「やってみれば、何でもできる」パラ陸上 ヨハネス・フロアス ―シリーズ「レジリエンス」vol.5・後藤佑季

陸上 2021年6月11日
写真:陸上競技場でインタビューに答えるフロアス選手

「パラアスリートたちは、その人生でもって、人間の力強さを伝えてくれる―」

彼らにとって障害は決して克服した(乗り越えた)ものではなく、時には向き合い、時には諦め、時には受け入れて生きてきたもの。

そんな彼らがもっているパワーを、「乗り越えてきた」という一言ではなく、「レジリエンス=折れない心」という言葉で表現できるのではないか。

そう考えた私は、“TOKYO”を目指している世界のパラアスリートたちの「レジリエンス」を取材し始めました。



Vol.5 ヨハネス・フロアス
/Johannes Floors(ドイツ・パラ陸上 T62 100m/400m)

私がこの夏、間違いなくTOKYOの主役になると確信している選手がいます。T62(両下腿義足)クラスのヨハネス・フロアス選手(ドイツ)です。
2019年ドバイで開かれた世界選手権では100mの予選から10秒54を出して世界記録を更新し金メダル。

陸上の花形種目、100m。
両脚の義足を使って後半、一気に加速するその姿は、障害のある・なしに関わらず見る者の心を奪うのではないでしょうか。
ドバイの400mでは、45秒78でこちらも金メダルを獲得しました。特に400mのこのタイム、一般の陸上でも世界的なトップアスリートと肩を並べるほどの記録です。
(日本ではイケメンすぎる!と話題になっていたようですね!)

写真:両人差し指を空に差し、喜ぶフロアス選手

2019年、ドバイでの世界選手権の400mで世界新記録を出した時のフロアス選手

彼は、ロンドン大会でオリンピックに出場し、話題となったオスカー・ピストリウス選手(※)の残した伝説的な記録を抜くのではないかと期待されています。
※オスカー・ピストリウス選手はフロアス選手と同じく、両下腿義足で45秒07の記録を持つ。

私の一押し海外選手の一人なのですが、「一押し」な理由の一つは彼の経験から紡がれる言葉の強さもあります。

3月下旬、彼に、自身が持つ「レジリエンス」、そしてパラアスリートたちが世界の人たちに発信できる「レジリエンス」についてインタビューしました。

写真:スタート前のフロアス選手

スタートしてから後半の爆発的な加速が両下腿義足の選手の見どころ!

レーム選手と同じく、ドイツチームのトルコでの合宿に参加していたフロアス選手。
実は、2020年7月に、新型コロナウイルスに感染していたことを公表しました。

「コロナに感染し、自宅で3週間過ごさないといけませんでした。特に最初の1週間は具合が悪く、何もできませんでした。完治後は、徐々にトレーニングを開始しました。まずは、運動レベルを取り戻すために家でトレーニングしました。その後はジョギングやランニングなど持久力系のメニューをやりました。もちろん、レーンでの練習や運動能力のトレーニングも行いました。

さらに、それと並行して『コロナに感染したアスリート』という研究に参加したんです。結果は非常に良好で、コロナによって変わったこともなく、現時点では以前よりも好調なトレーニングを行っているほどです。むしろ完璧な状態で、今は感染前よりはるかに調子が良くなっています」

写真

トルコでの合宿で、レース用の義足を両手に持ち、ホテルから競技場に向かうフロアス選手

リオ大会ではリレーチームの一員として金メダルを獲得したフロアス選手。しかし、まだ個人でのパラリンピックでのメダルは手にしていません。より、東京大会への思いは強いと感じます。

「パラリンピックは私の目標でしたので、延期が決まったときは、中止ではないと思うようにし、あとはレース当日に走るためのトレーニングに集中することにしました。もちろん、何かあったときのためのバックアップのプランも用意していますが、パラリンピックが開催されないシナリオは考えないことにしました」

冬の間は、目指す「TOKYO」に向けて着実に力を蓄えてきたといいます。

「冬の期間中は持久力をつけるために5km、10kmと走り込みをしました。もちろん、トラックの感触を失わないよう、トラックでも走りました。今の私の400mの弱点である後半100mでの持久力を改善しようとしました。400mでもっと速く走りたいと思っています」

