第13回 熊谷昌治(パラアイスホッケー)「進化の陰に、この人あり」

2017年12月29日
第13回 熊谷昌治(パラアイスホッケー)「進化の陰に、この人あり」

パラスポーツの特徴の一つに、現役選手の年齢層の広さが挙げられる。先天的に障害がある人が選手になる場合もあるが、事故や病気などで中途障害を負った人が新たにパラスポーツを始めるということが少なくないからだ。子どもの頃に、あるスポーツに出会いトレーニングに励むアスリートは“若さ”という特権が活かせる。成人してから新しいスポーツを始め、それを極めることは難しいだろうか。
否。それは、数々のパラアスリートたちが証明している。

30代で始めたパラアイスホッケー

 

写真:試合の様子

ピョンチャンパラリンピック最終予選 最終戦(チェコ)より、熊谷昌治(右)

パラアイスホッケーの熊谷昌治も、障害を負ってから競技を始めた。1975年、長野県で生まれた熊谷は、2008年の夏、33歳の時にバイク事故で右足のひざ下を切断。もともとバイク好きで、地元のバイクショップに集まる知人の中に、2010年バンクーバーパラリンピックのアイスホッケー銀メダリストの一人、吉川守がいた。吉川は、輝くメダルを熊谷の手のひらに乗せ、呟いた。
「パラアイスホッケーで、世界を目指さないか」
この誘い文句にほだされ、熊谷は全く新しいスポーツを始めたのだった。

写真:やまびこスケートの森

吉川と同じ長野サンダーバーズに所属し、自営業の合間に練習に通った。土曜日、長野チームの朝は早い。真冬はまだ星が凍てつくような時間帯に、岡谷市にある「やまびこスケートの森」に選手たちが集まってくる。ここは長野チームとともにパラアイスホッケー日本代表チームの練習拠点にもなっているアリーナだ。インターネットの公式サイトを開くと、トップページに「祝 パラアイスホッケー 平昌パラリンピック出場」と大きく表示される。熊谷は、このやまびこスケートの森で腕を磨いてきた。

熊谷は、2012年のAプール世界選手権に初めて日本代表選手として参加。しかし、実際のアイスタイム(プレー時間)は、ほとんどなかった。翌13年に地元・長野で行われたBプール世界選手権、ポーランド戦で初得点を挙げる。同年秋には、ソチパラリンピック出場がかかった最終予選のメンバーとしてイタリアに渡ったが、日本チームはソチへの切符を逃した。
「あの頃は、ただがむしゃらに突っ走っていって対戦チームを撹乱することが役割でした」
その上で、チャンスがあれば得点に絡みたいと思っていたという。

ホームリンクでの自主トレで成長

 

そこから4年を経て、熊谷は現在、日本代表のポイントゲッターへと成長を遂げている。2017年10月にスウェーデンで開催されたピョンチャンパラリンピック最終予選では、熊谷は日本最多の4得点を挙げ、日本チームは大会2位でピョンチャンへの出場権を獲得した。

「僕の成長を支えてくれたのは、元パラアイスホッケーのレフェリーで、やまびこスケートの森の職員をされている笠原芳文さんです」
ソチパラリンピック出場を逃し、世界がはるか遠くに感じられた。
「とにかく僕らは氷に乗る時間が、世界と比べて圧倒的に少ないわけです。チーム練習の時間は限られる。それなら、とにかく個の力をあげるしかない」
長野チームでも、代表合宿でも、早朝からトレーニングが始まる。朝7時の練習開始に合わせ、笠原氏をはじめとするアリーナスタッフは6時30分には、完璧にリンクを整えている。
「6時30分ジャストで氷に乗れるように準備をして、チーム練習が始まる前の30分間、自主トレをしました」

