大会再開!込められた思い、見えてきた課題〜日本パラ陸上選手権 | 後藤佑季

陸上 2020年9月24日
写真:日本パラ陸上選手権に出場した選手たち

2020年9月5、6日に熊谷で開かれた、日本パラ陸上選手権。
ウィズコロナの中、パラスポーツの大会では先陣を切った形で開催されました。

久しぶりとなったこの大会では、好記録が出た選手もたくさんいました。

これまで、「制限」された中で地道に一歩ずつ、練習を重ねてきた選手たちの、制限から解放されたその声を少しではありますが、大会で行われた厳密な感染症対策とともにお伝えします!


■「選手を守る」感染症対策

・パラ陸上、“より厳密”な感染対策
・取材におけるさまざまなソーシャルディスタンス


この大会はもともと5月末に開催予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で延期となり、家族も応援できない無観客での実施に。

8月には日本陸連の大会も開催されており、その対策を踏襲しつつ、重症化リスクの高いパラ競技ならではの対策も見られました。
日本陸連では「1週間前」までだった選手やスタッフ、報道陣への検温・健康状態の情報提供は「2週間前」まで拡大され、また「大会後の2週間の記録」もとっておく必要があります。

そのほか、「すべての選手に携帯式のアルコールを配布」「競技用の車いすも消毒」「重症化リスクの高い障害の重い選手のメディア対応は行わない」などの徹底的な対策が取られ、来年の東京パラリンピックを安全に行うための試金石としても注目されていました。

写真:おでこに体温計を寄せ検温を行っている様子

当日は受付時の検温ののち、クリアした人には…

写真:左手首にまかれた紙状のリストバンド

このようなリストバンドが配布され、つけていないと競技場に入れない仕組みとなっています。
リストバンドは日によって色が変わり、とにかく競技場内にいる人を限定するようになっていました。


写真

スタートブロックも選手が使うごとに消毒されています。
レース後の待機場所など、選手が触れるところは消毒がされるようになっていました。
このほか選手と接触するスタッフや審判の人はフェイスガードを着用します。


写真:陸上競技場フィールド 幅跳びエリア前

走り幅跳びの前のカメラエリアも、いつも(短い方の黄色い矢印)より遠く(長い方の赤い矢印)に。


写真

記者席もソーシャルディスタンスがとられています。

大会運営側が気を使っていた1つが、「ミックスゾーン」と呼ばれるインタビューエリアです。多くの大会では選手と取材メディアの動線は分けられていて、競技終了直後に唯一接する(混ざる)のがこのエリア。ここが、選手とメディアの人との距離が最も近くなる場所になります。


写真

このように選手とメディアの間に一定の距離をとり、飛沫が届かないようにされていました。

ちなみに、この距離を取るという対策、わたしのように聴覚障害があって聞こえにくい人にとっては、選手の声が聞き取れずとても苦労しました…
選手の中には、わたしが聞き取れていなさそうだとわかると大きな声で話してくださった方もいました。とてもありがたいです!



■躍動!選手たちの声


今大会、リスクを考え欠場する有力選手もいましたが、長く遠ざかっていた真剣勝負の場を喜ぶ選手が多かったのが印象的でした。
密を避けるため、ミックスゾーンにくる選手の数も限られており「1日5人程度、5分以内」という制限があったのですが、そこで話を聞けた選手たちの声の一部を、お届けします!

写真:伴走者とゴールを切る高田選手

高田千明(たかだ・ちあき)選手(T11 視覚障害:走り幅跳びで東京パラリンピック代表内定)

質問したのがわたしだとわかると手話で挨拶をしてくださる高田選手。

「本来なら、3月、5月で試合に臨んで少しずつステップアップという形を取りたかったんですけど、コロナの影響でずっとできなくて。練習もできたりできなかったりという中『ことし一本も飛べなかったら、走れなかったらどうしよう』という思いの中で開催をしていただいたので、本当によかったなと思います」

「ことし初めての大会でしたが、今まで課題だった左にそれてしまう助走がまっすぐ走れたので良かったです。踏み切った後の空中姿勢と噛み合っていなかったので、そこは残念でした」

視覚障害のため、映像で自分の跳躍を振り返ることができない高田選手。一つの課題をクリアすること、全体のバランスを崩さないこと、そうした「調整」の場としても大会に定期的に参加することは大切なのだと思います。


写真:ゴールを迎える佐々木選手

佐々木真菜(ささき・まな)選手(T13 視覚障害:400mで東京パラリンピック代表内定)