写真:義足の靴にチューブをかけてトレーニングをするフロアス選手



フロアス選手は、事故ではなく、計画的に脚を切断したという経験をしています。
ほかの選手とは少し違った、彼の「立ち上がり方」とは―

「私は腓骨(ひこつ)無形成という遺伝子異常で生まれました。脚の腓骨(ひざから足首まである細い骨)が欠けていて、さらに足が変形したまま生まれたのです。成長と共に背が高くなっていくと痛みが強くなっていき、16歳のときにはなんとか歩けていたものの、10分ほどしか立っていられず、学校の遠足などにも参加できなくなりました。いつも痛みが伴っていたので、常に鎮痛剤を服用していたのです。

このとき、一生、車いすの生活を送るか、脚を切断するかの決断を迫られました。そして、私は脚を切断することを自分で決断をしました。もともと下肢が変形していたので、今はひざ下切断者として普通の背の高さになり、痛みのない人生を送ることができています」

写真:重りを引いて走るフロアス選手
写真:準備運動をするフロアス選手



―自分の障害のことをどう捉えていますか?

「私の障害は私に能力を与えてくれるものです。私には生まれたときから脚はありましたが未発達で、そのまま16年間歩いていました…と言いますか、歩こうとしていました。ただ痛みが強かったですし、いつも一番背の小さい子供でした。16歳のときに脚を切断することを決め、それからすべてが良くなりました。脚を失うという障害を負ったからこそ、普通の人生を送ることが可能になったのです」

―とはいえ、障害があると、どうしてもできないこともありますよね。

「私は、脚がない生活のほぼすべてが好きですよ。なぜなら切断前はちゃんと走ることも、ハイキングに行くことも、遠足に行くことも、友達とサッカーをすることも、学校の体育の授業を受けることもできなかったのですから。今はこれらのことが全部できるんです。できなくなって残念なことと言えば、砂浜の砂や冷たい水を足の指で感じることができなくなったことですが、ささいなことですよね(笑)。全体で見たら、脚を切断したことで私の人生は大きく改善したので、(切断については)いつも人生で下した最良の決断だったと言っています」

写真:ベンチで義足を履き替えるフロアス選手



―障害があると、周りの人にからかわれたりしませんでしたか?

「幸いなことに友人も家族も常に『やりなさい」『取りあえずやってみなさい』と言ってくれていました。いつも一言『やってみれば、何でもできる』と。そして1回目でできなかったら、もう一度やりなさいと。これは私にとって大きな支えとなり、自分をここまで導いてくれました。もちろん差別を受けたり、悪口を言われたりしたこともありますが、ほとんどの場合、よく分からずに言っていたのだと思っています」

―何が、フロアス選手を立ち上がらせる原動力になっていたのでしょうか?

「義足を使ってスポーツができることを人に見せることが、常々私の原動力となってきました。脚を切断して最初にやったのがAレベルスポーツ(※)に入ることでした。学校のAレベルの単位を取るためにはトライスロン、バドミントン、水泳をやらないといけなかったのですが、私は非常にいい成績を取り、義足でもできることを皆に証明したのです。トライスロンをやったことで走ることに目覚めました。というのも、16年間走れなかったのが走れるようになった、それもかつてないほど速く走れたんですから」

※日本でいう、大学入学共通テストのように一律に受験する試験の名前。教科別の卒業資格単位。例えばAレベルスポーツという教科の単位を取っていると、そのレベルのスポーツの知識や実技力があるということを示すことができ、さらにスポーツ大学などに入学にもその単位が考慮されるということになる。

写真:練習の合間、きつそうにベンチに身をあずけるフロアス選手



―あなたにとって、「レジリエンス」とは?

「“レジリエンス”は私にとって大きな意味を持っています。喪失や失敗などから回復する力を意味するレジリエンスに関して、パラリンピアンは最高のロールモデルだと思います。私たちの多くは人生でつまずき、中にはどん底まで落ちた人たちもいますが、そこから最高のパフォーマンス、最高の人生を送るまでにはい上がっているんです」

―パラリンピアンの持つ「レジリエンス」について、世界に伝えたいメッセージはありますか?

