パラ陸上世界選手権 鈴木朋樹「100%のスタート力」

陸上 2019年11月15日
写真:笑顔を少し見せる鈴木朋樹

「楽しかったです!」

2019世界パラ陸上競技選手権大会6日目に行われたT54クラス(車いす)400m準決勝で敗退した後、鈴木朋樹は、笑顔でこう語った。

鈴木は、今大会3日目に行われた800m、5日目に行われた1500mに出場、ともに決勝に進出し8位。いずれも目標としていたメダル獲得には及ばなかったが、頬を紅潮させ、充足感に満ちた笑顔で、今大会のレースを締めくくった。


■スタートに見た光明

写真:スタート直前の鈴木

千葉県に生まれ育った鈴木は、生後8か月の時、交通事故で脊髄を損傷。自分の足で歩いた経験がない。車いす陸上に出合ったのは、わずか5歳の頃だ。小学3年生で先輩からレーサー(競技用車いす)を譲り受けた。中学では、ただ一人車いすの選手として、学校の陸上部に所属した。現在25歳。競技歴は10年以上になる。

2016年のリオデジャネイロパラリンピック出場を目指したが、実現しなかった。しかし、2017年にロンドンで開催された世界選手権では、800mで5位、1500mで7位をマーク。2019年4月、ロンドンで行われた2019ワールドパラ陸上マラソン世界選手権で3位となり、東京パラリンピックの日本代表に内定した。

もともと得意種目は800mと1500m。特に今大会では、真っ先に行われる800mをメイン種目としてドバイに乗り込んだ。

800mでは決勝に進出したものの、最下位の8位。2年前の世界選手権の結果を大きく下回った。
「……正直、何も言えない。スタート直後にあれだけハイペースになるなんて。スタートした瞬間は、予選同様に成功したんです。でも、そこからの位置どりが全くできない。それで、頭の処理能力がなくなってしまった」
声を震わせ、敗戦を振り返る。

「ただ、スタートだけは100%の力を発揮できた」
その確信が、一つの光明だった。

スプリント力をキーワードに爆発的なトップスピードを実現すべく、トレーニングを積んできた。188cmという長いリーチを生かして、ホイールを上から下まで大きくこぐ。時速ゼロからあっという間にトップスピードに達する“スタート力”こそ、鈴木の最大の武器なのだ。

800mに続いて行われた1500mで、そのスタート力が生かされた。予選では、インレーンから飛び出し、トップに躍り出た。中国の選手と1番手、2番手を争いながらレースを引っ張る。ヒートアップした後続の選手が、ラストラップ、バックストレートでクラッシュしたが、前を行く鈴木は視界の端にその様子を捉えながらゴールを目指し、2位で決勝進出を決めた。
「これまでの自分だったら、あのクラッシュに巻き込まれていたと思う。このレースはスタートから自分がコントロールできたから、巻き込まれずにすみました」

写真:ローマンチャックの後ろにつく鈴木

ローマンチャック(左)の後ろにつく鈴木(中央)

午前中に予選が行われ、同日夜のセッションで決勝となる。決勝でも、鈴木はイン側2レーンのスタートだった。号砲とともに飛び出す。アウトから、800mで金メダルを獲得したアメリカのダニエル・ローマンチャック、スイスのマルセル・フグがインに突っ込んできた。鈴木はその後ろにピタリとつけた。

「レースの位置どりは僕の課題の一つでもありました。スタートが成功してダニエルのすぐ後ろにつける位置を確保できたのは、初めてのことです」
序盤、3番手でレースを引っ張る。このまま周回すれば、確実にメダルに絡めると、期待を抱かせる走りだった。


■この1年は“リハーサル”――意図して組んだハードスケジュール

写真:レース中の鈴木

この日、1500m決勝の直後に400m予選が行われた。1日に3レースをこなすハードスケジュールだった。翌日に、鈴木にとって最終レースとなった400m準決勝。800m予選から5レース、鈴木はいずれもスタートで抜群の加速を見せた。

「1500mの決勝では、マックススピードは時速36.5kmに達していました。これだけの世界大会でこのスピードが出せたことは評価したい」

しかし、中盤以降、鈴木は後退。レースは激しいデッドヒートの末、タイのプラワット・ワホラームが優勝した。

課題は残った。中盤以降の持久力がなければ、スタートを生かして勝ちきることはできない。

「持久力を上げるトレーニングでは、マックススピードが下がってしまうリスクがある。だからこそ、どんなトラックでも時速38km、39kmのマックススピードが出せるようにしておく。そしてそれを維持できる持久力を身につける。ダニエルやマルセルも同じように強化してくるはずだから、そのさらに1段階も2段階も上回るような強化が必要になります。3か月を目標に、その強化実現を図りたい」


