パラリンピック史上最もエキサイティングな100m 制したのは「変わる勇気」!? | 後藤佑季

陸上 2021年9月23日
写真:パラ陸上・男子100m(T64クラス)のレース、横一線でゴールをする選手たち

あっという間で、でも長かった、そんなパラリンピックが終わりはや数週間。大慌てで、伝えきれなかったことを記事にまとめています。
大会中は連日、国立競技場で、陸上の選手の皆さんのご紹介をさせていただきました。
今回は無観客ということもあって、テレビの役割が重要だと言われていましたので、緊張しながら少しでも競技の魅力が伝わるようなプレゼンをと心がけましたが、どうでしたでしょうか?

今回は、まれにみる大激戦となったT64(下腿義足)のクラスの100mについて、さらに深掘りしてお伝えします!


■義足のアスリート、その頂点を目指す


今回のパラリンピック放送の準備にあたり、日本代表選手はもちろんのこと、「世界のスーパースター」たちのこともしっかり伝える、というのが目標でした。今年に入ってからは、これまでお世話になった海外コーディネーターの方々に交渉をお願いし、リモートを駆使してインタビューを重ねてきました。

その中で、私が特に重点を置いていたのが“義足”の選手。彼らは自分の体ではない義足を、「体の一部のように」扱い、記録を競っています。私自身も人工内耳という「自分の身体ではないもの」を自分の身体のように扱うために、長い時間をかけてきました。そんな共通点が彼らに引き付けられる理由です。

男子100m・T64に出場する選手のうち、大会前に話を聞けたのは3人。
・ロンドン・リオと2連覇中の、ジョニー・ピーコック選手(イギリス・写真左)
・2019年世界選手権で金メダルと世界記録をマークした、ヨハネス・フロアス選手(ドイツ・写真中央)
・今年7月にそのヨハネス選手に迫る記録を出した、フェリクス・シュトレング選手(ドイツ・写真右)

写真:全速力で走るアスリートたち

この3人が口を揃えて言っていたのが、「今大会はパラリンピック史上最速の、そして最もエキサイティングなレースになる」ということでした。

大会6日目の8月29日。予選が行われ、この3人がトップ3で決勝に進出を決めました。予選トップはシュトレング選手で10秒72。パラリンピックレコード更新です!

翌日、いよいよ決勝。
会場内にいるボランティアの方やスタッフ、報道関係者がグッと固唾をのんで見守っているのが伝わってきます…!

写真:踏切板に並ぶ義足

結果は…


写真:左から、シュトレング選手、グイティ グイティ選手、フロアス選手、ピーコック選手

まさに横一線!


写真:パラ陸上・男子100m(T64クラス)のレース、横一線でゴールをする選手たち

0.04秒の中に金から銅メダルまでが入る、超大混戦!
制したのは、一番左、シュトレング選手でした!記録は10秒76。

そして銀メダルは左から2番目、コスタリカのシェルマン イシドロ・グイティ グイティ選手

さらに銅メダルはなんと2人!
1000分の1秒まで見ても同着という、100mでは滅多に見ない「着差なし」で
右の2人、ピーコック選手、フロアス選手が並びました。
決まった瞬間の2人の喜びようと、表彰式で互いに称え合う姿は今でも心に鮮明に残っています。

写真:たたえ合うピーコック選手(右)とフロアス選手(左)



■憧れの、ウサイン・ボルトと同じ金メダル


金メダルに輝いたシュトレング選手には、過去に何度かお話を伺う機会がありました。(陸上を始めたきっかけなどはぜひこちらこちらの記事で)

2012年から陸上競技をはじめ、2016年のリオパラリンピックでは100mと走り幅跳びで銅メダル、400mリレーでは金メダルを獲得。2019年のドバイ世界選手権では100mで銅メダル。個人種目ではまだ世界のトップに立ったことがなく、「ブロンズメダルホルダー」でした。
100mのスーパースター、ウサイン・ボルトが憧れの存在だそうです。
今回、100mの金メダルだけでなく、200mでも接戦の末に銀メダルを獲得しています

飛躍の要因は、コロナ禍での練習拠点の変更にありました。
実は2020年の11月、地元ドイツから、イギリス・ロンドンに拠点を移したのです。

それまで所属していたバイエル・レバークーゼン04は、走り幅跳びのマルクス・レーム選手や、今回メダルを争ったヨハネス・フロアス選手が所属する義足アスリートのエリートチーム。人材も環境も整った世界トップレベルのパラスポーツの拠点です。

シュトレング選手が日本に来る直前の8月上旬、ロンドンと東京をオンラインで結んで、その決断について聞くことができました。

写真:リモート画面のシュトレング選手(右)と後藤リポーター(左)

「何かを変える必要がある、もっと速くなれるはずだ、と拠点を移しました。環境が変わり、コーチも変わり、ランニングブレードも変えました。トレーニング方法も、リカバリーに重点を置いた方法に変え、全てを変えたんです」

「全てを変えた」決断…そして東京大会の1か月前、7月末には自身のパーソナルベスト(PB)となる10秒60を記録しました。これは、フロアス選手のPBにあと0秒06と迫るものです。

実は新しくついたコーチというのが、ピーコック選手の元コーチというから、驚きです。
実際にピーコック選手も、大会前にシュトレング選手を警戒していました。

写真:笑顔のピーコック選手

「今季注目すべきはフェリクスだね。今年彼はとても速いタイムで走っている。しかも、素晴らしいコーチがついているからね。T64 の100mの本命はフェリクスだ、と断言できるよ。彼が僕の前に出ると思うが、僕は彼を抜ける自信がある。ゴールライン間際の争いになると思う。とても面白いレースになりそうだ!」

