“超人”の国のパラ事情 ~ごとうゆうき・パラ陸上取材記~

陸上 2019年10月25日
写真:跳躍をするマルクスレーム選手(ドイツ)

私はこれまで、たくさんのパラアスリートをさせてもらってきましたが、中でも「次元が違う―」と感じた“超人”がいます。
それは、T64(下腿義足)クラスのジャンパー、マルクス・レーム選手(ドイツ)。
そうそうたるパラリンピアンの中で、もっとも有名だといっても過言ではありません。
パラスポーツは詳しくなくても、「この選手は見たことがある!」という方も多いのではないでしょうか。

彼が有名たるゆえんは、「記録」にあります。

彼の持つ世界記録は、8m48。
リオオリンピックの時の金メダルの選手の記録は8m38で、この記録を上回っているのです。

写真:跳躍するレーム選手

これには、「競技用義足が有利なのではないか」という議論も巻き起こり、レーム選手はオリンピックへの出場を希望していましたが、現在までのところ認められていません。このことについて彼はこう語っています。

レーム選手|科学的に分析してもらったところ、競技用義足は、助走の時にはスピードが出ず不利なのだけれど、踏切の時には有利であるため、完全には断定できないという結果が出たのです。義足の有利性について聞かれたとき、いつもこう答えるようにしています。「私と同じくらい跳べる(パラスポーツ)選手はいないよ。」と。

確かに、ルールとして競技用義足は市販されているものと定められています。
実際に、2位の選手とはおよそ1mもの差があるのです。

私はパラリンピアンであることに誇りを持っています。パラリンピック自体は、ここ数年でいろいろなことを達成できました。でも、オリンピックのことを知っている人の絶対数の方が多いのも事実です。オリンピックに参加できたらすごいことですよね。一緒に、いつかオリンピックで競ってみたいのです。

そんな飽くなき挑戦を続ける“超人”、レーム選手がいるのだから、きっとドイツにおけるパラリンピックの価値は高いのではないかー。

そう考え、レーム選手のマネジメントなどを行う、ドイツの大手スポーツマーケティング代理店のCEO(最高経営責任者)、マルセル・グルニッツ氏にお話を伺いました。

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来日したマルセル氏(中央)

――ドイツにおけるパラリンピックの位置付けについて教えてください!

マルセル氏|そうですね、パラスポーツはドイツでは一般的にはまだそんなに知られていません。マルクスやマティアス・メスター(※1)、ニコ・カッペル(※2)など世界チャンピオンやパラリンピック・チャンピオンと言ったすばらしい選手はいますが、パラスポーツはまだそこまで認知度がありません。

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※1 マティアス・メスター|F41(低身長)クラス・やり投/砲丸投
2006年世界選手権(アッセン)でやり投で金メダル獲得。2008年初のパラリンピック(北京)で、砲丸投で金メダルを獲得した。2018年のピョンチャンパラリンピック(冬季)では、ドイツのテレビでレポーターを務めた。


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※2 ニコ・カッペル|F41(低身長)クラス・砲丸投
上記マティアス・メスターに憧れ、陸上競技・砲丸投げを始める。2015年、国際大会デビューの世界選手権(ドーハ)で、銀メダルを獲得。2016年、初のパラリンピックであるリオ大会で金メダルに輝いた。2017年には自己ベスト記録の13.81mで初の世界選手権(ロンドン)金メダルも獲得。


――そういった選手たちは、ドイツでは有名なのでしょうか?

ええ、ドイツでも有名なアスリートが何人かいます。でも、有名な選手は5~7名ほどで、少数です。
付け加えると、パラアスリートが練習するクラブがあまりない中、マルクスも所属しているレバークーゼン04というクラブがパラスポーツを支援していて、ほとんどのアスリートはこのクラブに所属しています。パラの陸上競技では最大規模で、有名なクラブです。

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マルセル氏(左)と今回通訳していただいたバイエル ホールディングの荻上敬子さん(右)


――ドイツでは、障害のある人がニュース以外でテレビに出ることは、ありますか?

