さらなる多様性へ ユニバーサルリレー、“ゼロスタート” | 後藤佑季

陸上 2021年1月19日
写真:ユニバーサルリレーのタッチの瞬間、左から辻沙絵、松本武尊、大島健吾、塩川竜平ガイド、澤田優蘭

2020年は、皆さんにとってどんな年だったでしょうか?
多くの人にとって“予想だにしない”1年だったのでは。

こうしよう、と計画していたことが、ゼロベースからになるー
それは、日本のパラ陸上界がメダル有望種目としている、ユニバーサルリレーでも起きていました。

☝ユニバーサルリレーとは?
1.視覚障害、2.立位の切断及び機能障害、3.脳性まひ、4.車いすの順番で、男女2名ずつ計4名が走る混合の400mリレー。
男女の順番はチームが自由に決められるため、その戦略も大事なポイントになってくる。東京パラリンピックから正式種目に。
バトンは使わず、体に触れる「タッチ」で次の走者につないでいく。


障害の種類も性別も混合、これぞパラリンピックだ!と言える、多様性を象徴したような種目です。
私は2年前から、継続して日本代表チームを取材させていただきました
日本チームのベストタイムは現在、48秒14で世界ランキング4位。しかし、1位の中国、2位のアメリカは、46秒台に突入し、ドイツなど個人種目の金メダリストがいるチームの「伸び」も予想されます。

リオ五輪で銀メダルに輝いた男子リレーチームと同様、日本のユニバーサルリレーの生命線は「つなぐ」ことにあります。そのため、メンバーが集まる「合宿」が不可欠ですが、2020年3月上旬の合宿を最後に、新型コロナの影響で行えずにいました。

そんな中、日本パラ陸上競技連盟の方から、「ユニバーサルリレーを、一度白紙状態から考え直します」というお話が!
どう変わるのかー

12月末に行われた沖縄でのユニバーサルリレー合宿を、インタビューの際はフェイスシールド+マスク、そして距離を取るなど、感染症対策に万全を期して取材しました。


■“チャレンジ”の合宿


選手たちが集まるのは、実に9か月ぶり。
これまで8人いたメンバーから、2人抜け、新たに3人が加わりました。

今回からの参加は、T64(下腿義足)の大島健吾(おおしま・けんご)選手と、T36(脳性まひ)の松本武尊(まつもと・たける)選手、そしてT47(上肢障害)の辻沙絵選手。

写真:笑顔の大島健吾選手

大島選手は、名古屋市内の大学に通う2年生。高校時代はラグビーの選手で、陸上は大学から。2020年9月に行われた日本選手権では、アジア記録保持者の井谷俊介選手を100mで破りました。


写真:松本武尊選手

松本選手は、現在19歳の専門学校生。もともとインターハイを目指していた400mハードルの選手でしたが、高校2年の時、脳出血により手足にまひが残りました。


写真:マスク姿の辻沙絵選手

リオパラリンピック400mの銅メダリストである辻選手は、本格的にユニバーサルリレーチームが立ち上がる前にメンバーとして走ったことがあり、今回は改めて復帰という形になります。

ユニバーサルリレーの担当コーチ・高野大樹さんは、新しいメンバーを入れた理由をこう話しました。

「純粋に、ユニバーサルリレーの始動した2019年頭の時とは、100mのタイムが変化してきていることが1番です」


今までは、
Aチーム:澤田優蘭(視覚障害)▶︎井谷俊介(下腿義足)▶︎高松佑圭(脳性まひ)▶︎生馬知季(車いす)
Bチーム:山路竣哉(視覚障害)▶︎髙桑早生(下腿義足)▶︎竹村明結美(脳性まひ)▶︎鈴木朋樹(車いす)
という2チーム構成でしたが、今回大島選手、松本選手の2人が記録を伸ばしてきたことで、新しいメンバー構成となったのです。

Aチーム①:澤田優蘭▶︎井谷俊介▶︎高松佑圭▶︎生馬知季 or 鈴木朋樹
Aチーム②:1走同じ▶︎大島健吾▶︎3走同じ▶︎4走同じ
Aチーム③:1走同じ▶︎辻沙絵▶︎松本武尊▶︎4走同じ
この他、1走に山路竣哉選手が入る場合には、また新たな組み合わせになるそうです。