まさに、ピーコック選手が言った通りのゴールライン直前の競り合い、勝負を制したのは、シュトレング選手ということになりました。

レース直後のインタビューエリアで、シュトレング選手はこう話していました。

「とても厳しいレースだった。激しい争いだった。メンタルでも勝たなければならなかったんだ、何がなんでも勝ちたい、と思わなければ。今日はその気持ちとここまでの努力を見せることができてうれしいよ。金メダルを勝ち取れて本当にうれしい!」



■シュトレング選手が伝えたいこと


もともと生まれた時から右足がなく、最初に義足をつけたのは生後10か月の時でした。

「僕の両親は、僕を“普通に”育て、寝る時に義足を外して、起きたらまた義足をはく、という生活は僕にとって普通なことで、義足を使っている、という考えすらありませんでした。」

「10~14歳の頃になると足のことを気にしていました。でも、義足だってきることがあると気がついた瞬間、障害を変えることはできないから、受け入れて生活するしかないと思うようになりました。何かやりたいと思った時は、時間がかかっても習得できました。『義足を履いているけど、走るのが君たちより速いし、何か問題でも?』という感じでした」

写真:ドイツ国旗をまとうシュトレング選手の義足

ただ、残っている足の部分が長いことで、陸上をやる上で不利な点もどうしてもあると言います。
最近は性能の良い義足が市場に出てきているものの、取り付け方が難しく、最新の義足が使えないことがあるそうです。

そんなシュトレング選手を参考にして伸びてきている日本の若手選手がいるんですよ、と伝えたところ、このインタビューで一番驚き、そして喜んでいました。その大島健吾選手も残っている足の部分が長く、義足の調整に苦労をしてきた一人です。

「本当ですか!誰かをインスパイアできているならとても誇りに思うし、うれしいです。彼に合う義足を見つけるサポートやヘルプを受けられたのであれば、感謝ですね。フェリクスができるなら僕もできる、と思ってもらうことは本当にとてもうれしいことです!」

謙虚で、自分の軸を持っているシュトレング選手が、大会前、今回のレースを通じて伝えたいと話していたのは、こんなことでした。

「伝えたいことは、時には変化はいいことだということ、そして変化にオープンマインドでいることの大切さです。大きなことを達成するには、時にはリスクを負うこともあります。スポーツ選手に限ったことではなく、人生でリスクを恐れずに決断することは大事なことなんです」

写真:リモート画面のシュトレング選手

コロナ禍、ドイツからイギリスへ、まさに変化を恐れずに決断したからこそ得た金メダリストの称号でした。
また、こんなことも話していました。

「パラリンピアンの走りを見て欲しいですし、スポーツにおける多様性にも注目して欲しいです。パラスポーツやパラアスリートはレジリエンス(=大きな衝撃を受けてもそこから立ち上がる力、折れない心)の象徴だと思いますし、それはみなさんそれぞれが自分自身にも結びつけることができると思います」

そして…、シュトレング選手といえば、中継でもお伝えしましたが「ラーメン好き」。
下の写真は、コロナ前の2019年5月に来日した際に、ラーメンを完食したときのもの。ご一緒させてもらい、私が写しました。

写真:空の器を手にするシュトレング選手

2019年5月 渋谷のラーメン専門店で

今回は食べた?と聞いてみると、

「ラーメンは大好きだよ!!最高の食べ物のひとつだよね。コロナのせいで選手村から出られないから、日本にまた戻ってきて、ラーメンを食べたいな」

と話していました。

大会が迫る中でも取材に応じてくださり、事前キャンプ地や練習トラックで「Hi, Yuki!」と気軽に声をかけてくれた義足のスプリンターたち。
彼らがこれまで聞かせてくれた、幼い時の思い出、練習との向き合い…そうしたものをぎゅっと凝縮した、100mを走りきる僅か10秒の間に見せてくれたドラマを、閉幕した今も鮮明に思い出せます。

やはり、彼らにはレジリエンス=折れない心があるなと思いますし、決してただ強いわけではなく、打ちのめされたり諦めたり受け入れたりしてきた彼らだからこそ、心を動かされるのだと思いました。

・・・

今回は残念ながら無観客となってしまいましたが、2022年には神戸でパラ陸上の世界選手権が開かれる予定です。
その頃にはコロナが落ち着いて、目の前で、生で、ぜひ彼らの圧倒的なパフォーマンスを見てもらいたいです!



【関連動画】義足最速! シュトレング激走! | 男子 100m T64(運動機能・義足) 決勝(2021/8/30)


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後藤佑季(ごとう・ゆうき)

1996年7月30日生まれ 岐阜県出身 聴覚障がい(人工内耳使用) 【趣味・特技】料理、カメラ、書道準五段、手話技能検定準2級 【スポーツ歴】陸上(100m走など短距離)、水泳、バドミントン 【抱負】私の聴覚障がい(難聴)のような『目に見えない障がい』の存在を伝え、様々な障がいのある人とない人との橋渡し役になれたらと思っています。自分の身体ではないものを最大限に生かし、自らの可能性を広げる、超人たちの「常識を超える瞬間」を多くの方にお伝えしていきたいです!

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