「当たり前だと思わず、感謝すること」陸上 フラー・ヨング ―シリーズ「レジリエンス」vol.7・後藤佑季

陸上 2021年7月2日
写真:自らの2本の義足をもって笑うヨング選手

「パラアスリートたちは、その人生でもって、人間の力強さを伝えてくれる―」

彼らにとって障害は決して克服した(乗り越えた)ものではなく、時には向き合い、時には諦め、時には受け入れて生きてきたもの。

そんな彼らがもっているパワーを、「乗り越えてきた」という一言ではなく、「レジリエンス=折れない心」という言葉で表現できるのではないか。

そう考えた私は、“TOKYO”を目指している世界のパラアスリートたちの「レジリエンス」を取材し始めました。



Vol.7 フラー・ヨング
/Fleur Jong(オランダ・パラ陸上 T62 100m/走り幅跳び)

私がこの夏、間違いなくTOKYOの主役になると確信している選手の一人が、T62(両下腿義足)クラスのフラー・ヨング選手(オランダ)です。
2019年ドバイで開かれた世界選手権ではメダル獲得はなりませんでしたが、コロナ禍ながら6月初めに行われたヨーロッパ選手権では、100mと走り幅跳びで世界記録(T62)をマークしました。
特に走り幅跳びでは6m06と、1年で、自身の持つ世界記録を約1mも更新しています。

白黒の写真:足を上下に広げ大きくジャンプする、両足義足のヨング選手



16歳で病気のため両足を切断。その4年後に陸上を始め、2019年からは走り幅跳びを始めました。
途中、切断箇所の不調に悩まされた時期を経て、現在は大学に通う傍ら、自ら財団を設立し練習クラブを立ち上げ、競技環境を整えてきた、パワーウーマン。
年齢は私の1つ上。同年代とは思えない行動力が、彼女を語るには欠かせません。

3月、オランダのヨング選手が率いる陸上チームはスペイン領カナリア諸島にあるテネリフェ島に合宿に行っているという話を聞き、リモートでのインタビューをお願いしました。

・・・

テネリフェで合宿をしている理由は、アムステルダムでの感染者数が多いことを受けて。
島に入るには全員コロナ感染の陰性結果が必要で、島に入ってからも少なくとも週2回の簡易検査を受けるなどの安全対策が取られています。
パンデミックにある世界の人たちの健康に配慮しながら、大会に向けた準備をするために約1か月の合宿が行われていました。

写真:リモート画面のヨング選手

去年、コロナ禍のオランダでは、プロスポーツは真っ先に活動が停止したものの1つで、その影響は全ての競技に及んだそうです。
限られた人数ながら競技場での練習に戻ることができたのは2~3か月がたった後でした。1日1回に制限されていたとはいえ、庭で練習していたヨング選手はうれしかったといいます。

「去年はショック状態でした。現実に起きているのだろうかと思いました。学校の歴史の授業で学ぶようなことが、私たちが住むこの世界で起きたので、信じられませんでした。東京大会の延期が決まった時、数日前から私はなぜか悲しい気持ちでいたので、実際に一報を聞いたときは、ああ!やっぱり…と感じました」


施設の使用が制限されていたため、自宅や庭でのサーキットトレーニングが中心に。いつも一緒に練習していたチームメートとはオンラインでつないでモチベーションを維持していましたが、仲間に会えないのはつらかったといいます。

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テネリフェで駆け抜けるヨング選手(選手提供)

チームメートの存在のほかに、ヨング選手を支えて来たものがあります。それは5年間使える「日記帳」でした。

「日記は毎日書いていて、すでに4年続けています。2018年に大きな手術(断端の伸びてきた骨を削る手術)を受けて、コンディションが非常に悪く、陸上競技に戻れないのではないかと思っていたころからです。例えば、今日は3月18日ですが、同じページで去年、2019年、2018年の3月18日を振り返ることができます。それを毎日やっていると、『いやいや、もっと悪い時があった。まだ大丈夫』と思えるのです。日記は助けになります」

