第26回 ケビン・オアー(車いすラグビーヘッドコーチ)「世界一へのプロジェクト」

車いすラグビー 2018年12月12日
第26回 ケビン・オアー(車いすラグビーヘッドコーチ)「世界一へのプロジェクト」

今年8月5~10日、オーストラリア・シドニーで開催された車いすラグビーの世界選手権で、日本はホームのオーストラリアを62-61で下し、初優勝を果たした。オーストラリアは、4年前の前回大会覇者であり、パラリンピックでは2012年ロンドン、2016年リオで2連覇を達成している。世界ランキング1位の王者を打ち破る快挙を成し遂げたのだ。

写真:車いすラグビー世界選手権で優勝をした日本チーム

日本は、2004年アテネパラリンピックに初出場し、リオ大会で悲願の銅メダルを獲得。世界選手権での最高位も3位である。リオ大会以降、2020年東京パラリンピックでの金メダルを目指して強化を図ってきた日本は、わずか2年で世界一まで上り詰めた。選手たちのパフォーマンス向上が何よりの要因ではあるが、リオ大会後の2017年に日本代表ヘッドコーチに就任したアメリカのケビン・オアー氏の手腕によるところが大きい。

就任わずか2年弱。何を改善してきたのか。何が奏功したのか。

ケビン・オアー氏に聞いた。

■日本には世界一になるポテンシャルがある

写真:ケビン・オアー監督

——世界選手権優勝、おめでとうございます。就任からわずか1年半で世界一のチームをどう、つくられてきたのか。改めてお話をお聞きしたいと思っています。

ケビン・オアー(以降オアー):私は、2016年のリオパラリンピックの時点で、日本には世界一になれるポテンシャルがある、と感じていました。当然のことながら改善すべき弱点はありましたが。

——その改善すべき弱点はどんなところだったのでしょう。

写真

左:池透暢、右:池崎大輔(2018年5月 ジャパンパラウィルチェアラグビー競技大会)

オアー:当時の日本チームは池崎大輔池透暢2人の才能に頼っていました。選手層を厚くしなくてはいけない。また、各ピリオドの最終2分間(車いすラグビーでは1ピリオド8分間を4ピリオド戦う)の使い方。そこが改善すべき弱点だと思っていました。2年間で改善は進んできていますが、もちろんここで完成というわけではありません。現在も、2020年東京パラリンピックで金メダルを獲得するためのプロジェクトに取り組んでいます。

 

■車いすラグビーほど人を変えるスポーツはない

写真:ケビン監督

——少しだけ、ご自身の背景をお聞かせください。1968年、アメリカ・イリノイのお生まれですね。

オアー:細胞の病気があり、生まれたときから障害があります。私には双子の兄弟がいますが、彼は病気ではなかったので、遺伝的なものではありません。兄弟と一緒に毎日レスリングやサッカーをするようなアクティブな子どもでした。

——車いすスポーツに興味を持ったのはいつですか。

オアー:1984年、ロサンゼルスオリンピックが開催されたときに、陸上競技のエキシビションとしてレーサー(陸上競技用車いす)のレースが行われたのです。男子は1500m、女子は800mでした。それを見て、取り組んでみようと思ったのが最初です。1986年にイリノイ大学に進学し、本格的に練習するようになりました。そして、陸上競技選手として1988年のソウルパラリンピックに出場し、800mと5000mで銅メダルを獲得しています。

——ちょうどその頃からアメリカで車いすラグビーが盛んになっていったかと思いますが、選手として陸上競技や車いすバスケットボールに取り組みながら、車いすラグビーのコーチを始められたのはなぜですか。

オアー:大学在学中から選手を育成することに、非常に興味があったのです。四肢まひの学生がいて、彼から「車いすラグビーのチームを作りたいから手伝ってくれないか」と誘いを受けたことで始めました。アラバマにチームを作り、のちに全米選手権で優勝もしています。

車いすラグビーはコンタクトスポーツであることも大きな魅力ではあるのですが、私にとって最大の魅力は、“車いすラグビーほど人を変えるスポーツはない”ということです。足だけでなく腕にも障害のある人が、非常にハイレベルなプレーができるまでになる。重度の障害者が参加するスポーツであり、そのスポーツに出合うことで、絶望の淵にいた人に大きな希望を与えている。

写真:倉橋香衣

いい例が、日本代表で世界選手権でも活躍した女子選手、倉橋香衣です。おそらく3年前はクラブチームでもプレー時間はほとんどなかったでしょう。彼女が日本代表選手になったことで、本人も大きな自信を身につけた。と同時に、彼女に起きた変化は、あらゆる女性に勇気を与えています。

 

■攻撃は武器、改善すべきは守備

写真:ケビン監督

——日本のHC就任のオファーを聞いたときに、不安や戸惑いはありませんでしたか。

オアー:自分のキャリアを振り返ってみると、非常に奇遇ですよ。アメリカチームのHCだった時代、カナダに負けた後にカナダのHCになった。リオパラリンピックで日本がカナダを敗った後、日本からHCのオファーがあったのですから(笑)。