つまり、元々のAチーム(①)に、②2走のメンバー追加、③2・3走の候補が追加、という形になりました。

写真:マスク姿の高野コーチ

高野コーチは、これらの組み合わせについてこう言います。

「AチームにしろBチームにしろ、前回までは1通りずつだったのが、バリエーションが増えたので日本の強みの幅が広がったと思います」


今回の合宿の目的を、“チャレンジ”だと言っていた高野コーチ。
新しいメンバーがユニバーサルリレーや合宿に馴染んでくれるようにという前提があった上で、今までのメンバー同士でタッチする区間に関しては、もう1つ上のレベルの高いタッチワークを。新しいメンバーが入る区間に関しては、わからないことが多いので、どこまで行ったら失敗するか。これらをギリギリまで試す“チャレンジ”だ、と考えました。

ユニバーサルリレーも一般のリレーと同じく、決められた「タッチゾーン」の中でつなぎます。前の走者が「どこまで」近づいた時に、次の走者がスタートして加速するのか。タッチゾーンの距離を最大限有効に使うことがとても重要になります。
次走者のスタートが早すぎると、前の走者が追い付けない可能性があります。逆に、次走者のスタートが遅いと、十分に加速する前にタッチされてその分、タイムをロスしてしまいます。
ベストなタイミングを探るため、リレーでは様々なトライ&エラーを行い、そのデータを蓄積していく必要があるのです。

新チームでの練習が始まる前夜のミーティングで、高野コーチは選手たちに、新旧のメンバーを合わせて一つのチームだと伝えました。

「2019年4月から本格的に始動して以来、これまでのAチーム・Bチームのメンバーが積み上げてきたデータや成果の蓄積があってのチーム、2年分の思いをのせたチームだということを、改めて新チームに話しました」

どんな走りを、どんなタッチを見せてもらえるのか、合宿の取材が始まりました。


①これまでのメンバー同士、゛久しぶりの“タッチ


まずは、今までのメンバー同士のタッチワーク。

写真:高松選手→車いすの鈴木選手、高松選手→車いすの生馬選手のタッチ

高松選手(両写真右)|ちょっと最初は届くかなっていう不安はありましたけど、届いて良かったです。1回目は車いすとの 距離が遠かったんで届かなかったですけど、2回目は届いて安心しました。


写真:澤田選手→井谷選手のタッチ、井谷選手→高松選手のタッチ

井谷選手(写真中央)|実際のリレーをやるのがすごく久しぶりで、タッチをする感覚だったり、もらう感覚だったりがとても新鮮に感じたんですけど、これまでの合宿でずっとやってきたので、感覚はすぐ戻ってきました。タッチワーク自体は(相手に)届いてない走りが多かったんですけど、データを取るためにいろいろ試せて良かったです

澤田選手(写真左)|合宿としては、10か月ぶりぐらいでした。井谷くんとのタッチワークについては、うまくいったわけではないんですけど、 ある程度いい感じではできてるかなと思います

障害が異なることから、一般のリレーとは違って走者同士の走力差が大きく、「同じスピードで並走する」ことは困難です。加速する次の走者に追いつくわずかなタイミング。針の穴を通すようにピンポイントのタイミングで手を伸ばし腕や肩、背中にタッチしなくてはなりません。「空振り」もありえます。
「こんな感じなんだ…」新加入のメンバーは、そんな難しさを、先輩たちの走りを生で見ることで学んでいました。


②2走のメンバーが一気に充実

写真:澤田選手→大島選手のタッチ、大島選手→高松選手のタッチ

従来のAチームと同じ組み合わせで、下腿義足(T64)の井谷選手の区間に、新たに同じく下腿義足の大島健吾選手(写真左、中央)が加入しました。

大島選手は初めての合宿ということもあって、最初は緊張しているように感じましたが、大学でもリレーをやっているためか、走り出しからトップスピードに乗るまでの加速の早さが印象的でした!

