パラ陸上世界選手権 伊藤智也「レジェンドのフルスロットル」

陸上 2019年11月11日
写真:先頭を走る伊藤智也(左)と、追いかけるレイモンド・マーティン(右)

先頭を走る伊藤智也(左)と、追いかけるレイモンド・マーティン(右)

「全開で行ったよ!」

その言葉通り、伊藤智也は号砲が鳴り響くと5レーンから飛び出し、ぐんぐん加速した。最初のコーナーを周り、バックストレートに入ると、7レーンを走る佐藤友祈を捉え、そのまま先行する。

圧倒的な爆発力だった。

アラブ首長国連邦ドバイで開催されているパラ陸上世界選手権大会3日目。男子T52クラスの400m決勝が行われ、日本の伊藤は、佐藤に次いでゴールし、銀メダルを獲得した。2年前、ロンドンで行われた同大会でも金メダルを獲得している若き王者の佐藤と、2年前にパラ陸上競技に復帰した伊藤。2人の走りに、スタジアムは釘付けになっていた。


■20年が5分で“復活”

写真:レース後の伊藤智也

伊藤智也、56歳。三重県出身で、34歳の時に多発性硬化症という病気のため、車いす生活となった。下肢だけでなく上肢にも障害があり、片手でペットボトルを持つことはできない。体温調整が難しく、体温を上げすぎてしまうと、命の危険が伴うこともある。現在、症状としては安定しているが、日々、自分のコンディションを把握して練習やレースに臨まなくてはいけないという。

1999年にパラ陸上競技を始め、みるみるトップアスリートになる。2004年アテネ大会からパラリンピックに出場し、2008年の北京大会では400mと800mで金メダルを獲得。2012年ロンドン大会では、200m、400m、800mで銀メダルを獲得し、大会終了後に現役選手を引退した。

伊藤が復帰を決めたのは、2017年のことだ。現在、伊藤が使用するレーサー(競技用車いす)を作製するRDS社から「“伊藤スペシャル”のレーサーを作るから、現役に復帰しないか」という提案を受けたことがきっかけだ。

写真:伊藤智也選手のレーサー

RDSはレーシングカーのほか、カーボン製の松葉杖など、様々なドライカーボンの工業製品を手がける工房だ。企画からデザイン、製作まで、全行程を自社でまかなう。2016年秋、スイスで行われた障害者スポーツの国際的なイベントで、RDSのスタッフが、関係者として参加していた伊藤と出会う。引退してもなお伊藤の奥底に潜む“勝負魂”にスタッフが惚れ込んで提案したのである。モータースポーツのF1チームのようなレース環境を、パラアスリートと実現したい。熱が、伊藤を動かした。

提案を受けた伊藤は、北京パラリンピック時代から使っていた古いレーサーを引っ張り出して体を押し込み、ホイールを回し始めた。ダイエットからスタートし3か月。ローラーを使って室内でトレーニングできるまでにさらに1か月。筋肉はしっかりついてくれるのか、再び競技ができる体に戻せるのか。さらに3か月の走り込みを行うと、自分が思っていた以上に力が戻ってきたという。その手応えから、「全く新しいマシンで勝負しよう」と決意を固める。『チーム伊藤』が始動したのだった。

RDSでは、伊藤の体にセンサーを取り付け細部にわたる計測を行い、なんども調整を重ねた。そして、フルカーボンのモノコックによるレーサーが誕生。世界選手権1か月前にようやく乗り始めた。今大会は、レーサーのお披露目の場でもあった。

「何しろね、5分計測しただけで僕の20年間分のデータを、RDSさんが把握してしまうんですよ。僕の経験は、ある意味、単なるプライドでしかないんです。最高のマシンが用意されるのなら、自分はマシンの“エンジン”に徹するだけ。結果が出なければ、エンジンが悪い」
復帰を決めて、ひたすら走り込みを続けてきた。エンジンたる“自分”の出力を最大限まで上げるために。

体力強化は、病気の症状とのギリギリの折り合いをつけながらやらなくてはいけない。医療関係者やトレーナー、家族の支えがあって、強化は実現する。ちょうど1年前、伊藤は「体は、金メダルを獲得した北京の頃に戻りつつある」と力強く語っていた。


