パラ競泳世界選手権 辻内彩野「100mの悔しさを50mに」

競泳 2019年9月12日
写真:ゴール後、悔しそうな表情を見せる辻内彩野

「高校時代、まだパラ競泳ではなく一般の競泳に取り組んでいたときに長水路の100m自由形の前半で出した29秒台の自己ベストのタイムより、今回の100mの前半は速かった。だからこそ、最終タイムで1分を切れなかったのが本当に悔しい…」
そう言って、辻内彩野は涙を浮かべた。

写真

折り返し地点 左から3番目が辻内


イギリス・ロンドンで開催されているパラ競泳の世界選手権。9月11日に行われたS13クラス(視覚障害)女子の100m自由形で辻内は、予選タイム2位で決勝に進出。決勝では後半に失速し、1分00秒29で4位に終わった。が、前半28秒72のタイムで、トップで折り返していた。前半の辻内の泳ぎに、金メダルか表彰台かと、日本チームはもちろん、行方を見守っていた報道陣も色めき立った。

100m自由形は、辻内の得意とする種目だ。ただ、2020年東京パラリンピック実施種目にはなく、50mと400mだけ。思い切り短いか、長いかで言えば、50mの方が圧倒的に好きだという。400m自由形はいつも「途中で飽きちゃう」。その400mが今大会競技初日に行われた時には、予選ではいつものように飽きてつまらない気持ちを抱えていたが、決勝に進出。
決勝では楽しんだものの勝ちという思いで臨み、予選でバラバラに感じていたリズムを一定にして泳ぎきり、8位に。200mが終わって300mに入るターンの時に、「はい、このレースで一番きつい300mです」と自分に言い聞かせて、楽しむ気持ちをキープした。肩をいからせて泳ぐ海外の選手の中で、辻内はのびのびと自分の泳ぎを見せていた。

写真:飛び込む前の辻内

1996年、東京で生まれた辻内は、水泳選手だった両親のもと、小学3年生から本格的に水泳を始めた。高校時代から視力が低下し、黄斑ジストロフィーという病気による視覚障害であることが判明。高校3年までは一般の競泳に取り組んでいたが、卒業を機に一度プールから離れる。同じ競泳選手として活躍する妹の姿をプールの外から見るうちにもう一度戻りたいという気持ちが沸き起こった。2年間のブランクの後、復帰を決めて始めたのが、パラ競泳である。

2019年、東京パラリンピックを見据えて、環境を変えた。了徳寺大学に在学し理学療法の勉強をしていたが、勉強と競技の両立は難しいと感じて、今年2月に退学している。年明けから練習に集中する日々を送ってきた。

力を入れてきたのが、スタートだ。一般の競泳をしていた時代から両親にも「スタートがもう少し良くなれば…」と何度も言われていたという。以前は入水角度が直角に近く、プールに深く潜ってから浮き上がっていた。

フォームを確認する辻内選手

撮影:三上大進リポーター


早朝、子どもの頃から通いなれているスイミングクラブとは違うプールに出向き、一人でスタートばかり練習した。プールから上がる時に使うはしごの手すりに、スマートフォン用の三脚を巻きつけ、動画のスイッチを入れてレースを想定してプールに飛び込む。すぐに戻って動画の画面を拡大して、今飛び込んだばかりのスタートのフォームや入水角度を確認する。毎日、それを繰り返してきた。

写真:辻内

辻内にとって、初めてとなる世界選手権での100m自由形決勝。スタートは予選よりも決勝の方がうまくいったと感じられた。入水角度の感触がよく、スタートしてからの浮き上がり、そして1かき目がとてもスムーズだったことが、前半の28秒台というラップにつながった。



同じ11日、辻内のレースの前にSB14(知的障害)クラス男子の100m平泳ぎが行われ、日本チームの山口尚秀が1分04秒95という世界記録を樹立して金メダルを獲得した。辻内は、スタンドでこのレースをスマートフォンの画面を通じて見守っていた。

「成田(真由美)さんの隣に座って手を握り合って“いけ、いけ~!”と応援していました。チームメイトが世界記録で金メダルを獲得したのは、やっぱり嬉しいし、自分も頑張らなくては、という気持ちにさせてくれました」

力をもらって臨んだ100m自由形。

「山口選手のように、前半から思い切り突っ込んでいけば後半にもつながる。いつも前半から飛ばして泳ぐことができていなかったので、今日だけはそのことに挑戦してみようって。決勝なんだから、やろうと思ったことは全部やって後悔の残らないようにしようと、前半から突っ込んでいきました」

それが、前半の好タイムを出せた要因だ。しかし、後半ゴール手前の10mでは、自分でもわかるくらい、悔しいほど腕が上がらなかった。「もし、腕がちゃんと上がっていたら、目標である1分をきるタイムが出せたのではないかと思います」

悔しさは、次のレースへのステップになる。前半の泳ぎは、今大会最終日に行われる50m自由形に期待を抱かせるだけの力があった。辻内は、今大会の出場を懸けた3月の記録会で、50m27秒92という日本記録をマークしている。
「思い上がっちゃうと、あっという間に28秒、29秒になってしまう。もっと、もっといけるはずだという気持ちで臨みたい」

写真:インタビューを受ける辻内

涙を拭って笑顔に戻ると、そう語った。再びのびのびと楽しくレースに臨む辻内が、東京パラリンピック実施種目となる50m自由形で好成績を叩き出す姿が、今から楽しみである。


※9月13日追記
辻内は翌日の12日、100m平泳ぎのレースに出場。決勝で1分19秒85の日本記録で銅メダルを獲得した。
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スポーツライター 宮崎恵理

スポーツライター 宮崎恵理(みやざき・えり)

出版社勤務を経て、フリーのライターに。1998年の長野パラリンピックを機に障害者スポーツの取材に携わり、雑誌「Tarzan」ほか「スポーツグラフィックナンバー」などで執筆。現在、「Tarzan」「それを最大限に活かせ! パラアスリートGO!」の連載を展開中。12年ロンドン・パラリンピック、14年ソチ・パラリンピックではNHK開会式中継解説を担当。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』。日本スポーツプレス協会理事、国際スポーツプレス協会会員。

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