そして、タッチはつながった  ―陸上・ユニバーサルリレー― | 後藤佑季

陸上 2021年9月28日
写真:ユニバーサルリレーに携わったたくさんの選手たち

人間の可能性、そして多様性の祭典とも言えるパラリンピック。どの競技も多様な障害がある選手たちが集い、その技を、力を、競い合いました。
陸上が行われた国立競技場のトラックが最も「多様」になったのは、大会11日目の9月3日、ユニバーサルリレーが行われた時でした。

東京大会で初めて行われたこの種目、初代王者・金メダルはアメリカ。

写真:国旗を肩にかけ喜ぶアメリカチーム

1走は視覚障害のノア・マローン選手、2走は上肢障害のブリットニ・メイソン選手、3走は脳性まひのニック・メイユー選手、そしてアンカーは車いすクラスの「鉄の女王」、パラリンピックで19個(夏冬合わせ。東京大会含む)のメダルを獲得しているタチアナ・マクファーデン選手です。4人全員が個人種目でも東京大会のメダリスト、マクファーデン選手以外は今大会個人種目で金メダルを獲得しています。

写真:国旗を肩にかけ、明るく喜ぶイギリスチーム

銀メダルはイギリス。一番右、2走は義足のジョニー・ピーコック選手で、100mの銅メダリスト。イギリスでは知名度抜群のスーパースターです。

写真:ガッツポーズしている日本チーム

そして、銅メダルは日本チームでした!
右から4走、車いすクラスの鈴木朋樹選手、3走・脳性まひクラスの高松佑圭選手、1走・視覚障害クラスの澤田優蘭選手、澤田選手のガイドランナーの塩川竜平さん、一番左は2走・義足クラスの大島健吾選手

タイムは決勝が47秒98、予選が47秒94。日本記録を更新しての銅メダルです。
でも、走り終わったあとの、嬉しい!という喜びより、ちょっと複雑なその表情に、「タッチがつながった」という安ど感と、「もっと攻められた」という悔しさの両方があるように思いながら、競技場の特設スタジオのモニターを見つめていました。


■まさに「パラリンピック」!多様性にあふれるユニバーサルリレー


私がユニバーサルリレーを最初に目の前で見たのは、2019年5月に大阪で行われた大会でした。(その時のことはこちらで
その後、国内でのレース、北海道苫小牧での合宿(こちらの記事で)、2019年11月のドバイでの世界選手権。さらに、沖縄での合宿などを通じ、試行錯誤していく姿を取材させていただいてきました。

写真:選手たちを囲む取材陣

2019年8月の苫小牧合宿 選手、コーチのほか測定や分析を行うチームも参加

ユニバーサルリレーは1走:視覚障害、2走:義足や上肢障害など、3走:脳性まひなど脳原生障害、4走:車いすで、男女2名ずつが走ります。
日本チームは、オリンピックの男子400mリレーと同じように、ほかの優勝候補の国に比べ、個々の選手の走力では劣るものの、バトンワーク、ならぬタッチワークを磨き、直近の世界ランキング5位という位置につけていました。

このリレーが一般のリレーと違うのは、チーム内の各走者の走力差が大きいこと。全員が10秒フラットで揃っている五輪のリレーとは違い、ユニバーサルリレーでは障害や性別によってかなりタイムが異なります。
そのため、速い選手から遅い選手、遅い選手から速い選手へのタッチが必要となり、そこでのタイムロスが致命的になります。
さらに、3走から4走へのタッチでは、立って走る選手が全速力で走りながら、車いすの選手に屈んでタッチしなければいけないという物理的な難しさがあります。

日本チームは合宿を何度も組んで、データ測定を繰り返しました。
どこまで来たらタッチできるのか、どこまでいくとタッチできないのか。

写真

2020年12月の沖縄合宿 1走(視覚障害)から2走(義足・上肢障害など)へ 


写真

3走(脳性まひなど)から4走(車いす)へ 高低差のあるタッチが難しい

さらに、その日の体調によって、また天候や風によって走る速度や加速の状況が変わるのも陸上ならでは。
どんな条件でどんな速度だと、どこでタッチするのがベストなのか。
微妙な、ピンポイントのタッチの位置を、選手とコーチ、測定スタッフとともに模索し続けてきました。

写真:タブレットを見て確認をしているフィールド上の選手たち

2020年12月の沖縄合宿  タッチ練習の後は毎回映像を確認。「もっと思い切りスタートしていいんだ」という声がたびたび上がっていた

そうして、3年以上にわたり蓄積してきたデータから生み出された、日本のタッチワーク。
大会前、ユニバーサルリレーの日本代表コーチを務める高野大樹さんは「いい状態に仕上がってきている。選手それぞれの動きもいい」と話していました。

