技術の進化と共に―伊藤智也  ~ごとうゆうき・パラ陸上取材記~

陸上 2019年11月1日
写真:い

今年56歳、T52(車いす)クラスのレジェンド、伊藤智也選手-。

パラリンピックはアテネ大会から出場し、北京大会では2つの金メダル、ロンドン大会では3つの銀メダルを手に入れています。

今回、UAEのドバイで開催される世界選手権(2019年11月7日~15日)では、100m・400m・1500mに出場予定です。

そんな伊藤選手、実はロンドン大会後に陸上界から引退していたのですが、2017年夏に復帰。
本人曰く「おじさんの星」として、来年の東京大会出場を目指しています。

写真:トラックにいる伊藤智也選手



■自分がいない間に技術はとても進化した―グローブ


伊藤選手が復帰して一番驚いたことは、技術の進化と、それに伴うレーサーのこぎ方の変化だといいます。

特に、伊藤選手が驚いたのは、グローブの変化です。
グローブは、立位の選手でいう靴のようなもの。
身体と、足となるレーサーをつなぐ、大切なものなのです。

みんな「伊藤さんのグローブ、それ化石みたいなグローブですね」って言うんですよ。
(今は)握ったらあかんって。僕らは一生懸命(親指と人差し指で)握って漕(こ)いどったんですけど。(指には)なにも力入れない。入れない事によって腕の筋肉に(無理な)力が入らないので、長距離走っても疲れない。結果的に、長距離のタイムが飛躍的に伸びとるんですよね。でも、(今は)掌底(親指の付け根)でドーンと行くのでパワーは伝わるクセに手が疲れないっていう。革命が起きてたのよ。


伊藤選手が競技をしていた頃は、親指と人差し指でタイヤのリムをつかむようにしてこいでいて、そのためにグローブも「L字型」という、つかみやすいようなデザインだったといいます。

写真:親指を立てている右腕

親指と人差し指をL字型にします


写真:伊藤智也選手

以前は、親指を伸ばし、リムを引っ掛けるようにつかんでこいでいました


しかし、伊藤選手が引退していた期間に、こぎ方の潮流は「指でつかむ」から「てのひらで押す」に変わっていました。
それによりグローブの形も変化していたのです。

写真:伊藤智也選手

指ではなく、グーにした状態の手の面で押すように

グローブの形だけではなく、作り方も変化していました。
伊藤選手が引退する前は、熱した樹脂を手に巻いて型をとっていたそうですが、今では3Dプリンターで作っています。

グローブが一番大事なんだよ。グローブは奥が深いね。
どんないいマシンに乗って、どんなに立派な体を作っても、その体の持っとるパワーをマシンに伝えるのはグローブなんで。そのグローブによってこぎ方も変わる。



■プライドを捨てて、僕がマシンの一部にならなければいけない


そして、復活した伊藤選手といえば、もう1つ外せないのがレーサーです。
伊藤選手が復帰するきっかけの1つとなったのが、レーサーの共同開発の話があったこと。
F1チームとスポンサー契約もしている企業から、一緒にレーサーを作らないかと声をかけられたのです。

そうして、現在3号機まで作られたのですが、一番の特徴が、フルカーボンなこと。
フルカーボンにすると、重さが軽くなり、こぐための使う力が少なくて済むのです。

写真:伊藤智也選手のレーサー

でも、このレーサーのフルカーボンの良さは軽さだけに尽きないといいます。

向かい風になった時に、あぁいつもならもうちょっとパワーいったんかなっていうところを少し助けてはくれてるな、と思います。
それだけではなくて、フルカーボンにする事で完全モノコック(一体)化できるというか。人もフレームの一部。人が乗って初めて一つのものとして完成するものだから乗らないと“弱い”んですよ。僕がマシンの一部にならなければいけない。そこが今までのマシンとは大きく違う。