よく出ているわけではありませんが、確かハインリッヒ・ポポフ(※3)が“Let’s Dance”という番組に出ていました。義足で社交ダンスを練習して、披露したんです。
このように時々テレビに出ているかもしれませんが、そんなに多くはありません。

写真:女性を抱えるダンスを踊るポポフ

(※3)ハインリッヒ・ポポフ|引退 T63(大腿義足)・100m/走り幅跳び
8歳のとき、左ふくらはぎに腫瘍が見つかり膝関節から切断。13歳から陸上競技を始め、2004年のアテネ大会でパラリンピック初出場、100m、200m、走り幅跳びで銅メダルを獲得。2008年の北京大会では100m銀メダル、2012年のロンドン大会は100m金メダル。2016年のリオ大会では走り幅跳びで金メダルに輝いた。2018年に競技から引退。義肢装具士の顔も持つ。

――選手以外では?

俳優ですか?あまりいないですね。でも、私たちもマルクスにテレビに出るための研修を行っています。シュテファン・ラーブというドイツで最も有名なエンターテイナーが“Schlag den Raab”というテレビ番組を主催しています。「相手をやっつけろ」みたいな意味で、15ほどのゲームで競うんです。二人の有名人がゴーカートやジャンプやボール投げなど15のゲームで競い合うテレビ番組です。私たちもこれにマルクスを出演させるべく準備をしているところです。ですから少しずつ露出は増えています。

――レーム選手は日本でも引っ張りだこですが、ドイツでも人気者なんですね。オリンピックへの出場についても、注目が集まっています。

ええ、でもマルクスにとってそのことは重要ではなく、彼は(パラ陸上が)“同じ競技”であることを示したいのです。違いはないと。(オリンピックで)金メダルをもらえなくても、別の結果として扱われても彼は構わないのです。見ている人たちに自分も努力していることを知ってもらいたいのです。パラ陸上も厳しいスポーツであり、すばらしいアスリートであり、健常者と遜色ないことを。彼らも同じように厳しいトレーニングをし、すばらしい結果を出していることを示したいのです。
また、アスリートにとって、大勢の観客が観戦する大きなスタジアムで競技できるのは魅力です。そのために彼は同じスタジアムで競技をさせてもらえるよう、戦いたいのです。


――一番最初に出会ったときのレーム選手の印象はどうでしたか?

私はスポーツ業界で働いていたので昔から知っていました。彼はロールモデルとなるような模範的な人で、自己を律することができ、意欲的で完璧なアスリートですし、とても心優しい、ナイスガイです。それにいつも周りの人をサポートしています。スポンサーにとってもすばらしい人間ですし、メディア受けもしますしね。

確かに、私も何度かお会いする中で、とても礼儀正しく、優しい方だなと思いました。
注目を集めているために、来日すると取材依頼が絶えず、1日に10件ほどの取材を受けることもあるようです。
移動の疲れなどもあるでしょうが、疲れた様子は一切見せず、どのメディアにも笑顔で対応してくれます。

私も、初めての取材で彼の素晴らしい人間性に、ファンになってしまいました!

写真:レーム選手(左)と私(右)

2019年7月に来日された際、レーム選手の所属企業の日本法人での講演会にお邪魔しました

彼は14歳のときに脚を失いました。子どもにとってはとても辛いことだったと思いますが、今ではパラリンピック3冠のチャンピオンになっています。そのことを皆に訴えようとしているのです。また、脚を失った子どもたちのために病院に行って、義足を作ってあげたり、話してあげたりしています。かわいいのが、彼が少女に義足を作ってあげたことが載っている動画がありますが、少女は笑いながら走り回っているんですよ。

――そんなレーム選手は、パラリンピックの象徴的な存在なのか、それとも唯一無二の存在なのか、どういう存在だと思いますか?

難しい質問ですね。ただパラリンピック競技においては、史上最高の選手だと思います。また一般的な意味では、繰り返しになりますが、彼はロールモデルのような人間です。パラリンピックやオリンピック関係なく、アスリートに必要なものを体現しています。走り幅跳びでは、オリンピック選手に匹敵する距離を叩き出しているのは本当にすごいと思いますし、彼にしかできないことです。

――そうした、レーム選手をはじめとしたパラアスリートを見るドイツの視聴者の視点は、「障害があるのに頑張っているね」という感じなのか、「アスリートとしてすごいな」という感じなのか、どちらなのでしょうか?