2019年11月、ドバイの世界選手権ではタッチミスによる失格でメダル獲得ならず。
2020年12月、コロナ禍での大会延期を受けて、急成長してきた若手選手を入れるなど、「ゼロスタート」ともいえるチームの改造を行いました。(こちらの記事を参照)
2021年には怪我によってなかなかベストメンバーでリレーを組むことができず、そもそも大事にしてきた合宿も組めない事態も起きていました。

こうした状況のなかで、支えとなったのは蓄積してきた科学的なデータと、そして選手たち自身の「感覚の獲得」でした。
これくらいで出ればいい、こうやってタッチすればいい、と経験則ができてきたことがデータに命を与えたのです。


■TOKYOで、タッチをつなぐ―


そして迎えた東京大会。
高野コーチは、大会期間での選手たちの走りを見て、メンバーを最終確定すると話していました。

そして、レース当日、9月3日の朝、リストが発表されました。
今大会タッチをつなぐことになったのは、
1走:澤田優蘭選手とガイドの塩川竜平さん
2走:大島健吾選手
3走:高松佑圭選手
4走:鈴木朋樹選手
という布陣でした。

まずは午前の予選。
1走の視覚障害の選手は、障害の程度によってはガイドランナーとともに走ることがあるため、ユニバーサルリレーはレース1組につき4チームしか走ることができません。
そのため、決勝に行けるのも4チームという、過酷な条件です。
今回、予選は3組。タイム順に上位4チームが決勝に進出します。

予選1組目は、世界記録を持つ強豪中国、そしてイギリス。
中国チームは個人種目でメダルを獲得してきたメダリストたちを揃えてきました。
イギリスチームにはこれまでメンバーに入っていなかった、ロンドン、リオの100m金メダリストのピーコック選手の名前が!
高野コーチも、ウォーミングアップエリアでピーコック選手の姿を見た時には「マジか」と、ショックを隠しきれなかったと言います。

順当に、1位中国(世界記録)、2位イギリス。
ボーダーラインは2位につけたイギリスの47秒86です。

2組目は日本、そして優勝候補のアメリカ。
アメリカも全員がメダリストという布陣です。

今年に入ってから、日本チームのベストメンバーでの全速力でのリレーを見ていなかった私は、ドキドキしながら見ていました…!

写真

1-2走は、澤田選手のけがのため、一番練習ができていない区間、でもいいぞ、


写真:大島選手が高松選手にタッチ

2-3走は安定していた区間。2走の大島選手の走りが良すぎて詰まったか?
3-4走は一番難しいところ…つながった!!

2組の結果は、1位アメリカ、2位に日本。タイムは47秒94と、日本記録をマークしたものの、前の組で2位だったイギリスに届きませんでした。
この時点で全体4位。この後の組には強豪ドイツやRPC(ロシアパラリンピック委員会)が控えていて、正直、予選落ちか…?、と思って、心の中で泣いていました…

祈るような気持ちで、3組目。
ドイツチームに、「リレーに出る」と言っていた今大会100mの金メダリスト、シュトレング選手の姿はありません。
「これは…!」と思いながら見ていると―
1位はやはり、ドイツ。
気になるタイムは…!48秒21と、日本が0秒27差で決勝進出を決めました!

この瞬間、私も、周りにいたスタッフたちも、(心の中で)大歓声!悲願のメダルへ、道をつないだのです。


■メダルへ そして“全員の”タッチがつながった


そうして迎えた決勝。

「正直、金銀はアメリカと中国だろう。銅メダルをイギリスと競って勝ち取りたい…!予選ではイギリスと0秒08しか差がなく、2-3走の詰まりを無くせば、メダルがあり得る!」と私は思っていました。

決勝の舞台に立った選手たち16人(1チーム4人×4チーム)は、全員が障害を負った経緯も、障害も、走り方も、違います。
それぞれが、自ら切り開いて、自らの走りを追求し、「自分の走り」を完成させて、この舞台に立っているんだということを、改めて感じました。

さあ、始まります。

スタート!
手に汗握る展開の中、中国とアメリカが予想通り先行していきます。
重要なのは、確実にタッチを繋ぐこと。2019年の世界選手権でも、出場チームの4分の1がタッチミスによって失格しています。
日本はイギリスと競りながらも、タッチをつないで行きます。

写真:澤田選手と塩川さんからのタッチを受け走り出す大島選手


1走から2走へのタッチ、うまい!2走の大島選手の走りもいい!
2-3走はまたちょっと詰まったか?

写真:高松選手(脳性まひ)→鈴木選手(車いす)、高低差のあるタッチ

3-4走のタッチもつながった!そして、最後、追い上げられるか…?!