2019年8月末に5m21の世界記録を樹立し、一躍世界のトップアスリートの仲間入りを果たしたヨング選手。
実は2018年に、東京パラリンピックに向けて足の断端面の骨を滑らかにする手術をしたものの、術後の経過が思うようにうまくいかず、「一時は歩くことさえ辛かった、競技を辞めなければいけないのか」とも思ったそうです。
ようやく歩けるようになったのは2019年の3月。その5か月後に、世界新を出しました。

1日1行で、5行ずつあるんです。あ、これは良いですよ。去年の今日(3月18日)はホームトレーニングと勉強をしました。その前の年、2019年は、あら!手術後初めてクリーンウェイトトレーニングで再び50キロを挙げられました。すごい!今は60キロですから。こうして何が向上したかわかります。この1か月、1週間などいろんな長さで振り返ることもできます。そうすることで進歩がわかります。進歩はモチベーションにつながります

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ヨング選手が使っている日記帳(写真:選手本人提供)

―コロナ禍で、何か気がついたことはありますか?

「いまトレーニングができるという幸せに、日々気づかされたと思います。これが私たちの仕事なのだと。パンデミックを経験したため、モチベーションの点では誰も二度と悩むことはないと思います。ここに居られるだけで幸せなんですから。これだけひどいことが、特別なことに変わる。その結果、私たちのやっていることも、もっと特別なものになるのです」

―今を幸せと思う。なぜそのように「感謝する気持ち」を大切にできるのでしょうか?

「2018年の手術以来だと思います。陸上に戻ることさえないのではないかと思っていたし、ましてや、世界ランキングのトップに上がろうとは思ってもいませんでした。
今でも感謝の気持ちを持てないときもあります。愚痴を言ったり、自分のパフォーマンスに満足できなかったり。でも不満を抱く時間が短くなりました。数分だけ不平を言って、あとは平気になるんです。
『気持ちを切り替えて。大騒ぎしない。そんなに悪い状況じゃない。切り替えて。大丈夫、できる。明日はまた来る。5分後には違うエクササイズをして。もう大丈夫。大騒ぎしない』
と自分に言い聞かせるんです。

今でも落ち込みます。実際、簡単ではありません。でももっともっと悪い状況だったことがありますから、、、大事なリマインダーになるんです。いろいろなことを、当たり前と思ってしまわないこと。私は2019年から2年にわたって絶好調でしたが、パンデミックに見舞われました。どんな(良い)こともいつまで続くかわかりませんから、当たり前だと思ってはいけません」

―コロナ禍の苦難を乗り越えた経験が、さらに自分を強くしたと思いますか?

「強くなったと思います。みんなパラリンピック・ムーブメントの一員ですので、一段と強くなりましたし、逆境の乗り越え方を学んだと思います。パンデミックはひとつの大きな世界的な逆境ですが、私たちは(自らの障害を乗り越えていることで)その対処の仕方を知っています。パンデミックの乗り越え方、そして身の回りの状況が常に変化し続けている事態への対応の仕方を知っているアスリート群がいるとすれば、他でもない私たちです。パラアスリートは、その辺りのことをオリンピックのアスリートよりも上手くできると思います」

写真:オランダの国旗を両手に掲げ、驚いたような笑顔のヨング選手


―障害を負った時が第1の試練とすれば、2018年の手術は第2の試練と言えると思います。いくつもの試練を乗り越えるたびに強くなった、と思いますか?

「そうですね。ただし、振り返って内省すれば、です。家族や、もしくは専門家と話をするなどでも良いのですが、とにかく何が起きたのか振り返り、自分の行動について見つめ直すのです。自分はどう対処しただろうか、そのやり方は良かっただろうか、あまり良くない点はなんだっただろうか、と。時間を割いて自分の中でプロセスのひとつひとつを評価すれば、必ず強くなります。

何も、例えばワクチンを接種した瞬間に『はい、パンデミックは終わった、じゃあ評価しよう』となる必要はありません。時間がかかる場合もあります。それでも良いのです。私の場合、突然に障害者になってしまった事実を乗り越えるのに少なくとも5年はかかりました。年数はかかりましたが、それでよいのです

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チームメートたちとの練習

―私自身人工内耳を使っていて、外せば無音の世界に入れるということで便利な一面もあると思っています。自身の障害についてはどう思っていますか?

