サムライ義足で2020東京へ ジャリド・ウォレス -ごとうゆうき・パラ陸上取材記―

陸上 2019年9月10日
写真

いよいよ8/25でパラ1年を切りました。
来年の今頃は、熱い戦いがすでに終わっていると思うと、時がたつのは早いですね。

今回は、T64(下腿義足)の全米王者スプリンター、ジャリド・ウォレス選手に、来日した機会にお話を伺うことができました!

ジャリド・ウォレス選手
1990年5月15日 アメリカ・ジョージア州生まれ
2015年、2016年の全米選手権を制し、リオパラリンピックでは100mで5位入賞、翌2017年の世界選手権では、200mで金メダル、100mで銅メダルを獲得しました。
今季世界ランキングは200m1位、100m5位というトップランナー今年5月に大阪で行われたゴールデングランプリにも出場し、11“30で2位に入りました。

写真

右がジャリド選手。5月の「ゴールデングランプリ」


そんなジャリド選手は、もともと一般の陸上で、州の高校生チャンピオンに輝くなど華々しい経歴の持ち主。
彼が足を切断したきっかけは、わたしも陸上を辞めるきっかけとなった「慢性コンパートメント症候群」というケガでした。

慢性コンパートメント症候群に診断されるまで、1年半ほどかかりました。すごく痛みがあって、それを我慢しながらトレーニングしていたんだけど、あまりにも痛みがひどくなって。診断を受けたときに手術という選択肢があると言われたんだけど、その時の自分にとっては手術をして6週間休みになっても、痛みがなくハイレベルで試合に臨めるならそうしようと思ったんです。

その後、4年にわたり、11回もの「足の再生」手術を受けたのです。
しかし、足は一向に良くならず、走るどころか日常生活もままならなかったジャリド選手。
ついに、ある決断をします。

とにかく、痛みから解放されたい、普通の生活がしたいと思って、足の切断手術を受けました。当時は鎮痛剤みたいなものにもすごく依存していましたし、その痛みのせいで全然普通に生活ができなくて、そういう状態にいたくなかったんです。

写真

足を切断した後、ジャリド選手が陸上を再開するのは自然な流れだったといいます。

走り出したきっかけは、自分の普通の生活を取り戻したいというのが一番でした。
もともとすごく走るのが好きで、競技に出るのが好きだったので、また陸上に取り組んだんです。
走るようになってすぐ、パラリンピックの話を聞きました。それを聞いて、最初から「自分は世界一になる」というすごく大きな夢を持って、自分がそれに向かったというのは、自分の性格らしいですね(笑)。

その後、瞬く間に世界のトップアスリートの仲間入りを果たしたジャリド選手。

そんな彼が今使っているのは、2大メーカーの海外製ではなく、なんと日本製の競技用義足なのです。
そのきっかけを、嬉しそうに話してくれました。

日本のメーカーの方から連絡をくれました。代表取締役の遠藤謙さんのビジョンに非常に共感したんです。
彼が言ってくれたのは、『一緒に共同開発をする事でまずは僕にとっていいものを生みたい。そして、それを社会に広めたい』というものでした。
素晴らしいエンジニアであり、素晴らしい人と一緒にやる事で、競技用義足の性能をどんどん向上させていくという事がすごく魅力的でした。例えばものすごく大きなメーカー、その業界の大きなメーカーと組むんじゃなくて、できたばかりの遠藤さんの会社と一緒にやって開発をしていくというそのビジョンが非常に気に入ったんです。

本当は連絡があったときにすぐに「YES!!」と答えたかったけど、まずは試してから、とはやる気持ちを抑えました。

写真

共同開発した義足を手に、笑顔のジャリド選手

試してみてとてもよかったので、共同開発の契約を結んで、いくつかブレードのバリエーションを作りました。デザイン面も含めてすべての使い方の面で業界をプッシュできると思っています。これまで遠藤さんとしてきた経験は素晴らしい、本当にポジティブな経験でした。

何が大きなメーカーと違ったのかを聞いてみると…

まず感触で全然違っていたのが地面を踏んだ時にそこに返ってくる反動力。それがとてもよかったんです。まるで義足をつけていないかのような感覚でした。

今回の来日では、6つの種類のブレードを試したそうです。

ブレードの角度を変えること、義足自体の硬さを変えること、そして膝に装着する角度の3つの要素を色々変えてみたんです。例えば同じ板バネでもつま先と地面の角度が平行だと柔らかく感じるし、傾けると固く感じる。だから、取り付け角度によっても板バネの硬さを変えなければならない、と、3つの要素で自分にとって“何が一番ベストか”というのを引き出しているところなんです。


写真

義足を手にしながら説明してくれているジャリド選手


「テクノロジーによって障害は障害じゃなくなる」―聴覚障害のため人工内耳を使っている身として、そう感じていますが、ジャリド選手にとって、義足はどんな存在なのでしょうか?

