「普通って、なに?」を聞いてみた  vol.1-漫画家・はるな檸檬 |written by ごとうゆうき

2019年6月19日
「普通って、なに?」を聞いてみた

漫画家・はるな檸檬さん(手前)と私(奥)

みなさん、「普通は〇〇だよね」というフレーズ、けっこう口にしていませんか?

「就活は、普通、黒スーツに黒髪、パンプスだよね」
「これくらいのダイエット、普通でしょ」
「静かにしなさい!普通、こんなところでは騒がないでしょ」

聴覚障害のある私自身も、小さなころから「普通」を目指して努力していました。
「普通に話せて」「普通に聞こえる」ようになるために。

私のように、今の世の中は、「普通」に合わせることに一生懸命な気がします。

けれど、来年に迫った東京パラリンピックの目標の1つは「共生社会の実現」。
それは「普通」を求めるのではなく、「普通じゃない」ものも認める、多様性を重んじる社会のはず。
今の日本で、本当に多様性を認め合えるのだろうか…?

そこで私は、「普通とはなにか?」いろいろな人に聞いてみようと思い立ちました。

Vol.1:「普通って、脳みそが楽をするための“妄想概念”」-漫画家・はるな檸檬

私が「普通」って何だろう、と真剣に考えるようになったのは、ある1冊の本に出会ったからです。

それは、漫画、「ダルちゃん」。
20代の女性を対象にした作品ですが、4,50代の男女からの反響が特に多く、話題になっています。

ダルちゃん

表紙に描かれたダルちゃんは、下半身がダルダルで、上半身は「普通」の女性

概要
主人公はダルダル星人の姿を隠して、一生懸命に「働く24歳女性」に「擬態」するダルちゃん。ちょっと気を抜くと、身体の輪郭が崩れてぶよぶよになってしまう。そのままの姿だと、「普通」じゃないから気持ち悪がられるので、社会のルールを一生懸命覚えて擬態し、居場所を探します。
誰かに合わせて生きていると、自分が本当は何を考えているのかわからなくなるけれど、それで相手が喜んでくれているのなら…。でも、人に合わせることの、何がいけないのだろう――。と悩み、もがく日々を描いた物語。

私が一番印象的だったのは、このシーン。

ダルちゃんは、人前でもダルダル星人の姿のままでいる「コウダさん」に出会います。

コウダさん

(中略)

イケメンに擬態できるのに、ダルダルのままでも平気なコウダさんに、「そんなの普通じゃない」と言い放つダルちゃん。
それに対して、コウダさんは「普通ってなに?」と問い返します。

普通は普通です
普通じゃないから幸せになれない

そんなダルちゃんに、コウダさんが語りかけた次の2ページに、心を揺さぶられました。

普通の人なんて一人もいないんだよ
存在しないまぼろしを幸福の鍵だなんて思ってはいけないよ

「普通の人なんて この世に一人もいないんだよ」
ダルちゃんは「普通の」20代女性像を求めて苦しんでいますが、コウダさんの話した言葉は、どの年代にも当てはまる言葉ではないかと思いました。
女性、男性、母親、父親…いろんな立場の人が、「普通」に無意識にとらわれているのではないでしょうか。

そして、障害のある人の中にも私と同じように、「普通」との距離に苦しんでいたり、知らないうちにそこにとらわれていたりする人がいると思います。
その一方で、周りの人が「障害がある人は“普通”の人とは違う」と無意識に思っている場合もあります。

今回、「ダルちゃん」の作者である、はるな檸檬さんにお話を聞くことができました。

・・・

「普通」っていったい何なのでしょう?と、はるなさんに尋ねると、こう答えてくれました。

私が思っているのは、一言で言ってしまえば、「脳みそが楽をするための妄想概念」なんです。

脳みそが楽をするための妄想概念、とはどういうことでしょうか?

要は1個そういうものが「ある」としてしまえば、脳がすごく楽になるんです。
人間全員がものすごく細やかに、全部が実は違うっていう事をいちいち認識していくと脳みそってすごく大変じゃないですか。例えば、ある葉っぱを使って出したものを「緑茶」と呼びます。それは「みんなで共有するための概念を持った」という事で、人間は社会を築くことができたんです。
バラバラの、ありのままの自然を“無視”する事で社会生活を営めている部分もあると思うんです。

あるグループに共通の『名札』を付けて分かりやすく理解する、それが言わば「概念的思考」
一方、一つ一つの「違い」を感じ取るのが「感覚的思考」だと、説明してくれました。

「概念的思考」と「感覚的思考」という人間の2つの面を『ダルちゃん』で描こうとしたはるなさん。
そこには、考えつくされた思いがありました。

主人公のダルちゃんを、(20代女性に)擬態をしている部分と、ダルダルの部分っていう感じで、「社会的な概念的思考のダルちゃん」と「感覚的思考のダルちゃん」が2つあるという表現をしてみました。
どちらかだけ、ではだめなんです。両方を大事にしないと。

