「自分でタブーは作らない」 パラ陸上 マリー アメリ・ル フュール ―シリーズ「レジリエンス」vol.8・後藤佑季

陸上 2021年7月30日
写真:トラックを背に笑顔のル フュール選手

「パラアスリートたちは、その人生でもって、人間の力強さを伝えてくれる―」

彼らにとって障害は決して克服した(乗り越えた)ものではなく、時には向き合い、時には諦め、時には受け入れて生きてきたもの。

そんな彼らがもっているパワーを、「乗り越えてきた」という一言ではなく、「レジリエンス=折れない心」という言葉で表現できるのではないか。

そう考えた私は、“TOKYO”を目指している世界のパラアスリートたちの「レジリエンス」を取材し始めました。



Vol.8 マリー アメリ・ル フュール
/Marie-Amelie Le Fur(フランス・パラ陸上T64 走り幅跳び)

写真:トラックのスタートラインに準備するル フュール選手

「レジリエンスの考えが私に教えてくれたことは、人生においては失敗や未知なるものを恐れていたら何もできないということです」

そう話すのは、リオデジャネイロパラリンピックで、世界記録を2回も更新し、金メダルを獲得したマリー アメリ・ル フュール選手、32歳。

2008年の北京大会からこれまで3度のパラリンピックに出場し、100m・200m・400m・走り幅跳びでメダルを獲得。
特に走り幅跳びでは、下腿義足のクラス(現T64)の女子で初めて6m台を出した、義足アスリート界を引っ張る選手です。

東京大会に向けて練習に打ち込む、ル フュール選手に5月下旬、話を聞くことができました。

写真:リモート画面のル フュール選手と後藤リポーター

「Bonjour, Yuki! お話ができること、楽しみです」

気さくに話してくれる、ル フュール選手に、早速レジリエンスについて伺いました。

リオ大会では走り幅跳び金メダル(世界記録更新)、400m金メダル(世界記録更新)、100m銅メダルという輝かしい成績を出したル フュール選手、実は大会直前にけがをし、6週間の休養をせざるを得なくなりました。
それでも力を発揮できたのは、“レジリエンスという力”があったからではないでしょうか?と尋ねました。

「苦難に遭うと、最初は打ち砕かれます。私の場合、障がいやリオのけががそうでした。でも、リオの例で言うなら、けがをしたことでメディアから遠ざかり、プレッシャーを管理しやすくなったという一面もあるのです」
「つまり、困難だけを見て、その先にあるものを見ることができないと、結局、よくて足踏み、悪ければ後戻りしてしまいます。レジリエンスとは、自分の人生に対する見方を変える方法なのです」

あらゆる試練や困難の裏には必ず、何かしら、自分や、人生や、考え方を変えるチャンスが隠れている。そうしたポジティブな方向に変換する力が、彼女が考えるレジリエンスでした。

写真:リモート画面のル フュール選手

ル フュール選手は、小さな時から活発で、6歳の時には姉がやっていた陸上を始めました。
「大人になったら、消防士になって火災や事故の現場で人を救助する仕事がしたい」という夢があり、ユース消防団にも所属していました。

しかし、15歳の時にスクーターを運転中に対向車と正面衝突。10数メートル飛ばされ、左脚を激しく損傷し、激痛と戦った3日後、左脚を切断することになりました。
夢だった消防士として働く未来も、諦めることになりました。

けれど、手術から2週間後に日常生活用の義足を受け取り、4か月後には、競技用義足を履いてトラックに戻ってきたのです。

彼女を支えたのは、障がいをあわれまず、あらゆる可能性を否定しなかった家族の「揺るぎない姿勢」でした。

「若くして非常につらい経験をしたので、そこで闘わなければ、自分の人生も周りの人たちの人生もダメにしてしまう状況でした。15歳で、状況を受け入れ、頑張って前に進むか、状況に屈して、人生を無駄にし、周りの人たちもネガティブなサイクルに巻き込むか、選択を迫られたわけです。自分の人生を無駄にするのは嫌だ、やるべき素晴らしいことがたくさんあると思って、前に進もうと決めたのです」

