第20回 ブラインドサッカー ブラサカLOVE! Vol.2 ~支え、押し上げる男たち~

ブラインドサッカー 2018年7月6日
第20回 ブラインドサッカー ブラサカLOVE! Vol.2 ~支え、押し上げる男たち~

どんなスポーツにも、サポーターが存在する。そのスポーツを愛し応援するだけにとどまらず、自分の得意分野を生かし、時間を割き、そのスポーツを支えていく人がいる。文字通りの支援者が、そのスポーツの発展を促す原動力になる。

日本のブラインドサッカー(ブラサカ)は、これまでパラリンピック出場が実現していない。他の競技のようにメダル獲得など華々しい国際大会の実績があるわけではない。にもかかわらず、日本国内での人気はじわじわと高まっている。そして、ブラサカに格別熱い思いを持って会場に足を運び、応援の声で喉をからす人たちが着実に増え続けている。

ブラサカの、何が、これほど人を引きつけるのか。

シリーズ第2弾では、ブラサカに惚れ込み、自ら支える側で汗を流す男たちにフォーカスする。国際審判員、サッカー応援集団<infinity>代表、そして日本ブラインドサッカー協会の事業戦略部長。支援者たちが見つめる先に、ブラサカの未来がある。

“ブラサカLOVE!”な男たち ~“サポーター”編~

 

 

■審判の立場でレベルアップを図りたい 高木和男  国際審判員

写真:2017年アジア選手権開幕戦の中国 VS タイ戦より高木和男(左から3番目)

2017年アジア選手権開幕戦の中国 VS タイ戦より(左から3番目)

数々の国際大会で笛を吹く国際審判員の一人が、高木和男さんだ。

自身のサッカープレー歴はないが、3人の子どもたちが幼少時からサッカーを始めると、応援に出かけるようになった。それが、サッカーとの馴れ初めだったという。応援する保護者らが試合の審判を手伝うことがあり、そこからサッカー審判員の資格取得に繫がった。現在、一般のサッカー審判員3級を有し、都道府県サッカー協会が主催する試合の審判を務めることができる。

高木さんは、生命保険株式会社の社員。その企業グループは、2006年からブラサカの支援活動を行っている。社内ボランティア活動に、高木さんは2008年くらいから関わるようになった。
「“見えない”状態でのサッカーを初めて見た時には、ただただ驚きでした。病気や事故で後天的に視力を失った人は、見えていた頃のイメージでサッカーができるかもしれませんが、先天的な視覚障害者はどうやってサッカーという動きを習得していくのか?実際にプレーしていた選手たちは、ピッチの中で、自分で方向を定めて全速力で走っている。・・・これはすごいなと思いました」

当初は、ボランティアとして会社の活動に参加していた。
「何をするかというと、練習時にサイドラインにズラ〜ッと並んで“壁、壁、壁”って言い続けるんです」
ボランティアがサイドフェンスになる。そんな時代だった。
「あとは、日本選手権などの大会でポップコーンを作ったり、ソーセージを焼く屋台をやったり」

ボランティアを続ける中で、ブラサカの試合そのものに注目していく。
「試合には当然審判がいらっしゃる。ちょっと言葉は悪いですが、審判として慣れていないという印象がありました。保護者か、チーム関係者か。障害者のサポート、ヘルプで審判をやっているという感じでした。それを見て、僕は審判の資格もあるし、これなら自分が担当できるかもしれないと思ったんです」

最初に担当したのは、ロービジョンフットサルの大会だった。2013年に仙台で行われた国際大会に参加した。(ロービジョンとは、弱視など見えにくい状態のこと)

「ロービジョンの試合は、ほぼフットサルに近い。私は一般のフットサルのレフェリー経験もありましたから、取り組みやすいと思ったんです。タイムキーパーや第3審判員などからスタートしました」
この大会に、国際視覚障害者スポーツ連盟公認の審判員が来日していた。高木さんの働きが国際審判員の目に留まり、大会終了後、ディプロマ(修了証書)、バッジ、ワッペンが授与される。
「これで、国際審判員としての資格を取得した形になりました」