今までは“このマシンどうやって速く走らせようか”と考えてたけど、マシンのほうから、“もっと速く走りたいねんからパワーつけてくれ”って(言われているようで)。僕は、完全に“エンジン”です。もう、人格というよりも、エンジンとしてどう進化してくれるのと。あなたがそこまで進化してくれるんなら、このマシンはもう少し応えるよっていう。今までのマシンと、見なければいけない角度が違うんですよ。

今までのマシンは完全に道具で、人がいかに速く走るかっていうテーマやったけど、今はマシンをいかに速く走らせるかがテーマなんです。

実際に、復帰した当初は100mで18秒切らないようなタイムだったそうですが、取材した時の練習では16秒8。
身体は現役時代の60%ほどしか戻ってきていないというので、この2秒近い短縮は、レーサーで変わってくるんだと伊藤選手は言います。

写真:レーサーをこぐ伊藤智也選手

タイムの短縮につながったのは、素材だけではないとか。

徹底的に速く走るためのフォームが解析されていて、今もう、完成されてる。イメージやイマジネーション、感覚では走ることができないんです。コンピューターでシミュレートしたものを、俺は確実に再現しないといけないというところがもう、昔と全然違いますね。だから、ある意味人間捨てないと、プライドを捨てないと乗れない。俺はこうやりたいねんって言うとると、全然走らないんです。
このマシンの開発する時のコンセプトは“俺はもう人捨てる”と。最高のエンジンになる事だけ考えるから、好きに解剖してくれというところからはじまっていますから。

そんなレーサーの開発、実はよりよいレーサーを作ることが目的ではなかったといいます。

この車いすを作る本当の目的は、一瞬にして乗る人に最適な車いすポジションを計測できるシミュレーターを作るということなんですよ。
そこにたどり着くには、競技用のマシン(レーサー)のシートポジションが空気抵抗や障害によって座ることのできる体制の計測など、複雑な要素が絡み合ってものすごく難しい。それらを一瞬で科学的に解析できるシミュレーターを作るには、まずは複雑な要素が絡み合っているレーサーから作るのがいいやろうとなって、試行錯誤の末、今やっとSS01というシミュレーターができました。

写真:トラックを走る伊藤智也選手

練習はいつも奥様(右)と。

だから、僕らでもこの車いすに乗ると、そのシミュレーターにプッ!て座るだけで幅、高さ、角度、全部一瞬にして出来上がる。だから、これから車いすに乗る人や、今まで(脚が)不自由でおった人は、全部AIが、一人ひとりに最も適したものを導き出してくれる。そういったシミュレーターを作るためのレーサーなんですよ。

・・・

一度引退したからこそわかる技術の進化に、とても興味をひかれました。
聴覚障害のために人工内耳を使っている私はよく、「障害はテクノロジーによって障害ではなくなる」といっているのですが、今回はまさにそれを感じた取材でした。

世界選手権では、走りはもちろんのこと、レーサーやグローブ、こぎ方に注目してみるのも面白いですね!

NHKでは連日総合テレビで世界選手権の模様を生放送しますので、ぜひチェックしてみてください!


11月のパラ陸上は、総合テレビで連日生放送!放送スケジュールや選手動画などが掲載を掲載している特設ページは、画像をクリック!

画像:パラ陸上世界選手権 特設サイト_11月7日から連日生放送


キーワード

後藤佑季
後藤佑季

後藤佑季(ごとう・ゆうき)

1996年7月30日生まれ 岐阜県出身 聴覚障害(人工内耳使用) 【趣味・特技】料理、カメラ、書道準五段、手話技能検定準2級 【スポーツ歴】陸上(100m走など短距離)、水泳、バドミントン 【抱負】私の聴覚障害(難聴)のような『目に見えない障害』の存在を伝え、様々な障害のある人とない人との橋渡し役になれたらと思っています。自分の身体ではないものを最大限に生かし、自らの可能性を広げる、超人たちの「常識を超える瞬間」を多くの方にお伝えしていきたいです!

おすすめの記事