写真:義足を履くための部品をチェックするル フュール選手

「唯一、完全に不可能になったのは、消防士になるという夢です。受け入れるのは大変でしたが、その“不可能”に基づいて人生を築きました。でも、それ以外の“不可能”については、周りに決めさせませんでした。“不可能”があるとするなら、それは自分自身で、自分の能力や限界を試した上でなければ決められないと思ったのです。先入観で、生活の中のこういう動作や動きは無理だ、と決めつけたりはしませんでした」

障がいを負ったことをきっかけに、折れない心=レジリエンスを身につけたというル フュール選手。
リオ大会で輝かしい成果を残した後、陸上競技を休み、妊娠。しかし、妊娠8か月で死産をしてしまいます。

「レジリエンスが生きた経験は、障がいはもちろんのこと、赤ちゃんを失った時です。プライベートで非常につらい経験だったのですが、そこから立ち直りたいと思った時も、同じでした。人生は続かなければならないのだと理解し、生き続けるエネルギーを見つけなければなりませんでした」

「理想の世界に生きているわけではないので、当然落ち込むことはあります。でも、ネガティブなエネルギーに飲み込まれないことが大事なのです。人生に本当の失敗はなく、学びがあるだけです。制約や失敗、苦労から学ぶことができるのです。よく思うのは、15歳で障がいを負って、ラッキーだったということです。そこで身につけたレジリエンスがあるから、日常の中でも自然と適用することができるのです」

写真:モニターに向かうル フュール選手

その後、2019年に長女のアンナちゃんを出産。子育てと競技生活を両立するル フュール選手。
彼女には、もう1つの顔があります。
フランスパラリンピック委員会の会長としての顔です。

働く環境が整っていない、スポーツをする環境がないなど、フランスでもいまだに多くの場面で、差別的な扱いを受けるという障がい者。
その立場を「変える」という新たな夢を実現するために、会長という重責を引き受けました。

「障がいがあること、障がい者として生きていくことはどういうことなのか、人々に理解されていませんし、障がいをめぐっては、いまだに多くのタブーが存在します。
パラスポーツがもっとずっと身近なものになり、障がいのある人の間で、もっとスポーツができるのだという意識が高まるようにしたいと思っています。スポーツを通して障がいのある人が自分の能力に自信を持ち、障がいは必ずしもマイナスではない、人生のあり方の1つなんだと示せるようになります」

写真:山道を走るル フュール選手

「パラリンピックは私の人生を変えました。大会のおかげで、私は自分の障がいを受け入れられるようになり、人からの視線に対しても生きやすくなりました。パラリンピックは単にハイレベルなパフォーマンスが繰り広げられる競技大会ということを超え、“障がい”について、これまでとは異なるメッセージを伝えることができる場なんです。不可能はない、同じことをパラアスリートは違うやり方でやるだけだ、というメッセージです。スポーツを通じて、障がいに対する社会の目を変えることができるのです」

写真:トラックに座り休んでいるル フュール選手

新型コロナウイルスの影響で、揺れ動く東京大会。
2020年の東京大会で現役を退くことを決めていたル フュール選手は、大会に合わせて引退も延期しました。

コロナによるロックダウンで、アスリートとしても、女性としても、会長としても本当にとても大変な時期だったと話すル フュール選手。

「選手としては、東京大会は、最後のパラリンピックになるだろうということで、象徴的な意味合いもあります。4つ目の金メダルを取りたいですし、世界記録を達成したいですね。会長としては、東京大会の次のパリ大会に向けて、日本の観客の皆さんによって、私たちパラアスリートが伝える障がいの概念に関するこれまでとは異なったメッセージを、しっかりと引き継いデいってほしいと思います」

写真:おもりを付けた状態でダッシュをするル フュール選手

「引退した後も、レジリエンスの考えは生きるでしょう。日常生活の中で本当に役立っているので。人生においては、失敗や未知なるものを恐れていたら、何もできないということを学びました。自分のなす選択や失敗を恐れない、そういう心持ちで過ごしていくつもりです」

先の見えない時代に、どう立ち向かっていけばいいのか。返ってきたのは、彼女らしい前向きな言葉でした。

「過去に生きようとはしないことです。なぜなら過去は変えようがないのですから。まさに未来こそが、人が作り上げていけるものです。そして、決してあなたに代わって他人に、自分の未来を作らせるようなことはしないでください。今ある困難は、これまで自分たちが送ってきた生活スタイルや生き方を考え直させるものなんだと捉えるのです。

