第44回 宮食行次(ゴールボール)「戦術的バウンドボール」

ゴールボール 2020年6月3日
写真:ボールを思いきり床にたたきつけてバウンドボールを投げる宮食行次選手

「クワイエット・プリーズ!」

審判の声が響き、体育館は水を打ったように静寂を迎える。それがゲーム始まりの合図だ。
ゴールボールは、視覚障害者のための球技。1チーム3人がコートに入り、攻撃と守備を繰り返す。選手は全員アイシェードを装着し、転がすと鈴の音がするボールを使用する。ボールの重さ1.25キロ。大きく弾ませるバウンドボールを投げたり、体を1回転させてボールの威力をあげたり、さらに選手同士がポジションをスイッチして足音を立てないように投げるなど、様々に工夫してゴールを狙う。そんな攻撃を、全身を使って守る。1球ごとに息をのむ展開が繰り広げられる。

宮食行次(みやじき・こうじ)は、2018年に本格的に競技を始めたニューカマーながら、東京パラリンピック出場内定選手の一人として活躍する。身長182cm。長い腕から繰り出される、スピードあるバウンドボールが宮食最大の武器だ。短期間で成長してきた背景にあるのは、「ひたすら自分の長所を磨いてきたことにある」と断言する。

「ゴールボールを知って以来、壁を相手に投げ込みを続けてきました」
それが、原点だ。


■投げることを生かせるゴールボール

写真:試合前に名前を呼ばれ、笑顔で右手を上げる宮食選手

宮食行次は、1995年、大阪府に生まれた。小学5年生の時に、兄が網膜色素変性症であることがわかり、自身も検査を受けて同じ病気で視力に障害があることが判明した。当時、メガネなどで矯正すれば視力は0.6程度。小中学校で野球に親しみ、高校ではソフトボール部に所属、キャッチャーとして活躍した。肩の強さ、ボールコントロールには自信がある。

高校卒業後、地元の盲学校で鍼灸(しんきゅう)・マッサージの資格を取得するための勉強をすべく、理療科に進学する。現在、左目の視野が狭く、望遠鏡をのぞいているように見えている状態で、日常的には左目よりも視野の広い右目でものを見ていることが多いという。夜間など暗いところでは視力は低下するため、白杖を使用している。

ゴールボールに出合ったのは、盲学校在学中のこと。宮食はフロアバレーボールという視覚障害者のために考案されたバレーボールに取り組んでいた。2017年、全国大会に出場したときに、ゴールボール協会のスタッフから「人材発掘イベントがある。やってみないか」と声をかけられたことがきっかけだ。

「ゴールボールというスポーツがあり、それがパラリンピック競技の一つである、ということを知って、がぜん興味が湧きました」

学校に戻ると、倉庫にあったボールを手に取り、体育館の壁に向かって見よう見まねで投げてみた。

「もちろん、アイシェードもつけていない。それでも、投げ込んでいるうちに、できないことができるようになる。それでのめり込んでいきました」

たった一人で始めたゴールボールに、夢中になっていく。
「視覚障害者のスポーツには、ほかにもブラインドサッカーや陸上競技、水泳などいろいろな選択肢はあります。でも、僕は、ずっとチームスポーツをやってきた。個人競技とチームスポーツでいえば、断然チームスポーツがやりたかった。
サッカーは小さい時から得意ではなかったということもある。“投げる”ことが生かせるゴールボールは、本気で取り組みたいと思わせてくれるスポーツでした」


■アイシェードをつけてスイッチ・オン

写真:ゴールボールのアイシェード

ゴールボール競技で使用されるアイシェード。わずかな光も遮断する


全国大会で声をかけられたのが夏。その年の暮れに、発掘イベントが開催され、そこで改めてゴールボールの手ほどきを受けた。アイシェードを使うのも、ボールを投げてもらって受け止めるのも、初めてのことだった。

宮食の本気度がわかるエピソードがある。それは、発掘イベントに参加する前、就職活動をする中で、「ゴールボール選手としての活動を認めてくれること」を条件に就職先を探していた、ということだ。