延期発表直後にお話をお聞きした佐々木選手。その時は、まだまだ足りないところがあるのでプラスに捉えていきたいと話していました。

「国内大会は初戦なので、本当に緊張していたんですけど、本当にたくさんの方のご協力があって、こうやって大会も参加させて頂いて競技ができているんだなということを実感しました。これから自分にもできること、しっかり手洗いうがいをしたり、常にマスクをしたりと徹底した生活をして、来年のパラリンピックに向けてしっかり頑張っていきたいと思います」

「57秒台に届かなければ世界に届かないと思っていて、なので、この大会でしっかり、57秒台を出してベストを更新するっていうことを目標にしていたんですけど、あともう一歩というところで届かず悔しい思いがいっぱいです」

400mの記録は58秒97。再開後の大会としてはまずまずなはずですが、目標はしっかりと「世界」。
同じチームで、佐々木選手の先輩だった、T12の佐藤智美(さとう・ともみ)選手は、この大会を最後に引退することを表明しました。佐藤選手の思いを背負って、来年の東京パラに臨みます。


写真:レーサーに乗る村岡選手

村岡桃佳(むらおか・ももか)選手(T54 車いす:2018年ピョンチャンパラメダリスト(アルペンスキー)。夏・冬両方の大会出場を目指す)

100mの記録は16秒67。レースとしては圧倒的な勝利でしたが、自己ベスト更新ではなかったことをしっかりと分析していました。

「1月ぶりの大会でした。電車も久々に乗りました。コロナの自粛期間は思うように練習できない期間もありました。日本パラに向けて結構最近は調子が上がって、いい調整ができていたので、まずそこはよかったと思います。今日のレースを振り返るとすごくいいレースではあったけど、課題としていた部分がよかったのにその後ちょっと焦りが出てきてしまったのがあったので、その点はすごく正直悔しいレースでした」

夏冬の二刀流を目指す村岡選手、この大会を機に北京パラリンピックに向けて冬の競技の練習のため、陸上は一旦お休みです。

「陸上を離れることに対して、やっぱり不安はすごく大きいです。私が陸上を離れてスキーをしている間にも他の選手は練習をしているし、最近やっと練習について行けるようになったかなというところだったけど。それがあいた期間で差が生まれないかなと。また合流したときに練習についていけるかという心配は大きい」

「二刀流でやっていくことを決めるのもすごく迷ったし。でもどちらかを諦めることは私にはできなかったし、したくなかった結果、二刀流でやっていくと自分で決めたことなので。自分で決めたからにはそれをしっかりとやり遂げられたらいいなと思います」



写真:跳躍する山本選手

山本篤(やまもと・あつし)選手(T63 左大腿義足:走り幅跳びで東京パラリンピック代表内定)

「緊張感がある中で試合が出来るのは練習とは違う形でいろんなことが試せると感じました。(自粛期間は)自分がいまやらないといけないこと、できることをちょっとずつやりながら。でも普段だったらやらないような、股関節の細かいところの筋肉のトレーニングも毎日やったりしてしっかり強化に努めてきました。あとは練習ができるようになってからはしっかり走って、自分の状態を確認しながら、ちょっとずつパフォーマンス上げていけたら、と思って今日を迎えました」

ベテランであり、日本のパラアスリートの「顔」でもある山本選手、大会が無観客だったことなどにも、選手として、率直な意見を口にしていました。

「なんで無観客にしたのかなというのが1つの疑問。これだけ広いところで、多くても入るのは5000人くらいなんじゃないかな。(だったら)うまくやれば十分観客を入れての試合はできたんじゃないか、と思うんです。だから発表が出たときは残念だと思った。あとライブ中継が土曜しかない。それもちょっと残念。なんで日曜はないのか。1つやることにお金がかかるなら集めれば良い。やり方はいくらでもあるのに、感染症対策で観客も来られない中、1日しかライブ中継がない。今までは2日あった。いろんな形で応援できたのに、それができないのはちょっと残念」

ライブ中継が1日になったことに対して、パラ陸連の三井利仁理事長は、「選手に競技に専念して欲しかったし、我々も選手に集中したかった」「コロナ対策に費用がかかった」と説明をされていました。