義足によって自分を表現する自己表現の自由が与えられていると思います。やっぱり自分は競技にでたりトレーニングしたりする時に一番幸せですし、自分はこのために生まれてきたんだなという気持ちになります。義足の共同開発は、最も正当なあるべき自分にアクセスできるっていう気持ちですね。

“テクノロジーで障害は障害じゃなくなる”というあなたの考えにとても同意します。

・・・

そんなジャリド選手、普段どう過ごしているのかを聞くと…

今は11月の世界選手権も迫っているのでトレーニング中心です。
でも、実は僕はあなたと同じで私は今年大学を卒業したばっかりなんです。なのでこの2-3年は空いた時間で勉強しなければいけないっていうのが一番大きかったですね。

陸上以外だと、大部分は家族ですね。もうすぐ男の子が生まれるんです。奥さんの事を助けたりとか子どもの用意をしたりとか、そういった事を今はすごく楽しんでいます。

大学は、手術をしたこともあって、7年間休学をしていたそうです。
8/5に卒業したばかりで、やっと終わったよ(笑)と嬉しそうな顔をして話していました。

ちなみに、お子さんは10/30が予定日なのだそう。

世界選手権には、さすがに来れないけれど、来年の東京には赤ちゃんも一緒に来てくれると思います。
子どもが生まれることで、頑張る理由が増えました。気持ちが新たになったんです。

じゃあ、来年の東京大会では、息子さんを抱いてウイニングラン、したいですね!というと…

いや、一緒に走るよ!まだ1歳にもなっていないだろうけど、自分の子供なら3か月から走り始めるよ!(笑)

と話してくれました。


写真

家族の話で笑顔があふれるジャリド選手


今回での来日で、なんと13回目というジャリッド選手。
好きな日本食を聞いてみました。

焼肉ですね。とんこつラーメン。しゃぶしゃぶ、もう食べ物の話をさせるのはやめてください!長くなっちゃいます。ランチはとんこつラーメンが好きです。夜は焼肉、しゃぶしゃぶ、もちろん寿司も大好きですよ。

でも何と言ってもウイスキーですね。日本の高級シングルモルトウイスキーはおいしくて、大好きです。使っている水が非常においしくて、リッチで豊かな味わいがあって。それにプロセスが非常に手間暇かけたすごく細やかなもので、それが日本的だと思います。

日本のウイスキーが好きすぎて、ウイスキーの図書館にも足を運ぶほどだといいます。

自分はアスリートとして、例えばパラリンピアンになる事と素晴らしいウイスキーを作る事の過程がすごく似ていると思うんですね。
それは一夜にしてできるものではなくて、ものすごく時間がかかるし、手間もかかるし、ものすごく専門的な知識と忍耐心みたなものも必要だけれど、もう1つ大きなビジョンというかイメージを持たないといけない。プロセスとしてはアスリートになる事も、ウイスキーを作る事も大変なんですが、その結果だけを見る人、楽しみたい人っていますよね。18年物のウイスキーを飲むだけで満足してしまう。アスリート、勝ち負けだけで見てしまう。なのでそういうところでもすごく似たものを感じます。

・・・

最後に、来年に向けての抱負を話していただきました。

非常にシンプルなゴールです。できるだけ多くの金メダルをアメリカに持ち帰る事ですね。今のところ100メートルと200メートルとユニバーサルリレーには出るつもりです。自分が最もフォーカスしているのは100メートルです。大会の中で最も興奮できるレースだと思うので、非常にやる気が満ち溢れています。
そして、僕はこれまで他の大会では金メダルをいくつも獲得しているんですが、パラリンピックではまだとっていないんですよね。それが本当に一番の焦点になっています。

私と同じ足のケガだったということで、どんなお話が聞けるのか楽しみでしたが、
本当に、純粋に走ることが好きなんだなと思いました。
私はケガが判明した時、「このまま走って足を切るか、陸上を辞めるか」と言われて、陸上を辞める道を選択しましたが、ジャリド選手は走る道を選んだのだと思います。

「走る」ということは、とてもシンプルなようですが、ジャリド選手はそこを追求して、
義足の共同開発という道を歩んでいるのだと感じます。

来年の東京大会では、選手がどんな義足を使っているのか見てみるのも楽しいですね!

写真

最後に、一緒に写真を撮っていただきました!

後藤佑季

後藤佑季(ごとう・ゆうき)

1996年7月30日生まれ 岐阜県出身 聴覚障害(人工内耳使用) 【趣味・特技】料理、カメラ、書道準五段、手話技能検定準2級 【スポーツ歴】陸上(100m走など短距離)、水泳、バドミントン 【抱負】私の聴覚障害(難聴)のような『目に見えない障害』の存在を伝え、様々な障害のある人とない人との橋渡し役になれたらと思っています。自分の身体ではないものを最大限に生かし、自らの可能性を広げる、超人たちの「常識を超える瞬間」を多くの方にお伝えしていきたいです!

おすすめの記事