2013年は、翌年に東京で行われる世界選手権の予選が、世界各地で実施される。ロービジョンフットサルの大会で知り合ったアルゼンチン人の審判員から、13年の南米選手権で笛を吹いてくれないか、という誘いがあり、遠くアルゼンチンまで出かけた。これが、ブラサカで主審を務めた最初である。

「決勝はブラジル―アルゼンチン戦でした。当時、私は、アルゼンチンのチームと同じ宿に滞在していたんです。そうしたら、夜中、やけに騒がしいんですよ。何やってるんだろうって思ったら、ブラジルのサポーターがアルゼンチンの選手を寝かせないために騒いでいるんだって。ブラサカがサッカー文化として根付いているんです」
そういう観客が、翌日決勝戦を見にスタンドに押しかける。スタンドに入りきらない人は、塀などによじ登って見るのだという。

「でもね、夜中に騒ぎまくっていた連中が、プレー中は一切声を出さないんです。シーンと観戦してます。ちょっと話し声がすると“シーッ!”って言われてしまいます。南米では、ブラサカという競技が、一般のサッカーのように人々に浸透し、理解されているんですね」
南米選手権の決勝戦は、引き分けでPK戦に突入。
「激闘でした。決勝戦は審判としてではなくブラサカの観客の一人として観戦し、感動していました」
一般のサッカーと変わらないカルチャーが、息づいていた。
「変わらないどころか、一般のサッカー以上に面白い。ブラサカにすっかり魅了されました」

高木さんは、東京で行われた2014年の世界選手権、15年のアジア選手権でも、主審を担当した。
15年のアジア選手権では、大事な開幕戦と決勝戦で笛を吹いている。
「レフェリーとしては、とても大きいことです。自分のモチベーションにもつながりますが、責任も重大です」

その決勝戦は、アルゼンチンでの南米選手権とは真逆の、一番つまらない試合として記憶に残った。6か国総当たりのリーグ戦の結果によって、すでに中国とイランはリオデジャネイロパラリンピック出場権獲得を決めていた。決勝戦は、消化試合である。両者とも攻撃を仕掛けず、4人のフィールドプレーヤーはただただボールを回すばかり。0−0で延長戦に入り、その後PK戦となった。

「有料席が設置されていて、お金を払って決勝を見に来た観客から大ブーイングです。ボール保持したまま横に移動していてもルール違反じゃないんですよ。そういう試合が続けば、誰もブラサカが面白いと思わなくなってしまいます」
ルール違反でない以上、審判が試合の流れを変えるわけにはいかない。日本が初めてのパラリンピック出場の夢を逃したこと以上に、危機感を持ったのだという。

写真左:高木

高木さんがブラサカの審判を務める上で大事にしているのは、突進してくる選手たちの動きを常に把握して選手にケガをさせないこと。
「一般のサッカーなら選手の視界に審判の姿が入りますが、ブラサカでは審判の位置を常に選手が分かっているわけではありません。フェンスを背に立っていれば、後ろからの衝突を避けられますが、いつもフェンスにへばりついていたら、プレーをきちんと見ることはできない。常にボールの近くでしっかりプレーを見ることで、選手やチームからの信頼は高まりますよね」

選手に、チームに信頼されることが、正しいジャッジにつながる。
「審判は、選手が40 x20mのピッチの中で縦横無尽に走ることを保証できる。アイマスクをした選手たちがケガをしないように、反則しないように、させないようにマネジメントしなくてはいけないんです」
審判は、選手、チームと一緒にサッカー、ブラサカを作り上げている、と語る。
「ここまではやっていい、これ以上はやってはいけない。その線引き、限界をきちんと示してあげないと、思い切ったプレーはできません。審判のレベルが高くなるほど、そのスポーツやチームのレベルは上がっていく。審判はそういう存在だと思っています」

2020東京パラリンピックには、ぜひ多くの人に会場に足を運んで欲しいと力説する。
「ボールのシャカシャカという音、選手の息遣い。“ボイ!”というかけ声。フェンスにぶつかる激しい衝撃音。そして両チームのゴールキーパーや監督、ガイドが指示を出す怒鳴り声。静まり返ったピッチの中には実にさまざまな音が存在します。それを体感して、笛が鳴ったら大声で声援を送って欲しいと思っています」

 


