"音"で限界を超える 走り幅跳び 髙田千明~超人たちのパラリンピックより~

陸上 2019年2月20日
"音"で限界を超える 走り幅跳び 髙田千明~超人たちのパラリンピックより~

髙田千明は視覚障害の走り幅跳び選手。その目は、かろうじて光を感じられるだけ。助走路や踏み切る位置も自分で見ることはできない。そうした状態の中、コーチ兼コーラーの大森盛一が出す掛け声に合わせて真っ直ぐに走り、跳躍をしている。
晴眼者は目を閉じると、全力疾走はおろか真っ直ぐ進むことすらできない。この極めて困難な競技で、髙田選手は東京パラリンピック金メダルを目指している。番組ナビゲーター為末大が練習を見学したあと、髙田選手と対談を行った。


※晴眼者…視覚に障害のない人
(跳躍は、2018年6月 関東パラ陸上競技選手権大会時のものです)

■恐怖との闘い

為末:いきなり変な質問から始まって申し訳ないのですが…競技、やってて怖くないんですか?

髙田:怖いです(笑)。目隠しをして一人で走って跳ぶので、怖くないわけがないです。
最初から助走がそれたときは大森さんが声で止めてくれますが、ギリギリどうかな?というときは止めずに跳ばせるんです(笑)。過去には着地のときに砂場から片足が出て「痛っ!」みたいなこともありました。正直、将来的にも怖くなくなるっていうことはないかなと思っています。いつか言ってみたいですけどね、「全然怖くなくなりました。楽しくて仕方がないだけの競技です」って。
大森さんが幅跳びのコーチを始めた頃、まず言われたのが「この競技は怖いのなんか当たり前なんだから、絶対怖いって言うな。怖いって言った瞬間に指導を辞めるから」でした。でも結局、私は「怖い、怖い」って言い続けてました(笑)。

為末: なるほど。では、試合も恐怖感との闘いになってくるわけですか。

髙田:不思議と試合のときはそうでもないです。試合ではとにかく「少しでも記録が欲しい」という思いが前面に出るので、怖いっていう感情はどこかに飛んでいってますね。

為末:少しの間だけ恐怖を忘れる、という感じですか。うまく自分をコントロールできている。勝負強さの現れですね。


■真っ直ぐ走る難しさ

2018年9月 日本パラ陸上競技選手権大会より100m(T11クラス)


為末:真っ直ぐ走るには何が大切なんですか?

髙田:まず“真っ直ぐがここか”というのをイメージして、さらに正面に大森さんが立って音を出してくれたときに“自分のイメージ”がどれだけズレてるか、という修正をする。それがきっちり決まったら、そのあとはもう、腕と脚、膝をしっかり中心に寄せるように、大森さんの音により近づけるように走る、という感じですかね。

為末:大森さんの声がどの方向から来ているかというのは、正確にわかるようになるのですか?

髙田:声がどこから来ているか、集中してつかめるようになるまでには、ちょっと時間がかかりました。今の助走は24メートルですが、最初は7メートルくらいから始めました。それくらい近くじゃないと、音が出ている方向が正確にわからないし、真っ直ぐに走ることができなかったんです。

為末:本当に、徐々に徐々に精度を上げてきた感じですね。


■音を極める-日常生活と競技の接点

為末:髙田さんは当然、日常生活も視覚を使わずに送られていると思います。日常生活の中で、何か競技に役立っていると感じることはありますか?

髙田:私はもう、目の情報がないので、外を歩くにも街の音を耳で全部覚えなきゃいけないし、耳で方向も捉えるしかないんですよね。どこから人が呼んでるとか、どちら側から音が鳴っているかっていうのを、日常の中で行っています。
実は、雨の日なんかは、雨の跳ね返り音みたいなのが多くて困ります。ザーッという砂嵐の中で「必要な音だけを探せ!」みたいな感じなので、本当に集中して音を選び取って行動しないと命に関わります(笑)。こんなふうに普段やっていることが、競技にもいきているのかなとは思います。

為末:ディレクターから聞いたのですが、髙田さんは、練習仲間が走る足音だけを聞いて、誰が走っているか当てられるそうですね。

髙田:はい。だって、足音ってみんな違いますよね?

為末:いや、そんな同意を求められても(笑)。普通はわからないと思います。

髙田:足音で誰かを当てるだけじゃなくて「あの子は靴換えたな」とか「怪我してるのかな」とかもわかります。本人に聞くと大抵、当たってますよ。「そうそう、いま膝の調子が悪いんです」とか。そういうのは皆わかってるものだと思ってました。

為末:ぼくは全然わかりませんでしたよ。一応、陸上競技を20年くらいやってましたけど(笑)。髙田さんは音に対する感覚はもちろんですが、記憶力もすごいですね。

髙田:記憶力でいうと、私は声優さんの声を覚えるのも得意です。ただ、それが映画鑑賞の邪魔をすることがあって…。

為末:どういうことですか?

