「自分の限界は、自分が決める」パラ陸上 マルクス・レーム ―シリーズ「レジリエンス」vol.3・後藤佑季

陸上 2021年5月27日
写真:笑顔のレーム選手

「パラアスリートたちは、その人生でもって、人間の力強さを伝えてくれる―」

彼らにとって障害は決して克服した(乗り越えた)ものではなく、時には向き合い、時には諦め、時には受け入れて生きてきたもの。

そんな彼らがもっているパワーを、「乗り越えてきた」という一言ではなく、「レジリエンス=折れない心」という言葉で表現できるのではないか。

そう考えた私は、“TOKYO”を目指している世界のパラアスリートたちの「レジリエンス」を取材し始めました。



Vol.3 マルクス・レーム
/Markus Rehm(ドイツ・パラ陸上 T64走幅跳)

T64(下腿義足)クラスの“超人”ジャンパー、マルクス・レーム選手(ドイツ)。
パラスポーツは詳しくなくても、「この選手は見たことがある!」「知ってる!」という方もいるのではないでしょうか。

写真:跳躍するレーム選手
写真:記録ボードの上で喜び、ジャンプするレーム選手

2016年のリオ大会では、圧巻のジャンプでの金メダルを獲得


彼を有名にしたのは、その記録。自己ベストは世界記録でもある、8m62(2021年6月1日に更新)。
世界で初めて義足のジャンパーとして8mを超えただけでなく、これはリオオリンピックの金メダルの記録(8m38)を上回っているのです。

この話だけを聞くと、“記録がすごい超人”、とだけ思えてしまうかもしれませんが…
彼は、14歳という多感な時期に事故で脚を失い、それまでできていたことができなくなるという経験をし、そこから立ち上がっていく過程で、多くの「ことば」を手に入れました。以前のインタビューで「障害のある子供たちのロールモデルになりたい」と答えていたレーム選手。彼の目は、常に先を、将来を見つめているように感じます。

3月下旬、彼自身が持つ「レジリエンス」、そしてパラアスリートが世界中の人たちに発信できる「レジリエンス」について、インタビューしました。

写真:フィールドを眺めるレーム選手

合宿先のトルコの競技場で。撮影はトルコ人スタッフが厳重なコロナ対策の上で実施しました


取材を行ったのは、トルコの地中海に面した町。
ドイツ国内では冬の厳しい寒さで外での練習が難しいため、ドイツチームは温暖なトルコで合宿を組んでいました。

チームはこの1年間、コロナの影響で、いつも同じトラック、同じ室内施設、同じジムでトレーニングをしてきました。そのため、別の場所で合宿することは、精神的にもいい影響をもたらしたといいます。

我慢の1年を過ごしてきたレーム選手が、「今一番伝えたいこと」を教えてくれました。

他人に自分の限界を決められてはいけないということです。
私自身そうしてきましたが、自分の限界は自分で決めるべきです。『できないでしょう』と、人から言われることがあります。そういう人は、私の“ため”にと、限界を選んで設定してくれるわけです」

「ネガティブな人の言うことを聞いていると、いつかそれを信じ込んで自分自身に限界ができてしまいます。これは非常に重要なことですが、唯一の限界はあなた自身なのです。自身に対して、またネガティブなことを言ってくる人に対して、『それは間違っている』と証明しなければならないのです。限界は他人が設定するものではなくて、あなた自身が設定するものですから」

写真:女装前のレーム選手



1988年に生まれ、幼いころからスポーツに親しんだというレーム選手。
2003年、ウェイクボードの事故により、14歳の少年は右脚のひざ下を失いました。

そんな少年に、周囲の人たちは「もうスポーツはできないでしょ」「あれもできないでしょ」などと言ったそうです。ずっと言われ続けているうちに、レーム選手も心のどこかでそうなのだと、信じ込んでしまっていたといいます。

