第41回 高嶋活士(パラ馬術)「絆で戦う」

馬術 2020年2月21日
写真:愛馬・ケネディに乗り演技をする高嶋活士

2018年10月 東京馬術大会兼CPEDI3★Gotembaにて

馬術は、人と馬が一緒に演技を行い、その技の正確さと美しさを競う競技だ。パラ馬術では、障害の種類や程度によりグレードⅠ~Ⅴ(Ⅰの方が障害の程度は重く、Ⅴは軽い)にクラス分けされ、男女混合で競技が行われる。1984年のNYストークマンデビル大会で一度パラリンピック競技として行われたが、96年のアトランタ大会以降、正式競技として継続している。パラリンピックでは、唯一の採点競技。何より、人馬一体となり、流れるような息の合った演技が、馬術の魅力だ。

高嶋活士は、パラ馬術グレードⅣクラスで東京パラリンピック出場を目指す選手の一人。元は、JRA(日本中央競馬会)の騎手として活躍していた経歴がある。2013年2月、障害レース中の事故で落馬、脳の3か所から出血する大けがで、右脚と右腕にまひが残った。9か月もの入院中、騎手復帰を目指してリハビリに励むも、厳しい競馬の世界に戻るのは難しいと判断し、現役を引退したのだった。

その高嶋が、けが後、改めてパラ馬術に挑み、初めて馬主になったという愛馬『ケネディ』とともに日々練習に取り組んでいる。

埼玉県・深谷市にあるドレッサージュ・ステーブル・テルイが、高嶋の練習拠点だ。2月早朝、きゅう舎にいるケネディが真っ白な息を吐く。気温が低いほど元気がいい、というケネディは、高嶋が練習にやってくるのを、今かと待っている。



■競馬からパラ馬術へ

写真:立ってケネディに寄り添う高嶋選手

高嶋活士は、1992年に千葉県で生まれた。小学生の頃から2人の姉とともにバスケットボールに夢中になるような活発な子どもだった。幼い頃にはシェパードが遊び相手になり、その後は猫やカメなども家族とともに暮らしていた。だから、将来、動物に関わる仕事がしたいと漠然と思い描いていたという。

中学に進学し、将来を考え始めたときに“競馬の騎手”という選択肢があることを、家族から教えてもらう。高嶋自身は現在身長が161cmだが、家族は全員160cmに満たない。騎手は、背が小さいことが活かせる職業でもある。何より動物と関われる。中学卒業後に競馬学校に進学することを決意した。3年間、全寮制の厳しい修行を終え、11年に騎手デビュー。これからを嘱望された中での事故だった。

「復帰を目指してリハビリ中、インターネットのニュースで、同じように騎手だった常石(勝義)さんが障害を負ってからパラ馬術で東京パラリンピックを目指しているということを知りました。馬に乗ることができるなら、馬術という道もあるのなら、取り組んでみようと思ったのが、パラ馬術を始めたきっかけです」

駆け引きとスピードを競い合う『競馬』から、美しさを競う『馬場馬術』へ。同じ乗馬だが、競技の内容は全く異なる。

「競馬では、馬も全速力です。馬術は、規定の動きを正確に行う。乗馬そのものには慣れていましたから、最初のうちは、つい力が入ってしまって、馬を暴れさせてしまうような失敗もありました」

馬術に取り組み始めた頃は、自宅近くの乗馬クラブで練習していたが、2016年に現在の練習拠点に移った。代表の照井愼一氏はリオデジャネイロ五輪日本代表馬術監督を務めた馬術のスペシャリスト。その照井氏に直接指導を受け、氏の紹介で1年後、ケネディを所有することになった。

写真:ケネディを引く高嶋選手

朝、8時過ぎにはきゅう舎からケネディを出し、丁寧にブラッシングする。くらなどの馬具を装着して、騎乗の準備をする。17年にJOCの就職支援プログラムを活用してコカ・コーラボトラーズジャパンベネフィットに就職。午前中に1時間練習した後、午後に出社する。土日や祝日は、クラブの利用者が少ない時間帯を選んで練習。クラブが休みとなる火曜日以外は、ほぼ毎日のようにケネディの元に通っている。

ケネディは、ドイツで生まれたハノーバー種11歳のせん馬だ。がっしりした体格の馬だが、性格は健気で素直。

「練習場の外で工事があり、大きな音がするような時でも、“大丈夫だよ”と声をかけてあげると、動揺することなく落ち着いている。そういう性分、気質は、パラ馬術では非常に貴重です」



■まひのある右足で合図を送る

写真:左手でケネディの口のあたりを触る高嶋選手

もともと右利きだったが、障害を負ってからあらゆる細かい作業は左手で行っている。愛馬の手入れをするのも、手綱を引くのも左手だ。

「馬術は、とにかく動きが繊細です。馬とのコミュニケーションでも、僕は大きな動きではなくわずかな動きの中で意思を伝えるようにしています。だから、まひしている右腕がブランと揺れてしまったりすると、ケネディにもそれが伝わって動きに影響が出てしまう。そうならないように細心の注意を払うことを心がけています」