写真:トラックを走る鈴木選手

結果は、予選で中国が出した世界記録をさらに上回って、アメリカが世界新記録での金メダル、ついで中国、イギリス、そして日本でした。
決勝に4チームが進出し、1チームだけがメダルを取れない―。
その1チームにはなってほしくない、と思っていましたが、日本は4位となりました。

写真:悔しそうな表情の大島選手、澤田選手、塩川さん

その後の日本チームのインタビューでは、全員が悔しさをにじみ出して答えていました。
目には、光る涙が。

…すると、2位の中国チームが(1走のガイドランナーが選手を引っ張るなどの違反を犯したとして)失格と判定されたことがアナウンスされました。
よって、繰り上がって日本チームは銅メダルを獲得です。
再び戻ってきた選手たちは、複雑な表情を見せながらも、安どしているようでした。

改めてミックスゾーンに来た選手たちの言葉です。

1走 澤田優蘭選手:「今大会で1番の走りをするつもりで走った。最初は4着ということで悔し涙もあったが、しっかりタッチをつないだからこそのメダルだと思うのですごくうれしい」

2走 大島健吾選手:「かっこいい姿を見せることはできなかったけれど、銅メダルという形が残ったのはうれしい。反省点もあったので、これからも一歩一歩積み上げていきたい」

3走 高松佑圭選手:「タッチワークはうまくいったと思う。銅メダルを獲得したと聞いてびっくりしている」

アンカー 鈴木朋樹選手:「ここにいるメンバーだけでなく、ほかの選手やスタッフも含めて決勝の舞台に立つために、1秒でも速く走るためにやってきたので感謝の気持ちを伝えたい」

写真:銅メダルを手にする日本チーム

一夜明けての表彰式 お疲れさまでした!

アンカーの鈴木朋樹選手の言葉にもありますが、コーチの高野大樹さんが、取材当初=チーム結成当初からずっと話していたのが「これまで関わってきたみんながチーム」ということです。
去年12月の合宿で、メンバーの大幅な入れ替えが発表されたあと、高野コーチが話してくれたことが思い出されました。

「本番で走る4人(+ガイド)だけではなく、それまでにメンバーとしてチームへデータを蓄積してきた選手、今大会メンバーに入っていたものの、本番では選ばれなかった選手、そしてスタッフ、コーチ、みんながチームなんです。みんなで作り上げてきたものが、日本のユニバーサルリレーだ、ということは常に伝えています」

表彰式の後、SNSにあげられていた写真を見ると、
選手ではなく、コーチやスタッフの方にメダルがかけられていました。この写真にチームの精神が詰まっていると感じました。

高野コーチは、

「選手は疲労もある中でよくやってくれた。もっとすっきりする形で取れていたらとは思うけど、メダルが取れてよかった。ほっとした。実はマークの距離は予選より伸ばした。それでも詰まったのは大島が走れていたから」

と話していました。
本番で「好調の予想」をさらに上回る走りを見せた、ということです。

もちろん、自力でメダルが取れたら、もっとうれしかったかもしれない。
でも、日本が大切にしてきたタッチワークが改善の余地があるとはいえ、つながったから、手にできたメダルとも言えると思います。

印象的だったのが、大島選手のこの言葉です。

「まだまだ僕は伸びると確信していますし、このままでは終われないので。(100mは)決勝にもいけなかったですし、このままでは終われないので。もっともっと時間をかけて世界にも通用するような走りをしていきます」

レース直後の写真のちょっと複雑な表情の中には、そんなもっと速くなる、という「思い」も含まれていたのではないでしょうか?
これまで取材させていただいたいくつもの合宿で、タッチ練習の映像を見直しながら、「もっと行ける」というときの選手たちの表情を何度も見ていたから、そう思ったのかもしれません。

来年、2022年には神戸で世界選手権が開かれ、パリ大会はすぐ3年後です。
その舞台で、さらにさらに飛躍していく選手たちのタッチワークを見ることがとても楽しみです!


【関連ページ】400mユニバーサルリレー(2021年9月3日)

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後藤佑季(ごとう・ゆうき)

1996年7月30日生まれ 岐阜県出身 聴覚障がい(人工内耳使用) 【趣味・特技】料理、カメラ、書道準五段、手話技能検定準2級 【スポーツ歴】陸上(100m走など短距離)、水泳、バドミントン 【抱負】私の聴覚障がい(難聴)のような『目に見えない障がい』の存在を伝え、様々な障がいのある人とない人との橋渡し役になれたらと思っています。自分の身体ではないものを最大限に生かし、自らの可能性を広げる、超人たちの「常識を超える瞬間」を多くの方にお伝えしていきたいです!

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