「母のように」コーチングする|日体大・水野洋子監督 ―ごとうゆうき・パラ陸上取材記―

陸上 2020年3月4日
写真:日本体育大学陸上競技部・水野洋子監督

半年後に東京パラリンピックが迫る中、「2020年のあとに何が残せるのか=レガシー」を考えることがますます大切になっています。その一つが「パラアスリートが育つ環境」です。
そのヒントを伺いたくて、日本体育大学陸上競技部でパラアスリートブロックを指導する水野洋子(みずの・ようこ)監督を訪ねました。水野監督はリオパラリンピックの銅メダリスト・辻沙絵選手(当時。現在は結婚して重本沙絵選手)や、去年11月の世界選手権で銅メダルを獲得した兎澤朋美選手を指導しています。



■はじめて尽くしの「パラアスリートブロック」


2015年から重本(旧姓:辻)選手の指導を始めた水野監督。
それまで日体大の大学院でコーチングを学んでいましたが、障害のある選手を教えるのは、重本選手が初めての経験でした。
※コーチング:監督が主体となって選手を教え導くように「答えを与える」のではなく、選手自身の「答えを創り出す」サポートを行うこと。

「最初は、私自身が障害者ではないので、どこまで言ってもいいのか、これは言っちゃいけないのか、どこまで練習を追い込めるのか、という、その加減がわからなかったですね。今まで障害のある人と触れ合ったことがなかったので、何か壁があったんだと思います」

「でも、いくつかの試合に帯同してる時に、重本と話す時間がたくさんあって。そこでいろんなこと話してくれて。朝のビュッフェでも、自分でお盆持ってお茶碗によそったりしてて、何でもできるんだなと思って。生活を共にしたことでそういう壁が無くなって来たと思います」


そうした中、日体大のパラアスリートブロックには、パラアスリートの卵たちが毎年のように入部するようになります。
障害種別も、重本選手の上肢障害だけでなく、義足や車いすなど様々に。2019年度は、11人の部員が集まっています。

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部員の1人、兎澤朋美(とざわ・ともみ)選手(左)を指導する水野監督(右)

―毎年、新たに別の障害種別の選手に指導をしていくのは、難しいのではないでしょうか?

「けっこう私、楽しんでて。その子その子で練習の方法も違いますし特性も違うし、やり方も全部違うし。一つ一つのものをデザインしてるような感じで。その変化が楽しいですね」


障害があってもなくても、陸上選手の走り方は1人1人違うのだけれども、パラアスリートは特に特徴の差が大きい。それだけに、成長の手ごたえを感じた時の喜びは大きいのだと感じました。

―パラアスリートブロックの選手は、陸上競技部の他の選手とどのくらい共通のメニューに取り組むのでしょうか?

「陸上部の他の子たちと比べて、パラの子は大学からやり始める子がほとんどなので、同じ練習はできないんです。中学から大学までずっとやってる子と、量的に走り込む時は一緒にできるんですけど。でも技術は一人一人きちっと見て初歩的なドリルとかやってかないと、それがパフォーマンスに物凄く影響してくると私は思ってるので、基礎をきちんと身につけるのが第一なんです」

「だから今は、アップなどは別で、メインの練習の時だけ一般の子たちの練習に入って、一緒に走って競う練習とかはやります。でも、シーズン中は健常者の大会とパラの大会は試合の日が違うので、練習の内容が調整のために変わってしまうんですね。なので結果的にバラバラになっちゃいます」


―ただ、練習を何度も取材させていただいていますが、パラアスリートブロックと陸上競技部は完全に別ではないですよね。挨拶も一緒に全体としてやりますし、部員同士のコミュニケーションもある。
そうやって、同じ環境の中で練習していくメリットはありますか。

「あると思います。例えば、今まで速さや走り込みなどの量でついて行けなかった人について行けるようになるとか、そうなると一般の子たちも、あんなに頑張ってるから自分たちもやらなきゃ、と焦るじゃないですか。そういう意味ではとっても相乗効果があるんじゃないですかね」



■「選手自身に考えさせる」、そして母のように。


ずっと練習や大会を取材している中で、水野監督は「この練習はこういう意図があるからやります」とか、走った後に「今のはどうだった?」と聞いているのが印象的でした。
「選手自身に考えさせる」ことを指導の中で大切にしているのでは、と思ったのです。

「自己決定理論というのがあって。例えば家族のため、生活のため、と『自分の意思』で決めたことに関しては、成果が出るというものです。やらされてる練習では効果が落ちちゃうので、何のためにこれをやってるのか、今回はどういうことをやらなきゃいけないのかは、常に説明して理解してもらうようにしています」

「あと、『今のどうだった?』と聞くと自然と自分で考えますよね。そうやって、自分で決めさせています。『そこが弱いとパフォーマンス上がってこないかな。じゃあ頑張ってもう一本やろう』って、自分の目標に対して前向きに取り組んでる子たちが記録が出ていると思います」

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練習中、走っている選手に声をかける水野監督

―普段取材をしていると、大会や合宿でも一緒なので、選手のみなさんと水野監督の距離が近くなるんじゃないかなと思っているんです。水野さん自身はコーチとしてだけなのか、お母さんという気持ちもあるのか、どうですか?

