伸ばした片腕、つかんだ夢の切符。パラ競泳・窪田幸太

競泳 2021年6月25日
写真:背泳ぎスタートの窪田選手

5/20から3日間にかけて「2021ジャパンパラ水泳競技大会*」が横浜国際プールで行われました。(*以下ジャパラ)

この大会は東京パラリンピック出場内定をかけ、
選手たちが派遣基準タイム突破を目指す勝負のレースです。


大会最終日、3日目。
男子背泳ぎ100mの予選、無観客の会場で、
連盟スタッフ、選手、取材陣の拍手が鳴り響きました。

日本体育大学4年生の窪田幸太選手が、自身の持つ日本記録よりも1秒以上速い「1分9秒97」というタイムで派遣基準記録を突破し、
東京パラリンピック出場が内定した瞬間です。

写真:プールサイドで振り返る窪田選手


レース直後のインタビューでは
「まだ実感は無いですが、1分9秒台という目標にしていたタイムを切ることができてうれしいです」

と語り、息が切れ、肩を揺らしながらもホッとした表情をのぞかせました。


窪田選手は生まれたときから左上肢機能全廃という障害があります。
左腕を上下に動かすことができず、左手の握力はほぼありません。

背泳ぎは「腕」が推進力になる泳法ですが、
窪田選手は左腕を使わず、右腕と両脚だけで泳ぎ進みます。

<<<窪田選手に関して以前書いた記事はこちらから読めます。

♢元競泳日本代表・オリンピアン 萩原智子さんの解説♢
背泳ぎは両腕が推進力の要なので、片腕と脚であのスピードが出せるのは本当にすごいことです。
バランス感覚が優れていて、キックを強く、うまく打てています。
スピード感を持ってターンでき、特に後半強かったことが結果に繋がったと思います。


実際にレース前半はこれまでの自己ベストと差はなかったものの、
後半で自己ベストから約1秒もタイムを縮めました。

図:2021年3月→5月で、前半は0.11、後半は1.06秒タイムを縮めている


その成長を可能にしたのは、
左腕の推進力をカバーする強じんなキック力、
そして後半の持久力強化トレーニングです。


大会前、窪田選手からお話を伺いました。

「コーチから、キックをするときに下半身”全体”の力が使えていなかったことを指摘されました。
脚の動きにばかりに集中していたことに気付いたんです。
それからは股関節やお尻をしっかり使って、
強く、深く蹴ることができるよう、何度も試行錯誤しました」




実際に窪田選手を指導する、日本体育大学の鷲尾拓実コーチにお話を伺いました。

写真

△レース後の窪田選手(左)と鷲尾コーチ(右)

♢日本体育大学 鷲尾拓実コーチの解説♢
窪田選手はレースの後半、タイムの落ちが大きくなるのが課題です。
背泳ぎという両腕に負荷がかかる泳法を“片腕”で泳ぐのですが、
その失われた片腕分の持久力を、脚(=キック)でカバーしきれていなかったという背景があります。

そこでこの2か月間はずっと”後半の持久力”を強化する練習を行ってきました。
下半身全体を使うことでキックの精度を高め、
後半戦を意識して前半50mは4~5割、後半を10割の力で泳ぐというトレーニングを続けてきたんです。


さらに後半の伸びを影で支えたのが、“鼻栓”です。

背泳ぎでは、スタートとターン時に15mほど、
潜水状態でドルフィンキックのみで進む「バサロ」という泳法をおこないます。

強化した脚力はバサロの強化にも繋がりましたが、
ターンをするときに鼻から空気が抜けてしまい、
加速に伸び悩んでいたことがありました。

そんなとき、SNSでオリンピック選手が、
鼻栓を着け泳いでいるのを偶然見つけます。

ルールで問題無いなら着けた方が速いかも・・・と、思い立ったが吉日。
鼻から抜けていく空気が無くなり、しっかり潜れるようになったのです。

写真:背泳ぎをする窪田選手

「得られた加速でタイムが伸びた部分はあるかもしれないです。
実際につけ始めてから練習でも派遣タイムが切れるようになりました」



コロナ禍で大学のプールが2か月間使えなくなり、
大会直前も感染対策の観点からプールを使用できない日が続くなど、練習環境に制限があった窪田選手。

それでもリモートでの陸上トレーニングや
自宅で地道に続けた自重による筋力トレーニング、
そして鷲尾コーチと積み上げてきた後半の持久力を鍛える練習は自信となり、
更なる高みを目指す準備はできていました。

冒頭のインタビューで「実感が無い」と答えた後、
東京パラリンピックへの意気込みを聞かれると、目の色が変わります。

写真:インタビューに答える窪田選手


「いま出した1分9秒台というタイムでは、
東京パラリンピックのメダル争いでは戦えません。

出るだけで終わるのではなく、結果をしっかり求めて戦いたいです。
そのためにここから更に、タイムを上げていきたいと思います」



窪田選手が出した1分9秒97という記録はMQSランキング(=東京パラ大会の出場基準となる世界ランキング)で、5位相当のタイム。
メダル争いに食い込むには、1分8秒台をマークする必要があります。

残り約2か月でどんな強化が必要になるのか、鷲尾コーチはこう話します。

♢日本体育大学 鷲尾拓実コーチ♢
世界と戦うには、後半の持久力をもう1段あげなければいけません。

今回の大会ではこれまで続けてきた持久力トレーニングの成果が出たので、
残りの時間でどこまで鍛えられるかですね。

後半で35秒台が出せるようになれば、メダルも見えてきます。


・・・・

パラリンピックまで、残り約2か月。
本番に向けて泳ぎ続けるモチベーションを聞くと、
こんな言葉が返ってきました。

「日本人で片腕で、世界とここまで戦えている人がいるんだ…って、
それで”私も頑張ろう” と思って貰えるなら、
自分がそこで泳ぐ意味があるのかなと思います」

写真:右腕を伸ばして背泳ぎをする窪田選手


東京大会開催への賛否は別れたまま、
さまざまな意見や声を前にしても、
選手たちは懸命に前を向きながら練習を続けています。

その姿を見ると、時にもどかしく、
そして胸が苦しくなる瞬間もあります。

それでも窪田選手が片腕で追いかけるその夢を、
選手たちが必死に目指そうとしている何かを、

見守り、そして応援したいと
私は今までも、
そしてこれからもきっと強く思うのです。

そんな気持ちを改めて噛み締めた3日間でした。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!


文:
NHKパラリンピック放送リポーター 三上大進


【関連記事】片腕で、真直ぐ!「誰かのために泳ぐこと」パラ競泳・窪田幸太(2019年11月20日)

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三上大進
三上大進

三上大進(みかみ・だいしん)

1990年10月20日生まれ 東京都出身 左上肢機能障がい 【資格】日本化粧品検定1級、コスメコンシェルジュ、TOEIC900点 【趣味】ショッピング、映画鑑賞、スキンケア 【スポーツ歴】スキューバダイビング、テニス 【メッセージ】パラスポーツを観たことはありますか?個性豊かな選手たち、向き合う障がい、想像を超える競技…。知るほどに心が震える瞬間を1人でも多くの方に体験して頂けるように、ときめく熱いリポートをお届けします!

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