パラ陸上強豪・ドイツチームの今 ~コロナ禍でのトップアスリートたち~ 後藤佑季

陸上 2020年8月17日
写真:ヨハネス・フロアス選手(左)、ニコ・カッペル選手(右)

まもなく、東京パラリンピックが開催されるはずだった8月25日を迎えます。
そして、それは延期された大会まであと1年という区切りでもあります。

世界のパラアスリートたちはどんな思いでいるのか−?何をして過ごしているのか−?
パラ陸上の強豪国の一つで、金メダル候補が数多くいるドイツチームの選手とコーチに、その近況を聞くことができました。

今回の記事も、イギリス・ロンドン在住の鈴木祐子さんの取材協力でお届けします!
(取材時期:2020年7月上旬)


■レオン・シェファー Leon Schaefer(T63・片大腿義足)

写真:幅跳びをするシェファー

2019年11月 パラ陸上世界選手権(ドバイ)

走り幅跳び(T63)の世界記録保持者
で、日本のエース・山本篤選手の最大のライバル、レオン・シェファー選手。

23歳の彼は、去年7月にこれまでの記録を20センチ以上更新する6m99を跳び、一気に世界の頂点に立ちました。そして11月の世界選手権で金メダルを獲得し、「東京では絶対7mを」と話していた彼はどんな思いで今を過ごしているのでしょうか?

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右:山本篤選手 左:ダニエル・ワグナー選手(デンマーク)
東京大会でもこの3人のメダル争いが注目です!



Q:コロナウイルスの影響によるトレーニング面での変化は?

正直言って最初の1か月は大変でした。トレーニング施設が閉鎖されて、南アフリカでのキャンプが2週間早く切り上げになりました。ドイツに戻ってきても施設が閉鎖されていたため、屋外、あるいは自宅でトレーニングせざるをえませんでした。コーチと連絡を取り合い、毎日何をすべきか指示をもらいました。困難はありましたが、野原など屋外でトレーニングをするというのはそれほど悪くありません。でもその1か月モチベーションを保ってトレーニングを続けるのは大変でした。


Q:この期間に新しく採用した練習方法はありますか?

正直言うと特にありません。通常のトレーニングプログラムをこの期間も順守しようとしたのです。大きな変更をしようということはありませんでした。よって答えはノーです。


Q:自粛生活の間は、トレーニング以外にはどんな活動をしていましたか?

家族に会うために地元に戻りました。数週間実家に滞在して、家族との時間を過ごしました。実際のところ自粛生活の時間を、自分の気持ちをリセットする時間として使いました。休業の時間があったので、気持ちをあまりスポーツにばかり注がないように、スポーツのことばかり考えないようにし、心をリラックスさせるようにしました。ですからスポーツからの「精神的な休養」をおこなったとでも言うのが良いと思います。

写真:ドイツ国旗を広げるシェファー


Q:コロナの影響によって始めて、これからも続けたいと思う活動はありますか?

読書です。この期間、読書により傾倒したように思います。読書は自分の助けにもなります。心をリラックスさせると同時に、精神を刺激してもくれます。ですから読書はこれからも続けるつもりです。


Q:この期間に学んだことは?

自分にとっての「スポーツの意味」を学んだのは確かです。例えば、自分にとってどれくらいスポーツが重要なのかということです。

私はことしの東京大会を本当に楽しみにしていました。自分の持てる力をすべて見せつけたいと思っていました。延期を聞いたとき、しばらくモチベーションを失ってしまったのです。シーズンの主な目標、今シーズンのではなく、この4年のすべてのシーズンを通しての目標がキャンセルされてしまったわけです。それをどう受け止めればよいのかわかりませんでした。

でも一つ学んだのは、スポーツ選手として、スポーツ以外の“第二の趣味”とでもいうものが必要だということです。人生のすべてがスポーツではいけないのです。もしスポーツがうまくいかない、あるいは自分自身がスポーツにフォーカスしすぎていると、それが消えてしまったときに、空っぽになったように感じるのです。少なくとも私はそのように感じました。

他に学んだのは、何事も「当たり前である」ことはないということです。おそらく誰もこのコロナウイルスが世界的なパンデミックになるとは予測しなかったでしょう。どんなことも起こりえるのです、だからどんなものも当たり前だと思うべきでないのです。


Q:パラリンピックの延期があなたにもたらす、プラスとマイナスの側面は?