「実は、結構満足しています。失ったものは義足でおおよそ代替できていますしね。(義足の)技術も年々向上していますし。それに面白いのは、義足を外すと、途端にすごく身長が小さくなるんです。普段はフィールド中で一番背が高いくらいで、オランダ人女性としてはかなり長身なんですが、義足を外して膝で歩くと、途端に私が一番小さいのです。そんなことは経験したことがなかったので、全く新しい世界で本当に面白いですよ(笑)」

―ヨング選手にとって、義足での生活は「面白い」ものなんですね?

「面白いですよ!合宿でいま、砲丸投げのララ・バールス(低身長)と一緒なんです。(義足を外して)膝立ちになってもまだ彼女よりは背が高いんですが、でもその方がつり合いは取れます。お互い首を上下に向けてしゃべらなくても良いんですよね(笑)。それから、合宿で、暖かいしみんな汗をかくので、トレーニングごとや一日の予定に合わせてみんな20足くらい靴下を持ってくるんですが、私は2足だけです(笑)。汗をかきませんからね。便利でしょう?場所を取らなくて良いですよ!スーツケースが靴下でいっぱいなんてことになりませんから、ショートパンツを余分に入れられます(笑)」

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2016年9月 リオ大会では13秒92の記録で予選敗退。現在、1秒ほど記録が伸びている

―自分に強い信念を持っているように見えますが、差別を受けたり、ネガティブな意見や行為を受けたりしたことはありますか?

「もちろんです。最初にそういうことに直面したのは両親だと思います。私が病気になったとき、医者たちは両親に向かって、私がどれだけのことができなくなるか、私のためにどれだけのことを変えて適応させないといけなくなるかを説明しました。『娘さんが階段を上れるようになることは期待しないように』とまで言ったそうです。

でも両親は本当に強かった。『あなたたちは娘を知らない、娘がこの病気をどう乗り越えてくるかもわからない、そんな中であなたたちが今言っているようなことは拙速すぎる。そんなことを私に言うべきでもないし、ましてや娘には絶対に言うべきではない』と。両親は私の盾となって守ってくれました。

そして今、私の能力を疑ったり、パラの選手だからという理由で私を大会に参加させたくないと思ったりするような人たちに直面するとき、両親のお蔭で私も上手く対応できます」

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―ヨング選手はご自身に、レジリエンスという力があると思いますか?

「私にも時々はあると思います。トレーニングでは必ず何か満足いかないことがあって、それを自分で何とかしないといけません。ですから、トレーニングでのレジリエンスを毎日発揮している気がしますが、あくまで少しずつです。でも大きな大会や大事な瞬間が来たとき、その少しずつ発揮したものが集結して、自分の妨げとなるものを打ち負かすだけの強いレジリエンスになってくれることを祈ります。妨げとは、予想していなかったようなことや思い通りにいかないことだったり、想定外のことをしてくるライバルだったりします」

―あなたにとって、「レジリエンス」とは?

「難しいですね。いろいろな状況に結果として適応することができること。例えば、一方の端から入って、決して見た目はよくないけど経験して、受け入れて、強くなって、もう一方の端から出てくるようなこと。それが私にとってのレジリエンスです」

「いつだって気に入らないようなことは起こりえますが、年月を経て学んだことは、時にはレジリエンスが無いときがあっても良いということです。私にとって大切なことは、レジリエンスがないときはそれでも良いと認めてあげること、悲しかったり腹が立ったりしても良いのです。でも上手くいったとき、レジリエンスを発揮して強くなれたときは自分に誇りを持てば良い。自分に誇りを持てれば、さらに強くなれます。どれだけ周りの人が褒めてくれたり喜んでくれたりしたとしても、最終的には自分自身が喜べるようでないといけませんから」

いつもレジリエンスが発揮できるとは限らない。落ち込んだり、八つ当たりするときがあってもいい。強くなれた時の経験を大切にすれば、自信や誇りにつながるはずー
病気や手術で多くの「谷」を経験してきたヨング選手だからこその言葉です。

写真:トラックで走りこむヨング選手


―東京大会では、どんなメッセージを発信したいですか?

