第42回 水田光夏(射撃)「この夏、光り輝くために」

射撃 2020年3月18日
写真:右手で銃を抑え、的を狙う水田選手

水田光夏(みずた・みか)。この春、桜美林大学を卒業し、アスリート雇用での就職が決まっている。名前の通り、光り輝く夏のような笑顔が特徴のアスリートだ。
しかし、ひとたび、銃を手にすると、眼光が変貌する。ただ1点を見つめ、まひで感覚のない左手の指でトリガーを引く。エアライフルから飛び出す弾の衝撃音とは裏腹に、静かな呼吸のリズムだけが友となる。2019年10月にオーストラリアで行われたパラ射撃の世界選手権で、東京パラリンピックの出場枠を確保。自身初となるパラリンピック東京大会を、その照準に捉えている。

パラ射撃は、肢体不自由者を対象にした競技だ。ライフルやピストルで離れた的を撃ち、当たった位置による合計得点で勝敗が決まる。クラス分けは、障害の種類ではなく、上肢で銃を保持できるかどうかによって2クラスに分けられている。使用する銃の種類、的までの距離、射撃姿勢により様々な種目がある。

写真:10mエアライフル伏射 SH2クラスの的

上肢にまひがあるSH2クラスの水田が出場する10mエアライフル伏射では、的の中心の直径はわずか0.5mm。このど真ん中に当たると、最高得点の10.9点となる。電子計測により、10点圏内は10分割され、0.1点を争う僅差の勝負が展開されるのだ。

冷静沈着な集中力と、的を撃ち抜く正確無比なテクニック。まさに己に向き合う真剣勝負が繰り広げられる。



■大好きなダンスができなくなる

写真

2019年7月 WSPSワールドカップ・オシエク大会 母の光美さんと

水田光夏は1997年、東京都に生まれた。3歳からクラシックバレエやピアノを習い、舞台に立つことが楽しみだった。中学に進学すると大好きなジャニーズやKポップのダンスに惹かれるようになる。シャルコー・マリー・トゥース病が発症したのは、そんな中学2年の春だった。

「最初は、持っているシャープペンをすぐに落としてしまうとか、膝がガクガクするというような状態だったんです。脳腫瘍を疑われましたが、脳に異常は見つからない。神経科で診てもらうと末梢神経の難病だということがわかりました」

診断直後、体育祭のリレーに出場し、ピアノの発表会も無事に出演したが、その後病状は急変した。

「最初は杖を使って歩行していたのですが、すぐに車いす生活になりました。何より一番ショックだったのは、大好きなダンスができなくなってしまったこと」

中高一貫校に通学していたが、高校進学を機に、特別支援学校に転校。その頃から水田は、ひどいうつ状態に陥った。母の光美(てるみ)さんが振り返る。

「車いすになっても普段、とてもおしゃれな子でした。なのに、パジャマのまま介護ベッドから起き上がれなくなってしまったんです」

そんな状態が続いた頃、知り合いから日本パラリンピアンズ協会の会合があることを光美さんが聞いた。パラアスリートの集まりだという以外、何も情報はない。それでも藁をもつかむ思いで、娘を連れて出向いたのだった。

「高校2年の時に、母に引きずられて行きました」

そこで出会ったのが、射撃のパラリンピアン田口亜希。丁寧に射撃の魅力を語る人柄に触れ、水田は閉ざしていた心に少しだけ光を感じることができた。その後、パラアスリートの発掘事業に参加し、ビームライフルを体験したのだった。

「意外と当たるものだなという感覚がありました。ゲームみたいで面白かったんです」

エアライフルの所持資格が取得できる18歳まではビームライフルを楽しみ、資格取得後、自分のエアライフルを所持して、本格的に競技に取り組むようになる。2017年、初めて出場した全日本選手権で、630点という思いがけずいい結果を出し、翌18年の強化指定選手に選出される。そこからパラリンピックを意識するようになった。



■2019年が転換期に

写真:的を狙う水田選手。耳にはキラキラしているイヤーカフが

シャルコー・マリー・トゥース病は、遺伝子異常による進行性の難病だ。現在、水田は移動には電動車いすを使用する。両手にもまひがあり、右手を握る、開くことができない。日常的に細かい作業をするのは、指先だけにまひがある左手で行う。射撃の引き金を引くのも、左手だ。

指先の感覚がないため、最初のうちは自分の思ったタイミングで安定して引き金を引くことができなかった。銃を構える台の上に鏡をおき、いろいろな角度からどんな姿勢でどこまで指を引けば弾が飛び出すのかを確認しながら銃を撃った。ちょうど1年前、2019年の春くらいに、指先を意識せずに撃てるようになったという。