写真:トラックで義足を調整するル フュール選手

レジリエンスの考えが私に教えてくれたことは、人生においては失敗や未知なるものを恐れていたら何もできないということです。未知なるものこそが、私たちをやる気にさせ、私たちを進歩させ、真に私たちのためになるものです。人生最悪の試練の中からでさえ、人は何かポジティブなものを引き出せるのですから」

写真:リモート画面越しのル フュール選手と話す後藤リポーター


そして最後に、私へのアドバイスもいただきました。

今のあなたであり続けてください。なぜならあなたは体現しているからです。あなた自身が「不可能を可能にした」人であり、それこそが素晴らしく、力強いメッセージです。あなたのおかげで、一般の人々の聴覚障がいへの見方も変わるでしょうし、障がい者たちに自信を与えることになると思います。だから、私からの唯一のアドバイスは、そのまま続けてください、ということです」

・・・

彼女のアドバイスに、私もレジリエンスをお裾分けしてもらった気持ちになりました。

最後に一番大切なものを伺うと、「家族」だと答えました。

「日々私のそばにいる、夫、娘、両親、姉などです。なぜなら、ひとりぼっちでは人生何1つできないからです。もし1人だったら、私は再び立ち上がることも、自分を立て直すことも、そして現在の私という女性にはなれなかったはずです。ですから、私の周囲の人たちは私の土台であり、私の日々のエネルギーなのです」

写真:練習中のル フュール選手

今でこそ、選手として、母として、そしてパラリンピック委員会会長として、強くフランスを引っ張る彼女ですが、この言葉に、ル フュール選手がこれまで体験してきたことのつらさや苦しさがとてもこもっているように感じました。

だからこそ、次を担う人たちにはそんな思いをしてほしくない、という強い決意を感じます。

フランスは、東京大会では五輪とパラリンピックの選手団を合同に、また、2024年のパリ大会ではオリパラのエンブレム合同が発表されるなど、国をあげて障がい者と健常者の垣根をなくす努力をしています。
日本では、どちらも合同ではありませんが、レガシーとして、より障がいのある人と健常者との境界線が薄く、かすかなものになっていけば良いなと思いました。

(取材協力)中平美紀、鈴木祐子

写真:トラックで両腕を上げ練習をするル フュール選手

強く心を持ち、努力を続ける一面が、見事に割れている腹筋に現れていますね!


【関連記事】“レジリエンス” ~失敗や未知なるものをおそれない~(2021/6/15)


今を切り開く力 ―パラアスリートがもつレジリエンス

vol.1「障害を受け入れることは、諦めることではない」陸上 アナニアス・シコンゴ 

vol.2「道は1つではなく、ほかにも選択肢がある」卓球 ジェシー・チェン

vol.3「自分の限界は、自分が決める」陸上 マルクス・レーム
vol.4「違っていることは、全てかっこいい!」車いすフェンシング ベアトリーチェ・ビオ
vol.5「やってみれば、何でもできる」パラ陸上 ヨハネス・フロアス
vol.6「あなたはできる。その言葉が自信を育み、道を開く」パラバドミントン パルル・パルマル
vol.7「当たり前だと思わず、感謝すること」陸上 フラー・ヨング
vol.8「自分でタブーは作らない」陸上 マリー アメリ・ル フュール

キーワード

後藤佑季 レジリエンス(今を切り開く力)
後藤佑季

後藤佑季(ごとう・ゆうき)

1996年7月30日生まれ 岐阜県出身 聴覚障がい(人工内耳使用) 【趣味・特技】料理、カメラ、書道準五段、手話技能検定準2級 【スポーツ歴】陸上(100m走など短距離)、水泳、バドミントン 【抱負】私の聴覚障がい(難聴)のような『目に見えない障がい』の存在を伝え、様々な障がいのある人とない人との橋渡し役になれたらと思っています。自分の身体ではないものを最大限に生かし、自らの可能性を広げる、超人たちの「常識を超える瞬間」を多くの方にお伝えしていきたいです!

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