「東京では、パラリンピアンもすばらしい力を発揮することができるので、(障害者だからといって)スポーツをやらない理由はないのだということを見せたいですね。自分を阻むものは何もないことを世界に見せることが重要だと思っています。自分自身の内なるパワーを信じるのです。

それは誰かによってたき付けられるものかもしれませんが、情熱を注げるもの、自分が好きなものであれば、誰が何と言おうと、どれくらいできるのかなど関係なく、好きならばやりなさいと言いたいです。

もちろん私自身も力を発揮して、速い走りを見せ、400mで金メダルを取りたいです。そのためにトレーニングをしているわけですからね」

写真:後ろから見たフロアス選手の両脚義足。
写真:ダッシュするフロアス選手

両下腿義足の選手は、足首がないため曲走路でのカーブが難しいと言われている

東京大会に向けて、さらにこう語りました。

「東京パラリンピックまでもう数か月ですが、非常に調子が良く、東京大会の400mのレースにピークを合わせられる自信があります。これまでの自分と比較しても力が発揮できていることに最近気づいたので、東京に向けてかなり自信があります。いい調子です。東京ではもちろん自分の力を発揮して、400mで金メダルを取りたいです。

リオではけがをしたので、400mは初挑戦となります。目標、というか夢は400mで45秒を切ることですが、そのようなタイムが出せるかどうかの予測は難しいです。でも、東京ではベストを尽くし、優勝することが重要になります」


実は2019年、新国立競技場のオープニングセレモニーで、リレーを走ったフロアス選手。
そのとき、100mについてこんなことを言っていました。

「100mを脚が片方または両方ない人が10秒以内で走った人はいません。この世界記録にも同時にチャレンジしていくのが目標の1つです。ただ、そうした世界記録を出すためには、様々なあらゆる条件が一緒にそろわなければいけません。トラックの条件もそうですし、風とかその日の状況、様々な条件が必要になります。その日が東京2020のレースの当日にやってくるというのを期待しています」

写真:笑顔のフロアス選手



フロアス選手、自身の強みは、「目標のために努力をいとわないこと」と話してくれました。
常にトレーニングでは限界を越えることができ、その結果、世界新、そして健常者にも劣らない記録を叩き出せたのだといいます。

それはきっと、「今までできなかった」ことが、義足によって「できるようになる」経験をしたからこそ、「やりたいことは努力すればできるんだ」と身をもって経験してきたことが理由なのだと思いました。そしてそれが彼のレジリエンスにもつながっているのだと思うのです。

ほかの人よりも「できない」という経験を、多感な時期に経験してきたからこそ、義足が彼に与えたインパクトはとても大きかったのだと思いますし、その姿を「走ること」で見せたいのだと思います。

彼の万感の思いが詰まった走りを見られる日が楽しみです!


(取材協力:鈴木祐子、伊藤明美、Bulent Elcicek)

■関連動画

フロアス世界記録で1位通過 男子100mT64予選 パラ陸上世界選手権(2019/11/11)

フロアス 世界新で金メダル! 男子400mT62決勝 パラ陸上世界選手権(2019/11/15)


今を切り開く力 ―パラアスリートがもつレジリエンス

vol.1「障害を受け入れることは、諦めることではない」陸上 アナニアス・シコンゴ 

vol.2「道は1つではなく、ほかにも選択肢がある」卓球 ジェシー・チェン

vol.3「自分の限界は、自分が決める」陸上 マルクス・レーム
vol.4「違っていることは、全てかっこいい!」車いすフェンシング ベアトリーチェ・ビオ
vol.5「やってみれば、何でもできる」パラ陸上 ヨハネス・フロアス
vol.6「あなたはできる。その言葉が自信を育み、道を開く」パラバドミントン パルル・パルマル
vol.7「当たり前だと思わず、感謝すること」陸上 フラー・ヨング
vol.8「自分でタブーは作らない」陸上 マリー アメリ・ル フュール

キーワード

後藤佑季 レジリエンス(今を切り開く力)
後藤佑季

後藤佑季(ごとう・ゆうき)

1996年7月30日生まれ 岐阜県出身 聴覚障がい(人工内耳使用) 【趣味・特技】料理、カメラ、書道準五段、手話技能検定準2級 【スポーツ歴】陸上(100m走など短距離)、水泳、バドミントン 【抱負】私の聴覚障がい(難聴)のような『目に見えない障がい』の存在を伝え、様々な障がいのある人とない人との橋渡し役になれたらと思っています。自分の身体ではないものを最大限に生かし、自らの可能性を広げる、超人たちの「常識を超える瞬間」を多くの方にお伝えしていきたいです!

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