第30回 北野安美紗(競泳)「パラ競泳とともに成長」

競泳 2019年4月26日
写真:北野安美紗

2018年10月 アジアパラ 競泳 女子 200m 自由形 S14 決勝

東京パラリンピックの出場枠がかかっている競泳の世界選手権開催時期・場所がようやく決定した。今年9月9日〜15日、イギリス・ロンドンにあるオリンピック公園内にあるアクアティクスセンターが会場となる。

東京パラリンピックで実施される競技のうち、知的障害のクラスがあるのは、陸上、競泳、卓球の3つ。中でも競泳は、初めてパラリンピックで正式に採用された2012年ロンドン大会の100m平泳ぎで田中康大が金メダル、2016年のリオ大会では100m背泳ぎで津川拓也、200m個人メドレーで中島啓智がそれぞれ銅メダルを獲得。日本選手の躍進が目立っている。

北野安美紗は、リオ大会以降にパラ競泳にデビューした知的障害クラスの新星だ。今夏、世界選手権に出場する知的障害クラス日本代表6名の1人。女子選手として先輩選手に並ぶ活躍が期待されている。

■体育と国語が得意

写真:北野安美紗

北野は、2003年愛知県生まれ、奈良県育ち。奈良県立高等養護学校の2年生だ。物心ついた頃には姉と一緒にスイミングクラブに所属し、小学3年生から選手コースで一般の選手と一緒に練習をしている。

知的障害は、例えば文字の読み・書きや計算、複雑な事柄を理解することが難しいなど、日常生活において何らかの支援が必要となる障害を指す。程度や状態は人によって異なるが、パラリンピックでは身体障害のように程度による細かいクラス分けは存在しない。

北野は、小中学校は一般の学校に通っていたが、教科によって特別支援学級に席を移して授業を受けた。子どもの頃に、自宅に知的障害に関する印刷物などが置いてあるのを目にして、自分は少し人と違うのかもしれないと自覚したという。

「学校では体育の授業が一番好きでしたが、特別支援学級で受ける国語も得意な教科でした。漢字が大好きで小学生の頃にはよく本も読みました。反対に、算数や理科が苦手でした」

と、語る。初対面の人とコミュニケーションをとることは今でも苦手というが、パラ競泳の大会時など、レース後に行われるメディアの囲み取材では堂々と大人の記者相手に、自分のレースを振り返る。コミュニケーションが苦手、という印象はない。

「中学2年からパラ競泳のレースに出場するようになって、強化指定選手としてレース後の取材を受けることが多くなってからは、人前で話をすることができるようになりました。また、代表のコーチや先輩選手にもわからないことを自分から聞くことができるようにもなりました」

北野は、所属する『スポーツクラブ&スパ ルネサンス登美ヶ丘』の選手コースで、休みの月曜以外、火曜日から日曜日まで毎日、プール練習と陸上トレーニングに3時間近く取り組んでいる。

写真:2018年10月 アジアパラ 競泳 女子 200m自由形  銀メダルを獲得した井上舞美と

2018年10月 アジアパラ 競泳 女子 200m自由形  銀メダルを獲得した井上舞美と

2017年から北野を指導するコーチの大野新太氏は、
「第一印象は、とにかく明るい子。知的障害があるということは前任者から聞いていましたが、特に意識することなく他の選手と同様に指導をしています。ただ、いっぺんにたくさんのことを伝えようとすると戸惑ってしまうこともある。だから、指導は1回に1つに集中するようにして、毎日記録ノートで練習では伝えきれなかったことを確認するようにしています。でも、これもほかの選手と同様です」

同年代の選手と練習することが、パラ競泳にいい影響を与えていると、大野氏はいう。

「負けん気が強くて、競り合うことでより力を発揮する。そこは持って生まれたアスリートとしての高いポテンシャルだと感じています。だから、パラ競泳でも国際大会などで競り合うライバルがいると記録が出る」

根っからの競技者と、大野氏は北野を評価する。そして、それは、北野自身も自覚している。

「長く選手を続けているとタイムが出ない時期があります。“もうイヤになっちゃう”と思った時もあるのですが、それでも泳いで0.1秒でもベストタイムが出れば、すごく嬉しい! 運動会などでも絶対に負けたくないと、ずっと思っていました。人と競い合ってそこで勝つことが好きなんだと思います」

まさに、アスリートだ。

 