漫画「ダルちゃん」を開きながら話すはるなさん

そう語るはるなさんに、今の社会とは?と尋ねると…

今は特に概念的思考に寄りすぎている、つまり、「普通」にとらわれちゃっている人がとても沢山いると思います。
「これが普通だから、こうしないとおかしい」という考え方を誰かに教えられたまま、素直に信じている人たちがいっぱいいて、素直に信じる事とは聞こえはいいけれど、思考を放棄して、自分で考える事をしていないと思うんです。
そういう人を責めることはできないけれど、自分で考えて自分で結論を出すことをしないと。

多様性への理解が広がり始めている今、「普通」について考える意味はあるのでしょうかと伺いました。

意味はあると思います。「普通」を当たり前にしないために考えるということです。
みんなが思っている「普通」は、全員違って、その場に100人いたら100通りの普通がある。という事は「普通」ってないじゃんって。存在しないけど概念として便利だから使う、でも、よく考えると分からないという。
「普通って何?」と1回ちゃんと考えてみるいい機会になると思います。少しずつ疑問を持ち始める人が増えてきているのは“希望”ですね。

普通について話すはるなさん

たしかに、「普通の20代女性」「普通の大学生」「普通の会社員」という“総称”を意識することばかり先行してしまうと、1人1人全く同じ人なんていないという、当たり前のことが忘れ去られてしまう…。
平均像、スタンダードというものは、生活を円滑にしていくために必要ですが、頼りすぎてはいけないという、はるなさんの考えにとても共感しました。

聴覚に障害のある私は、“障害”という『名札』がついていると、「普通」とは違う存在だと考える人もいるかもしれないですが、それは人間の「違い」の中のひとつで、そもそも人間は一人ひとり違うもの―。
改めてそう考えました。

・・・

漫画『ダルちゃん』の中には、ほかにも、とても印象的だった場面があります。
「ヒロセくん」という足に障害があるキャラクター。さまざまな触れ合いの中で、ダルちゃんの恋人になりました。

ヒロセくん

足に障害があることに気が付いた美術館のスタッフが車いすを勧め、ヒロセくんが断るところが、2コマだけ描かれています。
このあと、ダルちゃんとヒロセくんは別れることになりました。

この2コマは際立ったシーンではなくて、話には一見関係のないように見えます。
なぜここに車いすを描いたのかが気になり、その意図を聞いてみました。

「障害のある人」をあえて登場させた、という意識はありません。
そもそも、私自身は障害のある人と無い人の間に差があるとは思っていないんです。すべてはグラデーションで、その中での線引きは時代によって変わる、実は曖昧なものなんです。

このシーンは、彼が今まで経験してきたつらさや苦しみを垣間見るところです。でも、それは足が悪いというよりは、もっとあらゆる事に言えると思います。1人1人に傷つく理由があるんですよね。

それぞれにそれぞれの苦しみがあって。どんなに親しかったり、毎日一緒にいたりするような家族や兄弟だとしても、干渉できない領域がある。その人にしか分からないつらさや苦しみがあるという表現です。だから、それぞれがお互いを尊重するために、ダルちゃんとヒロセくんは別れたんです。

私は、この話を聞いて思わず涙してしまいました。
私自身が、聴覚障害という「目に見えない」障害であることで苦しんできて、どれだけ伝えても伝わらない経験を毎日しているからです。
だからこそ、「普通」について考えたいし、いろんな人に考えてもらえるきっかけを作りたいと思っています。

・・・

インタビューを終えて、はっとしました。

私も、「普通」にとらわれていたのかもしれない。
「普通に話せる」ように言語療法士さんのもとに練習に通い、「普通に相手の話していることが分かる」ように、100%聞こえていなくても意図を読む訓練を続けた…
「普通」に合わせて努力した結果、障害が「見えなく」(分かりづらく)なって板挟みになっていることに気づいたのです。

今回のインタビューで、「普通って何?」と考えることは、こんなにも興味の尽きない話なのかと驚きました。
抽象的なテーマなので、手探りの状態でのインタビューでしたが、はるなさんの「それぞれにそれぞれの苦しみがあって、それを前提とすると、総称でくくってしまうのはちがう」という、とても大切なお話を聞くことができました。
インタビューをコーディネートして下さった、担当編集者の竹井怜さん、渡辺恵理さんに感謝いたします。

これからも「普通」とは何か、さまざまな角度から探っていきたいと思います!

\今回お話を聞いた人/

はるな檸檬

はるな檸檬(はるな・れもん)|マンガ家
1983年宮崎県生まれ。マンガ家・東村アキコ氏のアシスタントやOLを経て、2010年に、宝塚ファンの日常を描いた『ZUCCA×ZUCA』(講談社)でデビュー。他の著書に『れもん、よむもん!』『れもん、うむもん!-そして、ママになる-』など。最新刊に『ダルちゃん』(小学館)がある。

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後藤佑季

後藤佑季(ごとう・ゆうき)

1996年7月30日生まれ 岐阜県出身 聴覚障害(人工内耳使用) 【趣味・特技】料理、カメラ、書道準五段、手話技能検定準2級 【スポーツ歴】陸上(100m走など短距離)、水泳、バドミントン 【抱負】私の聴覚障害(難聴)のような『目に見えない障害』の存在を伝え、様々な障害のある人とない人との橋渡し役になれたらと思っています。自分の身体ではないものを最大限に生かし、自らの可能性を広げる、超人たちの「常識を超える瞬間」を多くの方にお伝えしていきたいです!

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