写真:

高嶋は、障害のある右足をゴムバンドで鐙に固定させている。右足と左足では、どうしても力の入れ方に違いが生じる。

「右足に力を入れて進む方向などを指示しようとしても、同時に左足にも力が入ってしまって、左に曲がりたかったのに右に曲がってしまった、ということもありました。ひたすら僕のやり方を繰り返すことで、最終的に、ケネディと僕との間で“約束事”を作る。1年かけてしっかり理解してくれるようになりました」

写真:高嶋選手とケネディを右側から見た状況

馬を後進させる動きの時にも、一般的には両足を使って合図を出すが、高嶋は、右足だけでわずかな力を伝えて合図する。

「健足の左ではなくまひのある右足にしたのは、左足で力を入れることで右が連動するなどして左右がブレてしまうことがあるからなんです。左をコントロールしておいて、右足で軽く合図を送る方が正確に動いてくれます」

自分の障害に向き合って、馬とともにいくつもの約束事を構築してきたのだった。
高嶋が属するグレードⅣの競技では、常歩(なみあし)、速歩(はやあし)、駈歩(かけあし)などの歩法の他、斜めに歩いたり、円を描いたりなど様々な動きがある。

「斜めに歩く動作や、後ろ足を軸にして回転させる動きが、とても難しい。そこは課題です」

馬の鼻先が、地面に対して垂直になるような姿勢を保つことが馬術では美しいとされている。姿勢をキープしたまま、難しい動きを涼しい顔で行うというイメージだ。



■絆を深めて初めてのパラリンピックへ

写真:左に曲がろうとしている、競技中の高嶋選手とケネディ

世界馬術選手権での高嶋選手(2019年9月 アメリカ・ノースカロライナ州)

「2018年、アメリカで行われた世界選手権では、本当に緊張してなかなか練習でしているように馬を制御してやることができませんでした。そんな大きな舞台で、欧米の選手たちは、本当に楽しそうに馬に乗っている。その姿が、とても印象的でした」

“美しい”動きは、正確さだけでなくいかに馬が“生き生きと”動いているか、ということも採点の基準になる。そのことを、世界選手権で痛感したのだった。

パラ馬術では、スリースター(CPEDI★★★)以上の国際大会で62.000点以上の成績をマークしないと、パラリンピックに出場する規定に満たない。国内で行われた大会で、66点台の高得点をあげた時には、そんな“生き生きと”した動きを、ケネディがしてくれたのだという。

「僕が無表情で乗っている時と、楽しく乗っている時では、やはりケネディの動きが違う。でも、あんまり楽しく乗っていたら、次にやるべきことを間違えてしまったというミスをしたこともありますから、細心の注意をしながら、楽しく、ですね」

写真:駆け足をしている高嶋選手とケネディを左側から見た状況

2018年10月 東京馬術大会兼CPEDI3★Gotemba


団体課目では、音楽に合わせて演技を行う。

「ボーカルが入っているものなど、どんな音楽を使用してもいいのですが、僕自身はクラシックを選ぶことが多いです。同じクラブに所属している人が作曲してくれたオリジナルを使うこともありますし、自分で作った曲で競技に出場したこともありますよ」

東京パラリンピックには、日本代表選手は最大4名の出場枠がある。4月末までの国際大会の成績を積み重ねることで、出場権獲得を目指す。

「馬術の選手生命はとても長いです。パラ馬術の選手年齢層も幅広く、10歳代から70歳代までいます。僕はパラ馬術を始めてまだ10年にならない。東京大会はもちろんですが、パリ大会も、その先も見据えていきたい」

写真:ケネディの頭をなでる高嶋選手

練習が終わると、高嶋は、ケネディの足元をきれいに洗う。馬具を外して「お疲れ様」と言いながら、大好物の氷砂糖をプレゼントする。

「日々、馬に接することができること。一緒にいる時間を重ねるほど、馬も返してくれる。意思疎通ができる仲間、人間とのコミュニケーションとは違う喜びがあります。それが、馬術の最大の魅力なんです」

ケネディとの絆を深めて、高嶋は初めてのパラリンピックに向かっていくのだ。


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スポーツライター 宮崎恵理

スポーツライター 宮崎恵理(みやざき・えり)

出版社勤務を経て、フリーのライターに。1998年の長野パラリンピックを機に障がい者スポーツの取材に携わり、「Tarzan」「スポーツグラフィックナンバー」など雑誌やインターネットメディアで執筆。12年ロンドンパラリンピック、14年ソチパラリンピックではNHK開会式中継解説を担当した。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』『みんなちがって、それでいい』。日本スポーツプレス協会理事、国際スポーツプレス協会会員。

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