「ある時、『自分はまだトライしていないのだから、それを始めてみよう』と思いました。すると、何とかできることがわかりました。他にも人からできないと言われたことをやってみると、やはりうまくいくのです」

そうして、「自分の限界は他人によって決められるものではない」と気づいたレーム選手は、1年後には事故の原因となったウェイクボードに防水の義足をつけて再挑戦、その後は陸上競技に転向。走幅跳や短距離に取り組み始めました。

最初こそ、競技用義足でのプレーに恐怖心があったというレーム選手。
けれど、「やってみなきゃわからないじゃないか」という気づきが、彼を支えました。
そうして、幅跳びの記録を6m、7mと伸ばしていったのです。

「かつては、義足のパラアスリートが8m以上も跳躍する日がやってくるなど、誰も思いませんでした。ところが今では、それができるのです!5年前、10年前なら、可能だとは誰も思わなかったことを実現する。それが私の最大のモチベーションの一つになっています」

その思いは自分のため、だけではありませんでした。

「私にはできない、と言った人は間違っていて、私にできないことなどないと証明しようと思ったのです。それが、同じような境遇の子どもたちに私から伝えたいメッセージです。あれができない、これができないと言われている子どもたちはたくさんいます。でもそんなことはなくて、とにかく挑戦してみることが大事なのです。それには大変な努力が必要ですが、それでもできるのです」

そうして、前人未到の8m台を記録、現在2位の選手とはおよそ1mもの差をつけるまでになりました。

写真:跳躍をするレーム選手

2020年8月のドイツの大会にて

「さあ、東京大会では、オリンピックの金メダルの記録をしっかりと確認して、それをパラリンピックで超えてやろうじゃないか」と意気込んでいた矢先。
新型コロナウイルスが世界を襲いました。

感染が急拡大した去年3月、ドイツチームは南アフリカで合宿を行なっている最中でした。東京大会の延期を聞いたのは、ドイツに戻った時だったといいます。

「去年は調子もよかったし、合宿を実施して体調もよく、競技で力を発揮できると感じていたので、非常に重要な大会に参加できなくなったのは残念なことでした。

でも、その頃、跳躍距離をもう少し伸ばすことができるという感触があったので、モチベーションを高く維持することができました。自分はどこまで跳ぶことができるか、その限界を常に追求していますから」

ドイツで最初のロックダウンが始まったときには、練習環境も大きく変わりました。

「家の周りでトレーニングするのは難しかったです。完全なトレーニングができなくて、森の中で走るなどしていました。跳躍練習はできませんし、やりにくかったのは事実です」

「その後も、トレーニングが非常に厳しく制限された時期がありました。トレーニングセンターで練習できる時間が明確に決められていたのです。最初は使用可能時間がとても短く、1日に2時間くらいしか認められませんでした。トラックを使う機会もあったのですが、その際には書類にサインしなければなりません。今でもトレーニングスケジュールをコーチに提出しています。アスリートにコロナ陽性者が出た場合に、一緒にいた人間も正確に把握するためです。

でも、困難な状況もありましたが、工夫をして前に進んでいかなければなりません」

写真:少し疲れて膝に手を当てているレーム選手


「工夫して前に進む」…なぜ、そんなに「考えの切り替え」をすぐに行えるのでしょうか。

「アスリートには(フィジカルのほかに)誰もが自分なりのメンタルスキルを持つ必要があると思います。それは、レジリエンスのようなもので、常に状況に適応して解決策を見出さなければなりません。合宿に行けないとか、トレーニングの時間や施設が限られているとか、ネガティブなことを考えるのではなく、何か“よいことに注目しなければならない”のです。トレーニングの時間枠が2時間しかないなら、その時間内でどんなトレーニングをするか、など」

「今年、自分にとってベストのパフォーマンスが発揮できるアスリートは、今の状況に適応ができたアスリートだと思います。それは重要なことで、我々人間は様々な異なる状況に対応していかなければなりません。コロナは大変な状況ですが、我々アスリートは解決策を見出していかねばなりません」

困難に適応するための力としてレーム選手の口から自然と出てきた“レジリエンス”ということば。このコロナ禍で、特にパラアスリートの持つレジリエンスが生きているといいます。

写真

大きなジャンプをして砂場を小さく見せたい、と言っていたレーム選手

―過去の困難に何度も立ち上がってきた経験が、今回のパンデミックでの対応につながっているのでしょうか?