■ブラサカの応援で文化を広めたい 栗田祐作  infinity(インフィニティ)学生代表

写真:観客席を覆い尽くす代表ユニフォームのジャイアントジャージ

infinity。それは2001年、翌年に控えたワールドカップ日韓大会を前に、大学生が「サッカー文化を根付かせたい、サッカーを応援したい」という理念で創設したサポーター集団だ。
一般のサッカー日本代表戦でゴール裏に陣取り、「我らが日本・可能性は無限大」と書かれた大きな横断幕を目にしたことはないだろうか。あるいは、選手入場時、観客席を覆い尽くす代表ユニフォームのジャイアントジャージを目にしたことは?
横断幕は、infinityによる代表的な応援活動だ。
そして、2005年ごろには、ブラサカを応援する活動もスタートさせている。

代表メンバーの栗田祐作さんは、現在大学の薬学部5年在学中である。
小学生の頃にクラブチームでサッカーをしていたが、神奈川県内の中学・高校在学中は部活でヨットに取り組んでいた。大学進学直後、キャンパスでの新入生勧誘の時期にinfinityのビラを目にして、興味を持った。
「中学以降はサッカーのプレー経験がありません。でも、何かサッカーに関わりたいと思っていたんです。ビラを見たら、サッカーを軸にした活動がいくつもある。単純に面白そう、と思って参加するようになりました」

写真:栗田祐作さん(写真右から2番目)

栗田祐作さん(写真右から2番目)

ブラサカは、このinfinityの活動の一環で知った。栗田さんが大学1年の2014年、東京・渋谷で世界選手権が行われる。その準備から手伝う活動内容だった。
「実際の準備は、夏頃から始まりました。熱心な先輩に連れられて、日本代表合宿を見学に行ったのが、ブラサカを見た最初です」
誰もが驚くように、栗田さんも衝撃を受けた。アイマスクをした選手がドリブルし、シュートする。
「もう、自分より確実にうまい、と感じました」

2014年には、世界選手権のために11か国が来日する。その全ての国、選手も日本チーム同様に盛り上げようというのが、当時のブラサカ応援テーマだった。
栗田さんは、ブラジルを担当することが決まった。
「この年、ブラジルで行われたワールドカップを父と見に行ったんです。ブラジルはすごくいいところだったし、本場のサッカーを見ていたこともあって、ぜひやらせて欲しいって、自分から名乗りをあげました」

大会期間中は、空港への出迎えや、チーム通訳からのリクエストを手伝うなど実務を担う役割もあったが、それ以上に応援準備に力を入れた。カナリアイエローの応援グッズを用意する。東京のブラジル料理レストランなどを回って、ブラサカの世界選手権ポスターを貼らせてもらう。大会が始まった後は、日本戦とブラジル戦の全ての試合で、ゴール裏での応援に参加した。
「その国の最終選の時には、その国の言語で“日本にきてくれてありがとう”というメッセージをスタンドに掲げました。ブラジルは決勝戦。ポルトガル語のメッセージを作りました」

初めてのブラサカ。初めての世界選手権。何もかもが新鮮で、記憶に刻まれているが、中でも初戦の日本―パラグアイ戦は格別だという。
「スタンドの一番前にinfinityの象徴である“無限大”の横断幕を出させてもらって、その中で日本が勝利で飾った。満席の観客はみんなブラサカが見たいと集まった人たちばかりです。もう、一般のサッカーのA代表戦に匹敵する大会だと感じました」

世界選手権では、一般のサッカー同様、選手入場に合わせて観客席にジャイアントジャージが広げられた。
「スタンドで観客に手伝ってもらうんですが、お客さんとしては一番ピッチを見たいときにスタンドを覆ってしまうわけです。スタンドにいる観客に“選手入場がちょっと見られなくなってしまいますが、自分たちの熱い思いを届けたいからご協力ください”って、スタンドの隅から隅まで声をかけて伝えることができた。そこから一緒に応援で盛り上がれたんです」

応援の合間には、infinityの学生たちが「ブラサカは視覚障害者のサッカーだから、ボールが動いている間は静かにしましょう!」という観戦ルールを何度も伝えていた姿が印象的だった。
「僕ら応援者、観客が選手たちにどんなサポートができるかというと、試合中は集中していいプレーをしてもらうことなんです。ブラサカを理解して応援してもらうというのは、僕らの活動の根幹でもある。先輩から受け継いできた、大切な心なんです」