大島選手|リレーって楽しいな、と思いました。バトンとは違ってタッチでつなぐこともですし、いろんな障害のある選手と関わる機会がなかったので。そんな中で、リレーができるというのがより楽しいです。今まで大学でリレーをやるときは、アンカーで最後にもらって走るだけだったので、カーブで渡すっていうのが慣れてなくて、減速させずにいくのが難しいと思いました。

ここで、同じクラスの“ライバル”である井谷選手について伺いました。

大島選手|井谷さんに負けるのはしょうがないとか、そういうのは絶対言いたくないです。それでギスギスするというわけではなくて、高めあっていけたらと思ってます。自分自身もまだまだ記録を上げていくつもりなので、井谷さんのアジア記録を奪い取る、という意識ではなく、自分の目標を達成するために、進化していきたいです。

井谷選手はこう語ります。

井谷選手|シーズン中はコーチ達からも言われて、すごく意識してました。でも沖縄に来て、自分の走りに“光”が見えてきたので、今はあまり意識してないです。逆に言うと、もし僕がけがをしてしまった場合、すぐ代わってもらえると思うと、チームとしてメダルに向かう中、とても安心材料だと思います

―安心の方が大きいんですか?

井谷選手|特にそれもなく、何もないです。もし万が一けがをしたら、チームに迷惑かけることなくメダルに向かっていけると思えるのは、どこのパートもそうだと思いますけど、そんなに…。まあ、自分が走ってメダルを取りたいんで、そんなに意識はしてないです!

井谷選手自身も、それまで不動のエースだった佐藤圭太選手を破って、アジア記録保持者となりました。こうして国内で競える相手が出てきていることは、全体の競技力の向上にもつながります。これからの2人の切磋琢磨が楽しみです。


③2・3走の候補が追加


一方、完全に新しい2・3走の組み合わせとして加わった2走:辻沙絵選手、3走:松本武尊選手の2人。(男女の2人ずつという人数制限の関係で、この組み合わせとなる)

まずは、ユニバーサルリレーの経験のある辻選手(写真左)。

写真:辻選手→松本選手のタッチ

辻選手|ずっとリレーやりたかったので、再び声をかけてもらえてうれしかったです。一旦メンバーから外れて観客として見ていた立場では、リレーで走る姿を見てかっこいいなと。陸上は個人スポーツではあるんですけど、リレーという団体スポーツのような形は、(ハンドボールという)団体スポーツをやってた身からしても、楽しそうでいいなと思っていました。

初めての人とのタッチワークだったので、実際どうなるのか不安だったんですけど、なかなかいい感触で終えられたかなと思います。
リオの時に銅メダルをとった切断(義足・上肢障害など)のリレーで(山本)篤さんや多川さんたちが走ってる姿を見て感動して、あんなふうに輝くようになりたいと思っていたんです。今回、新しい“ユニバーサルリレー”という新しいリレーで、それぞれの良さを発揮しながら、メダルに向かっていけたら。

写真:澤田選手→辻選手のタッチ

辻選手につなぐのは、視覚障害クラスの澤田選手(写真右)とガイドの塩川竜平さん(写真中央)。これまでの井谷選手に加えて、辻選手とのタッチを試しました。

澤田選手|重本選手とは初めてだったので探り探りではあったんですけど、思っていたよりいい感じできたのかなと思います。

塩川さん|井谷くんは、男性でスピードがけっこうあるので、(タッチのタイミングが)難しい部分もありましたけど、重本選手だと、女子と女子なので(スピードが合いやすかった)。あと、優蘭さんの方が100mの走力は上なので、ある程度リード取れるっていうか、ちょっと変わった感覚で新鮮だったんですけど、タッチワークとしてはうまくいったかな、という感覚はありました。

そして、19歳の松本選手(写真左)。チーム最年少ということ、初めての合宿ということもあって、終始緊張しているように見えましたが、一度走り出すと圧巻のスピードでした!

