1年先の、集大成 ~藤本怜央(車いすバスケットボール)

東京大会延期を受け、いま“ベテラン”に聞くパラリンピックの意味
車いすバスケットボール 2020年6月11日
写真:PCモニター越しに笑顔でピースサインをしている藤本怜央選手

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大に伴い、東京オリンピック・パラリンピックが1年延期となった。1960年に第1回パラリンピックがスタートして以来の緊急事態である。過去のパラリンピックを何度も経験しているベテラン選手たちは、この事態に何を感じ、未来に向けてどう動き出しているのか。シリーズで、選手たちの“今”に迫ってみたい。

車いすバスケットボールの男子日本代表選手として、2004年のアテネ大会からパラリンピック4連続出場を果たしている藤本怜央。日本選手権11連覇の宮城MAXに所属しながら、2014年からドイツの車いすバスケチームBG Baskets Hamburgでもプレーする。 日本の大黒柱であり、精神的支柱でもある藤本のステイホームライフを語ってもらった。



■コロナでドイツリーグが中止に

写真:シュートを打つ藤本選手

2019年9月 車椅子バスケ ワールドチャレンジカップより

――今季は、去年の9月からドイツ・ハンブルクに行っていたのですか。

2019年9月中旬から3月19日までです。3月15日にドイツリーグの中止が決まって、すぐに帰国しました。

――ドイツも、日本も深刻になってきたタイミングですね。

帰国したのが3月20日、羽田空港に到着したのですが、21日から日本への入国者は2週間の隔離義務がスタートしたので、ギリギリ間に合ってそのまま仙台に帰れました。

――コロナの状況を意識するようになったのはいつぐらいですか。

2月の頭くらいに、イタリアで感染者数が急増した頃に、うちの嫁さんが日本からマスクを1箱持ってきたこともあって、僕らは外出する時には必ずマスクをしていたんです。ドイツでは、周りでマスクをしている人は誰もいませんでした。

――3月24日に「東京オリンピック・パラリンピック1年延期」のニュースを知った時には、率直にどんな気持ちでしたか。

正直、ポジティブなことを口にする気にもならなかった。
自分は2020年の夏に合わせて計画を立ててやってきたので。もう1年計画延長するためには、今よりももっと苦しい思いをしなくてはいけないと。正直、しんどいと思いました。

――そもそもポジティブ・シンキングな藤本選手なのに。

東京で金メダルを獲得するという目標に向かってこれまでやってきたわけだけど、そこは1年延期になっても変わらない。僕には、日本代表、宮城MAXの他にドイツリーグという素晴らしい環境があって、ここまでやってこられた。環境が完全になくなった中で、自分を追い込まなくてはいけないんです。

――どう、モチベーションを高めていったのですか。

限られた中でどうやろうか、と。例えば、最近犬を買い始めたのですが、毎日、朝と夕方、僕は車いすで犬の散歩をするんです。その時に犬と競争してみる。自宅トレーニングを嫁さんに動画で録画してもらう。家でできることを楽しむという、プラスアルファの考え方を持つようにしました。



■バスケ脳をサビさせない

写真:水を飲む愛犬の前で、両手で水のボトルを上げ下げする藤本選手


――緊急事態宣言以降は、完全に自宅でのトレーニングにシフトしたわけですね。

基本的に、義足をつけての自重トレーニングがメインです。YouTubeを参考にしてサーキットトレーニングをやっていました。腕立てだとかスクワットとか。ただ、それだけだと負荷が欲しくなる。家にあるウォーターサーバーの12リットルの水のタンクをダンベルがわりに両手に持ってトレーニングしたり、頭の上に両手で持って腹筋や背筋やったりとか。あとは、犬の散歩以外にも車いすでロードワークをしています。坂道ダッシュもしますよ。

――フィジカルトレーニングが中心ですか。

いや、バスケから離れるのが嫌だったので、使わないボールを外に出して外でドリブルの練習をしたり、家の外壁にテーピングで×印をつけて、そこに向かってシュートフォームを確認したりするとか。そういうのを嫁さんに動画で撮ってもらって、自分で確認して。
シュート悪いと、嫁さんが「今のはダメだね」とかダメだし食らったりもするけれども(笑)。

――宮城MAXの元マネジャーだから、見る目は確かですものね。×印はバスケのリングの高さを想定したものですか。

いや、筋力を総動員させたかったこともあって、家の2階のできるだけ高い位置につけました。ボールへの指のかかり方の確認や、飛距離を出すことを重視しています。

――動画を撮影するなど、奥様に手伝ってもらって練習するなんていうのも、この状況だからこそ?