「多くのパラアスリートが人生の中で困難に直面してきたと思います。我々パラスリートは、それぞれ異なるストーリーを持っています。脚や手を失った人もいますし、障害の状況は様々です。我々の誰もが、そうした状況に対処する術を身につけ、そして新しい状況に適応することを学んできました

「私の場合、義足で再び歩くことから始める必要がありました。(義足を)自分の生活の中に組み入れていかなければなりませんでした。」


―過去の経験を通じて身につけてきた“レジリエンス”は、自身の力になっていると思いますか?

「そうですね、私の人生に起こったことが今の自分をつくっていると強く思います。あの時に事故に遭わなかったら、私はこれほどメンタル面で強くなることはなかったでしょう。それが今の自分をつくっていると思いますし、その経験を変えたいとは思いません」

「他人からみれば疑問に思えることが色々あるでしょうね。たとえば、事故に遭わなければ別の人生があったとか、脚が二本あればよかったとか。そういうストーリーもあるのかもしれませんが、これが今の私であり、私は満足しています。
もちろん健常者と同じ二本の足で歩くのと同じようにはいかないこともあります。夏にはウェイクボード、山ではスノーボードをしたいと思えば、自分自身を状況に適応させなければなりません」

状況に適応することを、私は人生を通じて学んできたのです。それは決してネガティブなことではありません。義足をつけていれば、時にはクリエイティブにならなければなりませんが、基本的にはやろうと思えば出来るのです

写真

メーカーと、走り幅跳び用の義足を共同開発もしたそう

―あなたにとって、レジリエンスとは、なんですか?

「多くの人は、レジリエンスとは持って生まれたものと思っているようですが、私はそうは思いません。レジリエンスは学習することのできるものだと思います」

「―私にとってレジリエンスとは― 異なる状況に対して異なる戦略がとれるということです。モチベーションを失ったときに、ある一つことをすればモチベーションを取り戻せるというものではありません。状況によって必要な行動は違ってきます。自分にモチベーションを与える方法は、状況によって異なるのです」

「―私にとってレジリエンスとは― 様々な道具が入った袋のようなものです。ある状況で適切な道具を選んで戦略を描くことができれば、困難を克服することができます。それはトレーニングへのモチベーションであったり、ケガの克服であったり、他のアスリートから受けるネガティブ思考の克服であったり、陸上連盟との交渉への対応であったりと様々です。それらは一つ一つが異なっていて、ネガティブなことが発生したときには、それぞれ異なる戦略が必要です。それがレジリエンスであり、なるべく早くポジティブな自分自身に戻るための手段なのです」


―あらためて、自分自身にレジリエンスはあると思いますか?

「私自身は、とてもレジリエンスのある人間だと思います。ある状況に他人がどのように対処しているか観察することができますし、専門家からのサポートも得られます。そうすることで、状況を克服するための新しい戦略を発見し、学習することができます。レジリエンスにはこれで十分ということはありません。それこそがレジリエンスの肝心なところなのです」

写真:ランニングをするレーム選手


―ご自身の障害や他の困難を乗り越えるにあたって、何があなたを支える推進力となったのでしょうか。

「そうですね、推進力の一つとして、自分の活動への愛情があると思います。いわば自分への執着のようなものです。自分がなぜこの活動をしているのか理解することは非常に大切なことで、毎年シーズンを迎えるたびに、その問いに対して自分自身に答えなければなりません。“なぜ(why)”ということが重要なのです」


―東京大会では何を見せたいとお考えですか?

