第18回 上地結衣(車いすテニス)「遠くのゴールを見据えて」

車いすテニス 2018年3月29日
第18回 上地結衣(車いすテニス)「遠くのゴールを見据えて」

2018年2月。モナコで行われたローレウス世界スポーツ賞の授賞式に上地結衣の姿があった。上地は、車いすテニスの女子選手として、高校3年で初めてのロンドンパラリンピックに出場。2014年には史上最年少でダブルスでの年間グランドスラムを達成し、同年世界ランキング1位をマークした。2016年、リオデジャネイロパラリンピックではシングルスで銅メダルを獲得。そして、2017年に自身2度目となる世界ランキング1位に輝き、現在もそれを保持し続けている。その功績によって障害者選手賞でノミネートされたのだった。

ローレウス世界スポーツ賞は、スポーツ界のアカデミー賞と称される国際的なアワードである。過去に同じく車いすテニスの国枝慎吾もノミネートされたことはあるが、日本人選手で受賞した者はいない。ちなみに、今年男子の年間最優秀選手賞を受賞したのは、テニスのロジャー・フェデラー。さらに女子も同じくテニスのセリーナ・ウイリアムス。障害者選手賞は、車いすの陸上競技選手マルセル・フグが受賞した。

「到着したらモナコは雨。翌日には雪も降ってモナコのイメージとは違っていましたけれど、それでも美しいところでした」
帰国直後、上地が興奮気味に振り返る。
「レッドカーペットを歩くなんていう経験は初めて。賞を受賞した選手はもちろんですが、ノミネートされた選手も超一流の人ばかり。そういう選手と同じ空間にいられることそのものが、貴重な体験でした」と、語った。

 

立ってテニスがしたい

1994年、兵庫県生まれ。先天性の潜在性二分脊椎だった。二分脊椎は、脊椎の形成不全により本来脊椎の中にある脊髄が外に出てしまう病気だ。幼少時からリハビリに励み小学校までは両足に装具をつけて歩行していた。4歳年上の姉が中学に進学して軟式テニスを始めると、上地も姉を追いかけてテニスを始める。しかし、最初から車いすテニスだったわけではない。

「姉がするのがテニスだから、立ったままテニスがしたいと言って、装具をつけた状態でコートに立ちました」
紹介されて出向いた神戸の車いすテニスクラブの大人たちは、そんな上地を温かく迎え入れ、立ったままの上地が打ちやすいところにボールを返してくれた。

「それこそ、一歩も動かなくてもラケットに当たるように。でも、ネットの反対側にいる車いすの人たちは自由にコートを動き回り、力強いショットを放っていた。そうか、車いすに乗れば、同じようにテニスができるのか、と気づいて、それからは車いすを使うようになりました」
そこから、上地は世界一への階段を昇り始めたのだった。

写真:2016年9月 リオパラリンピックにて

2016年9月 リオパラリンピックにて

女子選手として初めてバックハンドのトップスピンに取り組み、男子選手のようなパワーあるショットを武器に成長を遂げてきた。世界一として臨んだリオ大会では、本人も、そして周囲の誰もが金メダル獲得を疑っていなかった。
「2度目のパラリンピックでしたし、選手の目の色や会場の雰囲気が他の大会と違うこともわかっていました。でも、その時に一番違いを感じたのが、準決勝で対戦したオランダのアニク・ファンクート選手のメンタルの強さだったんです」

海外の選手は、調子のいい時には手が付けられないような戦い方をするが、一度崩れると立て直すまでに時間がかかることが多い。
「だから、いつもとにかく相手を崩して自分のペースに持ち込むことを心がけているんです」

それが、リオの準決勝で突き崩された。
「ダブルフォールトの数で言えば、アニクはとても多かったはずです。でも、ダブルフォールトした次のサーブでパワーのあるサーブを入れてきたり、次のゲームではダブルフォールトをゼロに抑えるなど、終始落ち着いてプレーしていました。何かいつもと違う、自分から仕掛けなくては、と無用のプレッシャーみたいなものを感じてしまったところがありました」
準決勝でアニクに破れた上地は、3位決定戦でオランダのディーデ・デフロートを下して日本人女子初の銅メダルを獲得したのだった。

