第56回 高橋和樹(ボッチャ)「高橋・峠田システムで勝つ」

ボッチャ 2021年7月25日
写真:ボッチャBC3 高橋(右)と峠田(左)

2019年1月 ジャパンパラボッチャ 競技大会より、高橋(右)と峠田(左)

ボッチャのクラスは4つ(BC1~4)ある。BC3は、「ランプ」と呼ばれる滑り台のような専用器具を使用して投球するクラスだ。車いすに乗った選手が狙った場所に投球するために、ランプの長さや角度、向きなどを競技アシスタントに指示する。アシスタントは選手の指示通りにランプを調整した後、ボールをランプに設置する。選手は、ポインターと呼ばれる細い棒を、腕や頭に固定させたり、口にくわえたりした後、ボールをリリースする。

ランプを転がり落ちたボールが、スーッとジャックボールに密着して止まると、思わず競技会場から「おおっ!」と歓声が沸き起こる。

写真:透明のランプ越しにボールを確認する高橋

試合中、アシスタントは選手の方を向いて座り、背後で展開される試合の様子を振り返って見ることはできない。選手と会話をして確認することも許されない。ただ、選手の指示通りにランプを動かしボールを設置するだけだ。しかし日本ボッチャ協会によれば、BC3のアシスタントは競技において「選手」と位置付けられ、表彰台にともに上がり、メダルが授与される。まさに一心同体で試合に臨む、重要なパートナーだ。

高橋和樹は、BC3クラスの選手。柔道選手として活躍していた高校2年の時、遠征中に頚椎を損傷する事故に見舞われ、障害を負った。現在、鎖骨から下はまひがあり、腕を曲げることはできるが、指を使用することはできないという。

2016年、初出場したリオパラリンピックでは予選リーグで敗退。その経験をもとに競技環境を見直し、東京パラリンピックでのメダル獲得を目指してきた。2021年7月、日本代表選手として、東京パラリンピック出場が決まっている。

高橋のアシスタントを務めるのは、峠田佑志郎(たおだ・ゆうしろう)。高橋が初出場したリオパラリンピック以降、本格的にパートナーとして組むことになった。ホームヘルパーの資格を有し、競技アシスタントだけでなく高橋の生活の介助も行っている。

「高橋の強みは、アシスタントの私」と、峠田は言い切る。その関係性と、2人で築き上げたパフォーマンスに迫る。


■大会が近づき、アシスタントに“専念”

写真

2021年6月 リモート取材にて 高橋(左)と峠田(右)


高橋和樹は、1980年埼玉県で生まれた。5歳で柔道を始め、中学3年の時には全国中学校大会に出場。高校2年、試合中に頚椎を損傷した。2013年、東京オリンピック・パラリンピック開催が決定したことで、東京大会出場を目指してボッチャを始めた。

峠田佑志郎は、1987年岩手県生まれ。大学卒業後特別支援学校教諭となり、生徒の勧めでボッチャに出会った。「なんて、知的なスポーツなんだ!」という第一印象でボッチャの虜に。やがて、ボッチャクラブのアシスタントやコーチとして活躍するようになる。そのボッチャクラブが、高橋と峠田を引き合わせた。峠田が所属するクラブに高橋が見学に訪れ、その後ボッチャに取り組むようになった。

2人が初めてコンビを組んだのは、2015年。しかし、峠田は教員としての職務から長期休暇が取れず、世界選手権などの主要な国際大会には出場できなかった。

東京大会でのメダル獲得。それを達成するには、今のままでは難しい。高橋は、2018年にアスリート雇用でフォーバルに転職。一方、峠田はホームヘルパーの資格を取得し、高橋のアシスタントに専念することにした。2019年、春。9年間勤務した学校を退職。2人は、競技生活に集中できる環境を整えた。

朝9時、峠田が高橋の自宅に到着。この時点でまだベッドに横になっている高橋の身支度から1日が始まる。着替えや食事、練習の準備。体育館に移動して1日の練習をこなした後、再び高橋の自宅に戻り、入浴や食事、後片付けや洗濯・掃除などをテキパキとこなす。帰宅後、他のヘルパーと交代することもあるが、去年からのコロナ禍で出入りするヘルパーの数を減らさざるを得ない事態となり、峠田の役割はさらに重みを増した。


■データを記録し、改善策の精度を上げる

写真:白いジャックボールの周りに、赤と青のボールが集まっている

ボッチャで使用するボールは、外周や重量の規定内で選手それぞれが用意する。大きさや重さが同じでも、使われる皮の材料や縫い目、中に詰める材料の質や量などによってボールの硬さが変わる。簡単に言えば、硬いボールはスピードや威力が増す。柔らかいボールであれば、そっと狙った場所に寄せることができる。ランプを使用するBC3の選手にとっては、ボールの特質が勝敗に大きく関わってくる。ボールの開発、新調したボールとのアジャスト、そして実際に競技中どんな順番で、どんなボールを選択するかは、重要な要因なのである。

高橋と峠田は、2019年12月に行われた日本選手権で3位という不本意な結果に終わった後、練習内容や方法を見直した。新たに取り入れたのが、記録だ。それまでは2人で立てた戦術も、使用するボールについても、頭の中で構築し引き出していた。それを、改めて記録するようにしたという。使用するボールの特徴、投球した時の距離やスピードなどのデータを把握し、そこから戦術に合わせて投球順序を決めていく。