フィフティ・フィフティだと思います。まだ少し怖いとか、どう扱ったらいいのか分からない人たちもいます。でも、どんどん受け入れられていますし、障害者がどんなことをしているのか関心を持ち、彼をフォローしているようですし、尊敬されるようになってきています。
例えば、数年前に比べたら大企業がスポンサーにつくようになっており、コマーシャルなどをやっています。マルクスだけでなく、ますます多くの企業がパラアスリートをコマーシャルなどに採用するようになっており、状況は良くなっています。

――社会が変わってきているということでしたが、それはなぜでしょう?

例えば、ドイツはますますインクルージョン(包括)に向かっており、企業だけでなく社会全体がインクルージョン環境について考えるようになっています。それが一つですね。まだ取り組んでいる途中ですが、スポーツができるアリーナはすべて障害のあるアスリートや観客にとってバリアフリーにしていますし、パラアスリートが使える施設を建てるようになっています。どんどん変わっています。
ロンドンパラリンピック以来、イギリスは障害者スポーツが盛んなので、パラアスリートの扱い方に関してイギリスは他の国々のロールモデルみたいな存在です。すばらしいスタジアムがパラアスリート仕様になっていて感動しましたし、皆の考え方を変えたと思います

――最後に、日本では「パラリンピックは知っているけど関心はないな」という視聴者がまだいるなかで、東京パラリンピックに向けてどうしたら関心を寄せてくれたりや、か、応援をしてもらえたりすると思いますか。

リポーターのあなたが、メディアがパラアスリートを取り上げ、良いストーリーに仕上げることです。例えば、マルクスで考えていたのは、彼が町に出て、町の人たちと話すところを撮影することでした。話の内容など伝えることで「マルクスは、すごくいい人なんだ」と分かりますよね。
そして同時に、厳しいトレーニングをしている様子を紹介します。
アスリートがレストランに行って色々なものを試しているところなど、彼らも普通の人間、いい人たちなんだと分かるような日常の姿と、スポーツをしているときの姿を取り混ぜて説明する感じですね。

他にも有名なオリンピック選手とパラリンピックの選手を一緒に使ったり、俳優やミュージシャンなどパラアスリートを応援している有名人と一緒に使ったりすることですね。オリンピックとパラリンピックはもっと協力し合うべきだと思いますし、将来的には両方が混ざった壮大なイベントが開催されるかもしれませんね。

――貴重なご意見ありがとうございました!

写真:マルセル氏(中央)とメモを取る荻上さん(右)


レバークーゼン04に所属している選手は、世界でも強豪の選手という印象があり、そのようなクラブがあるドイツでは、パラへの関心が高いのだろうと、勝手に思っていました。

けれど、意外にも、日本と同じ部分があり、とても勉強になりました。
「ありのまま」を描くことが、大切なのだと学びました。


お二人と、11月の世界選手権でお会いできる日が楽しみです!

NHKでは連日総合テレビで世界選手権の模様を生放送しますので、ぜひチェックしてみてくださいね!


11月のパラ陸上は、総合テレビで連日生放送!放送スケジュールや選手動画などを掲載している特設ページは、画像をクリック!

画像:パラ陸上世界選手権 特設サイト_11月7日から連日生放送


後藤佑季

後藤佑季(ごとう・ゆうき)

1996年7月30日生まれ 岐阜県出身 聴覚障害(人工内耳使用) 【趣味・特技】料理、カメラ、書道準五段、手話技能検定準2級 【スポーツ歴】陸上(100m走など短距離)、水泳、バドミントン 【抱負】私の聴覚障害(難聴)のような『目に見えない障害』の存在を伝え、様々な障害のある人とない人との橋渡し役になれたらと思っています。自分の身体ではないものを最大限に生かし、自らの可能性を広げる、超人たちの「常識を超える瞬間」を多くの方にお伝えしていきたいです!

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