栗田さんがブラサカを応援し続けたいと感じる魅力とは何か。
「答えは一つ。ブラサカを通じて出会った人がたくさんいる。選手やスタッフの人たち、スタンドで出会った観客との触れ合いもすごく印象的だった。ブラサカを取り巻く人たちの情熱に触れる感覚がすごく魅力的だったんです。ブラサカはコミュニケーションのスポーツと言われていますが、関わる全ての人にコミュニケーションの素晴らしさを教えてくれるものなのだと感じています」

2020東京パラリンピックが開催される時には、社会人になっている。
「後輩たちに応援は引き継ぎますが、パラリンピックの会場で無限大幕をどーんと掲げている光景をこの目で見たい」
自分が世界選手権の時に感じた喜びを、2020の年に新入生として大学に進学した人に感じて欲しい。その火を絶やさないように。それが、栗田さんの切なる思いだ。

 


■ブラサカが生み出す新たな社会へ 山本康太  日本ブラインドサッカー協会・事業戦略部長

写真:山本康太

現在、日本ブラインドサッカー協会の事業戦略部長を務める山本康太さんは、サッカー応援集団infinityの出身だ。栗田さんの先輩である。

2014年、東京・渋谷で開催された世界選手権には、初めて有料席が設置された。単一のスポーツ競技では無料観戦が常識だった障害者スポーツの大会運営に、ブラサカが初めてメスを入れたのだ。パラリンピックの競技とはいえ、日本でのブラサカの認知度は決して高くはない。前売りの有料席をどうPRし販売するか。ブラサカ観戦にお金を払った人に、どう満足してもらうか。事前の分析と実現に向けた確かな戦略がなければ、無謀な試みで終わってしまう。

山本さんは、このブラサカ有料席プロジェクトに携わった協会スタッフである。初戦の日本―パラグアイ戦からチケットは完売。最終日まで日本戦は多くの観客が入り、ブラジル―アルゼンチンによる決勝戦も完売した。そして、15年のアジア選手権や毎年行われる日本選手権などでも有料席を実施。ブラサカの有料席は、今や当たり前になっている。

4歳から横浜市内にあるクラブチームでサッカーを始めた山本さんは、中学・高校では部活で取り組んでいた。大学進学後はプレーするだけでなく、企画や運営などの活動がしたいと考えていたところInfinityに出会った。
大学2年の時、アジアの子どもたちにサッカーを教えるイベントがあり、その企画に携わったのがきっかけだ。日本の大学生有志が集まり、中国、韓国、ロシア、アフガニスタンの子どもたちを招待。様々な体験をしてもらうイベントの一環として、サッカーがあった。
「一緒にサッカーをするだけで、言葉も国も超えて仲良くなれる。高校までは勝つことばかりにとらわれていたサッカーでしたが、このイベントでコミュニケーションツールとして非常に魅力がある、ということを実感したんです」
そこから、応援する、企画する、交流する“サッカー”を追求したいと思うようになったという。

ブラサカは、Infinityの活動の一つとして山本さんが着手した。障害者が行うサッカーにはどんなものがあるのか、どんな風にサッカーをするのか。それを調べていくうちにブラサカにたどり着いた。2005年のことだ。
「当時から疑問だったのは、障害者のサッカーと一般のサッカー、日本代表のユニフォームが異なるということでした」
ブラサカだけでなく日本の障害者サッカーを、日本サッカー協会と連携させていくことはできないだろうか?同じユニフォームは、象徴になるはずだ。パラリンピック種目であるブラサカを通じて障害者サッカーの価値を高めたい、そこに尽力したいというイメージが明確になったという。

大学卒業後、印刷会社に就職。ブラサカのプレーヤーとして活動を継続していた。元・日本代表主将だった落合啓士氏が代表を務めるチーム<buen cambio yokohama>立ち上げに関わりながら、練習に参加していた。
ある日、アイマスクを着用しプレーしていた山本さんは、他の選手と正面衝突し鼻を骨折した。
「普通だったら、“大丈夫?”と心配されますよね。でも、この時、チームメイトに“ふふふ、やっとブラサカの選手っぽくなってきたな”と笑われた。その瞬間、ブラサカの選手たちがどんな覚悟で、どんな勇気を持ってプレーに臨んでいるのかを、改めて痛感したんです」

