第29回 鈴木朋樹(陸上)「キーワードは、"スプリント力"」

陸上 2019年4月10日
第29回 鈴木朋樹(陸上)「キーワードは、"スプリント力"」

脊髄損傷などの障害によってレーサー(競技用車いす)を使用する陸上競技の中でも、T54はもっとも熾烈なクラスと言えるだろう。競技人口が多く、欧米のほかタイや中国などアジアにも強豪が揃う。そのT54でリオパラリンピック以降、著しい成長を見せているのが、鈴木朋樹(24)だ。メインの種目は800m、1500mだが、2018年10月に行われた大分国際車いすマラソン大会では、スイスのトップ選手マルセル・フグとのデッドヒートを見せて総合2位(日本人1位)、2019年2月にUAE/ドバイで行われたワールドパラグランプリでは、400mで2位。短距離から長距離までオールラウンドに好成績を残している。

「自分としては、400mと1500mのレースが違うもの、という意識はありません。どの種目でもスプリント力を高めることがもっとも重要だと考えて取り組んできた結果が、1500mやマラソンにも生きるようになってきたと思っています」
鈴木のキーワードは「スプリント力」。持ち味も、課題もこの一言に集約されるという。その取り組みについて、語ってもらった。

■リオ出場を逃して出直した

鈴木朋樹は、1994年千葉県に生まれた。生後8か月の時に交通事故で脊髄を損傷。物心ついた時には車いすを使って移動していた。足の先まで感覚はあるが、力を入れて立つことができないため日常的に車いすを使用しているという。
車いすで“走る”楽しさを知ったのは、幼稚園時代。神奈川県横浜市の障害者スポーツ施設にある「ラストラーダジュニア」という車いすの陸上競技チームに参加するようになったことが端緒だ。

「小学3年の時に、初めて先輩のお古のレーサーに乗せてもらったんです。それこそ、一般車からF1の車に乗り換えたような圧倒的なスピード感に夢中になりました。壁に激突しそうな勢いでこぎまくっていたのを今でも覚えていますよ」

本格的な陸上競技として覚醒したのは中学に進学してからのこと。一般の中学でただ一人、車いす選手として陸上競技部に所属。他の生徒とともに陸上競技に必要な体力トレーニングを継続し、中学の大会ではエキシビジョンレースとして100mのタイム計測も行った。

「実際には、車いすで鉄棒を使ってできる練習方法など、先輩選手であり当時の僕の師匠だった花岡伸和さんにメニューを組んでもらって、それを学校で実践していました」

写真:2018年3月 花岡信和(左)と鈴木

2018年3月 花岡信和(左)と鈴木

大学進学する頃には、2016年のリオパラリンピックを明確に照準に入れていた。しかし、目標のタイムに届かずに目指していたリオ出場を逃してしまう。

「本来の目標は2020年東京パラリンピックに出場して、そこでいい結果を残すこと。そのためには前哨戦としてリオに出場したい、と思っていたんです。リオ出場を逃した時に、東京だけは、絶対に諦めたくない目標だということを痛感しました。自分にとって本当に必要なことは何か、何が足りないのか。整理して、もう一度出直すことにしたのです」

 

■トップスピードを上げることに注力

写真:アジアパラ 陸上 男子 400m T54決勝

アジアパラ 陸上 男子 400m T54決勝

そこから取り組んできたのが「スプリント力の強化」だ。まずは個別にトレーニングを見てくれるトレーナーに指導を依頼し、スケジュールやメニューを構築する。海外の選手は体幹や背中を使ってレーサーをこいでいる。フィジカル強化にはこれまで以上に力を入れてきたという。

鈴木は、トップスピードを上げることを重視。レースでは持久力も必要だが、最高速度がどれだけはやいかが勝敗に直結する。そこで取り組んだのが、メイン種目ではない400mだった。体幹トレーニングとともに、ストレッチなどのコンディショニングも受け、関節の可動域や体の柔軟性を高めてきたことで、より大きな腕の動きにつながったのだという。ストローク(一こぎ)が大きくなれば、ハンドリムを回すときの動きのロスが少なくなる。以前は細かくピッチを早めることでスピードを得ていたのだが、ストロークが大きくなったことでスピードロスせずに回し続けることができるようになった。2年前には時速35kmだった最高速度は、現在38kmに上がった。