写真:緑色のボッチャコート

コロナ禍の1年、埼玉県内にある高橋の実家の廊下に競技で使用する「タラフレックス」という競技用床材を敷き、投球練習ができるように整えた。長さ6m、幅1mほどの小さなスペースだが、実際に競技で使用する床の上でボールの質を確かめつつ、投球テクニックを磨き続けることができる。

「ピンポイントで狙った場所に転がす、他の球を弾くなど、球の特性を生かして理想的な投球を実現するための技術練習です。これにじっくり取り組めたことで、東京大会の1年延期を、むしろ前向きに捉えることができました」(高橋)

自宅練習は、その後長期の合宿が再開されたことで、より実践的な戦法の確認へとレベルアップした。

「峠田さんと記録をとる中で見えてきたのは、世界のトップ選手との差、自分の課題です」

試合中、想定外のボールの配置になった時に、いかに失点を最小限に抑えることができるかが、試合の行方を決める。適正なボールを選択し、確実に狙ったところに投球する。個人戦4エンドを通して、最終的な勝利を目指す。

「日本選手権で負けた時にも、ミスした傷口を広げてしまったところがあった。どう修正して次の投球に臨むか、再び自分の展開に持っていけるか。それを、今も練習でずっと積み重ねているところです」


■将棋の「藤井システム」に着目

写真:口にくわえた棒のようなものでボールを投球

2016年9月 リオデジャネイロパラリンピック BC3決勝戦よりジョン・ホウォン選手

高橋、峠田が世界のライバルと注目しているのは、香港の何宛淇と、韓国のジョン・ホウォンの2人。国際大会がストップした2020年3月時点での世界ランキングは何が2位、ホウォンが3位。ホウォンはリオパラリンピックBC3個人の金メダリストで、何は女子選手だ。

「この2人は、仮にミスを冒しても失点を最小限に抑えます」(高橋)

想定外の展開に動じない、強いメンタリティとテクニックがあるという。彼らに学ぶことは多い。

本格的にペアを組んで3年間、取り組んできたのは、自分たちの“システム”の精度をいかに上げるかということ。そして、コロナの影響で国際大会が開催されていない中、高橋が追い求めてきたのは、ライバルの分析以上に、自分の“システム”に集中して崩れないことだ。

「藤井システム」という戦法が、将棋界にある。棋士の藤井猛氏が考案したもので、相手が仕掛けてくる攻撃に対して、対応する“手”があらかじめ決まっている。システム化されていることが特徴である。

高橋と峠田は、この藤井システムに着目した。相手選手が、どのような手を打ってこようと、自分たちがどう対応するかをあらかじめ想定し、打つ手を決めておく。対応策をきっちり再現できれば、こちらの展開でゲームが進み、勝利する。

「私は、ボッチャはカーリングよりも将棋に近いと思っています。ジャックボールを置く位置から、自分たちの展開で進めることができる」
峠田が、語る。2人で決めた戦法を、相手がどんな手を打ってこようとも、突き進めていく。

「その手は想定内ですよ、対応策はわかっていますよ、と。この戦術は、高橋さん1人でも、私が考えているだけでも実現させることはできません」
相手選手が打ってくるだろう、あらゆる手を想定して、2人で実践練習を積み重ねてきた。

「いわば、“高橋・峠田システム”。このシステムを発揮できることが、勝利につながると信じているんです」
そう、峠田は強調する。


■ともに戦い、勝利を目指す

写真:高橋(左)の指示でランプを調整する峠田(手前)

とくに日本では、BC3のアシスタントの担い手は、選手の家族など身近な存在が多いという。合宿や遠征先での介助も必要で、ともに過ごす時間が長い。選手が戦術を考え投球技術を磨き、アシスタントは選手の指示通りにランプを調整できることに徹する。

「高橋さんとは、ともに戦っている同志、という関係です」
と、峠田が言う。ボッチャの競技歴は、高橋より峠田の方が長い。アシスタントやコーチとしての経験が豊富で、アシスタントと同時にコーチという役目もある。それが、2人の強さの源だ。

動作指示に徹しているため、試合中は話しかけたり、後ろを振り返って見たりすることができない峠田だが、高橋からの指示や相手選手のため息などから展開を推し量ることができるという。どんなボールの配置になっていて、次に高橋が投げるべきボールはこれだと、峠田は頭の中でプレーする。高橋の指示が、練習で決めた型と異なると、ふと顔を上げる。一瞬視線が交錯し、高橋が改めて指示を出し直すこともある。

写真:リモートインタビュー中の高橋(左)と峠田(右)

「アシスタントという“選手”の存在を、高橋・峠田ペアで見せつけたい。その背景や、戦術の面白さを、2人のプレーによって広めたい。そのためにも、東京パラリンピックでは結果を求めていきます」
高橋が、言葉に力を込める。

5年前、リオ大会の時にチーム戦で日本が銀メダルを獲得してから、ボッチャは日本で人気のパラスポーツとなった。BC3というクラスの魅力を発信するためには、メダル獲得が大きな後押しになる。


まもなく開幕する東京パラリンピック。高橋・峠田にとって、人生を懸けた戦いがここから始まる。

スポーツライター 宮崎恵理

スポーツライター 宮崎恵理(みやざき・えり)

出版社勤務を経て、フリーのライターに。1998年の長野パラリンピックを機に障がい者スポーツの取材に携わり、「Tarzan」「スポーツグラフィックナンバー」など雑誌やインターネットメディアで執筆。12年ロンドンパラリンピック、14年ソチパラリンピックではNHK開会式中継解説を担当した。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』『みんなちがって、それでいい』。日本スポーツプレス協会理事、国際スポーツプレス協会会員。

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