写真:松本選手→車いすの生馬選手、松本選手→車いすの鈴木選手のタッチ

松本選手|初めてリレーに参加してみて、新鮮でした。4走の車いすの選手にタッチするとき、思ったより低くて、「ひくっ!」と思いました。難しかったので練習したいです。

リレーのメンバーとして声をかけられたときは「ついにここまで来たか、自分はこれからだな」と、ワクワクしましたね。うれしかったんですけど、少しプレッシャーに弱いところがあるので、まあちょっと少しどきどきしました(笑)。

脳性まひのクラスの男子選手は、なかなか日本では育ってこなかった層でもあります。まだ10代の彼が、これからどのように伸びていくのか、期待が高まりました。


■これから、“ゼロスタート”

全てのタッチワーク練習を終えて、ユニバーサルリレー担当コーチの高野さんに改めて話を伺いました。

高野コーチ|タイム出そう、な気がします!(笑)。これまでのデータをもとに理想的なタイムを換算してるんですけども、僕らが思い描いてたよりも、もうちょっと速いタイム出るかもなーって感じがしてきて。特に3走に男子の選手が入るということは、これまで日本チームでは考えてこなかったことだったので、この区間のデータが取れたことは、今後の戦略を立てる上で重要になったと思います。

1年前(2019年)の12月の沖縄の合宿でも同じようにデータを取ってるんですけど、多くの選手の「疾走速度」が上がってます。そう考えると、手応えを感じました。これからが楽しみですね。

写真:ソーシャルディスタンスを取りながら高野コーチにインタビューする後藤リポーター


今回から新たに参加した選手については、
・大島選手は思っていた以上に速く、加速の部分に長所があるので、それを生かしたタッチワークを考えたい。井谷選手も意識しているので、2人で切磋琢磨してどんどん速くなってもらいたい。
・松本選手は最年少でかなり緊張しているようだった。もちろん、チームでも支えるが、本人も乗り越えてもらいたい。走りはいいものがあるので、それを生かすようなタッチワークを考えないといけない。
・重本選手は、とてもセンスがある。個人種目との兼ね合いが難しいと思うが、いい気分転換の場所になって、個人の方にもプラスになれば。
ということでした。

―今回の合宿を一言で言うと?

「ゼロスタート」

―どういう意味が込められているのでしょうか?

「新しい組み合わせ、新しい風が入ってきたってことで、メンバー全体の様子も変わってきてるので。ここから再出発っていう意味も込めてゼロスタート。それに、僕らの頭の中も白紙に戻してゼロスタート、ということです」

パラリンピックらしいく多様性に溢れる、新種目 ユニバーサルリレー。
チームとしてのタイムを縮めるためには、異なる障害、走力のメンバー1人1人の100mの加速グラフを測り、前走者の失速と、後走者の加速の最適な交点(=タッチポイント)を見つけ出す、などのたくさんのデータが必要です。高野コーチ曰く「ないデータから、(新たな)データを作り上げる」。そんな地道な作業を繰り返してきた2019年4月からの1年間でしたが、パラリンピックの延期とともに、新たな「多様性の可能性」が生まれました。

これまでにない試みをして、データを作り上げ、そして分析するー。
ユニバーサルリレーで、高野コーチたちが取り組んでいることは、まさに多様性を社会で実現するための縮図のようにも感じました。

今までの普通が普通ではなくなり、様々な人の困難が現れるようになってきて、“ニューノーマル”を作り上げていく今だからこそ、是非見て欲しい種目です。
道なき道を進む、高野コーチや選手の皆さんの歩みを、これからも追っていきたいと思います。


【関連動画】古舘伊知郎が実況 !注目の新種目「陸上・ユニバーサルリレー」

2019年11月にドバイで開催された「パラ陸上世界選手権」の新種目「ユニバーサルリレー」を実況解説。

選手情報

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後藤佑季
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後藤佑季(ごとう・ゆうき)

1996年7月30日生まれ 岐阜県出身 聴覚障害(人工内耳使用) 【趣味・特技】料理、カメラ、書道準五段、手話技能検定準2級 【スポーツ歴】陸上(100m走など短距離)、水泳、バドミントン 【抱負】私の聴覚障害(難聴)のような『目に見えない障害』の存在を伝え、様々な障害のある人とない人との橋渡し役になれたらと思っています。自分の身体ではないものを最大限に生かし、自らの可能性を広げる、超人たちの「常識を超える瞬間」を多くの方にお伝えしていきたいです!

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