本大会最後となった400m準決勝を終えた鈴木が、清々しい笑顔で、取材に応えた。
「結果としては、決勝進出はなりませんでしたが、これだけスケジュールがつまった状態で、800mも1500mも決勝の舞台で走ることができた。これまでで一番きつい世界選手権でした」

汗をぬぐいながら、鈴木が言う。
「どのレースもスタートは100%。スタート力は、世界のトップに並ぶことを確認できました。モンスターたちを相手に、これだけのレースができた。1500mの決勝でも、ダニエルに続いて3番手に位置することができたことで、アピールになったと思う」

写真:海外強豪選手。左より、マルセル・フグ(スイス)、ダニエル・ローマンチャック(アメリカ)、ワホラーム・プラワット(タイ)

ローマンチャック、フグといった欧米の選手ばかりではない。タイや中国には複数の強豪選手が存在し、400mではチュニジアの選手が優勝している。T54は、パラ陸上の中でもダントツに競技人口が多く、トップ選手の層が厚い。その分厚い壁を相手に、鈴木は奮闘したのだった。
「どの選手も、想像以上に調子をあげてきた。それぞれに強みがあり、誰が勝つかわからない」

笑顔の理由を、続ける。
「ラストラップ、本当にきつかったですが、そんな世界の強豪相手に、スポーツをやっている、陸上をやっている楽しさを再確認できました。世界選手権という最高峰の舞台でこれだけ楽しんだ選手は、少ないと思います」

写真

2019年4月 2019ワールドパラ陸上マラソン世界選手権(ロンドン)にて
1位(中央)ダニエル・ローマンチャック(1時間33分38)
2位(左)マルセル・フグ(1時間33分42)
3位(右)鈴木朋樹(1時間33分51)


鈴木は、大会最終日を待たずに帰国し、大分で行われる国際車いすマラソン大会に出場する。ローマンチャック、フグも同様。ことし4月に、鈴木が東京パラリンピックの出場内定を決めたロンドンのマラソン世界選手権でも、3人でトップを競い合った。ロマンチュク、フグとは、レースだけでなく一緒に練習をした仲でもある。フグとともに風の抵抗を受ける先頭を代わる代わる走る戦略で体力を温存しつつ、鈴木は3位に食い込んだ。大分には、そのトップアスリート3人が、集結。世界選手権に続いて再び熱戦を繰り広げる。

「東京パラリンピック本番を見据えた時、トラック種目に出場して、大会最終日にマラソンが行われる。今大会と大分の車いすマラソンに出場することで、まさに東京のリハーサルができます。実際には、移動もあるから今回の方がきついスケジュールですが、これをしっかり乗り越えれば、東京の本番ではラクだと感じられるはず」

だからこそ、体に鞭打っても大分に向かう。

厳しい戦いの後に待っているのは、さらにハードなトレーニングだ。それを乗り越えた者だけが、東京パラリンピックでの栄冠を手にする。東京まで約10か月。鈴木は、過酷な道のりに挑む。

鈴木朋樹 パラ陸上世界選手権2019の成績
T54 800m  1分36秒49 8位
T54 1500m  3分03秒71 8位
T54 400m  49秒37 準決勝敗退



<関連動画>

ローマンチャック金、フグ銀、鈴木朋樹8位 男子800mT54決勝(2019/11/9)

「パラ陸上 世界選手権2019」日本代表、鈴木朋樹(2019/11/2)

スポーツライター 宮崎恵理

スポーツライター 宮崎恵理(みやざき・えり)

出版社勤務を経て、フリーのライターに。1998年の長野パラリンピックを機に障害者スポーツの取材に携わり、雑誌「Tarzan」ほか「スポーツグラフィックナンバー」などで執筆。現在、「Tarzan」「それを最大限に活かせ! パラアスリートGO!」の連載を展開中。12年ロンドン・パラリンピック、14年ソチ・パラリンピックではNHK開会式中継解説を担当。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』。日本スポーツプレス協会理事、国際スポーツプレス協会会員。

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