まずはマイナス面からですが、私はことしパラリンピックに行く準備ができていました。ですから延期の知らせを聞いて自分にとっては悲しいような思いに駆られました。

でもそれが唯一のマイナス面です。延期は絶対に良い決定です。プラスだと言えるのは、選手村などにいる人、大会運営を支えるボランティアなど含め参加者全員が、健康でいるというのが一番重要なことです。パンデミックが起こっている最中に大会を行うことはできません。

また、選手として、より多くの時間を得ました。準備をするための時間がもう一年あるのです。より良いパフォーマンスのために、トレーニングを続け、自分を高め続ける。ですから、最初聞いたときはがっかりしましたが、そのことについて考えを巡らせるうちに、それほど悪いことではないと思うようになりました。それは良いことです。

自分にとって延期はプラスです。でもライバルたちにとってはマイナスかもしれませんね。私にはより速く走り、より遠くまで跳ぶ、より良い選手になる時間があるわけですから。状況をどのように見るかによると思います。



■ヨハネス・フロアス Johannes Floors(T62・両下腿義足)

写真:ゴールを迎えるフロアス

2019年11月 パラ陸上世界選手権(ドバイ)

去年11月の世界選手権で100m(T64/62)400m(T62)で2つの金メダルを獲得したヨハネス・フロアス選手、25歳。東京パラリンピックでは、世界選手権を欠場したパラ2連覇のジョニー・ピーコック選手(英)たちとの「世界最速の義足スプリンター」の称号を掛けた決戦が本当に楽しみでした。
両足義足のためバランスが難しく、繊細なスタートの「勝負勘」が不可欠な彼の心中はどうだったのでしょうか?

写真:両足義足のまま左足を曲げ、両手を広げてバランスをとるフロアス選手

自宅でトレーニング中のフロアス選手(本人提供)

Q:森の中を走る動画をSNSにあげていらっしゃいましたね。コロナ禍でトレーニング面での制約もあったと思いますが。

タータンのトラックで練習できないというのが、特に義足では最初、非常に困難でした。
使えるのは足のつま先の方だけですから、もし森の中に石やモミの木の実、小枝などがあれば、転んで怪我をしてしまうこともあります。速く走らなければいけないわけですが、地面を平らにすることもできなければ、十分に注意を払うこともできません。それでも義足で競技をしているので、トレーニングは続けなければいけませんでした。もし練習をやめてしまえば、両脚の断端(切断した部分)が変化して、義足のソケットにはまらなくなってしまいます。それは競技にとって命取りになり得る事態ですから、トレーニングを続けなければいけませんでした。


Q:自粛生活の間、トレーニング以外にはどんな活動をしていましたか?

学業に力を入れました。それから本も読みましたし、ハイキングにも行きました。

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自宅で読書中のフロアス選手(本人提供) 

Q:この期間に学んだことは?

コロナウイルスによるパラリンピックの延期というのは確かに大きな困難とも言えますが、でも多くの選手はすでにそれよりももっとずっと大きなハードルを跳び越えてきたのだと思っています。


Q:パラリンピックの延期があなたにもたらすプラスとマイナスの側面は?

パラリンピックが延期になったとき、大きなプレッシャーが心から下りたように感じました。

私たちは緊張が張り詰めたような状態にいたのです。大会が開催されるのか、事態がどのように展開していくのかわからないということはずっと言われていました。その中で“自分たちの状態を持続させ続けなくていい”ことがわかったことで、パラリンピックが1年先になったということを踏まえて今シーズンの計画を立てられるようになり、それとともに自分たちのコンセプトを立て直すことができました。それは大きかったです。

2020年東京大会と日本の人々をもって、大会は非常に素晴らしいものになると信じています。パラ選手を起用した広告もたくさん見かけます。パラ陸上は延期によってダメージを受けてはいないと信じています。特にパラ陸上の世界選手権も2022年に神戸で開催されるわけですからね。



■ニコ・カッペル Niko Kappel(T41・低身長)

写真:砲丸投げをするカッペル選手

2016年9月 リオパラリンピック

砲丸投げ(低身長のクラス)のリオパラリンピック金メダリストのニコ・カッペル選手、25歳。
ドイツを代表するパラアスリートの一人にして、茶目っ気たっぷりなキャラクターで人気者なのだとか。そんな彼は、コロナ禍で「発信」ということに力を入れ始めました!