髙田:吹き替えの洋画とか見ていると、脇役の声をメインの声優さんが兼ねていたりすることがあるんですよ。目が見えている人は顔が違うから判別できるのだと思いますが、私からしたら「?」でしかない。メインの人が急に出てきたと思ったらすぐ死んじゃったんだけど…どういうこと?みたいな(笑)。

為末:同じ声優さんが、違う役をちょっとトーンを変えてやってたんでしょう。それが髙田さんには見破られてしまうという。

髙田:そうです、そうです(笑)。



■見えないからこそのコミュニケーション


為末:
髙田さんの場合、目が見えないから練習のフィードバックが非常に難しいですよね。写真や映像を見て自分のフォームを修正したり、チャンピオンの映像を見てお手本にしたり、という晴眼者アスリートなら誰もがやっていることができない。

髙田:指導者の言葉でどれだけイメージできて、それをどこまで体現できるかにかかっていますね。走り幅跳びの跳躍は複雑です。「踏み切ったときに腕がこうなっているべき」「顔の位置がこうなっているべき」「足が下がっているべき」「そのときの角度はこうなっているべき」…など色々あって、どれだけ説明してもらっても難しい。なので、話し合っては跳び、また話し合っては跳び、の繰り返しです。ただ、何十本跳んでも、イメージの擦り合わせに時間がかかるというか…。

為末:すごく喋らないといけないですね。

髙田:私はいいんですけど、指導する側もずーっと喋らないといけないので、申し訳ない(笑)。今は年に数回、井村久美子さん(旧姓:池田/日本記録保持者)にも指導を仰いでいます。井村さんも言葉の表現を色々と工夫して私に理想の跳躍をイメージさせてくれます。

為末:イメージがうまく一致した例ってありますか?

髙田:あります。そういうときは、なるほど!すごーい!と思えます。

為末:具体的にどんな表現だったんでしょうか?

髙田:そのときは「着地の手前で、折りたたみ携帯になります」って言われて。

為末:なるほど!

髙田:「体を前に折り曲げて、足の方に持っていって」と言われたときは、あまりピンとこなかったんですが…「折りたたみ携帯になりましょう」と言われた途端、ああそうか!と。

為末:いやあ深い話ですね。面白い。折りたたみ携帯っていうのは初めて聞いた例えです。ちなみにハードルでは「サーカスの火の輪をくぐるように跳べ」と言われるんですよ。そのイメージだと体が凝縮されるので、いいんですよ。

髙田:それ、すごくわかりやすいですね!

為末:これ、壮大な話になっちゃうんですが「なぜホモ・サピエンスは他の種と違って生き残ることができたのか」っていう問いがあるんですよ。当時はアウストラロピテクスとか、要は、人間になれたかもしれない種って、実はたくさんいたんです。ところがホモ・サピエンスだけが広がっていって、人類に繋がっていったんですね。何が違ったかと言うと、1つは「イメージを皆で共有する能力」だとも言われてるんです。そのおかげで生存率が高かったらしいんですよ。

髙田:へえー。

為末:例えば、危険についてのイメージを共有できなければ、皆が同じ場所で同じワニに食われるみたいな、同じような失敗をして滅んでしまうわけです。ホモ・サピエンスはイメージをシェアするのが上手だったので、危険のイメージはもちろんですが、ポジティブな方で言うと、皆でビジョンというか同じ夢を描いて、力を結集できたのではないか…それが良かったんじゃないかとも言われているんですね。

で、ぼくがすごく思うのは、人が体験できない世界を知っている人は、やっぱり世の中に語った方がいいんじゃないかと思うんです。髙田さんみたいに言葉に力がある人はなおさらです。何でもいいんです、何か悩んでいることなんかでもいいから世の中とシェアするだけで、世界がちょっと良い方に変わるような気がしています。

髙田:はい。頑張って発信していきたいと思います(笑)。

為末:ありがとうございました。



■為末大さんミニインタビュー「自分のイメージを言葉に落として伝えられる能力が重要」

 

超人たちのパラリンピック「“音”で限界を超える 走り幅跳び 髙田千明」
2月22日(金)[BS1]夜11時
 (再)2月24日(日)[BS1]午後5時
 (再)2月28日(木)[総合]午前1時50分
髙田千明選手は、視覚障害者の走り幅跳びの日本の第一人者。まるで“見えている”ように、まっすぐに走りジャンプする。走り幅跳びは他の陸上競技と違い、目の役割を担う伴走者はなく、視覚障害者にとって命綱の触覚も使えない。まさに恐怖心との闘いだ。髙田にとって頼りは“音”。助走や跳躍のタイミングやリズムを知らせるコーラーの声から、位置や方向など正確に読み取る。その秘密を探ると、驚くべき身体の機能が明らかに!

 

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