今を切り開く力 ―パラアスリートがもつレジリエンス | 後藤佑季

2021年5月2日
写真:インタビューする後藤佑季リポーター(左)と、パラアスリートたち

「東京パラリンピックは、私たちが持つ“力”を伝えられる大切な機会なのです」
これは、リオパラリンピックの車いすフェンシング金メダリスト、イタリアのベアトリーチェ・ビオ選手がリモートインタビューで語ってくれた言葉です。その「力」とは―


取材中の3か月、私は日本や海外のパラアスリートに同じ質問を繰り返してきました。

「あなたは自分が“レジリエンス”の力を持っていると思いますか?」
「なぜあなたはそれほど強い“レジリエンス”を身に着けることができたのですか?」

コロナによるパンデミックの中、世界の賢人たちが「レジリエンス」という言葉を語っています。

レジリエンスとは、海外では日常的によく使われている言葉で、「逆境にも負けないタフさや強さ、困難や変化に直面した時に、その状況に適合させる能力や柔軟性」を指します。「折れない心」と表現する専門家もいらっしゃいます。「硬くて折れない」のではなく「曲がっても凹んでも、元に戻る粘り強さ」というイメージで、特にスポーツやメンタルヘルスの文脈で頻繁に出てくるそうです。

2020年11月に野口聡一さんが乗った民間初の宇宙飛行船も、レジリエンス号と名付けられました。
トラブルが起きても、あきらめることなく開発を続けた技術者たちのエンジニアスピリッツに由来しているといいます。

誰もが新型コロナという制限を受けた2020年。
このコロナ禍だからこそ「レジリエンス」は響く力だと思うのです。

そして今、改めて伝えたい・考えたいのが「パラスポーツの意義」です。
コロナ禍で「不要不急」ともされるスポーツを、迷いながら伝える中で、私はレジリエンスという言葉に出会い、パラスポーツにつながるものを感じました。

写真:インタビューをする後藤リポーターと、モニターに映るチェン選手(右)

ここで、何人かのパラアスリートの言葉をご紹介します。

陸上の伊藤智也選手は
、現在57歳、進行性の難病を患っています。
去年(2020年)11月には、病気が“再発”して、左腕のまひが進んだといいますが、そんな状況でも、伊藤選手は「昨日の自分を超える」ことを目標に、毎日のトレーニングを続けています。
「パラリンピックは『生きる』ということばに秘められたパワーを表現できるチャンス」
と表現しました。

同じく陸上の走り幅跳び、中西麻耶選手は、コロナ禍で練習環境を確保するために地元大分を離れ、大阪に移るという決断をしました。大阪に移住しても、陸上競技場が使える環境ではなかったものの、 「嘆いている間は時間が止まっていると思う。大事なのはそこからどうするか、何をするか」と伝えてくれました。

さらに、イタリアの車いすフェンシングの選手、ベアトリーチェ・ビオ選手は「違うということは、すべてかっこいい」と表現しました。髄膜炎により、両手足を失った彼女は、周囲に反対されながらも幼いころから“恋に落ちていた”フェンシングを再開、リオ大会では金メダルを獲得しました。「義肢はクールなもの、便利なものだと思ってる。技術のおかげで、それが逆に自分の強みになるんだ!」と語ります。

オーストラリアの卓球の選手、ジェシー・チェン選手は両親の仕事の都合で移住したソロモン諸島で人種差別による暴動により、なたで襲われ、頸髄(けいずい)を損傷。医療設備が整っていなかったため、近隣国のオーストラリアの病院で一命を取りとめました。そんな彼は「前を向くために、振り返らないようにしている。オーストラリアで、さまざまなバックグラウンドや考え方を持つ人たちと出会って、(人種差別的な)考え方をする人がいるのも仕方ない」とまで表現。

ナミビアの陸上の選手、アナニアス・シコンゴ選手は、幼いときに兄が鳥を射ようとした弓矢で片目を失明、その数年後、家畜のロバにもう片目を蹴られて失明しました。貧しい地域で育ったため、空腹のまま2時間歩いて競技場に向かったことも。そんな彼は「状況を受け入れることは大切だけど、 “できない”と、限界を決めることではない」と表現しました。事実、彼は「私たち障害者は、多くの試練を経験する。でも、その試練のおかげで強くなり、すべてのことが可能に思えるんだ」と話しました。


これらの言葉に、彼らが、これまで歩んできた、“切り開いてきた”道のりの、途方もない悔しさと、苦労・苦悩が詰まっているように感じます。
そうして彼らは、自身が切り開いてきた道で、強いレジリエンスを身につけてきたのだと思いました。