■戦いの舞台は第二章へ

写真:伊藤智也

そうして、復帰から2年。2011年以来、8年ぶりとなる世界選手権の舞台に、伊藤は戻ってきた。北京大会の時からもっとも得意とする400m。伊藤は、スタート直後からその存在感を見せつけて加速した。2012年のロンドンパラリンピックで伊藤を破り、2016年のリオ大会の覇者である、アメリカのレイモンド・マーティンが霞んで見えるスピードだ。

「今回のレースプランは“逃げ”でした。とことん逃げる。マーティン選手が内側にいたが、そのほかの強豪は、佐藤選手を含め全部僕の右側やったんで、とにかく追って、追って、捉えたら逃げる。でも、300mで電池が切れました」
300m、最終コーナーを伊藤と佐藤が抜け、直線に入ったところで力尽きた。佐藤が伊藤をかわし、先にゴールを決めた。
「佐藤選手に捕まってからの、そこからのあのスピード。ああ、人生と一緒ですわ〜(笑)」

写真

抜き返す佐藤友祈(左)と、伊藤智也(右)

佐藤は、2017年の世界選手権では400m、1500mで金メダルを獲得し、2018年にはその2種目で世界記録を叩き出している。誰もが、佐藤の金メダルの走りだけをイメージしていた。だからこそ、伊藤の爆発力に目を奪われた。佐藤は言う。

「焦っていました。でも、僕はアウトレーンだったので、インから並ばれたくらいであれば、最後で巻き返せるという自信はありました」
バックストレートで伊藤が加速する中、佐藤は体が固くなる感覚を覚えていた。
「ただ、バックストレートで動きが鈍くなった分、最後のホームストレッチに入ってから体をより動かせる余力が残っていたんです。だから、落ち着いて想定通りに巻き返すことができました」

若い佐藤の底力を、伊藤は誰よりもリスペクトする。「桁外れ」だと。かたや、佐藤も、伊藤という存在を、心から警戒している。
「伊藤さんは、北京で金メダル、ロンドンで銀メダルを獲得している選手。現役復帰した伊藤さんに、そのポテンシャルをすごく感じていました。例え、僕よりもベストタイムが出なくても、こういう大舞台で爪を出してくる。今回は、えぐられないように、しっかりと対応できたと思います」

伊藤との一騎打ちになったレースで、チャンピオンの佐藤は、
「伊藤選手と競り合えたことは、とてもエキサイティングで幸福感がありました」と語った。

激しいレースを制した佐藤の記録は59秒25。2位の伊藤は1分00秒06。

「強い風が吹き荒れる中、このタイムで走れたのだから、今の僕は北京の僕を超えています!」

レースを終えた伊藤は、マシンだけでなく己そのものが生まれ変わりバージョンアップされていることを実感。

写真:表彰式での伊藤(左)、佐藤(中)、マーティン(右)


東京パラリンピックへの出場を内定させた佐藤友祈と、復活したレジェンド伊藤智也。来年の対決が、今から楽しみである。


▽T52クラス400m決勝のレースはこちらの動画をご覧ください



▽関連記事 技術の進化と共に―伊藤智也  ~ごとうゆうき・パラ陸上取材記~


伊藤智也選手の今後の出場予定
11/11(月) 男子100 m (T52)予選
11/12(火) 男子100 m (T52)決勝☆

11/15(金)男子1500 m (T52)決勝
☆は決勝進出した場合、出場。
※予定は変更になる場合があります。


11月のパラ陸上は、総合テレビで連日生放送!放送スケジュールや選手動画などが掲載を掲載している特設ページは、画像をクリック!

画像:パラ陸上世界選手権 特設サイト_11月7日から連日生放送


スポーツライター 宮崎恵理

スポーツライター 宮崎恵理(みやざき・えり)

出版社勤務を経て、フリーのライターに。1998年の長野パラリンピックを機に障害者スポーツの取材に携わり、雑誌「Tarzan」ほか「スポーツグラフィックナンバー」などで執筆。現在、「Tarzan」「それを最大限に活かせ! パラアスリートGO!」の連載を展開中。12年ロンドン・パラリンピック、14年ソチ・パラリンピックではNHK開会式中継解説を担当。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』。日本スポーツプレス協会理事、国際スポーツプレス協会会員。

おすすめの記事