写真:笑顔のカッペル選手



Q:コロナウイルスの影響によるトレーニング面での変化は?

通常の練習場所へトレーニングに行くことが出来なかったので、自宅の地下に小さなウェイトルームを設置し、ゴムボールを壁に向かって投げて練習しました。また、野原でもトレーニングしました。

トレーニングの場所を変えたという以外に、完全に新しい練習方法というのはありません。ただ通常通りのトレーニングは全く不可能だったので、この状況でできる最善のことをしました。

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2020年4月 自宅地下に作ったトレーニングルーム

Q:自粛生活の間、トレーニング以外にはどんな活動をしていましたか?

TikTokにはまりました。このアプリで創造性を発揮するのはとても面白いです。とても短い期間にたくさんのフォローワーを集められたことを嬉しく思っています。
コロナのあとも、TikTokは絶対に続けます。でも、もちろんフォーカスはスポーツにあります。状況が少しずつですが緩和されてきています。いくつか大会に出られるといいですね。

写真

2020年4月 野原での投てき練習

Q:パラリンピックの延期があなたにもたらすプラスとマイナスの側面は?

他に選択肢はありませんでしたし、私は3月に延期を要請した最初の選手の一人です。世界全体を見ても公平なトレーニングや準備は不可能だったので、状況をそういうものとして受け止めるしかありません。世界の多くの人たちが全く異なる問題に直面しています。それは人の生死に関わる問題でもあります。そういう状況で私たちの心配とは一体何だというのでしょう?

プロ意識の高い選手と温かいゲスト、熱狂的な観衆が織りなす2021年のパラリンピックは素晴らしいものになると私は確信しています。



■Marion Peters(パラ陸上のドイツ代表チーム・ヘッドコーチ)


ドイツ代表チーム全体のコーチ、Marion Peters氏からもコメントをいただきました。
たくさんのお話しを伺いましたが、コロナ禍でのドイツのパラアスリートの経済的な基盤や、パラアスリートならではの活動について、ピックアップしてご紹介します!


Q:代表チームはこのあとはどんなスケジュールを考えていますか?決まっていること、決まらなくて困っていることなどを教えてください。

私たちにとって重要だったグランプリと欧州選手権がキャンセルになった後、年末までの「予定表」というのは白紙の状態になっています。9月までは地元の大会に出場してシーズンを終えることを考えています。ニコ・カッペルなどはすでに大会に出場しています。それから、10月にはパラリンピックに向けたトレーニングを再開する予定です。12月には温かい場所で代表チームの合同合宿を予定しています。現在、衛生管理の状況は地域によって異なり、それが合宿や大会に関して問題となっている点です。


Q:ドイツチームへの一番大きいコロナウイルスの影響は?

「ロックダウン」の影響というのが、100からゼロへのストップをかけたものだと言えます。3月にはパラリンピックへの準備が十分にできていました。ドバイと南アフリカでのキャンプを行い、インドアチャンピオンシップでは最初のフォームテストをクリアしていました。

このハイレベルのトレーニングから一晩で、選手たちは自分たちのマンションの4つの壁の中でトレーニングができるよう工夫することを強いられました。ほとんどの選手は学生寮やマンションなど、スポーツ施設のないところに住んでいるのです。

大会の延期が決まって、アスリートは支援の継続を保証されました。保障計画とともに、経済的保障が与えられたのです。それは決定的な転換点でした。もちろん、ドイツ全土のスポーツ施設が閉鎖されていた期間にトレーニングを続けることは困難でした。ドイツの連邦制度のため、地域によりさまざまな異なるアプローチがありました。ブランデンブルグなどの一部の連邦州、後にベルリンでも、選手たちはすぐに慣れ親しんだスポーツ施設に戻ることができましたが、他の連邦州ではもう少し時間がかかりました。

でも、私たちは通常の日々の仕事とスポーツに戻って、東京2020までの予選と大会の準備をするのに十分な時間があります。幸いにも、すべての選手とコーチは健康であり、それが最も重要なことです。私たちはそれぞれの競技連盟からも充分な支援を受けています。


Q:ウイルスの拡大に伴う経済的な影響はありますか?

