” in that society. Those who are wearing glasses or contact lenses, you would have been disabled without those inventions. And if there weren’t any stairs or steps, a person on a wheelchair would not be “disabled”. I agree with the idea of the "social model". So, what exactly is "society"? It's people. That means we may be the one to create disabilities.


As I said at the beginning, I can do anything by myself. But there are some things which make me feel disabled. I feel disabled when people stare at me, when people label me as disabled without knowing me. When I was nine years old, I went to a swimming club to join a swimming class for racing but they didn't allow me to join the class. They said I could only join the class specially set for the disabled. They just saw my short arm and thought I couldn't swim like everyone else when I actually could. That was when I felt disabled for the first time in my life. The swimming club made me disabled.

Now I'm a swimmer and I recently came back from the Asian Para Games held in Incheon. I won two silver and two bronze medals. So if you are not able to swim, I can teach you how, then you will no longer be "disabled" in the sea.

I am aiming to take part in the Tokyo 2020 Paralympic Games and I hope this game will be a great success. As you know, the London 2012 was an amazing success. I think this was brought by the non-disabled people's understanding of Paralympic athletes. How many non-disabled will be a real advocate for "SHOUGAISHA"? I think this will be a very important factor for Tokyo 2020 to have the kind of success London 2012 had.

I hope you came to understand the idea of the "social model" and start to look at disability from a new perspective. So with only 5 years left until Tokyo 2020, I hope this idea spreads. I think the important thing is not to judge people without knowing them and try to know and to accept that everyone is deferent and special in their own way. If society is the one that's making people disabled, society can also be the one to stop making them disabled.


2015年3月26日、ハートネットTV『WEB連動企画“チエノバ』の中で、一ノ瀬メイ選手のスピーチを紹介いたしました

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