英語と日本語というコミュニケーションの違いが一番の不安要素でした。でも、これまで2年間HCをやってきて思うのは、車いすラグビーはスポーツであるということ。スポーツという共通認識、ボキャブラリーがあれば、互いのコミュニケーションに障壁はないんです。私はしばしば選手らが日本語で話していることを理解することができるし、彼らが私の英語を理解しているということを感じることも多い。指示すること、彼らが目指すプレーにブレがないので、チーム全体に迷いがない。2年経って、私は今、本当に日本チームのピースの一つになったと感じていますよ。

——HCに就任して着手したのはどんなことですか。

オアー:相手チームにプレッシャーをかけてイージーなパスを通させないこと。これまでは、簡単にパスを通してゴールを許していた。ハーフコートで相手を押さえ込み、そこからターンオーバー(※1)を狙って効果的にパスを出すのは、アメリカが得意とする戦術でした。

——オフェンスについてはいかがでしょうか。

オアー:日本の攻撃はいい。リオの時点でも池崎と池のロングパスは他にはない武器でした。オーストラリアにも機動力がありパスを通すことができるハイポインター(※2)が2人、アメリカには1人いますが、カナダにはそういう選手はいませんでしたから。

※1:ターンオーバー/ボールを持って攻撃する相手チームのパスをカットする、あるいはミスや反則を誘いボールを奪い返すこと。車いすラグビーでは、ターンオーバーによって連続得点をあげることが勝利に直結する。

※2:ハイポインター/車いすラグビーでは、障害の程度や状態に応じて、選手は障害の重い0.5点から障害の軽い3.5点まで持ち点(クラス分け)があり、コートでプレーする4人の合計は8.0点以内でなければならない。3.0点、3.5点の選手をハイポインター、0.5点、1.5点の選手をローポインターと呼ばれる。

 

■効果的なディフェンスが勝因に

写真:ケビン監督

——就任1年半で世界一になった要因とは?

オアー:何より選手たちが、チームが求めるディフェンスを実現し続けたことです。試合の途中であっても、ベンチからの指示にどんどん対応していった。その結果、準決勝のアメリカ戦でも、決勝のオーストラリア戦でも、数多くのターンオーバーを勝ち取ることができたのです。

 

——予選リーグでは52-65という大差でオーストラリアに負けています。しかし、決勝で勝つことができた。ディフェンスの動きなど細かく指示を出されたとのことですが、予選と決勝でのディフェンスの違いはなんでしょう?

オアー:オーストラリアのライリー・バットと、アメリカのチャック青木に対して、これまで簡単にパスを通させてきた。相手チームのキーとなる選手へのディフェンスが徹底していませんでした。
ダイスケ(池崎)やシン(島川慎一)が強くタックルしに行くのですが、当たった勢いでボールから離れてしまうと、それをリカバリーするプレーがない。リカバリーできなければ、結局相手のチームに思う通りにプレーされてしまいます。そこを「徹底して手を出せ」と言いました。キーとなる選手へのタックルと同時に、パスを受ける選手に対してプレッシャーをかける、キーとなる選手にパスを出させないように、あらかじめプレッシャーをかけるといったプレーです。
リオパラリンピックの時、オーストラリアやアメリカのパスの効果率は40%でした。世界選手権では、日本はその効果率を12%にまで抑えることができた。これが、勝因につながりました。

——オアー監督が就任されてから、ベンチタイムアウトだけでなく展開に合わせて頻繁に選手交代を行うベンチワークが印象的です。

オアー:私がまだアメリカチームのHCをしていた時代には効果的に選手交代を行なっていませんでした。カナダチームのHC時代から意識的に行うようになりました。ダイスケなど3.0点のいい選手を、いい状態でプレーさせるためには休ませる時間も大事なのです。
決勝戦の第3ピリオド終盤で、リードしていた日本にミスが続いてオーストラリアに連続得点を許して逆転された場面で、ダイスケ、乗松(聖矢)、岸(光太郎)を下げて、シン(島川)、マサ(羽賀理之)、カエ(倉橋)を入れました。残り時間2分36秒。現地の実況アナウンサーが「なぜ、このタイミングで大事な池崎を下げるのか?」と、マイクに絶叫していましたが、この選手交代の直後、マサとユキノブ(池)のターンオーバーで再び日本が追いついた。私は、実況アナウンサーに「見てみろ!だからこの3人を入れたのだ!」と言ってやりたかったですよ!日本は今やベンチを含め選手の誰を入れても活躍してくれるだけの力を持っている。そこは、交代選手が少ない国にとっては、脅威になっているのです。

 

■勝利する心を育てる

写真:日本チーム、練習終了後、円陣を組んで一体感を

練習終了後、円陣を組んで一体感を

——予選リーグで同じプールだったオーストラリアに負けたとき、いつもであればその日にビデオを見て振り返るのに、オアー監督はビデオを見ることを禁じた、と聞いています。