小学生の頃、サッカーで腕を骨折したことがあった。ケガをしてやっと一人前。そのくらいの熱い気持ちでみんなブラサカに取り組んでいる。自分は、彼らの気落ちを、ブラサカの魅力を、ちゃんと伝えられているか。そのことに気づき、もう一度ブラサカを世に広める決意を新たにしたのだという。

写真中央:会見の段取りなどもスムースに行う

写真中央:会見の段取りなどもスムースに行う

2013年10月、山本さんは日本ブラインドサッカー協会に転職した。
「自分が社会に還元できることは、サッカーしかない。サッカーを通じて人と組織の可能性を広げるという目標はクリアだったので、事務局にこないかと声をかけられた時、二つ返事で“はい”と答えていました」
収入は激減する。でも、それで食っていけないわけではない。大学院での勉強も並行させ、MBAの資格も取得した。好きなサッカー、ブラサカで力になれるなら、迷いはなかった。

世界選手権の観客席有料化は、事務局長の松崎英吾氏らとともに知恵を絞った。
「企画を立てる段階からプロモーション、マーケティングも手がけました。いくらで、どういうルートで販売するかということも地道に調べながら」

有料化とともに、実現させたのが、会場での観戦環境を整備した『リレーションセンター』。障害者などを対象にした、試合観戦を楽しんでもらうための工夫である。ゲストリレーション機能を実現しているテーマパークの運営企業に教えを請い、できることから実現した。サービス介助士を配置し、困っている人のサポートをする。音声ガイドシステム(試合の実況中継)では、受信機をレンタルして視覚障害者もリアルタイムで試合観戦ができる。拡大ガイドや触地図ガイドブック、筆談ツールなどの貸し出しなども行っている。それぞれの専門家たちに協力を依頼した。

2014年11月16日。世界選手権初日。
前売りチケットを握りしめた観客が渋谷の仮設スタンドに足を運んだ。1300席が人で埋まった。
「日本―パラグアイ戦キックオフ。満員のスタンドを見上げて、ああ、この光景が見たかったんだ、と感動に震えました」

山本さんが目指しているのは、単なる有料化ではない。有料化は一つのきっかけだ。ブラサカを通じて、新しい社会の価値を生み出していくことが目標だ。
「ベンチャー企業に似ているのかな。さまざまな取り組みについて、再現性のある仕組みとしても広めていきたい。ただ、ブラサカ単体では限界もあります。企業などのサポートとともに、行政などにも働きかけていきたい」

2020東京パラリンピックのブラサカ。毎試合、世界中から集まった観客で埋め尽くされるように。そしてその中で、日本チームが最高のプレーを見せ、喜びを共有できるように。
「ブラサカが最高の結果を出すことで、その後の社会はきっと変わっていけると信じています」。

今週末、ブラインドサッカークラブチーム日本一を決める大会が開催されます。過去最多21チームが出場した予選ラウンドを勝ち抜いた4チームが「決勝戦」「3位決定戦」を行います。

第17回ブラインドサッカー日本選手権 FINALラウンド
日時:2018年7月8日(日)
  10:00  開場
  11:00〜 3位決定戦 「コルジャ仙台ブラインドサッカークラブ」  vs 「 埼玉T.Wings」
  13:30~ 決勝戦   「Avanzareつくば」 vs 「たまハッサーズ」
会場:アミノバイタルフィールド(東京都調布市西町376-3)
入場:有料(一部無料席あり)

 

“ブラサカLOVE!”な男たち ~選手編~

スポーツライター 宮崎恵理

スポーツライター 宮崎恵理(みやざき・えり)

出版社勤務を経て、フリーのライターに。1998年の長野パラリンピックを機に障害者スポーツの取材に携わり、雑誌「Tarzan」ほか「スポーツグラフィックナンバー」などで執筆。現在、「Tarzan」「それを最大限に活かせ! パラアスリートGO!」の連載を展開中。12年ロンドン・パラリンピック、14年ソチ・パラリンピックではNHK開会式中継解説を担当。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』。日本スポーツプレス協会理事、国際スポーツプレス協会会員。

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