「これまでと同じ回数でホイールを回しても、最高速度が上がってきた。リオを目指していた頃と比べれば、フォームが180度くらい変わったという実感があります。ただ、一方で、ストロークが大きくなった分、次の動作にスムーズにつなげていかなければいけないという課題も感じています。それは、1段階上がったからこそぶつかった課題なんです」

さらに、2018年には、マルセル・フグやオーストラリアの長距離選手カート・ファーンリーに頼み込み、彼らの合宿に参加させてもらった。フグは、2004年アテネ大会からパラリンピックに出場し、2016年リオでは800mとマラソンで金メダル。2017年の世界選手権では800m、1500m、5000mで金メダルを獲得している。鈴木がその背中を見つめ、やがて追い越したいと思っているトップ選手である。

合宿では漫然と練習メニューをこなすのではなく、練習成果や体調を考えながら、その日に行う練習内容を細かく決めて取り組む大切さを学んだという。基本的なトレーニングメニューは変わらないが、その日その日の自分を見つめて、調整をする。そのために、鈴木は記録ノートをつけるようになった。体調、練習内容、気象条件などとともに、走行中の心拍数やトレーニングラン1本ごとのスピードの上がり具合などのデータを詳細に記録する。

写真:鈴木のグローブ

また、鈴木は1年前にグローブを変更した。ハンドリムを回す動作が小さくなってしまうことの悩みを解消するための変更だ。

「それまではハンドリムを点でつかんでいた感じだったのが、面で捉えられるようなイメージに変わりました。手のひら全体でホイールを大きく回すことができるようになり、より大きくホイールを回せるようになったと思います」

体幹が変わり、腕の可動域が変わったからこそ、グローブがよりその動きをサポートしてくれたと感じられたのだ。
 

■下半身強化は武器になる



写真:2018年10月 アジアパラ 陸上 男子 800m T54 決勝

2018年10月 アジアパラ 陸上 男子 800m T54 決勝


改めて「スプリント力」に取り組んで2年余り。スタートダッシュからトップスピードまでの力は確実についてきたと手応えを感じている。

「あとは、ラストラップでのスピードの向上。そのためには持久力を上げなくてはいけないのですが、トレーニングとして持久力を上げる練習を重視すると、一時的にトップスピードが落ちてしまうというデータがあります」

運動メカニズムを研究する専門家からアドバイスを受け、現在はさらなるトップスピードの強化を最優先しているという。

「最高速度が時速40kmに上がれば、持久力トレーニングの影響で時速38kmに落ちても、現在の最高速度は維持できる。だからこそ、さらなるトップスピード、スプリント力を上げることに注力したいのです」

足の感覚があるという鈴木は、走行中に足を踏ん張ってレーサーを駆動させている。ピッタリとフィットするシートの中で、足を踏み込みながら腕を回しているイメージだ。これまでは取り入れたことのない脚部のトレーニングを、トレーナーのアドバイスによって取り組み始めた。力を入れる、リリースする。腕の動きに脚部、骨盤など体全体を連動させている。下半身強化は、今後、自分の武器になる可能性が高いと感じているという。

写真:2019年3月 浦安市陸上競技場にて

2019年3月 浦安市陸上競技場にて

リオ以降取り組んできた内容をさらにブラッシュアップさせて、今年11月にUAEドバイで開催される世界選手権で成果を確認する。自分の力を見るのが、今から楽しみだと語る。

「東京パラリンピックは一生に一度の舞台。そこでメダルを獲得する」
それこそが、鈴木の目標だ。ただ、東京で終わりではない。4年後のパリ、8年後のロサンゼルス。さらに飛躍した自分をぶつけたい。東京パラリンピックは、その大きなファーストステップになるのだ。

スポーツライター 宮崎恵理

スポーツライター 宮崎恵理(みやざき・えり)

出版社勤務を経て、フリーのライターに。1998年の長野パラリンピックを機に障害者スポーツの取材に携わり、雑誌「Tarzan」ほか「スポーツグラフィックナンバー」などで執筆。現在、「Tarzan」「それを最大限に活かせ! パラアスリートGO!」の連載を展開中。12年ロンドン・パラリンピック、14年ソチ・パラリンピックではNHK開会式中継解説を担当。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』。日本スポーツプレス協会理事、国際スポーツプレス協会会員。

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