水田にとって、2019年はアスリートとしての大きな転換期になった。

2月にUAEのアルアインで行われたワールドカップで、それまで出したことがないような、低い点数を出してしまった。

「いつもなら630点台は出せせるのに、その時は623点台。大会後に行われる強化指定選手選考会での基準628点にも届かない。強化指定選手になれなければ、国際大会への出場もできなくなりますし、東京パラリンピック出場の目標が遠のいてしまいます」

なぜ、これだけのロースコアになったのか、その原因もわからなかった。

「その時、初めて光夏の口から“早く帰国してしっかり練習したい”という言葉を聞きました。初めて本気になったのかな」
と、母も言う。

そこから強化指定選手選考会まで、必死に練習を重ねた。練習は、毎日休憩を挟みながらだが、10時〜17時までみっちり取り組む。その中で、体力や障害の状態によって、根を詰め過ぎても効果が上がらない、“ベストは1日おき”というペースもつかむことができた。

そうして、選考会で基準をクリアし強化指定選手に選出される。その後は10月の世界選手権で東京パラリンピック出場枠を勝ち取り、11月に行われた全日本選手権では自己ベストとなる633.3点をマークする活躍を見せた。

「アルアインの大会で意識が変わったことが、後につながりました」

写真

2019年10月 東京パラリンピック出場枠を確定させたWSPS世界選手権・シドニー大会にて 連盟の仲間と



■636点でファイナルへ

しゃしん

SH2クラス10mエアライフル伏射の場合、本戦では60分の制限時間内に60発の射撃を行う。満点の10.9点を60発命中させれば、654.0点になる。

「今は、練習でも競技でも、1発の点数が10.6点以上だったらオッケー、10.5点以下なら外れ、という風に自分の基準を決めて取り組むようにしています。この基準を作ってから、10.6点と10.5点の違いがなんとなく自分でわかるようになってきた。今の姿勢なら10.6以上いけるということがわかれば、安定して制限時間以内に射撃を続けることができます。この違いの精度をさらに高めていきたいと思っています」

60発全てを基準値の10.6点で撃つことができれば、合計は636.0点になる。この得点は、リオパラリンピックでは本戦2位に相当する。

「本戦後に行われる8名のファイナルでは、成績が悪い順に1人ずつ落とされて優勝が決まるという展開です。本戦1位であっても優勝できるとは限らないし、本戦8位の人が優勝する可能性もある。だから、本戦でしっかり結果を残せるだけの実力をつけて、ファイナルに臨みたいと思っています」

水田の強みは、「緊張しないこと」。1発外してしまっても、動揺することなく射撃を続けられる。本戦でも、ファイナルでも、変わらず安定して撃ち続けられるメンタルが、水田のストロングポイントだ。

「射撃は、ただただ自分に向き合う競技。非日常の時間なんですね。射撃を通じて、今、自分の体のどこに力が入っているのか、心拍数がどう変化したか、今の自分の精神状態がどうなっているかなど、小さな変化を見極める作業をしている。外から見てもわからないけれど、自分に向き合っている実感があるんです。そこが、射撃の魅力だと感じています」

写真:水田選手の後ろで車いすに手をかけている母の光美さん

母の光美さんは、水田が競技に取り組み始めたときから、ずっとサポートしてきた。栄養指導を受けたり、動画サイトで情報を得たりして日々の料理に腕を振るう。体重コントロールを配慮して、キノコ類を多く使ったメニューを増やしたり、摂取すべき乳製品についても、苦手だという牛乳をクリームシチューにしたりなど、工夫を凝らす。
競技についても、母の“手”は活躍。水田の障害クラス(SH2)は銃を持つことができない。そのため、射撃台や、銃を支えるスタンドの調整を行っている。国際大会では、帯同してスケジュールを組む。生活も競技も、パーソナルにサポートしてくれる、頼もしい存在だ。

この夏、水田は、母と一緒に、東京パラリンピックの舞台に挑む。

スポーツライター 宮崎恵理

スポーツライター 宮崎恵理(みやざき・えり)

出版社勤務を経て、フリーのライターに。1998年の長野パラリンピックを機に障害者スポーツの取材に携わり、「Tarzan」「スポーツグラフィックナンバー」など雑誌やインターネットメディアで執筆。12年ロンドンパラリンピック、14年ソチパラリンピックではNHK開会式中継解説を担当した。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』『みんなちがって、それでいい』。日本スポーツプレス協会理事、国際スポーツプレス協会会員。

おすすめの記事