パラアスリートは、なぜ強い「レジリエンス」があるのか―

その答えを探すために、まず、パラアスリートはどんな人か、ということを考えてみると、「切り開いてきた人」という表現がひとつ思い当たります。
それは、社会の中で切り開いたのかもしれないし、自分と周りという範囲かもしれないし、もしくは自分の中で、かもしれない。

社会からの差別や無関心。周りの人の、過剰な対応。もしくは、逆に障害についてわかってもらえないこと。自分の心のどこかにあった「障害」というものに対する嫌悪感、に対して。
聴覚障害のある私も、学校や職場で「前例のない」ことにチャレンジしなければならないことが度々ありました。
“健常者”だったら、考えなくても済むことを、日々の些細なことからずっと向き合わざるを得ない。

あえて言えば、「健常者(=マジョリティー)の常識・先入観」に溢れた社会で、障害があることによって生きづらさを感じる中、日々、状況を、思いを、切り開いている―。

その「切り開いてきた」過程でもたらされる強さこそが、“レジリエンス”なのではないでしょうか。
そして、その強さに、人は惹かれるのかもしれません。

たとえば、アナニアス・シコンゴ選手は発展途上国出身でも金メダルを獲得できることを、ナミビアの男性アスリートとして、オリパラ通じて初の金メダルを獲得したことで証明しました。

中西麻耶選手は、当時の日本では珍しかった、オリンピックの強豪チームのもとでの練習や、海外に拠点を置くことを実現しました。

ベアトリーチェ・ビオ選手は「世界初の両手足のないフェンサー」として、物理的に不可能だと思われていた「手のない人がフルーレを持つ」ということを可能にしました。

何人かの選手の言葉を紹介しましたが、だからこそ、そういう経験が、パラリンピックの延期やコロナについても「前に進む」という原動力になっていると思うのです。


新型コロナによって、人々は未知の世界を突き進んでいかざるを得なくなりました。
いつ収束するのか、見通しを持てず、「コロナ」という目に見えない敵と戦わねばいけない。もしくは、恐怖を感じ、物理的な制限をうけざるを得ない。

そうした環境では、全員に“障害”がある状態、=「総障害者化」したともいえます。
やりたくても、やりたいことが“できない”からです。

だからこそ、今、パラアスリートの「レジリエンス」を感じ、彼らに学ぶことが大きな財産になると実感しています。

写真:リモートインタビューで笑顔のビオ選手(左)と、後藤リポーター(右)

今回、取材をして一つ驚いたのは、特にヨーロッパの選手はこちら側から改めて説明をせずに「レジリエンス」の質問をしても、とても自然に「自分のレジリエンス観」を語ってくれたこと。
「折れない」「どんな状況でも、最後には前を向く」
、そんな意識をベースとして持っているのだなと思いました。

「パラアスリートたちは、その人生をもって、人間の力強さを伝えてくれる―」

彼らは必ずしも困難を“乗り越えて”おらず、時には向き合い、諦め、受け入れて生きてきました。

その彼らの強さに、人々は心を動かされ、前に進む勇気をもらい、「共生社会」というものに進んでいくのだと信じます。
次回からは、そんな選手たちのそれぞれの物語を紹介します。

今を切り開く力 ―パラアスリートがもつレジリエンス

vol.1「障害を受け入れることは、諦めることではない」陸上 アナニアス・シコンゴ 

vol.2「道は1つではなく、ほかにも選択肢がある」 卓球 ジェシー・チェン

vol.3「自分の限界は、自分が決める」陸上 マルクス・レーム
vol.4「違っていることは、全てかっこいい!」車いすフェンシング ベアトリーチェ・ビオ
vol.5「やってみれば、何でもできる」パラ陸上 ヨハネス・フロアス


※パラアスリートは持つレジリエンスについては、下記の番組でリポートをさせていただきました。

・車いすフェンシング ベアトリーチェ・ビオ “無限の可能性”伝えたい(2021年3月3日「おはよう日本」)

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後藤佑季

後藤佑季(ごとう・ゆうき)

1996年7月30日生まれ 岐阜県出身 聴覚障害(人工内耳使用) 【趣味・特技】料理、カメラ、書道準五段、手話技能検定準2級 【スポーツ歴】陸上(100m走など短距離)、水泳、バドミントン 【抱負】私の聴覚障害(難聴)のような『目に見えない障害』の存在を伝え、様々な障害のある人とない人との橋渡し役になれたらと思っています。自分の身体ではないものを最大限に生かし、自らの可能性を広げる、超人たちの「常識を超える瞬間」を多くの方にお伝えしていきたいです!

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