2度目の世界一へ

写真:2017年7月 ウインブルドン 車いす 女子 ダブルス 決勝より

2017年7月 ウインブルドン 車いす 女子 ダブルス 決勝より

リオパラリンピックの1年後、再び世界一を奪回した背景にあるのは、自己のリノベーションだ。
「むしろ、リオが終わって新しい気持ちで2017年を迎えられました」

上地は、4年ぶりに競技用車いすを新調した。ホイールサイズを25インチから26インチにアップし、それに伴い座面の高さも高く設定。高い打点でショットが打てるように変更した。勝ち続けるためにはこれまでのバランスを一旦壊して、そこから車いすと自分のプレーのすり合わせを行っていく。競技用車いすの変更は選手にとってリスクを伴うが、上地は新しい一歩を踏み出したのである。

その新しい車いすを、グランドスラムのウインブルドンでお披露目した。
「手元に届いてわずか4日でイギリスに持って行って。ウインブルドンではシングルスでは負けてしまいましたけど、その後クレー、ハードコートなど、さまざまなサーフェス(テニスコート)を実践の場で体験して帰国できた。以前の車いすとの違いを多くのゲームで研究しようとリラックスした気持ちで臨めたことが、結果的にたくさんの優勝につながったのだと思います」

さらに徹底したフィジカルトレーニングの成果も実感しているという。
「障害のある下半身の強化に初めて取り組んできました。特に左足の筋力、感覚が鈍いのですが、トレーニングを重ねる中で少しずつ可動域が広がり、できる動作が増えてきたんです」

足の機能が向上すれば、車いすの上でぐっと乗り込んでいくようなスタンスでショットが打てる。
「体重を乗せていく感覚ですね。左足に体重を乗せてこれまで以上にコンパクトに素早くターンができるようになった。回転の大きさ、スピードの変化をつけられるようになってきたという実感があります」

圧倒的な力を求めて

写真:上地結衣

世界ランキング1位の上地には、上地にしか見えない風景が広がっているのではないか。
「自分では、世界一という意識があまりありません。サーブでも、フォアハンドでも私よりいい球を打つ選手はいます。彼女たちの長所がさらに磨かれれば、あっという間に厳しい状況におかれてしまう」

世界一は、現時点での一つのステップ、ということなのだろうか。
「去年2度目の世界一になった時に思ったのは、自分が求めているのは圧倒的な力だということ。例えばグランドスラムに出場する他の7人の選手全員に勝つ力」

上地が追求する道程の先に、2020東京オリンピック・パラリンピックがある。
「リオパラリンピックも、当時の私にとってはとても大切な大会でした。リオ大会と去年の経験を経て、どこか1点だけをゴールとして設定して進むというよりは、もっと大きなゴールを見据えて、東京パラリンピックはその大きなゴールの通過点と捉えるほうが、より結果に結びつきやすいのかなと思っています」

壮大なゴールの先にあるものとは。
「うーん。それはまだ漠然と。ただ今年も、そして2019年も、その年の目標は設定してそれを達成していくことで、その先にあるゴールが明確になっていくのではないか、と思っています」
遠くを見据えながら、今ある自分を磨いていく。上地は誰よりも着実に2020に向かって進み続けている。

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スポーツライター 宮崎恵理

スポーツライター 宮崎恵理(みやざき・えり)

出版社勤務を経て、フリーのライターに。1998年の長野パラリンピックを機に障がい者スポーツの取材に携わり、「Tarzan」「スポーツグラフィックナンバー」など雑誌やインターネットメディアで執筆。12年ロンドンパラリンピック、14年ソチパラリンピックではNHK開会式中継解説を担当した。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』『みんなちがって、それでいい』。日本スポーツプレス協会理事、国際スポーツプレス協会会員。

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