「就職活動の面接で、『ゴールボールで世界を目指します』と宣言しました。動画などを見て、一人で練習を始めた時から、本気で取り組めば自分にもきっとチャンスはある、と思い込んでいたのです」

2018年になり、鍼灸(しんきゅう)・マッサージ師の資格を取得して、現在勤務するサイバーエージェントウィルに就職。ヘルスキーパーとして月曜から金曜まで8時30分から14時30分まで勤務する。その後16時から所属する埼玉サンダースでのチーム練習や筋力トレーニングを行うのが日課だ。トレーニングのための時間を、所属企業は確保してくれる。まさに、有言実行である。

就職した2018年春から本格的にゴールボール のトレーニングに着手したことになるが、その年の7月には、強化指定・育成選手に選出された。その後、2019年4月に改めて強化指定選手となる。

日常生活では、動画を見るなど視力を使うことができる。ゴールボールでは一転、アイシェードで視覚を遮断される。練習を重ねることで、アイシェードの違和感はすぐになくなった。今では、アイシェードをつけないとボールを受け止めるのが“怖い”と感じるほどだという。

「アイシェードをするとスイッチが入る。時々、体験会のデモンスとレーションなどでアイシェードをつけずにボールを受けると、普段は感じない痛さを感じたりしますね(笑)」

急成長の背景にあるのは、「ひたすら長所を伸ばしてきたこと」にある。宮食の長所は、ズバリ、バウンドボールだ。


■奥が深いバウンドボール

写真:ボールを思いきり床にたたきつけてバウンドボールを投げる宮食行次選手

ゴールボールでは、投球の際に攻撃側のエリアとニュートラルエリアでボールをバウンドさせてから、相手ゴールを狙わなくてはいけないというルールがある。決められたエリアでバウンドしないとハイボール、ロングボールという反則を取られ、相手にペナルティスローのチャンスを与えてしまう。

バウンドボールは、ゴールボールの戦法の一つ。ルールの範囲内でバウンドの高さを調整し、ピンポイントに攻撃の狙い所を定める。バウンドさせるエリアのラインギリギリを狙って投球し、鋭くゴールを狙うには、高い投球技術が求められる。

「ボールを投げる位置と、床に当てるボールの入射角によってコントロールします。位置は、歩数で計算することが多い。
ゴールポストを触って横移動しながら、何歩で投げる、というような練習をひたすら繰り返しました。ぼんやりとこの辺り、というような感覚に頼るのではなく、この歩幅でこの歩数というように、きっちり体に刷り込ませるんです」

練習中、競技中の全ての投球を動画に撮影してもらい、それを後から自分で見て、体の感覚と実際の距離のズレを補正していく。

「最初にバウンドさせる位置までの距離が大体、自分から2m。前に進みながら1歩、2歩、3歩目で投げる、というのがルーチンです」

実際には、1回のバウンドボールで攻撃を成功させるというよりも、複数の投球で相手をかく乱して最後に決める、という戦術を取ることが多い。

「例えば、最初は大きなバウンドをさせてボールが上がったところでちょうど相手選手の体に当たるように投げる。何回か続けた後、2バウンドした後ボールが落ちてきたところ、低い位置で相手の体に当てるように投げる。
布石となる高いボールを投げ続け、相手に高いところを警戒させておいて、床ギリギリのボールで攻撃するというような感じです。投げ分ける技術と駆け引き。バウンドボールは、すごく奥が深いです」

バウンドの高さを調整するのが、最初に床に打ち付けるボールの入射角。角度が大きければ高く弾むし、すれすれの角度で投げ込めば低くなる。この角度も、動画で確認しながら実際の投球と感覚を養った。宮食は、1年間、ひたすらバウンドボールの精度を磨いてきたという。

「海外の選手も、反則のリスクギリギリの際どいボールを投げてきます。自信がなければ、攻撃に繋がらない。どれだけ攻めのボールを投げられるかは、永遠のテーマです」

強化指定選手になってからは、バウンドボールだけでなく床を転がすグラウンダーの技術にも力を注いできた。威力あるバウンドボールとグラウンダーを使い分ければ、より攻撃の幅が広がる。