■競い合うほど力を発揮

写真:2018年8月 パンパシフィック選手権 競泳 女子 200m自由形表彰式にて

2018年8月 パンパシフィック選手権 競泳 女子 200m自由形表彰式にて
北野は2分19秒68の、日本新記録だった

北野は、2017年4月にイギリスで開催された国際大会に初出場して以来、大野コーチが語るように国際大会でたびたび自己ベストを更新し続けている。

「イギリスの大会では、国際大会がどういうものかということがわかっていなくて、ただプールに行ってレースに出場している、という感じでした」

それが、2018年8月にオーストラリアで行われたパンパシフィック選手権では、得意の200m自由形で自身初となる2分20秒の壁を突き破り、2位に。

「この時にも絶対に1位になりたいと思って泳いだ結果です」

さらに、今年2月、同じくオーストラリアで行われた国際大会では200m自由形で2分16秒79と、大幅に自己ベストを更新した。

決勝では、地元オーストラリアから出場した同い年のライバルと競い合った。

「予選のレースが終わった後、コーチから“同い年の選手に負けるわけにはいかないよね”と言われて、私自身絶対に勝ちたいと思っていたんです。決勝では、隣のレーンで泳いでいて、最初の50mでは右呼吸する時に、ライバル選手が見えていました。150mまでは自分の方がちょっとだけ遅れているのがわかっていたので、ラスト50mで必死に追い上げたら自己ベストを出すことができたんです!」

北野は、レース後の囲み取材の時、「100mから150mがバテ気味で課題です」と語ることが多い。

「150mまでは、いつもすごくしんどいんです。そのまま失速してしまうこともあるのですが、このレースは最後50m、倒れてもいいから上げていこうって」

ライバルの存在が力をくれる。その結果、わずか0.1秒差で優勝をもぎ取ったのだった。

一方、課題も感じている。

「ライバルがいないレース、一人で泳ぐような展開の時に自分のペースを守って結果を出すことがまだまだできません」

自分に足りないものは何か。研究も怠らない。

「レースでは、家族がビデオ撮影してくれていますので、それを見返して生かすようにしています。人の泳ぎを見ると、ストロークとかキックとか自分とは違うピッチで泳いでいたりしています。それを参考に練習に取り入れることはありますが、ほかの選手と同じテンポを続けるとだんだんよくわからない泳ぎになってしまうこともあるので、逆に自分のペースをしっかり意識するようにしています」

 

■レースを重ねるごとに成長

写真:北野安美紗


1年前のパンパシフィック選手権まではレース前に緊張してしまうことも多かったが、少しずつその“緊張感”にも慣れてきたという。

「オーストラリアの大会の時、レースの直前に自分のシリコン(キャップ)が見当たらなくて、どうしようと思っていたのですが、スタッフが“これを代用して”とほかのものを渡してくれて、それをかぶって出場しました。そういう予想外のことがあると、普段だったらテンパってしまってレースでタイムを出すこともできないけれど、その時には、いつも聞いているジャニーズの音楽を聴いたりして、気持ちを落ち着かせて出場することができました」

子どもの頃から何度も大会には出場しているが、パラ競泳を始めてからレースの回数が格段に増えた。

「パラ競泳を始めて、すごくいろんなことを経験させてもらっています。海外遠征も、その一つです。小学1年生の時から英語を習っていたので、レースでは仲良くなったシンガポールの選手などと英語で会話をすることもあります。パラ競泳を始めてから成長したのかな、と思います」 

写真:2018年 アジアパラ 競泳 混合 4×100m フリーリレー S14左から、坂倉航季、北野、中島啓智

2018年 アジアパラ 競泳 混合 4×100m フリーリレー S14
左から、坂倉航季、北野、中島啓智

9月にはロンドンで世界選手権が開催される。

「リレー選手として出場しますが、得意の200m自由形でメダルを獲得できれば、来年の東京パラリンピックに向けて自信になると思うので、そこを目指したいです」

もちろん、その本番の東京パラリンピックに向けて。

「来年3月には、東京パラリンピック出場のための選考会が行われます。そこでしっかり自分の力を出して標準記録を切って、東京出場を決めたいです。東京パラリンピックに向けて努力しているので、そこでこそ、きちんと結果を出したいと思います!」

強力なライバルが相手になる世界選手権や東京パラリンピック。これからがまさに本番の北野の活躍から目が離せない。


パラ競泳世界選手権

【日時】2019年9月9日~15日(7日間)
【場所】イギリス・ロンドン(アクアティクスセンター) この大会では東京パラリンピックの出場枠が争われ、日本からはエースの木村敬一選手や鈴木孝幸選手など14人が出場することになっています。



スポーツライター 宮崎恵理

スポーツライター 宮崎恵理(みやざき・えり)

出版社勤務を経て、フリーのライターに。1998年の長野パラリンピックを機に障害者スポーツの取材に携わり、雑誌「Tarzan」ほか「スポーツグラフィックナンバー」などで執筆。現在、「Tarzan」「それを最大限に活かせ! パラアスリートGO!」の連載を展開中。12年ロンドン・パラリンピック、14年ソチ・パラリンピックではNHK開会式中継解説を担当。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』。日本スポーツプレス協会理事、国際スポーツプレス協会会員。

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