ありません。 個々の選手のサポートは2021年まで延長されました。代表チームの資金は6月にスケジュール変更され、新しい条件に適合されました。 私たちが不満を抱く理由はありません。 これは一時的に雇われたトレーナーのポジションにも適用され、来年まで契約が延長されました。 また、スポーツ用品など緊急に必要なものの購入もすぐに行うことができました。


Q:パラ選手への支援への変化、あるいはそういったことが近い将来起こると思いますか?

いいえ。パラリンピックの準備のための資金は、2021年には2020年と同様の金額で提供される予定です。パラアスリートは、オリンピックアスリートと同じステータスであり、経済的保障に加えて、ドイツオリンピックスポーツ連盟および「アスリート・ドイツ」のすべての措置にも含まれています。自治体や地方を通じて組織的に行われるスポーツ施設での通常のトレーニングへの段階的な復帰において考慮されるのは、パフォーマンスの状態だけであり、それがオリンピック選手かパラリンピック選手かどうかということではありません。それについて私たちは大変有難く思っています。


Q:自粛生活の中でチームや選手がやり始めて将来的にも続いていく活動(例えばボランティアなど)はありますか?

一部のパラアスリートは、継続して社会的な貢献をしてきましたし、これからもそれを続けるでしょう。 例えば、コロナ危機では、スポーツプログラムがソーシャルメディアをサポートし、さまざまな人々のグループに対して健康を維持する機会を作り出しました。マティアス・メスター選手(Matthias Mester)は「Paranthänische Spiele」を開催し、自宅でのトレーニングから少し風変わりでユーモラスなスポーツイベントを創設しオンラインで公開しました。 バーチャル入場券の販売で、彼は多くの社会的プロジェクトをサポートする基金に多額のお金を寄付することができました。

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左:マティアス・メスター選手 右:ニコ・カッペル選手
2016年11月 German Sports Media Ball

他の選手は近所の人の買い物を手伝っていました。セバスチャン・ディーツ選手(陸上・脳性まひクラス)は、脳卒中の子どもや青年へのスポンサーもやっていました。ダフィット・ベーレ選手(陸上・両下腿義足クラス)はパートナー企業とともに、切断をした人々のためのアプリを開発し、それを通して彼らを支えたり情報を提供したりしています。このすべては将来に残り、進化していくでしょう。



パラアスリートが置かれている状況は国によって様々で、日本でも企業のサポートが以前のまま維持されるか、スポンサーが減らないか、などが大きな課題になっています。

そんな中、こうしたドイツの事例を「恵まれている」と捉えるのか、それとも「これまでの取り組みがコロナ禍で効果を表している」と捉えるのかは、今回の取材だけで言い切ることはできません。

しかし、日本のパラスリートを巡るたくさんの課題に対して「(延期したことで増えたと捉えた)この1年で何ができるのか?」、「この先将来にわたって何を目指すのか?」を考えるタイミングでもあるのではないかと考えさせられました。


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後藤佑季
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後藤佑季(ごとう・ゆうき)

1996年7月30日生まれ 岐阜県出身 聴覚障害(人工内耳使用) 【趣味・特技】料理、カメラ、書道準五段、手話技能検定準2級 【スポーツ歴】陸上(100m走など短距離)、水泳、バドミントン 【抱負】私の聴覚障害(難聴)のような『目に見えない障害』の存在を伝え、様々な障害のある人とない人との橋渡し役になれたらと思っています。自分の身体ではないものを最大限に生かし、自らの可能性を広げる、超人たちの「常識を超える瞬間」を多くの方にお伝えしていきたいです!

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