そうです。マネジャー時代以来のことですよ。一緒にパスの練習なんかもしてる。

写真:自宅のベランダで腕立て伏せをする藤本選手

自宅でのトレーニングの写真も、妻の優さんが撮影した

――日本代表などチームで情報共有したり、約束事のようなことはありましたか。

日本代表チームからの指示で、生活を規則正しくすること、毎日固定した時間帯でのトレーニングと、3食きちんと栄養管理された食事という指示が出されています。
朝起床したら体温を測って、自分の健康状態やトレーニング内容、食事の内容などを、週1回チームに報告します。チームミーティングなどもオンラインでやって、過去の試合動画の見直しをしたり、海外チームの試合動画を見たり。バスケ脳をサビさせないというのが、一番大きな課題です。

――例えば、過去の動画などを見て、改めて発見したことなどありますか。

よく見るのはアメリカとイギリス。どちらも日本とプレースタイルは似ている。似ているけれども、アメリカやイギリスが勝って、日本が負けてしまう、その結果にはどんな違いがあるんだろうって、考えています。こういう時間があることで、整理整頓ができました。

――見えてきた確信や、アメリカやイギリスにあって日本にないものとは?

パスの展開やトランジションでは、日本は圧倒的にレベルが高いんです。ただ、決めぎわのシュートスキルと、決めてやるという覇気。総合的なシュート力は、アメリカやイギリスが高い。決めにいっているし、自信満々で打ってるよね。そういうオーラが動画で見ても、出ているんです。
日本は、ディフェンスは世界一だという自負があります。止めれば勝てるというところでは、日本は正解を得ている。でも、接戦の時に残り2、3分は間違いなく点の取り合いになる。そこでいかに勝ち切るか、なんです。



■改めて感じる家族の存在

写真:ベランダで横になり、右腕でボールを上げる藤本選手。近くにひもでつながれた愛犬が。

――延期となって初めて感じるパラリンピックの存在をどう感じていますか。
改めて、4年に1度世界が一つになるものなんだって。4年間、夢から始まって目標になって、そこに向かってもがき苦しみながらも進んでいく過程は、僕の人生の中の非常に大きな財産だって思うんです。今いろんな困難がある中で、自分がやると信じて行動を起こしている。いかなる状況でも、エネルギーになる存在が、「パラリンピック」なんだと思います。

――これまでの4大会と、来年に迫った東京を含めて、ご自身にとって最も大きなパラリンピックはどれですか。

僕ね、あんまり過去のパラリンピックって記憶として残っていない。僕にとってはリオ大会が終わってから、右肘を手術して、どん底まで落ちて、いろんなことに耐えて今日を迎えている。その「今日まで」が最高なんですよ。こんなこと、誰もができないです。
それをさせてもらえている「今日」があることが、僕にとっては重要なんです。


――その「今日」が「明日」になり、「明後日」になり、という風に続いていくんですね。

そうです。だから無駄にしたくない。パラリンピックに至るまでの日々を大切にしたいんです。

――パラリンピックが1年延期になったというニュースを聞いた時に正直、ポジティブな気持ちになれなかった、というところから、重ねている「今日」が一番大事と語る今に至るまで、何か気持ちの変化があったのですか。

それは、もう、家族(妻)の存在です。自分一人だけでここまできたわけじゃないということを、今回すごく感じられた。これまで、合宿だの試合だの、家にはいない生活。それが、今24時間家族と過ごす日常になって、トレーニングだって家でやるようになって、彼女が精一杯一緒に頑張ってくれようとする意思とか覚悟とか、そういうものをすごく感じるんです。東京に向かうエネルギーになっている。

