人生の幸福を決めるのは自分自身 ~ボッチャBC4 古満渉選手~

ボッチャ 2021年6月29日
写真:リモート画面の古満選手(右)と千葉リポーター(左)

お久しぶりです。
千葉絵里菜です。

今回は私の大好きなパラスポーツ、ボッチャについて。
東京パラリンピックの日本代表に内定している古満渉選手、35歳をご紹介します。
(年齢は2021年6月現在)

<千葉メモ>

写真:白いジャックボールの周りに、赤と青のボールが集まっている

ボッチャは、イタリア語で「ボール」という意味。
私と同じ脳性まひや、難病などによって
重い障がいがある人たちが行うスポーツとして、
ヨーロッパで生まれました。
2つのチームに分かれ(赤VS青)、
的となる白いボール(ジャックボールといいます)に
赤と青のボールをいかに近づけられるかを競い、的球により多く近づけた方が勝利します。
カーリングに似た競技とも言われ、高い戦略性が魅力です。



古満選手は進行性の難病で、利き手となる左手の握力は、3キロ以下。
BC4というクラスのため、器具などは使わずにボールを投げる必要があります。
古満選手は、パワーで押してくる選手に力だけで対抗することができない代わりに、
相手がどんなボールを投げるのか、先を読む高い戦略性で渡り合っているんです。

写真

2019年6月 BC4の合宿時の古満選手


<千葉メモ>

ボッチャは、障がいの種類や程度によって、下記の4つのクラスに分かれています。
BC1 =ボールを渡してもらうなどアシスタントの介助有りで投球(脳性まひ)
BC2 =上肢である程度の車いす操作ができ、アシスタント無しで投球(脳性まひ)
BC3 =自力投球ができず、アシスタントのサポートで、ランプ(勾配具)を使って投球(脳性まひ、脳性まひ以外の障がい)
BC4 =アシスタント無しで投球(脳性まひ以外の障がい)



■難病が進行する中で出会ったボッチャ

写真

リモート取材のときの古満選手

古満選手はもともと球技が大好きで、高校時代には卓球をするなど、スポーツに打ち込む学生生活を送りました。ただ、脊椎性筋萎縮症という進行性の難病で、体幹や四肢の筋力がだんだんと衰えていきます。友人と歩くことはできても、一緒に激しい運動をすることはできませんでした。当時の気持ちを、こう振り返っています。

「学生のころは友だちと一緒に走ることもできませんでした。自分の中ではけっこう頑張っているけど、どこかで『障がいのある子』という意識や、『できないことがあってもしょうがない』という雰囲気もありました。“障がい者”という言葉に甘えていた部分があったと思います」

高校卒業後には歩くことも難しくなり、車いすに乗るようになりました。
広島市役所に就職しましたが、家と職場を往復する毎日。プライベートで外に出かけることはほとんどなくなっていったといいます。

そんな中、筋力がなくてもできるスポーツを探し始めました。陸上の「スラローム」や、「電動車椅子サッカー」など、さまざまな障がい者スポーツを見学。そして8年前、ボッチャに出会いました。
「自分でも、パラリンピックで世界に挑めるかもしれない」と、ボッチャの魅力にのめりこんでいきました。

「ボッチャも、パワーがないよりはある方が、いろんなことができるので、それは有利なんですけれど、パワーがあるだけではボッチャは勝てないところがあって、『パワー、精度、コントロール、戦術・戦略』を兼ね備えないと、なかなか勝利には結びつかないところもあります。
その中で私自身の疾患としては、パワーは相当少ない方なんですけれど、そこをコントロールや技術で補って、世界の舞台でも戦っていけるというのがボッチャの魅力的なところですね」


■握力がないからこそ、先を読む

写真:左手で赤いボールをつかみ投げようとする古満選手

2019年12月 ボッチャ日本選手権 BC4 決勝より

利き手の握力が3キロ以下の古満選手。
これは「ペットボトルのふたが開けられない」ほどの握力です。
しかし、古満選手が戦うBC4のクラスでは、特に海外の選手は力が強い選手が少なくありません。

パワーで不利な古満選手が磨いてきたのが、『先を読むプレー』です。
ボッチャでは、的となるボールに自分の手玉を近づけますが、特徴的なのは、『コート上にあるボールは、的も含めてすべてはじいて動かすことができる』ということです。

つまり、こちらの形勢が不利な場合でも、先を読むことで一発逆転を狙うことができる―。
古満選手は緻密な戦術を立てることで、海外の選手に立ち向かおうとしているのです。

写真:白のジャックボールにめがけて赤い球を投げる古満選手

2018年10月 アジアパラ大会 ボッチャ 個人 BC4より

「的となるボールに対して自分の手玉を寄せたとして、相手がはじいてくるのは織り込み済みです。そのあとの動き、二手、三手先を考えます。たとえば、相手がボールをはじいてくるんだったら、的となるボールが動く先に、自分の手玉をあらかじめ配置しておく。そして、相手がボールをはじいてくれるような展開に持っていく。そのような戦術を考えながら、日々練習をしています」