「東京大会は、“なぜ(why)”に対する私の答えを示す場面の一つです。私は、誰もが偉大なことを達成できることを見せたいと考えています。そんなことはできないと人から言われたとしても、その人は間違っていると示すことができるのです。それこそが、私が観客のみなさんにお見せしたいことなのです」

「私自身、たくさん『できない』と人から言われました。若いアスリートたちに、アスリートになって走幅跳をやれとか、メダルを取れとか言うつもりはありません。私が彼らに言いたいのは、すべてが自分に不利な状況にあったとしても、自分がやりたいことは“できる”ということです。それこそが、東京大会で人々に、特に若い人々に示したいことなのです。目標に向かうためには大変な努力が必要です。たとえ多くの人が認めてくれなくても、目標は達成できるのです

写真:レーム選手(

2019年8月 来日時に取材させていただいた時のもの

―東京パラリンピックは、日本の人たちにとって「レジリエンスを目撃できる場」、ということでしょうか。

「そうですね、人生における困難をどのように克服するか、日本の皆さんにお見せする絶好のチャンスだと思っています。こうしたメッセージを出せるという点で、オリンピックとパラリンピックのアスリートは違っています」

「なぜならパラアスリートの誰もが人生における困難な状況を経験しており、そのためにハンディキャップを背負っているからです。そうした困難を克服して、スポーツやトレーニングに復帰しなければならなかったのです。その後も(自分の障害にあった)練習方法や周囲の理解を獲得するのが難しい場合もあるでしょう」

「アスリートの一人一人が競技で自分なりのベストパフォーマンスを発揮する方法を見つけなければなりません。それこそがパラアスリートとして観客に披露できることです。どうやってレジリエンスを学習したか、実例をお見せできると思います。私たちの後に続いて欲しいとか言うつもりはありません。でも、少なくともそういうことが可能であり、自分の道は自分で探してほしいということは示せるのです。それがパラリンピアンからのメインメッセージです」

写真:笑顔のレーム選手


レーム選手が最後に、自分の「強み」を話してくれました。

「私の強みは、自分のレジリエンスにフォーカスして、人生の様々な困難を克服してきたことです。私は自分の障害を通じて、そのことを学んできました」

この言葉に、レーム選手のこれまでの人生の幾多の困難と、苦しみと、そして伝えたいことが詰まっているように感じました。
競技でのパフォーマンスもさることながら、彼のメンタリティーを、日本の皆さんにぜひ伝えたいと思います。


(取材協力:鈴木祐子、伊藤明美、Bulent Elcicek)

今を切り開く力 ―パラアスリートがもつレジリエンス

vol.1「障害を受け入れることは、諦めることではない」陸上 アナニアス・シコンゴ 

vol.2「道は1つではなく、ほかにも選択肢がある」 卓球 ジェシー・チェン

vol.3「自分の限界は、自分が決める」陸上 マルクス・レーム
vol.4「違っていることは、全てかっこいい!」車いすフェンシング ベアトリーチェ・ビオ
vol.5「やってみれば、何でもできる」パラ陸上 ヨハネス・フロアス

キーワード

後藤佑季 レジリエンス(今を切り開く力)
後藤佑季

後藤佑季(ごとう・ゆうき)

1996年7月30日生まれ 岐阜県出身 聴覚障害(人工内耳使用) 【趣味・特技】料理、カメラ、書道準五段、手話技能検定準2級 【スポーツ歴】陸上(100m走など短距離)、水泳、バドミントン 【抱負】私の聴覚障害(難聴)のような『目に見えない障害』の存在を伝え、様々な障害のある人とない人との橋渡し役になれたらと思っています。自分の身体ではないものを最大限に生かし、自らの可能性を広げる、超人たちの「常識を超える瞬間」を多くの方にお伝えしていきたいです!

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