「道は1つではなく、ほかにも選択肢がある」 パラ卓球 ジェシー・チェン ―シリーズ「レジリエンス」vol.2・後藤佑季

卓球 2021年5月20日
写真:笑顔のチェン選手

「パラアスリートたちは、その人生でもって、人間の力強さを伝えてくれる―」

彼らにとって障害は決して克服した(乗り越えた)ものではなく、時には向き合い、時には諦め、時には受け入れて生きてきたもの。

そんな彼らがもっているパワーを、「乗り越えてきた」という一言ではなく、「レジリエンス=折れない心」という言葉で表現できるのではないか。

そう考えた私は、“TOKYO”を目指している世界のパラアスリートたちの「レジリエンス」を取材し始めました。



Vol.2 ジェシー・チェン
/Jessy Chen(オーストラリア・パラ卓球)

「私は多くの経験をしましたが、“決して諦めずにできることをやる”と自分自身に言い聞かせています。なんでもいいから、小さな一歩でもいいから、まずはやってみることです

2019年のパラ卓球オセアニア選手権(車いすのクラス)で金メダルを獲得したチェン選手。現在31歳の彼が語る“多くの経験”。そこから彼のレジリエンスの源泉を紐解きます。

写真:リモートインタビューに答えるチェン選手


中国の広州で生まれたチェン選手。
15歳の頃、父親の仕事の都合で、南太平洋のソロモン諸島に移住しました。

チェン選手自身も、土産物店で働き、新天地での生活を歩み始めて11か月たったころ、悲劇が起こります。

当時ソロモン諸島では、新しい首相の選出をめぐって市民の間で暴動が発生。一部住民の間で中華系住民の排斥運動が起こり、彼らが経営する企業や商店が襲われるなど略奪行為が横行し、チェン選手たち一家も標的となったのです。

当時16歳だったチェン選手は、真夜中に物音に気がつき、庭に出たところで強盗に襲われました。
なたで首から背中にかけて大きく切りつけられ、脊髄を損傷。病院に運び込まれた際には心臓発作と大量出血、傷口からは髄液が漏れているほどの、ひん死の状態に。

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入院中のチェン選手、当時16歳

生死の境をさまよい、意識を取り戻したのは3日後のこと。
両親から何が起こったのかを聞いた時は、「頭が真っ白になり、何も考えることができなかった」と、チェン選手は言います。

その後、高い医療水準を持つオーストラリアへ搬送されたチェン選手。一命を取り留め、オーストラリアの人道支援策によって長期滞在が認められ、1年に及ぶ治療を受けられることになりました。翌年には市民権を取得します。

しかし、胸から下の感覚を失い、右腕にも重いまひが残りました。
事件のことは語りたがらないチェン選手ですが、パラリンピックを象徴する言葉でもある「失ったものを数えるな、残されたものを最大限に生かせ」の精神に自ら気づき、前を見つめて生きることを決めました。

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練習に向かうため母親の運転する車に乗り込むチェン選手。腕の力だけで移動する

「全てを失いました。でも、運が悪かっただけ。深く考えても仕方がありません。考えすぎると人生が悪い方向へ進むことがあります。進みたい方向へ一歩も踏み出せなくなるのです。チャンスがあれば常に、まずは一歩を踏み出すようにしています」

そんなチェン選手はリハビリでスポーツを勧められ、さまざまな競技に取り組みました。中でも「自分に合っている」と感じたのが卓球でした。

最初は週に1度。利き手ではない左手でラケットを握ることや、車いすにも長く座ることは難しかったと言いますが、次第に自分の意思でボールを操ることのできる楽しさにのめり込んでいきました。