感染対策には、“ものの準備”だけでなく、“消毒するための人の動員”も必要となり、どうしても費用がかかってしまいます。そして、パラスポーツは、一般のスポーツに比べて重症化リスクが高い選手が多く、選手を守らないといけない一方で、認知度や関心度はコロナ禍の影響もありまだまだ低い状況です。どのように安心・安全と広報とを両立させるかということは、今後の課題だと強く感じました。

さらに、今回から前川楓選手のコーチとして、前川選手の跳躍の時にはアドバイスをしていた山本選手。普段も一緒に練習をするようになっています。
教えることで、自分にも学びがあると、「変化」に期待を寄せていました。


写真:高跳びをする鈴木選手

鈴木徹(すずき・とおる)選手(T64 右下腿義足:走り高跳びで東京パラリンピック代表内定)

「開催も危ぶまれていましたので、スタッフの皆さん、関係者の皆さんに、大きくご配慮いただきまして、選手がそれに出場できたことが一番うれしかったです。本当に感謝しかありません。パラの陸上がスタートラインに立てたんじゃないかなと思いますので、パラの選手として出場できてすごくうれしいです」

パラ陸連の中に去年発足したアスリート委員会の副委員長でもある鈴木選手は、選手の声を集めて要望を出したと言います。

「選手の中ではやってほしい、と伝えました。十分な対策を取るから、と」
「東京に向けては、“障害の理解”といいますか。今回、コロナによって車いすだとか、障害の部分で知ってもらえるんじゃないかなって思いますので、僕らのようなパラアスリートが多くの情報を発信する意味では、コロナの影響は大きかったのではと思います」

今は義足をいろいろ試しているそうで、次に試すのはなんと足先が「三本指」にわかれているものだとか!
進化を止めない40歳のベテラン鈴木選手、パラアスリートの価値についても考え続けるその発言にも注目していきたいです。


写真:跳躍をする兎澤選手

兎澤朋美(とざわ・ともみ)選手(T63 左大腿義足:走り幅跳びで東京パラリンピック代表内定)

5回目の跳躍で4m27を跳び、逆転で前川楓選手を破って優勝した兎澤選手。
コロナ禍での練習について…

「こういうふうにできることが限られている状況だからこそ、基礎トレーニングの重要さというものは、すごく気付くことができました。体幹トレーニングなど基礎筋力の部分に、今まで以上に向き合う時間が増えました。記録もいいものが出ていますし、基礎がやっぱり大事なんだというのを、身をもって感じられました」

今回の大会では、暑すぎて、汗のために義足が脱げるハプニングもあったそう。

「競技を始めてまだ3年くらいなので、まだやらなきゃいけないことがたくさんありますし、そういった自分を伸ばせるプラス1年になるかなと思います。今日のハプニングは、本番でも同じくらいの暑さになるかもしれないので、ここから先どのようにすればいいのかと対策を考える時間がまだ1年あるので、そういった意味ですごくプラスになると思います」

ハインリッヒ・ポポフコーチとも定期的に連絡をとっていて、今後の課題は助走のスピードをもっと上げること、踏切のタイミングを強化することだそうです。
ちなみに兎澤選手は、わたしが質問した時に聞き取りにくいだろうと配慮をしてくださった選手の1人です。ありがとうございました!


写真:跳躍をする中西選手

中西麻耶(なかにし・まや)選手(T64 右下腿義足:走り幅跳びで東京パラリンピック代表内定)

自身の持つ日本・アジア記録を4年ぶりに19cm更新した、5m70の跳躍!しかし本当は5m80を跳ぶつもりだったのだそう。
「アジア記録おめでとうございます!」というわたしの言葉に、「そう言われると80cm跳ぶつもりだったから悔しい」と、あくなき向上心を見せました。

「2013年に東京パラリンピック開催が決定してから、2020年が訪れるのを日本国民の皆さん、すごく期待して待ってくれていたと思うんですよ。それが延期になったので、終わっちゃったような雰囲気になられたら困るなと思ったので、(皆さんには)前向きにやっている姿や、こういう状況でも楽しみながらやっている姿っていうのを実際に見てもらいつつ、(私としては)こういった大会の場面で記録を出すことが一番だし、今季は記録更新しかない、というのを、コーチと掲げてやれていたのが良かったのだと思います」

「1年後は、今よりも質の良いピーキング(調整)ができると思うので、大いに東京に向けて、よい調整の仕方がコーチと2人でつかめているんだなというのは、手ごたえを感じました」