■シンプルで戦略的。それを広めたい

宮食にとって記憶に残る試合がある。それは2019年5月にスウェーデンで行われたマルモカップでのドイツ戦だ。ローカル大会の一つだが、毎年ヨーロッパを中心に世界の強豪が集まる大会で、2019年は20周年に当たる。現在、世界ランキング1位のブラジル、2位のリトアニア、3位のドイツなど8か国が集結した。8チームが総当たりでゲームを行い、その勝敗によって順位が決まる。パラリンピック前年の大会は、いつも前哨戦として白熱したゲームが展開されるのだ。

「僕にとって初めてのヨーロッパ遠征でした。1試合目にリトアニアと対戦したときには、自分なりに守備でも納得できるプレーができたつもりだったのに、次に対戦したドイツでは、全く歯が立たないという悔しさを味わったんです」

宮食が途中出場したドイツ戦。コートに入ってから、立て続けに3失点を食らってしまったのだという。

「長所を伸ばすトレーニングは間違っていない。でも、それだけではなくこれまで以上に守備でも練習を積まなくてはいけないと痛感させられた試合でした」

実際には、ドイツとの試合は、11対11の引き分け。世界ランキング3位のドイツに対して同12位の日本が善戦した。大会結果としては1勝2分4敗で7位。とはいえ、ドイツとの引き分けを含め、負けた試合でもわずか1失点の差というゲームが2試合あった。日本チームとしては、実りある大会だった。

「日本チームは、守備力がすごく上がってきたという手応えがありました。世界はどのチームも長身でフィジカルに優れていますが、手足にまで神経が行き渡った守備力、相手のどこからボールが出てくるかというサーチを3人で共有するチームワークは日本の強みです」

それでも、途中出場したドイツ戦での、連続3失点は宮食にとって強烈な記憶として刻まれた。

「僕にとっては、ボコボコにされたゲーム。いい経験になりました」


ゴールボールはパラリンピック特有のスポーツ。陸上や水泳などのように誰でもが知っている、というパラスポーツではない。

「球技は、やっぱりゴール前の攻防に盛り上がりますよね。ゴールボールは攻撃、守備が連続して1球ごとにゴール前の攻防が繰り広げられるわけです。
シーンと静まり返った中で、鈴の音と選手の足音や息遣いだけが聞こえて、観客は固唾をのんでその行方に集中できる。緊張感があって、すごく面白いと思いますよ」

シンプルだが戦略的。そこが、ゴールボール最大の見どころであるとも。
「布石となる投球があって、決めに行くボールを投げ込む。道筋を立てて、チームで情報を共有して、決め球が狙い通りに決まった瞬間は、最高です」

日本男子としては、初のパラリンピックとなる東京大会。
「ズバリ、金メダルが目標です。メダルを獲得して、ゴールボールの認知度を高めたい」

そのために、今取り組んでいるのは、世界強豪国の分析。

「ブラジルやドイツなど、どの国も丸裸にするくらい、じっくりと分析します。そこから見えてきた弱点をつくことが、メダル獲得のための大事な条件になると思う」

チームスタッフに分析を任せるだけではなく、選手一人一人が分析に取り組んでそれを共有することが大事だと語る。

「東京パラリンピックで結果を残したら、その後は海外のチームなどに所属してプレーしたい。例えばドイツなど、少なくとも3か月以上は滞在して、じっくり練習と試合に取り組みたいと思っています」

活躍の場を、グローバルに拡大。その先に、パリ大会やロサンゼルス大会が控えている。

スポーツライター 宮崎恵理

スポーツライター 宮崎恵理(みやざき・えり)

出版社勤務を経て、フリーのライターに。1998年の長野パラリンピックを機に障害者スポーツの取材に携わり、「Tarzan」「スポーツグラフィックナンバー」など雑誌やインターネットメディアで執筆。12年ロンドンパラリンピック、14年ソチパラリンピックではNHK開会式中継解説を担当した。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』『みんなちがって、それでいい』。日本スポーツプレス協会理事、国際スポーツプレス協会会員。

おすすめの記事