写真:車いすに乗り、右手でタイヤをつかみ支えながら左手で卓球をするチェン選手
写真:車いすの輪を握り、体を支える

「卓球は私の人生を変えて、成長させてくれたと思います。楽しさや、新しい友人に出会う機会を与えてくれるんです」

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リハビリで卓球を始めたころのチェン選手

卓球を通して出会う様々な人との関わりも、チェン選手の心を前に進めてくれました。
慣れない土地、慣れない身体で、慣れない言葉での生活。それでも、一歩ずつ歩みを進めるチェン選手に、世界中の多くの人たちが手を差し伸べてくれていると言います。

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オーストラリア代表チームでのチェン選手(前列右端)


大けがを負ってから11年。トレーニングを重ね、オーストラリア代表として国際大会に出場するほどの選手になりました。
国際大会に出るようになって、様々な国の人、自分よりも障害の重い人たちと話すことで、多くの人生や考え方を知り、生きる力になったと言います。

「卓球を始めてから新しい友人がたくさんできました。国際大会に出れば世界中に友人ができ、様々な経験や考え方を学ぶことができます。生い立ちは関係ありません。みんな家族のようなものです」

写真:卓球をするチェン選手

今は、自分と同じような境遇の人たちに、スポーツで前向きになってもらいたいと、普及活動にも力を入れ、指導者の資格を取得。お世話になったリハビリセンターで卓球の指導をしています。

最近では2019年のオセアニア選手権で金メダルを獲得するなどの活躍から、オーストラリア代表として東京大会を目指すチェン選手。
その裏には、命を助けてくれ、生きる道を支えてくれた第二の母国、オーストラリアへの思いがありました。

「オーストラリアはもう自分の母国だと思っています。けがを負って全てを失った私に、人生のチャンスをくれたのがオーストラリアでした。だから、それに応えて一生懸命に生きなければと思ったのです。この国に恩返しをしたいと思っています」

写真:笑顔のチェン選手


・・・

チェン選手は、一度は何もできなくなった自分を知っているからこそ、小さな一歩でも、自分にできることをやってみる大切さを学んだのだと思いました。

自分ができることをやり続けることで、周りの人が手を差し伸べてくれるきっかけが生まれ、それがやがて社会を変える力につながっていく―。

もちろん、障害のある人だけが頑張るのではなく、全ての人が互いに手を差し伸べあえるような社会が必要だと思います。
チェン選手の「ストーリー(経験)」は多くの人の意識を変えるきっかけになると感じました。


(取材協力)Table Tennis Australia、ミツキニス恵美

【関連動画】パラ卓球 ジェシー・チェン 人種差別を乗り越え、伝えたい思い(2021年2月26日「おはよう日本」)



今を切り開く力 ―パラアスリートがもつレジリエンス

vol.1「障害を受け入れることは、諦めることではない」陸上 アナニアス・シコンゴ 

vol.2「道は1つではなく、ほかにも選択肢がある」 卓球 ジェシー・チェン

vol.3「自分の限界は、自分が決める」陸上 マルクス・レーム
vol.4「違っていることは、全てかっこいい!」車いすフェンシング ベアトリーチェ・ビオ
vol.5「やってみれば、何でもできる」パラ陸上 ヨハネス・フロアス
vol.6「あなたはできる。その言葉が自信を育み、道を開く」パラバドミントン パルル・パルマル
vol.7「当たり前だと思わず、感謝すること」陸上 フラー・ヨング
vol.8「自分でタブーは作らない」陸上 マリー アメリ・ル フュール

キーワード

後藤佑季 レジリエンス(今を切り開く力)
後藤佑季

後藤佑季(ごとう・ゆうき)

1996年7月30日生まれ 岐阜県出身 聴覚障がい(人工内耳使用) 【趣味・特技】料理、カメラ、書道準五段、手話技能検定準2級 【スポーツ歴】陸上(100m走など短距離)、水泳、バドミントン 【抱負】私の聴覚障がい(難聴)のような『目に見えない障がい』の存在を伝え、様々な障がいのある人とない人との橋渡し役になれたらと思っています。自分の身体ではないものを最大限に生かし、自らの可能性を広げる、超人たちの「常識を超える瞬間」を多くの方にお伝えしていきたいです!

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