私が脳性まひと向き合ってきた24年(中編)~千葉絵里菜

2019年11月4日
写真

こちらは去年、紅葉を撮りに神奈川県・伊勢原市にある大山に行ったときのもの


秋の匂いがしてきました。
秋はとっても大好きです。
読書の秋、食の秋、おしゃれの秋。
秋には色々なものが詰まってます。

リポーターの千葉です。
今日は「脳性まひと向き合ってきた24年」について書きます。

前編 「脳性まひ」を知ってほしい
中編 私が脳性まひと向き合ってきた24年
後編 自分との向き合い方で変わった“脳性まひ”


気づけば脳性まひ歴24年の私。
ベテラン脳性まひ者。

私には年の離れた姉と兄がいます。
姉と兄の姿を見てきたからか、
「お姉ちゃんとお兄ちゃんみたいに大きくなったら歩けるようになる」
と心どこかで感じていました。
そんな私が小さい時から変わらない思いは「地域でみんなと一緒に過ごしたい」という思い。
その思いは両親も一緒でした。
学校に入るには、色々な難関がありましたが
無事、保育所、小学校、中学校、高校、大学とみんなとともに勉強してきました。

脳性まひで昔は嫌だったけど今は自慢!の経験談を一つ。
それは指のこと。

写真:力を抜くと指が曲がる千葉リポーターの手

パーをすると指に力が入り、こうなります。

この手がいやでいやで仕方がなかったです。
「手がすごいね」
「気色悪い」「どうやったらそんな指できるの」
と言われるたびに
悔しい、自分の体が憎いと思うようになりました。
なるべく袖を伸ばし手を隠していました。

ですが、転機が訪れました。
学生の時、大人の階段を上った思い出として逃げきれないプリクラ、写真です。
プリクラを取るとき(私の時代の流行りポーズはピース、裏ピースというのが流行ってました。
最初はやはり恥ずかしく、手を隠してポーズをとらない。
顔だけでポーズすること。
でも隠してる自分がダサいと思うようになり、
「隠すくらいなら努力してできるだけ、本物のピースに似せよう」
と思いました。

写真:指が曲がっている千葉リポーターのピース

こうなってしまう指を…。

どうやって今のピースができるようになったのか。
プリクラや写真といえば、
「みんな同じポーズかな。これでいいのかな」
思ってしまうもの。(私だけかな。)
私とっては緊張するものでした。
緊張するから指が反ってしまうんだ!!力が入るんだって思い。
シャッターされる前に深呼吸~フゥ~
としたらできたんです。
私なりの恥じないピースが。

写真:まっすぐな指でのピース

努力して、ここまでまっすぐにできるようになりました。


今になっては、自慢の指です。
わたしより指が反る人は見たことがありません・。・

みんなからの

「手がすごいね」
「気色悪い」「どうやったらそんな指できるの」
と言われていたのが、あかるい気持ちで受け入れるようになりました。
「すごいでしょ!!!こんなこともできるだよ!特殊能力だよ!」
と冗談をいえるようになりました。


そうやって、私も努力しながら、失敗しながら、また起き上がりながら、ここまでやってきました。
脳性まひをもっと知りたい、脳性まひ以外の運動機能に障害のある人や、目に見えない障害の人たちのことをもっと知って役に立ちたいと社会福祉士になりたいと思うようになりました。
北海道江別市で一人暮らしをしながらの大学生活が始まりました。
実家でもヘルパーはつけていましたが、両親がそばにいるといないでは、全く違います。
自分で指示して、お願いして、ヘルパーも私も気持ちよく生活できるように心掛けました。
たまには先生や友人に助けてもらいながら、学校生活を無事終え。
地元にある、特別養護老人ホームで就職をし、事務員兼相談員として働きました。

私は「脳性まひ」!!
だから体が不自由なのも当たり前の人生でした。
「大変でしょ」と言われても…。
「私、大変なのかな」と思うのです。

たまには健常者と言われる人たちと自分の不自由な体を比べてしまったり、
たまには体が不自由な自分のことを「よかったこの体」でって思ったりする24年間でした。
でも、私の人生はいい意味でこの繰り返しなんだと最近思います。
だって私は私です。(って思えない時ももちろんありますけどね。)

次回は、最後「脳性まひでこんなに素敵で素晴らしい」を…。


■関連記事

自分との向き合い方で変わった“脳性まひ”(後編)~千葉絵里菜
「脳性まひ」を知ってほしい(前編)~千葉絵里菜

キーワード

千葉絵里菜
千葉絵里菜

千葉絵里菜(ちば・えりな)

1994年11月3日生まれ 北海道出身 脳性まひ(電動車いす使用) 【趣味・特技】ファッション、初級障がい者スポーツ指導員 【スポーツ歴】電動車いすサッカー、電動車いすスラローム、車いすカーリング 【抱負】パラリンピックの目標の一つとして、“共生社会”というものがあります。パラリンピックを機にみんなが一緒に楽しく過ごしていけるということを私自身とっても楽しみです。取材やリポートを通して笑顔で伝えていきます。

おすすめの記事