■「障がいがあるからこそボッチャに出会えた」


取材をする中で、印象的な言葉がたくさんありました。
そのひとつが、「障がいがあるからこそ、ボッチャに出会えた」というもの。
「障がいがあるからこそ」という言葉はなかなか言えないことだと思います。

「ボッチャと出会えて、自分より障がいが重い選手が、いろんな工夫をしながら大会を目指して頑張っているのを初めてみたとき、自分はまだまだだと思いました。それまでは『筋力が落ちるんだからしょうがない』と思っていた部分でも、『あ、ボッチャでこういう動きをしたら体を使えるんだ』という前向きな気持ちになれたんですね。
日本の代表選手として戦うことによって、次の世代の子どもたちが、『あの選手パワーないけど、それでもああして頑張っているんだ』と少しでも思ってもらえたら。そしてボッチャでなくても何かやってみようと思ってくれれば、とてもうれしいと思っています」

できないと思っていたことも、ボッチャを通してできるようになる―。
ボッチャからもらった力を、自分を見てくれる子どもたちにも感じてもらいたいと、
古満選手は考えています。


■東京大会のその先にある「共生社会」

写真:試合中の古満選手

東京大会のその先にある、古満選手が考える共生社会についてたずねると、
ボッチャの持つ可能性について語ってくれました。

「共生社会というと難しくなってしまいますが、ボッチャは、老若男女、障がいがあるなしに関係なく、ボールがあればどこでも誰とでも楽しめるスポーツです。イメージとしては、公園でサッカーしようよ、野球しようよみたいな感覚で、『きょう、ボッチャやらない?』『やろうやろう!』みたいになって、いろんな人がボッチャを一緒に楽しむ。それが共生社会のひとつの姿なのかなと個人的には思っているんです。そういう風になってくれたらいいなと思っています」

ボッチャはそれを実現できるスポーツだと思いますし、私が取材をしたいくつかの自治体などでも、すでにボッチャが浸透し始めています。

中には「え?ボッチャって障がいのある人がするパラスポーツだったの?」と、後から気が付く人もいるんだそうです。いつのまにか、いろいろな人がボッチャを通じて触れ合っていく。
とてもすてきな光景だなと感じます。


■古満選手を支えている言葉

写真:笑顔の古満選手

古満選手が支えとしてきた言葉を教えてもらいました。

「人生の幸福を決めるのは、他人ではなくて自分自身」

「『障がいがあって不幸なんじゃないか』『幸せになれないんじゃないか』とか、いろんなことを言う人がいると思うんです。でも最終的に生き方を決めるのは自分自身だと思っています」

とても共感しました。

例えばよく「かわいそうね」と言われる自分。
でも「かわいそうかどうか」を決めるのは自分。
どのように受け止めるかを決めるのは、すべて自分自身なんです。

上京する前は「私は決して障がい者の枠には入っていない」と思ってました。ですが、北海道から上京してきて「やはり私は障がい者なんだ」と最近、今でもたまに思います。

ある日、ある人に「そうやって考えていても何も始まらないよ?笑顔で楽しく過ごせるのも自分自身。どうやって楽しむか、嫌な時でも楽しくさせるのも自分自身」と言われたことがあります。

自分が幸せと思えたら、それで幸せです。ですが、不幸だと思ってたら、一生不幸になってしまう…。
この言葉は私の人生の生き方を変えてくれました。
だから共感できるのです。



最後に、東京パラリンピックでの見どころ、古満選手の試合の注目ポイントについて聞いてみました。

「ほかの選手に比べて派手なプレーはできませんが、その場面を一瞬にしてひっくり返すような、全体の展開を見てほしいです。なぜここにボールを置いたんだろうとか、そういうところに注目していただけたら面白いと思いますね」

古満選手を取材して感じたのは、すべてにおいてとても前向きだということ。
言葉のひとつひとつに力があって、お話を聞き終えた後には、パワーをもらっていました。

ボッチャ日本代表、BC4クラス、古満渉選手。心から応援したいと思います!

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千葉絵里菜
千葉絵里菜

千葉絵里菜(ちば・えりな)

1994年11月3日生まれ 北海道出身 脳性まひ(電動車いす使用) 【趣味・特技】ファッション、初級障がい者スポーツ指導員 【スポーツ歴】電動車いすサッカー、電動車いすスラローム、車いすカーリング 【抱負】パラリンピックの目標の一つとして、“共生社会”というものがあります。パラリンピックを機にみんなが一緒に楽しく過ごしていけるということを私自身とっても楽しみです。取材やリポートを通して笑顔で伝えていきます。

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