「進化する知的障害クラス」パラ競泳・中島啓智

競泳 2019年9月26日
写真:中島啓智(パラ競泳)

パラリンピックの知的障害選手は、2000年シドニー大会から参加しているが、大会後、知的障害のバスケットボールにおける不正が発覚したため、一旦凍結。その後、2012年のロンドン大会で、改めて正式に知的障害クラスが採用された。現在、競泳、陸上、卓球の3競技で知的障害クラスがある。

「個人種目3つを泳いで、今日、やっと初めて決勝に進出しました。周りからは接戦と言われましたが、100mバタフライで4位。もう1つ上ならメダルを取れていたので、心苦しい最後の種目になりました」

イギリス・ロンドンで開催されていた「パラ競泳 世界選手権2019」の最終日。悔しさをにじませて、そう語ったのは、2016年リオパラリンピック、SM14(知的障害)クラス200m個人メドレーの銅メダリスト、中島啓智だ。

今大会、競技6日目となる14日に、SM14クラス200m個人メドレーが行われた。予選1組目に出場した中島は、2分16秒06の記録で予選10位となり決勝進出がかなわなかった。リオパラリンピックでは、2分16秒00で予選2位通過し、決勝では2分15秒46で銅メダルを獲得している。リオでメダル争いに絡むタイムが、3年後の今大会では予選落ち。今大会、この種目では、日本の東海林大が2分08秒16の世界新をマークして優勝した。

「苦手な背泳ぎと平泳ぎで伸びなかったということもありますが、それよりも世界がすごく速くなった」

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大会初日の9月9日に行われた、男子200m自由形S14(知的障害)クラスのレースでは、表彰台をイギリス勢が独占。3位はジョーダン・キャッチポール選手(右)、2位はトーマス・ハマー選手(左)、リース・ダン選手(中央)は世界記録で優勝した

200m個人メドレーで東海林に続いて2分08秒70で2位になったイギリスのリース・ダンは、中島が得意種目としながらもやはり予選落ちした200m自由形、100mバタフライの2種目で、世界新を樹立して金メダルを獲得。ダンはリオパラリンピックには出場していない。

「このイギリスの選手のことはよく知りませんでした」


中島は、1998年に兵庫県に生まれた。3歳で水泳を始め小学4年生から選手コースで活躍。知的障害と診断されたのは、中学2年の時だ。小学生の頃からおとなしい性格で口数が多くはなかったが、中学に進学するとコミュニケーションがうまく取れないことに悩むようになる。専門医に診てもらうと知的障害であることがわかった。

「知的障害があるとわかって、すごく落ち込んでいました」
そんな中島を救い出してくれたのが、パラ競泳だった。
「自分と同じように障害がある人と一緒に水泳ができる」

中学3年生でパラ競泳に出合い、自分の障害を少しずつ受け入れることができるようになったという。そこから3年。高校3年の時にリオパラリンピックに出場し、銅メダルを獲得したのだった。

コミュニケーションがうまく取れないというが、レース後、報道陣を相手に自分の泳ぎを振り返る時、障害を感じさせない。水泳を語る言葉は、豊かだ。

「リオパラリンピックの少し前、ブラジルでテスト大会があった時に、僕はあまりにも強い日差しで体力を余分に消耗してしまったり、チョコレートを食べすぎて調子を崩したりしました。パラリンピック本番では、そういう失敗がないように意識したことで、銅メダルという結果につながったと思います」

海外遠征の際には、どうしても精神的に不安定な状態になることが多い。早寝早起きを心がけ、日常に近い状態で遠征生活を送ることで少しでも不安を取り除く。それでも、今大会、200m自由形、200m個人メドレーで予選落ちしたことで、心は波立った。よき友人でありライバルである東海林が個人メドレーで大金星を掴み取ったことについて、「自分にとってはショックでもありましたが、それを引きずらないように考えて、バタフライに臨みました」と語る。

写真:スタートラインに向かう中島

そして、最終日に行われた100mバタフライで、予選6位通過の中島は決勝7レーンで出場。名前がコールされ、スタート台に向かうとき、いつものようにプールに向かって「お願いします」とつぶやいた。号砲が鳴り、一斉に飛び込む。中島は、50mのターンを6番手で折り返した。同じく50mを5番手で折り返した東海林に食らいつくように泳ぎ、東海林に続いて4位でゴールした。

今大会で、日本が獲得した3つの金メダルのうち、2つは知的障害クラスの選手による。1つは前述の東海林で、もう一つは100m平泳ぎに出場した山口尚秀だ。山口もまた、1分04秒95の世界新での優勝。東海林、山口はまだパラリンピックには出場していない。イギリスのダンも、今大会で世界への本格デビューを果たした新星だ。日本を含めた世界の勢力図は、東京パラリンピック1年前にガラリと変わってきているのである。

12年ロンドンパラリンピックを開催したイギリスの、今大会の金メダルランキングはイタリアに次いで2位。総数47個のメダルのうち、17個を知的障害の選手が獲得している。ロンドン大会を機に、選手発掘・育成がレガシーとして花開いていると言えるだろう。近年の夏季パラリンピック開催国ではないイタリアの躍進は、「この10年間に手がけてきたことが結実した成果」であると、峰村史世・日本代表監督が言う。

1年後、東京パラリンピックが開催される。そこで、どんな選手がどんな活躍を見せるのか。今大会、世界の変貌を痛感した中島は言う。
「イギリスのダン選手など世界記録を出した選手の映像を自分の泳ぎと見比べながら、自分の強みが出せるようにしていきたい。しっかり期限を決めて、計画的に3月の最終選考会までに強化していきます」

1年後。東京パラリンピックで熱い火花を散らすであろう、知的障害クラスの戦い。日本の選手たちは、間違いなくその中心にいる。

スポーツライター 宮崎恵理

スポーツライター 宮崎恵理(みやざき・えり)

出版社勤務を経て、フリーのライターに。1998年の長野パラリンピックを機に障害者スポーツの取材に携わり、雑誌「Tarzan」ほか「スポーツグラフィックナンバー」などで執筆。現在、「Tarzan」「それを最大限に活かせ! パラアスリートGO!」の連載を展開中。12年ロンドン・パラリンピック、14年ソチ・パラリンピックではNHK開会式中継解説を担当。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』。日本スポーツプレス協会理事、国際スポーツプレス協会会員。

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