写真:熊谷選手

自主トレで取り組んできたのは、左手を利き手の右手同様に使いこなせるようにすること。
パラアイスホッケーは、両手に持ったスティックを使い、スレッジ(選手が座ってプレーするソリ)を推進させ、パックを操る。世界のトップ選手は自分のソリの下にパックを行き来させて向かってくる相手との距離感や間合いを図る。利き手でシュートするかに見せかけ、反対側のスティックで打つことも朝飯前だ。いとも簡単そうだが、真剣勝負の場でこうしたプレーを実践するには、高度なスキルが必要になる。
左手を使う。パラアイスホッケーの特性をレフェリーという立場で見つめ続けてきた笠原氏がアドバイスしてくれたのだという。
「2016年のBプール世界選手権の時には、まだ完璧に使うことができませんでした。でも、ピョンチャン最終予選の時には、違和感なく使えるところまで上達してきた実感があります」

熊谷が自主トレで練習する姿は、若手選手らを刺激した。熊谷の自主トレに参加する選手が少しずつ増えていった。
「3人いれば、パスの基礎練習ができます。パックを持った人が、壁際を走る選手にパスを出す。パスしたら、受ける選手のすぐ後ろにフォローに回る。そしてまたパックを持った人がパスを出す、フォローに回る、その繰り返しでリンクをグルグル走りこむ。パスを出す時にも、受け取りやすいパックを心がける。徹底することでパスだけでなくその後のフォローやポジション取りを無意識に体に覚え込ませることができます」
右手で1周したら、次は左手で。このドリルを教えてくれたのも、笠原氏だった。
1日にできる時間はわずか30分間。しかし、その積み重ねが現在の熊谷を作ってきた。全員が両手を自由に使えるようになれば、それは日本の大きな武器になるはずだ。

アイスホッケーの理解を深めて本番へ

 

一方、日本チームは、2017年からコーチに就任した信田憲司氏の指導で急成長してきた。信田氏は国土計画のゴールキーパーとして活躍した後、アイスホッケー女子日本代表監督を務め、現在は中央大学のコーチでもある。信田氏は、手本となるプレーだけでなくチームの映像も同時に見せて、課題や違いを明らかにする。プリントされた資料を毎回のように配布した。
固い守備から、チーム全体で押し上げて攻撃に転じる。徹底した組織プレーを叩き込まれた。
「練習してきたことが決まったのは、ピョンチャン最終予選でのスロバキア戦。相手ゴールポスト裏で高橋(和廣)がパックを拾って、相手ディフェンスが引き寄せられたところで、ゴール前の僕にパスが来る。そのまま打つと見せかけて後ろから来た堀江(航)にさらにパスを出してシュートを決めた。あの連携は、練習の賜物。今はどんな3人でも、同じようにプレーできるようになりました」

写真:試合の様子

ピョンチャンパラリンピック 世界最終予選(スウェーデン戦)より

2018年3月。ピョンチャンパラリンピック予選リーグで日本はアメリカ、韓国、チェコと対戦する。
その前哨戦として、1月7日から韓国、チェコ、ノルウェー、日本の4か国対抗戦が長野で開催される。韓国は自国開催のパラリンピックでメダル獲得を狙う強豪。ノルウェーは、スウェーデンでの最終予選の直前、日本の練習相手になってくれたチーム。そして、Bプール世界選手権、最終予選の宿敵チェコ。パラリンピック直前の強化試合の相手としては、申し分ない。
「チェコのGKヴァーペンカは本当に手強い。日本のシュート数は去年のBプール選手権の時に比べると格段に上がっている。それでもゴールをこじ開けられない。今取り組んでいる新しい組織プレーでどう攻め込むか。1月の大会は、その戦術やプレーを確かめる大事な大会になります」

初めて臨む、パラリンピック。
「……安易に目標を口にできません。ただ、2強のカナダ、アメリカ以外は、どこの国にも勝機はある。接戦の厳しい試合が続くと思いますが、守備から攻撃へという組織プレーを徹底させて決勝トーナメントに進みたい」
熊谷の、日本チームの戦いは、いよいよ本番を迎える。

写真

熊谷選手(左)と千葉絵里菜リポーター(右)

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