「もし大会が実現したら、希望の象徴、それこそレジリエンスの象徴と見てもらえたらと思います。世界が東京に集まることができたら、それは再出発ですから。東京が新たなスタートを可能にしてくれることを願っています。それをこの夏、みんなで東京に実現できればと思っています」

東京大会でのライバルについては、こう語っていました。

「100mではもちろんチームメートのマーレーネ(ファン・ハンスウィンクル)です。ドイツのイルムガルト(ベンズーザン)もいます。アメリカのフェミタ(アヤンべク)はサプライズを引き起こすことがあります。強い女性です。走り幅跳びではもちろんマヤ(中西麻耶)がいますし、フランスのマリー アメリ(ル フュール)も6m跳べます。お互いどこまで距離を伸ばすか楽しみです!勝つのは簡単なことではありません」

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ヨング選手(左)と競う、ベンズーザン選手(隣)

―狙う目標などがあったら教えてください。

「ダメです。人に言うことではありませんからね。ライバルが見たらどうするんですか。何を予期すべきかわかってしまうじゃないですか!みなさんを驚かせたいんです。」

―では、自分の強みは何だと思いますか?

「感謝でしょうか。身につけざるを得なかったものですが、自分にレジリエンスがあることにも感謝をしています。そうでなければ、練習ができる日常にいることはなかったんですから。(今は)自分が何を持っているかわかっていますし、感謝を伝えるためであればなんとしても戦います」

最後に、ヨング選手が私たちに向けて話してくれました

「私たち選手と皆さんは、東京大会に向けて一緒にワクワク感を作ろうとしているんです。みんなでワクワク感を作っていくことが大事です」

ヨング選手が“身に付けざるを得なかった”と表現した、レジリエンス。もちろん、つらい経験はしないほうがいいと思いますが、それでもそこから何かを得ようとする行動力が、ヨング選手の魅力なのだと思います。

私も、今の状況下だからこその「ワクワク感」とはなにか考え、伝えられるような工夫をしていきたいと思いました。


(取材協力:鈴木祐子)

今を切り開く力 ―パラアスリートがもつレジリエンス

vol.1「障害を受け入れることは、諦めることではない」陸上 アナニアス・シコンゴ 

vol.2「道は1つではなく、ほかにも選択肢がある」卓球 ジェシー・チェン

vol.3「自分の限界は、自分が決める」陸上 マルクス・レーム
vol.4「違っていることは、全てかっこいい!」車いすフェンシング ベアトリーチェ・ビオ
vol.5「やってみれば、何でもできる」パラ陸上 ヨハネス・フロアス
vol.6「あなたはできる。その言葉が自信を育み、道を開く」パラバドミントン パルル・パルマル
vol.7「当たり前だと思わず、感謝すること」陸上 フラー・ヨング
vol.8「自分でタブーは作らない」陸上 マリー アメリ・ル フュール

後藤佑季

後藤佑季(ごとう・ゆうき)

1996年7月30日生まれ 岐阜県出身 聴覚障がい(人工内耳使用) 【趣味・特技】料理、カメラ、書道準五段、手話技能検定準2級 【スポーツ歴】陸上(100m走など短距離)、水泳、バドミントン 【抱負】私の聴覚障がい(難聴)のような『目に見えない障がい』の存在を伝え、様々な障がいのある人とない人との橋渡し役になれたらと思っています。自分の身体ではないものを最大限に生かし、自らの可能性を広げる、超人たちの「常識を超える瞬間」を多くの方にお伝えしていきたいです!

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