大阪に拠点を移しても、愛犬(愛娘)のサラちゃんと練習をしたりと、中西選手がずっと目標に掲げている「6m」ジャンプに、着実に近づいているように感じました。


写真:ゴールを迎える井谷選手

井谷俊介(いたに・しゅんすけ)選手(T64 右下腿義足:100m、200mで東京パラリンピック代表内定を目指す)

NHKの「みんなで筋肉体操」にも出演して下さった井谷選手

「まず、試合を開いて頂いて、招集だったり、スタートだったりスタッフの方がニコニコしていて、本当に大会できてることにすごく感謝して今日のレースに臨みました。本当に久しぶりに、こうして走って、取材もしていただいていろんな人に会えたので、すごく今日は楽しかったですし、連盟も含めスポンサーさん、スタッフの方たちもみんなに感謝ですね、ありがとうございました」

自粛期間は地元の三重に帰り、家族への感染を避けるためにホテルに60連泊していたそう。

「練習に関して、やってることはちゃんとやってるとは思うんですけど、気持ちの持ち方、心の部分の成長ができてないのかなと感じました。その部分で、アスリートとしてまだまだ未熟、足りない部分が今の自分にはあるなと。明確にはあまり言えないんですけど、きっちり練習することによって成長していきたいと思います」

今回は新たな注目選手の登場により、井谷選手は2年ぶりに国内大会では2位に。
国内でも切磋琢磨できる環境になりつつあり、しのぎを削る展開になるのが楽しみです。


写真:ゴールを迎えた直後の大島選手

大島健吾(おおしま・けんご)選手(T64 左下腿義足:100m、200mで東京パラリンピック代表内定を目指す)

その井谷選手を今大会破ったのが、愛知県瀬戸市出身の大島選手。
2年前に出場した初めてのパラの大会から、今回にかけての躍進については…。

「今回伸びたのは、義足を変えて、慣れてきたのが大きな一つの理由かなと思います。コロナ期間中に外で走れない間は、理学療法士さんに来てもらって、体幹とか柔軟性を上げていったのもフォーム改善につながっていったのかと思います。食事制限もしていて、去年よりはすごく体が絞れて動きやすくなったっていうのもあると思います」

大島選手の優勝タイムは11秒93(自己ベスト)。対する井谷選手の自己ベストはアジア記録の11秒47でしたが、今回は12秒01。

「自己ベストでしたが、もうちょっと出るかなと思ってたんで、ひとつ自信になったんですけど、まだまだだなとは思ってます。他の選手も本調子じゃなかった中での勝利なので、もっともっとこれからあげていかないとな、と思ってます」

現在大学3年生の大島選手。来年の東京大会に向けても思いを語りました。

「まずは、パラリンピックに出場できるように目指していて、ゆくゆくはメダルを取れる選手になりたいです」


実は去年の秋に岐阜で開かれた健常者の大会に出場していたのを見かけたことがあり、その時から速そうだな…と思っていたのですが、その急成長に驚きました!
これから注目のルーキーです!


写真:100mレース中の髙桑選手

髙桑早生(たかくわ・さき)選手(T64 左大腿義足:100m、走り幅跳びで東京パラリンピック代表内定を目指す)

「約10か月ぶりの大会で本当に開催していただけたことに感謝したいと思いますし、そこに出場できたことをありがたく思います。久しぶりに大きい大会に出られて楽しかったです」

髙桑選手、今大会で一番変わった点は義足。なんと銀色で、しかも穴が空いたデザイン!
「新しい走り」に取り組んでいるそうです。

写真:髙桑選手

「今シーズンはいつもとは違うシーズンであることは間違いなかったので、新しいことにも挑戦しつつ、レース調整してきた形です。タイムはあまり芳しいものでは無かったのですが、収穫はたくさんあったかなと思います。新しい義足は7月ごろから使い始めたのですが、体格の小さい日本人にあった小さい義足(※)を作ってもらいました。まだ使い始めてから日が浅いので、このあとどのような改善点があるのか、コーチや技術者と話し合いながら調整していきたいと思います」

穴は空気抵抗を減らすために開けられているんだそう。今まで見たことのない形なだけに、これからこの義足と髙桑選手がどのように「身体の一部」になっていくか楽しみです!