――インスタグラムでは、毎日、栄養管理の行き届いた、すごく美味しそうなご飯の写真がアップされていますよね。そういうことも含めて。

そうでしょう? あのご飯を作るために、彼女は朝の6時から夜ご飯の8時くらいまで、それこそずっとキッチンに立っているんですよ。本当にサポートしてくれている。これまで見えてなかったことが、今はすごくよく見える。そのことに気づいて、「頑張らなくちゃダメだ」と思えるようになった。

――既婚者の強み、ですね。

やっぱり年齢には勝てない部分はありますよ(笑)。だけど、若い選手にはない家族のありがたみやサポートを僕は持っている。大切な人に応えようとするエネルギーは、おじさん最大の強みです(笑)。

――ちなみに、トレーニング以外に、ステイホーム中に新しくやってみたことなどありますか?

妻が欲しがっていたキッチンのカウンターテーブルを日曜大工で作りました。カウンターチェアで座れるくらいのテーブルを棚つきで。あとは、犬のために庭をドッグランにしました。



■元のトレーニング環境を取り戻したい

写真:ボールを真ん中に置き腕立て伏せをする藤本選手

――非常事態宣言も解除されて、徐々に体育館やスポーツジムも開放されたりするでしょうが、どんなことをしたいですか。
とにかく、元のトレーニング環境に早く戻りたいですね。7月に代表合宿再開を予定していますが、その前に宮城MAXも練習再開できると思うし、これまで通り1週間のルーティーンでしっかりとトレーニングできるようになることですね。

――1年、延期になりましたが、来季のドイツリーグには行かれますか。

そのつもりで準備を進めています。今季も代表合宿に参加するために日本とドイツを行ったり来たりでしたが、それもチームとして理解してくれている。同じ体制で迎えてくれると言ってくれているので。

――1年後には東京大会が行われます。この1年をどう生かしていきたいですか。

国際大会そのものは、数えるほどしかできないだろうと思います。1回でも国際大会があるなら、そこにしっかり合わせてちゃんとチームを作って戦わないと収穫が得られない。個人的には、改めて体力づくりと、40分間走り切るスタミナをしっかりつけること。日本の誰よりも日本のバスケを熟知しておくこと。そこを徹底させたいです。

――東京大会は藤本選手にとっては、やはり集大成ですか。

もちろん。みんなからは1年延期になったこともあって「パリに一緒に行こう」とか言われるんですが、冗談でも「パリ、いいね」とは言えない。本来、2020仕様の体、計画でしたから。1年延期したのであれば、もう1年、死ぬ気で集大成にむけてやっていかないと。自分が納得できないので、ここまできたら。

写真

2019年9月 大会中に若手の川原凜(左)、古澤拓也(中央)、赤石竜我(右)に話をする藤本


――パラリンピックを経験していない若手選手にむけて、メッセージをお願いします。

パラリンピックというのは、どんなに自信を持って臨んでも、自分の思った通りにはいかない舞台。だからこそ、毎日、自分に本当にやり切ったのか、足りているのかとか、常に自問自答しながら日々を送って欲しい
と思います。若さとエネルギーがあっての5年は、とても大きい。自国開催ってすごいチャンスですよね。
完全にコロナが収束するかどうかはわからないけれど、パラリンピックにはコロナを吹き飛ばすような力があると思う。応援を力にして、みんなで東京パラリンピックを迎えたいと思います。


■東京大会延期を受け、いま“ベテラン”に聞くパラリンピックの意味

パワーアップ、レジェンド ~大井利江(陸上)

延期された金メダル ~島川慎一(車いすラグビー)

スポーツライター 宮崎恵理

スポーツライター 宮崎恵理(みやざき・えり)

出版社勤務を経て、フリーのライターに。1998年の長野パラリンピックを機に障害者スポーツの取材に携わり、「Tarzan」「スポーツグラフィックナンバー」など雑誌やインターネットメディアで執筆。12年ロンドンパラリンピック、14年ソチパラリンピックではNHK開会式中継解説を担当した。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』『みんなちがって、それでいい』。日本スポーツプレス協会理事、国際スポーツプレス協会会員。

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