オアー:そんなことはこれまでに一度もしませんでした。が、この時には翌日に、大事なアメリカとの準決勝を控えていました。その後には決勝がある。この時点では、勝つために何をすべきかだけに集中させたかったのです。選手だけでなく、チームスタッフにも「選手と負けた試合の話はするな」と釘をさしました。

——ネガティブなイメージを持たないように、という意図だったのですね。

オアー:今年、私は合宿中からずっと「勝つ自信を持て」と言い続けてきました。世界選手権でも、準決勝のアメリカ戦で反撃を食らったときに、私はダイスケ(池崎)に「信じろ!」と、念を押しました。決勝でも後半はタフなシーソーゲームになりました。どこでくじけてもおかしくない展開だったのです。
でも、選手たちは最後までくじけることがなかった。試合が始まる前、円陣を組んだときに、全員で手を胸に当てて言い合いました。「ここで、ハートで勝負するんだ」と。それが、最後に勝利を引き寄せたと思っています。

世界選手権が始まる前、私は「オーストラリアに1回だけ勝てばいい」と言いました。オーストラリアは世界ランキング1位の強豪です。毎回勝てる相手ではない。ですが、勝てない相手ではないし、これまでにもさまざまな試合で勝つこともありました。だから、適正なタイミングで1回勝てば、優勝できる。その通り、決勝という正しいタイミングで1回だけ勝ちました。

 

■若手育成は2020年への急務

写真:橋本勝也(左)と、ケビン監督

橋本勝也(左)

——ディフェンディングチャンピオンとして、2020年東京パラリンピックを迎えます。パラリンピックの金メダルを獲得するためには何が必要でしょう。

オアー:一つは、若手の育成です。現在、高校生の橋本勝也が代表メンバーに入っています。3.5点という持ち点は、日本でトップのハイポインターです。若いですが、スピードは日本チームでもピカイチですし、聡明で、車いすラグビーというスポーツの理解度も深い。2020年、さらに2024年に向けて急成長が期待されます。カナダのザック・マデルは、私が発掘した選手で、2011年2月に初めてカナダの代表合宿に参加し2012年ロンドンパラリンピックでは主軸選手として活躍しました。たった18か月で化ける可能性はあるのです。若い選手をどんどん育成していくことが重要です。

戦術的には『ゴール前のキーエリアで相手の壁を突破して、効果的なオフェンスを展開させていくこと』『平均13秒ごとに1得点を挙げる』。それを基本のセオリーとして、そこをもっと詰めていきたいと思っています。

そして、メンタルタフネス(安定した精神力)の徹底です。日本はオーストラリアやアメリカなど、同じようにスピーディで戦術的なチームに対してはガンガンぶつかっていくのですが、例えば今回スウェーデンのようにテンポがゆっくりしたチームに対して、リズムを乱されてしまう場面がありました。どんな試合であれ、世界選手権の準決勝や決勝と同じようにのぞむことが大事なのです。どの試合もゴールドメダルマッチだと思わせることが、HCとしての役目だと感じています。

 

今や、日本は世界中からマークされる存在となった。徹底的に分析し、日本のキープレーヤーを抑えこんで金メダルをもぎ取ろうと、各チームとも凌ぎを削ってくるはずだ。

「世界選手権の優勝は、世界のサプライズではある」

そう、オアー氏も語る。

「世界一ではあるが、これが、日本チームが目指す理想の頂点というわけではない」とも。だからこそ、その目指すべきチーム像に向かって、選手の士気を高め、技を磨いていく。その先に、東京パラリンピックの金メダルを掴むことができるのだ。




車いすラグビー日本代表が世界一に輝いた試合を年末、再び放送します!
また、勝利への軌跡を追った証言ドキュメントも。ぜひご覧ください!

◆証言ドキュメント「こうして頂点を極めた~車いすラグビー 日本代表~」 [BS1]
・2018年12月30日(日)
午後5時~5時50分:世界選手権・準決勝「アメリカ戦」
午後6時~6時49分:世界選手権・決勝「オーストラリア戦」

◆世界選手権の準決勝・決勝を再放送!
・12月28日(金)午前9:00~10:50[BS1]
車いすラグビー世界選手権 準決勝「日本」対「アメリカ」

・12月29日(土)午前0:50~2:30(金曜深夜)[BS1]
車いすラグビー世界選手権 決勝「日本」対「オーストラリア」

スポーツライター 宮崎恵理

スポーツライター 宮崎恵理(みやざき・えり)

出版社勤務を経て、フリーのライターに。1998年の長野パラリンピックを機に障がい者スポーツの取材に携わり、「Tarzan」「スポーツグラフィックナンバー」など雑誌やインターネットメディアで執筆。12年ロンドンパラリンピック、14年ソチパラリンピックではNHK開会式中継解説を担当した。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』『みんなちがって、それでいい』。日本スポーツプレス協会理事、国際スポーツプレス協会会員。

おすすめの記事