※競技用義足のブレード部分はほとんど海外製のため、体格が大きい海外の選手に合わせた大きさとなっている。



写真:トラックを走る古屋選手

古屋杏樹(ふるや・あんじゅ)選手(T20 知的障害:1500mで東京パラリンピック代表内定を目指す)

コロナによる自粛期間で身体を絞り、調子がいいと事前に聞いていたのですが…
なんと、アジア記録を10秒近く縮めた4分36秒56のタイムを出し、世界ランキング(※)2位に躍り出ました。
※この世界ランキングは、東京パラリンピック内定に関係する2019年4月1日~2021年4月1日のものになります。(WPA Rankings - Tokyo 2020 Paralympic Games - 24 month ranking)


「身体の調子もよくて、ベストを出したい気持ちで走りました。37秒台が出ればいいなと思っていたので、それより速く走れてよかったです」

練習できない期間は

「使えるところを探して走ったり、筋トレ、チームのみんなでやったりして、練習していました」

と言います。世界ランキング2位に躍り出たことについてお聞きすると…

「まだ公認の大会があるので、それに向けてタイムを伸ばして、東京パラに出れたらいいなと思います」

記録を少しでも伸ばし、来年の4月1日時点で世界ランキング6位以内に入ることで決まる、代表内定を目指します!


写真:トラックを走る重本選手

重本沙絵(しげもと・さえ)選手(T47 右上肢障害:400mで東京パラリンピック代表内定を目指す)

「試合という機会がコロナの影響でなくなってしまったので、こういうように無観客でも開催していただいたことがすごくうれしくて、練習とは違う緊張感やスピード感を味わうことができたので、まずはよかったと思います」

100mでは約4年ぶりに、自身の持つ日本記録更新を果たしました。(12秒85)

「100mのスピードはだんだんよくなってきているので、そこは維持して強化していきたいと思っていますし、スピードがでてきているので、それを400mにも活かして、今回は後半、全然走れなかったんですけど、後半の走りをもっと強化して、最後まで走りきれる走りをしたいなと思っています」

コロナで練習ができなかったことについて、

「今までいい環境に恵まれていて、その中で与えられた練習をやってきて、それが突然なくなって『どうしよう』『どんな練習を自分でしたらいいだろう』と考えることが多くなりました。家でも自分の筋力アップのためのトレーニングがするなど、工夫すればなんでもできるんだと思ってトレーニングしてきました」

と話していました。


重本選手をはじめとして、コロナ期間に「今自分にできること」を徹底的に考えた選手が多くいました。普段から障害がある中で「どうしたらできるだろう」と自分に向き合いながら工夫をしている選手の皆さんですが、改めて自分と向き合う機会になったと前向きに捉えようとしている姿が印象的でした。



■スポーツ取材の先に見える「新しい」伝え方

今回の大会の2日目、9月6日は、本来であれば東京パラリンピック閉会式の日。そんな意味深い日の開催になりました。久しぶりの実戦形式の大会ということもあり「選手たちが普段何を思うのか」「スポーツにかける思い」を、改めて知ることができました。

取材するメディア側では、「顔馴染み」の人たちが多いのですが…
久しぶりにお会いすると、皆さんこうした大会を待ち望んでいたと同時に、期間が空いたので、どうやって取材してたっけ、と勘を取り戻すのに時間がかかったと話す人もいました。

ウィズコロナの中での取材に慣れず、インタビューでは時間制限で聞きたいことが聞けなかったり、遠くて聞き取れなかったり(わたしだけじゃなかった!)、気軽に選手に話しかけられなかったり…
メディア側も、「新しい取材の仕方」、「新しい伝え方」を手探りで試行錯誤している感じがありました。

すべての人が変化の途中にありながら、今まで知らなかったさまざまなことを知り、試す中で「新しい日常」が定着するように。
選手の気持ちを少しでも皆さんにお届けできるよう、わたし自身も「今できることは何なのか」という意識でこれからも取材を重ねていきます。
来年開催されるとしたら2020+1、この+1に込められた選手の様々な気持ちを伝えていきたいです!

選手情報

キーワード

後藤佑季
後藤佑季

後藤佑季(ごとう・ゆうき)

1996年7月30日生まれ 岐阜県出身 聴覚障害(人工内耳使用) 【趣味・特技】料理、カメラ、書道準五段、手話技能検定準2級 【スポーツ歴】陸上(100m走など短距離)、水泳、バドミントン 【抱負】私の聴覚障害(難聴)のような『目に見えない障害』の存在を伝え、様々な障害のある人とない人との橋渡し役になれたらと思っています。自分の身体ではないものを最大限に生かし、自らの可能性を広げる、超人たちの「常識を超える瞬間」を多くの方にお伝えしていきたいです!

おすすめの記事