「私2014、15年に日体大のコーチングの大学院を出ていて、そこでコーチングを子育てに活かすというので、『親の研究』をしたんですね。ジュニアでトップレベルの子たちは幼少のころからどう親が関わっていたかという研究です。その中で、さっき言った自分の意思でやるとか自信をつけさせることや、『心理的に安心な場所』っていうのもあったんです。

だから、親みたいな立ち位置でいるんです。選手にもいつも最初に言ってるんですけど、『私はもしみんなの親だったら、何て言うかを一つの判断の基準にしています。だから言われたくないこと、嫌だなと思うことも言う。でもそれは自分の子どもだったら、と、良くなってほしいという思いがあるからで、文句言われても言わなきゃいけないことは理解してほしい』って。なので私も“自分の子どもだったらどうするかな”っていつも考えています。

今回のドバイ(世界選手権)
もお米持ってって毎日ご飯炊いてみんなに食べさせて。『炊けたから取りに来て!』って。やっぱり滞在が長くなると向こうの食事は結構胃が疲れるんですよね。油が多いから。お米は腹持ちもいいしビタミンやミネラルも取れるしって、そういうところで母親みたいな感じになります(笑)」

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笑顔で話す水野監督

―なんかすごくファミリーな感じがあるなと思っていたんですけど、それは水野さんの意図的なものがあったんですね!実際に同じ世代のお子さんがいらっしゃるからこそ、ですか?

「私は他の男性のコーチができない母親目線で指導しようって思って。男性は母親になったことないからわかんないじゃないですか。子育てしてて母親がどんだけ子どもと付き合ってく中で苦労しながら育ててるかって男の人にはできないだろうって思うんです。結局愛情かなと思うんですよ。愛情かけてあげてれば、安心するんだと思います。だから、コーチングをそこに応用しているんです」



■体育大学の果たす役割


日体大には、パラアスリートに対する奨学金があり、それもパラアスリートブロックに選手が集まってくる要因の1つになっています。
というのも、パラスポーツは“道具”が欠かせないスポーツ。たとえば、義足は1つ200万するものもあり、その分お金がかかるため、若い世代には手の届きにくい存在でした。

これから、そして2020年の先に向けて、パラスポーツを根付かせるためには体育大学の果たす役割も大きいと取材をしていて感じています。

写真:水野監督(右)にインタビューをする後藤佑季リポーター(左)



―体育大学の果たす役割にはどういうことがあるのでしょうか。

「まずは環境ですね。大学に陸上競技場があるって言うのと、私だけではなく、私の周りに専門家の先生たちがたくさんいること。この間もDNA検査で筋肉について調べてもらいました。そういうことがパッとできる、サポートシステムみたいなのも整ってきています。
あと学術的な最新の情報が入って来るので、トレーニング科学に基づいた効率の良い練習ができていると思います。

今、若いアスリートが出て来てどんどん記録も上がってますし、日本の中でも大学生のアスリートは出て来ているので、成長段階にある学生は、トレーニングの効果も出やすいと思います。そういう意味で、日体大だから私もこれだけのコーチングできていると思いますね」


体育大学の専門性と、10代後半から20代前半という世代の意味…。去年のパラ陸上の世界選手権で活躍を目の当たりにした世界のアスリートの新星たちがみな20代前半だったことを考えると、大学生アスリートの意味を考えさせられました。

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練習中、きついメニューに倒れこんだ選手に、水野監督が水を渡す場面も

―最後に、何が水野さんを動かしてるのか、その原動力を教えていただけますか?
「いや何かもう、多分選手の目標が自分の目標でもあって。東京の次はパリみたいな。その達成するのが楽しいんです。
選手は、一回大舞台に行ったらあと継続するのは自分のモチベーションで行けるんですよ。また取りたいから。だから、東京に出場してメダル獲得に向けチャレンジすることが出来れば、その経験が次へのモチベーションにつながるので、そこまでが大学の4年間でやる私の仕事かなあと思っています。

そこまでできたら、卒業したら海外で活動するとか自分で好きなようにやって、いろいろ体験した方がいいと思うので。パラリンピックでメダルを取らせるところまで成長させるって言うのが何て言うんだろう、自分のためにやってるんですね、きっとね。かもしれない。自分がそうしようと思ってるから。
人のため、しいては自分のため。子育てもそうじゃないですか。すごい大変なんですけど、でもちゃんと育てないと自分が苦労するから、ねえ。ちゃんとしたレールに乗せなきゃと思うのは、自分のためなのかな」


・・・

いつも「母親」のように接しているような気がしていた水野監督でしたが、本当に「母親のような立場で」コーチングをしていると知って、とても驚きました。

日体大のように、パラアスリートのチームを作っている大学はまだほとんどありませんが、大学によっては一般の陸上部の中でパラアスリートが練習している、というところもあります。
パラアスリートの指導を経験するコーチ・監督の数が増え、そのノウハウや研究成果が蓄積・共有されるようになると、トップアスリートが生まれる可能性が高まるだけでなく、パラスポーツそのもののすそ野も広がるのではないでしょうか。
社会全体に、その動きが広まっていけばいいなと思いました。

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後藤佑季
後藤佑季

後藤佑季(ごとう・ゆうき)

1996年7月30日生まれ 岐阜県出身 聴覚障害(人工内耳使用) 【趣味・特技】料理、カメラ、書道準五段、手話技能検定準2級 【スポーツ歴】陸上(100m走など短距離)、水泳、バドミントン 【抱負】私の聴覚障害(難聴)のような『目に見えない障害』の存在を伝え、様々な障害のある人とない人との橋渡し役になれたらと思っています。自分の身体ではないものを最大限に生かし、自らの可能性を広げる、超人たちの「常識を超える瞬間」を多くの方にお伝えしていきたいです!

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